ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-38

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匿名ユーザー

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森の中を2つの影が疾走する。
彼等の身体を覆う布が風にバタバタとはためく。
しかし、一切構わず彼等は集合地点へと直走った。
小さな人形を手に一刻も早く異変を伝えるべく駆ける。

「早く抑えつけろ!」
「布を口の中に! このままじゃ舌を噛むぞ!」

彼等が辿り着いた直後、喧騒が耳に届いた。
その中心には必死に抵抗する少女と、それを取り押さえる数人の男。
地面に広がる少女の乱れ髪。その色に駆けつけた男達は言葉を失った。
しかし、それも僅か。すぐさま気を取り戻すと騎士の下へと報告に向かう。

「………どうしました?」

近付いてくる部下の尋常でない様子に彼は明らかな不審を覚えた。
いや、先程から感じていた不安が具現化しようとしていたのかもしれない。
生還した喜びを分かち合うよりも先に彼は報告を求めた。
それに彼等は手にした人形を差し出して答えた。

「これがシャルロット姫の馬車の中に」

それを目にした瞬間、騎士の顔色が変わる。
人形を受け取ると眼鏡の位置を直しながら確認する。
『スキルニル』それがこの人形の名前だ。
血を与える事でその人物の容姿も技術も模倣する魔法人形。
確かに珍しい物だが、驚いたのは人形の存在ではない。
“何故、シャルロット姫の馬車にこれがあったのか”
それが何よりも大きな問題なのだ。

「ああ……なんという事でしょう」

騎士は十字を切ると嘆くかのように呟いた。
情報の断片がピースとなってジグソーパズルを組み上げる。
出来上がった絵は何よりも残酷で恐ろしい物だった。
襲撃者達にとってもイザベラにとっても―――。


「むぐぐぐぐ……」

イザベラの口の中に丸めた布が押し込まれる。
男数人がかりで取り押さえる様はまるで乱暴しているようにしか見えない。
彼女の醜態を眺めながらマチルダは思わず溜息を漏らした。
とはいえ彼女の気持ちは理解できる。
人としての尊厳を奪われるのは命を奪われるよりも辛い。
ましてや名誉を重んじる貴族、その頂点ならば尚の事。
奴隷以下に堕ちると知れば自らの命を断とうとしてもおかしくない。
だからこそ知られたくはなかったというのに。
(ったく。だからもう少し真っ当な連中を雇うべきだったんだよ)

俯くマチルダの隣を騎士が通り抜けていく。
顔を上げる彼女の目に映ったのは悲壮な表情を浮かべた顔。
重たそうな足取りでそれでも前へ行こうとする彼の姿は、
どことなく処刑場に向かう罪人のそれに似ていた。

イザベラの傍らまで近付くと彼は腰を落として彼女と視線を合わせる。
憐憫の篭った男の目と憎悪を滲ませるイザベラの目。
だが彼女の方は虚勢に等しい。
今にも恐怖に押し潰されそうな彼女の目尻には涙が浮かんでいる。
見つめ合う事、数秒。騎士の手が彼女へと伸びる。
それにイザベラは怯え、視線を逸らして身を硬くした。
しかし、彼は咥えさせられていた布を抜き取ろうとしただけだった。

「申し訳ありません。貴女を連れて行けなくなりました」

騎士は深く頭を下げてイザベラに謝った。
その言葉の意味を彼女は理解できなかった。
シャルロットが捕まったからもう必要ないという事か。
いや、人質は多いほど良いに決まっている。
あるいは逃げ切れないと観念でもしたのだろうか。
それにしては明らかに様子がおかしい。
普通なら投降に備えて武装解除や白旗を揚げる。
なのに連中にはそういった行動が窺えない。

「これが何かご存知ですか?」

困惑するイザベラの前に『スキルニル』が差し出される。
無論、彼女はそれが何かを知っている。
エンポリオにも説明したし、彼女も保有している。
しかし、これがどうしたというのか。
確かに珍しい魔法の品だが手に入らない事もない。
彼女の表情を見て、知っていると判断した騎士が続ける。

「シャルロット姫の馬車から見つかったそうです」

その意味をイザベラは理解できなかった。
否。与えられた情報のピースは騎士と同等。
ならば、それを構築するのに時間はかかろうとも、
答えを見出せないなど彼女には有り得ない事だった。
理解できなかった理由は、真実を受け入れるのをイザベラが拒絶したから。

呆然とする彼女から視線を外して騎士は天を仰いだ。
ここには居らず、されど彼方より自分達を操った怪物を睨む。
全てはジョゼフの手の上での出来事だった。
一体どこからどこまでが彼の思惑通りなのか。
いや、考えるまでもない、全部だ。
初めから結末までもがジョゼフの筋書き通り。

品評会への参加そのものが我々を誘い出す為の餌。
イザベラ嬢のトリステイン魔法学院への転校をカードにして、
ガリア・トリステイン・ゲルマニアの三国同盟という絵図面を見せたのだ。
いや、どのみち手を打たなければブラフではなく実現するだけの事。
動こうとも動かずともアルビオンの敗北は決まっていた。

攫うべきシャルロット姫はここには居ない。
出立前に確認したのはスキルニルで真似た紛い物。
ガリアに潜んだ密偵からの情報も全て偽り……故意に流した物だ。
新たに仕立てたドレスもわざわざ我々を引っ掛ける為に用意したのだろう。
シャルロット姫の肖像画が手に入らなかった我々が目印にするだろうと、
ジョゼフはそこまで計算して、この場にいる全員を弄んだのだ!
アルビオンもトリステインもガリアもゲルマニアもだ!

「……怪物め」

奴は当初から計画の全容を把握していた。
ならば事が起きる前に阻止できた筈だ。
そうすれば互いに無駄な血を流さずに済んだだろう。
この手で部下を殺めずとも騙まし討ちなどしなくとも……。

何故それをしなかったのか、
自分の手駒とならぬ東薔薇花壇騎士団が邪魔だったのか、
トリステイン王国に交渉材料となる失態を演じさせたかったのか、
それとも我々に弁解の余地もない状況を作らせたかったのか。
否。それらは全て“ついで”に過ぎない。

ジョゼフの人となりを幾つかの事例を通して騎士は知っていた。
彼の知る限り、ジョゼフの性格は歪なほど捻くれている。
何度かチェスの名人を招いて勝負をしたが、その全てにジョゼフは勝利した。
しかも、ただ勝っただけではない。その勝負の内容に問題があるのだ。
奴はあえて序盤は相手に譲って盤面を優勢に進めさせる。
それに気を良くして打ち続ければ、いつの間にか逆転されている。
これは単にジョゼフの得意な手を意味する物ではない。

奴にとって勝利するのは目的ではない。
勝利を目の前にしていながら無惨に屈する相手を。
後一手で届いたかもしれないと悔やむ相手を。
それを遥かな高みで見下ろすのが何よりの愉しみなのだ。
――そして奴にとってはチェスも実戦も同じだったのだろう。

此処ではないどこかで奴はきっと嘲笑っている。
全てが上手くいっていると思っていた我々が、
自分の掌の上で踊らされている事に気付いて絶望するのを。

胸を引き裂きたいほどの怒りが騎士に込み上げる。
犠牲者全員を冒涜するにも等しきジョゼフの凶行に、
義憤と私憤、その両方が焼き尽くさんばかりに猛る。
しかし、それを押し殺して彼はイザベラへと向き直った。
ジョゼフの娘とはいえ彼女には何の咎もない。
いや、彼女はこの場にいる誰よりも“被害者”なのだ。

哀れみを込めて騎士は彼女に言い放った。

「貴女は利用されたのです。御父上にシャルロット様の身代わりとして」
「え?」

間の抜けたような声が彼女の口から洩れる。
彼女はまだ理解できなかった。いや、したくなかったのだ。
それを認めてしまえば間違いなく壊れる。
かろうじて彼女を保っていたものが終わってしまう。

だって信じたかったから。
薄情な、人間味のない父親でも家族だったから。
たとえ疎遠でも血は繋がっている親子だから。
あんなのでも父親だと思っていたから。

平然と他人のように切り捨てるなんて、
考えたくなかった/信じたくなかった/思いたくなかった。
どれもが何の根拠もない希望だと分かっていながら。
打算と駆け引きで成り立つ世界だと知りながら、
彼女は心のどこかで肉親の情に縋っていた。
――それが今、決定的な形で裏切られたのだ。

走馬灯の如くイザベラの思い出が駆け抜けていく。 
中には楽しかった記憶もあったかもしれない。
だけど蘇る光景全てに砂嵐のようなノイズが混じる。
シャルロットもジョゼフもシャルルも王妃も、
誰もがヒビだらけの顔をイザベラに向けていた。


虚ろな瞳で見上げるイザベラに騎士は杖を向けた。
歳端もいかぬ少女を殺す事に躊躇いはなかった。
顔と素性、それに目的を知られた以上、生かして帰せない。
負けは決まったが、まだ彼等には脱出する望みがある。
それに洗脳された可能性があるのならばガリア王国は彼女を放置しない。
良くて幽閉、最悪の場合はアルビオン王国の手にかかって死亡したとされるだろう。
彼女に生きる希望はない。ならばここで楽にしてあげるのが自分の務めだ。

父親の愉悦の為に命を散らす少女に祈りを捧げる。
せめて苦しまずに、始祖と神の御許に行けますようにと。

ブレイドを帯びた杖をイザベラは無言で見つめる。
直後、彼女の指に何が触れた。
白くて丸い、玉子のような不思議な球。
彼女は自然にそれへと縛られた手を伸ばした。

彼女の心臓へと絶命の刃が迫る。
その刹那。イザベラの身体が騎士の目前から消失した。
突き出された騎士の杖が目標を失い、空を切って地面を貫く。


「うわあ!」

転がり落ちてきたイザベラの身体をエンポリオが受け止めて倒れる。
いくら小柄の少女といえど彼女を支えるだけの腕力なんてない。
炭焼き小屋の床に叩きつけられ、思わず少年は悶絶する。

そこは以前この森の中にあった炭焼き小屋だった。
とっくに朽ち果てて消滅した物をエンポリオがスタンドで具現化したのだ。
だがイザベラたちの近くにあったのは偶然ではない。
彼等は辺りに木のない開けた場所を集合地点としていた。
開けた場所というのは、つまり以前に建物か何かがあった場所である可能性が高いのだ。
そして、やはり炭焼き小屋はそこにあった。

「お姉ちゃん、大丈夫?」

身を起こしながらイザベラに怪我がないか確かめて安堵の溜息を漏らす。
落ちてきた時の怪我は勿論、その前に暴行を受けてないか不安だった。
何しろ口が恐ろしく悪いので人質とはいえ2、3発殴られていてもおかしくない。

手足を縛るロープを見て部屋に置いてあったナイフを手に取る。
幽霊は生物には干渉できないが、こうした物に対しては有効に使える。
理由は分からない。スタンドだからか幽霊だからかも分からない。
これはそういう物だと考えるしかない。

固い結び目にあまり切れ味の良くない刃を食い込ませる。
よほどきつく縛ってあるのだろう、エンポリオの力では映画のように切断できない。
見れば無理に切ろうとした所為で縛られたイザベラの手首には血が滲んでいた。
しかし、それにも関わらずイザベラは何も言わない。
苦悶の声も苦情も言わずにただ成すがままに従う。
心配しながらもエンポリオはロープの切断に集中する。
もし下手に暴れられたら余計に悪化する恐れがあるからだ。

ようやく手首を縛るロープが切断される。
疲労と安心からか溜息を漏らすエンポリオ。
その彼に拘束から解放されたイザベラの手が伸びた。

ずしんと小屋に鈍い音が響き渡った。
イザベラが掴んだのはエンポリオの首。
それを両手で万力のように締め上げながらイザベラは覆い被さる。

「お……おねえ……ちゃ……」

言葉にならない声がエンポリオの喉を震わせる。
苦しげに咳きを零し、困惑に満ちた眼差しでイザベラを見上げる。
そして同様に彼女もエンポリオを見下ろしていた。
しかし、イザベラの瞳に映るのはエンポリオではなかった。
相手の顔にかかる不気味なノイズ。
誰とも知れない者の首を締め上げながら彼女は叫ぶ。

「殺してやる…! どいつもこいつも殺してやる!
シャルロットも父上も叔父上も叔母様も、
ルイズもギーシュも連中もお前も、皆、皆殺してやる!」

鬼気迫る表情と怨嗟に塗れた言霊。
だけど、少女の瞳から行き場のない涙が溢れていた。

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