ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-37

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匿名ユーザー

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「なんてこったい。上手くいってりゃアタシが女王になれたかもしれないじゃないか」
「そんな国家の危機引き起こすぐらいなら、宮廷の連中もさすがに王制を廃止するだろうね」

ゴロゴロと地面を転がりながら抗議の声を上げる。
それをマチルダが冷たい視線と呆れた口調で平然と返す。
シャルロットの代わりってのは気に入らないがアイツに貸しを作るのも悪くない。
この調子ならシャルロットは捕まっていないだろうしね。

ただ一つだけ納得いかない事がある。
なんで私ならシャルロットの代わりになるって思ったんだ?
あの程度の条件なら確かに私でも取引材料になる。
でも、それならシャルロットを人質にする必要はない。
他の有力貴族でも十分に交渉のテーブルに持っていけるはずだ。
こんな無茶をやらかす理由なんてどこにもない。
つまりシャルロットと私に共通し、且つ他の貴族にはないもの。
……ガリア王家の血筋。真っ先に脳裏に浮かんだのはそれだ。
だけどそれが何になる? ガリアの地を離れれば何の価値もなくなる物に。

「知りたいか? 自分がこれからどうなるのかをよ」

困惑するイザベラへと不意に声が掛かった。
声の主はニタニタと笑みを浮かべるセレスタン。
その狂気を孕んだ瞳に醜態を晒す自分の姿が映る。
なんて無様、と苦笑いさえ浮かんでくる。
強気に振る舞おうと結局は人質に過ぎないと理解しているのだ。
いつ気まぐれで命を奪われるか嬲り者にされるかと怯えている。
所詮はただの小娘でしかない事を自分が一番自覚している。
だが彼女は眼を背けず、目の前のセレスタンに、
そして、芋虫同然に這い回る自分の姿を向き合った。

「言ってみろ」

彼女の返答にセレスタンは思わず息を呑んだ。
手足を縛られ、長く美しかった髪を切られ、
泥に塗れてもがく彼女にかつての優雅さを見る事は出来ない。
だが、その碧眼は曇ることなく尚も鋭く光る。
豪奢なドレスやアクセサリーで飾り付ける事さえおこがましい。
素の人間が持つ魅力の前では何もかもが霞んでしまう。
絶体絶命の状況に置かれても潰えぬ強き意志が放つ美しさ。
それを踏み躙ると想像しただけでセレスタンは興奮を抑えきれなくなった。
ましてや怨恨のあるガリア王家の人間となれば尚の事。

「何の意志も持たない人形にされちまうのさ。
アルビオン王国の命令に従う操り人形だ。
とはいえ外見も中身もそのままなら誰も気付きやしねえ。
仮に勘付いたとしても紙を丸めるより簡単に消しちまえる」

セレスタンが大きく開いた掌を握り締めながら告げる。
“それはアンタが一番良く知っているだろう”と目配せしながら。
突きつけられた彼の言葉にイザベラは自分の耳を疑った。
確かに人を操る魔法がないわけではない。
だが、それは単純な命令を実行させるだけの陳腐なもの。
加えて魔法がかかっているか調べればすぐに判明する。
仮に国王暗殺を命令されたとしても実現は不可能だろう。
―――ただ一つの例外を除いて。

メイジの魔術では不可能だ。
だけど、それがエルフの先住魔法ならば全ての前提条件は覆る。

それに気付いたイザベラの唇が震える。奥歯が噛み合わずに音を立てる。
全身に走る寒気が地面に横たえた身体に残されていた熱を奪う。
恐怖が無数の虫が這い回るように広がっていく。

「笑えるだろ? 戦火の一つも交えずに国を奪い取ろうって言うんだ」

イザベラであろうとシャルロットであろうと結果は同じ。
誰にも疑われずに王宮へと入り込んでジョゼフやシャルルに近付く。
殺すのではない、同じ様に彼等も傀儡と変えてしまえばいい。
そうなればガリアは何者にも悟られぬままアルビオン王国に支配される。
仮にその機会がなかったとしても王権の次期継承者は彼女達だ。
遠からずガリア王国はアルビオンの手に落ちるだろう。

イザベラが周囲に目を配らせる。
これがセレスタンの戯言であって欲しいと願いながら彼等の表情を窺う。
彼の同僚である傭兵達はただ互いの顔を付き合せて戸惑っていた。
それを見てイザベラは安堵の溜息を漏らした。
考えてみれば当然の事だ。いくら仕事を依頼したからといって、
傭兵に全てを打ち明けるなどとは考えにくい。
セレスタンが今後の処置について知り得るはずは無い。
ただの脅しに慌てふためいた恥ずかしさもあり、
ニタニタと笑みを浮かべるセレスタンをキッと鋭い視線で睨みつける。
その最中、突如としてマチルダが声を上げた。

「アンタ……!」

掴みかかろうとした彼女を咄嗟に騎士が制す。
そしてイザベラに悟られぬように僅かに視線を向ける。
決定的な言葉は口に出す前に封じた。
しかし鬼気迫るマチルダの表情と態度から滲み出る動揺は彼女に推理するだけの材料を与えてしまった。
それを明らかにするようにイザベラの顔から急速に血の気が引いていく。
もはや誤魔化す事は出来ない。諦めをつけるように騎士は溜息を漏らして問い質す。

「誰から聞きましたか?」

“いつ”と“どこで”は分かっている。
ここに来てから決行直前まで部下全員の安否は確認している。
ならば、その後。濃霧により視界を奪った時しか有り得ない。
我々が騎士や衛士を撹乱している間に誰かから聞き出したのだろう。
だが、これは国外はおろか王宮でさえ極秘とされる任務。
たとえ尋問されようともそう易々とは口にしない。
彼の脳裏に浮かぶのは一番可能性が高い最悪の事態だけだ。

「さあな。アンタの部下だが名前は聞かなかったな。
口を割らせるのに苦労したぜ。なにせ死を覚悟してる相手だからな。
目を焼き、爪を剥ぎ、指をへし折って、鼻を熔かしてようやくだ。
ああ、安心しな。ちゃんと証拠は消しといたぜ、もう炭も残っちゃいねえよ」

直後、底冷えする視線がセレスタンへと向けられた。
予想していた事だった。生きてはいないだろうと理解した。
しかし真実を彼の口から聞かされた瞬間、彼の手は杖を引き抜いていた。

共に死線を潜り抜けた部下達は彼の教え子であり、同時にかけがえのない同僚だった。
名誉とは裏腹の、人でなしの任務に志願した勇敢な男達だった。
任務の上での死は当然。だが興味本位で首を突っ込んだ狂人に嬲り殺しにされた無念は別だ。
たかが一人と数字で割り切れるものではなかった。
胸の奥で押し殺していた感情が鎌首をもたげる。
この一瞬、彼の天秤は大きく感情へと傾いた。

杖がセレスタンの首へと突き立てられる。
されど、それは彼の命を絶つ直前で止まっていた。
切っ先と喉下までの間は紙一枚も無い。
ひらりと舞い落ちた葉が杖に触れて切り裂かれる。
『ブレイド』を帯びた杖は人体をも容易く貫くだろう。
だが、それを前にしてもセレスタンは余裕の表情を崩さない。
微動だにせず狂気に塗れた視線で騎士を見つめる。
騎士の頬を冷たい汗が伝う。
セレスタンの杖は身動きの取れないイザベラへと向けられていた。

一触即発の状況の中、先に杖を引いたのは騎士の方だった。
それに応じてセレスタンも彼女に向けた杖を下ろす。
周囲に立つ彼の部下や傭兵達も杖に当てていた手を離した。
息が詰まりそうな緊張感に身を強張らせていたマチルダが、ふと人質へと視線を向ける。
先程までぎゃあぎゃあと騒ぎ立てていた彼女があまりにも静かだったからだろうか。
見下ろす少女の身体が小刻みに震える。

「……いや。やだ、やだ、いやだ」

まるで魘されるかのようにイザベラは首を振るう。
その姿は居丈高に振る舞う女王気取りの彼女ではない。
恐怖に屈した彼女から仮面が剥がれ落ちる。
そこにいたのは歳相応の少女でしかない。

「いや、やめて、助けて、やだ、こんなの」

イザベラは常に自分の死を覚悟していた。
王族に生まれた物の定めと彼女は理解していた。
それが謀殺された母親が身を以って教えてくれた事だった。
“裏切られたくなければ信じるな”“誰にも心の内を悟られるな”
それからは心を持たないと言われた父親の背中を見て彼女は育った。
目に映る者全てが敵に見える世界で、
明日を当たり前のように過ごせるなどとは思っていない。

だけど奪われるのは命だけではない。
過去も尊厳も居場所も彼女を形成するあらゆる物が奪われるのだ。
『自分』を奪われる……それは彼女にとって何よりも恐ろしかった。

居場所が無かった王宮での出来事も、
嫉妬だけが募る従兄妹の事も、
何の感情も向けなかった父親の事も、
どれ一つ取っても碌な思い出なんて有りはしない。
吐き気がするほど情けない感情と共に、
疑惑の目を通して薄汚い世界を見てきた。
これから先、きっと何度も惨めな思いをするだろう。
だけど、それが“私”だ。変えようのない自分なのだ。

―――だからお願い。
命も財産も家族も何もいらない。

私から“私”を奪わないで。

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