ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

11 戦場へ行く者、離れる者 後編

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匿名ユーザー

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 軍艦から浴びせられる砲撃は、どれだけ戦力を集めても簡単に蹴散らされてしまうほどの威力がある。親善訪問と称したトリステイン艦隊への奇襲は、空を制する意味では圧倒的優位を作るのにこの上なく有効な手段だった。
 それによって周辺国の信頼の一切を失うという代償から目を瞑れば、だが。
「そんな簡単に後が無くなるなんて……、よく今まで無くならなかったな、この国」
「なんとも手厳しい意見ですな。しかし、言い訳になりますが……、不運が重なりました。指導力ある王は不在。軍事的に友好国であったアルビオンは瞬く間に制圧され、抱えた内憂はここ十数年で大きく進行しております。これまで国を保って来た有能な軍人や貴族は、先の戦乱で己の身を祖国の土としてしまいましたからな。その後の平和ボケもあるでしょう。これといえるような豊作もありませんでしたから、横領と数字の水増しで逼迫した国庫が軍備の拡充という選択肢を与えてはくれなかったのですよ」
 言葉にしてみて、コルベールも酷い国だと思ったのだろう。表情を歪めて、なんとも口惜しいとばかりに奥歯を強く噛んでいた。
「しかし、どうにも踊らされている気もします。王の不在を突いた諸外国の目に見えない攻撃に、今回の軍事侵攻。ガリアやゲルマニアの煮え切らない態度と、ロマリアの静観。六千年続いていた王家の一つが倒れたにしては、余りに静か過ぎる。……まあ、私は政治に関しては素人ですからな。この状況を説明するのに、陰謀説なんて稚拙な論説を持ち出すしかないのが悔しい所です」
 そう言って、コルベールは後頭部のむず痒さを指で掻く。
 コルベールの考えは裏付けのあるものではない。的を得ているのか外しているのか、自身でも判別のつかないような話である。
 しかし、今のトリステインの問題が致命的な指導力不足なのは事実だ。王家は、伝統と、血筋と、威光をもって貴族達の怠慢を指摘し、態度を改めさせる必要があった。しかし、王妃マリアンヌは王の死の後はずっと引き篭もったまま表に現れず、アンリエッタ王女もお飾りを続けている。マザリーニ枢機卿一人では、貴族を従わせるに足る権力がないというのに。
 先王の急死による、次代の王が現れるまでの混乱期。それに付け込んで他国がトリステインに魔の手を伸ばすのは、非合理的とも不自然とも言い切れないだろう。
 良くも悪くも、トリステインは大国に挟まれた弱小にして豊穣の国である。陰謀説を鼻で笑えば足元を掬われる、というくらいの認識はあって然るべきなのかも知れない。
「俺、そういうのはよく分かんね、……ない、です」
「無理に分かる必要はありませんぞ。貴方の倍は生きている私にだって、分からない問題なのですからな。いやはや、世の流れというものは単純なようでいて複雑、複雑なようでいて単純と、先人は愚痴のように繰り返したものです。しかし、何もかもを知らぬままにしておくのは愚者のやること。考えるだけ考えて、分からなければ疑問として残しておくのが、個人の出来る精一杯なのでしょう」
 野心と欲望が錯綜する世界なんて、安易に立ち入るものではない。何があるかを想像することで世の中の流れを自分なりに解釈し、自分の信じる道を進む。
 人一人に出来ることなんて、その程度だ。
「……やっぱり、よく分かんねえ」
 今まで考えたことの無い、国という枠組みの中にある様々な苦悩。それを突然聞かされたところで、才人には原稿用紙一枚分の感想さえ書けそうになかった。
 世の中というものは、自分が思っているほど単純ではないらしい。
 才人の理解が及んだのはそれだけであり、コルベールが才人に理解して欲しかったのも、その程度の話であった。
「さて、話している間に説明する予定だった内容を殆ど喋ってしまいましたので、適当に纏めますぞ」
 雑談の間に説明するべきことの裏話が出てしまい、話の道筋を崩したコルベールは、タルブから避難を始めた以降のことを口早に語った。
「避難民は無事にラ・ロシェールに到着しました。それと殆ど同時に、アンリエッタ王女率いるトリステイン軍も現れまして、現地住民の避難と平行して街の要塞化が始まりました。私達は一時的に軍の方に身柄を収容され、簡単な質疑応答の末、解放。義勇軍を立てるということでしたので、参軍の勧誘もありましたな。その後です、ミス・タバサやミス・シエスタが学院に戻らず、ラ・ロシェールに残るとミス・ツェルプストーに伝えたのは」
 義勇軍に参加しようとしたギーシュは直接聞いていないそうだが、シエスタの家族からも挨拶があり、旅の終わりを告げられたらしい。ラ・ロシェールは戦場になるからと、キュルケやモンモランシーは才人と同じ意見を出してシエスタに学院に戻るように訴えたのだが、先にコルベールが言ったように、シルフィードの運送能力には限界があるし、何処へ逃げても結局は戦火から逃れられはしないからと、シエスタは家族と共に居ることを優先したという。
 説得を諦めたキュルケ達は、軍付きの医師に才人の治療を頼み、それが終わるまでの間にコルベール達と合流した。ミス・ロングビルが現地に残ることを伝えたのは、このときだ。
「そうして、ミス・タバサ、ミス・シエスタ、ミス・ロングビルの三人と別れた私達は、こうして学院への帰還の途についている、というわけですな」
 ちなみに、ギーシュは病み上がりと言うこともあり、戦場に病気を持ち込まれるのを嫌った義勇軍の担当士官に追い出されて、参戦は見送りとなったらしい。当然、他のメンバーも同様の理由で義勇軍への参加は拒否されていた。
「……?コルベール先生は義勇軍には参加しないんですか?」
 コルベールは風邪を引いてはいない。なら、軍に参加する条件は満たしているということになる。
 ギーシュやキュルケは武門の生まれのせいか、戦争に関係する話には意外と熱を持って話をする。臆病な所のあるマリコルヌでさえ、いつか戦功を上げて出世をするのだと息巻くくらいだ。
 貴族というものは総じて、そこに戦争があれば見栄と功勲稼ぎと誇りを持って、恐れなく参戦するもの。
 そんな風に思い込んでいる才人には、コルベールがラ・ロシェールに残らなかった理由が分からなかった。
 才人の問いかけから少しだけ時間を置いて、コルベールは言うべきかどうかを悩んだ末に閉じた口を開いた。
「私は、争いごとは嫌いでね。タルブでの事だって、力を持たない村人や生徒達を守るという理由がなければ、杖は握らなかった」
 コルベールの考え方は、トリステインでは臆病者と罵られてしまう類のものだ。女子供ならともかく、それなりの年齢に達した男子が語ることではない。
 その信条が色々と事を荒立てた事も有ったのだろう。へえ、と息を漏らしただけの才人にさえ、コルベールは情けない表情になって肩身を狭くしていた。
 だからだろう。訊いてもいないのに、コルベールは今の信条を得た理由を言い訳のように語り始めたのは。
「火のメイジというものは、何処へ行っても戦う力ばかり求められる。火は破壊に用いられるものだって常識があるんだよ。でもね、私はそうは思いたくない。火は破壊以外の、別のことにも使えるはずなんだ」
 才人は、宝探しの旅に出る前のコルベールの授業で“愉快なヘビくん”という、エンジンの出来損ないのようなものを見たことを思い出し、コルベールのやりたい事を理解する。
 地球で言う、蒸気機関車だとか、クルマだとか、そういう人の役に立つものとして火を扱いたいのだ。
「だから、戦わない……?」
「私には私の戦いがあるというだけのことだよ。争いそのものを否定するつもりは無いし、火を破壊に使うなとも言わない。ただ、世の中の人々の視野がもう少しだけ広くなってくれたらと思うんだ。本当に、それだけなんだ」
 火を人の役に立つ力として使えれば、きっと沢山の人が救われるし、辛い思いをしなくても済むようになる。コルベールの、魔法使いではない科学者としての考えが広まれば、将来的には地球の科学と同様の発展を遂げるだろう。いや、魔法という概念が確たる証拠と共に存在しているハルケギニアなら、地球以上の発展を遂げるかもしれない。
 そうしたら、もっと、もっと……!
 漫画やアニメの世界を想像した才人は、鼻息を荒くしてコルベールに詰め寄った。
「俺、先生を応援します!絶対上手く行きますよ!」
「そ、そうですかな?う、うむむ、そうか。そうですな!最近、自分のやっていることに自信が無くなって来ておりましたが、なんだかやる気が出て来ましたぞ!」
 役に立たない研究ばかりを続けていると、陰口を叩かれる生活に疲れ果てていたコルベールにとって、才人の励ましは何よりの救いであった。
 救われ過ぎて、抑圧されていたものが噴水のように噴出している。
 長年捜し求めてきた理解者の存在が、コルベールを年甲斐も無く大はしゃぎさせていた。
「ん、んん……?なによもう、うるさいわねえ。って、ダーリン!起きて大丈夫なの?」
「ふあ、あああぁ……。どうしたのよ、キュルケ」
「もうちょっと静かに……、眠れないじゃないか……」
 コルベールの声に起こされて、キュルケ達が目を覚まし始めた。
 一番最初に目を開けたキュルケがコルベールを押し退けて才人に抱きつき、眠気の残るモンモランシーとギーシュは、才人を視界に入れてもまだ瞼を半分しか開けないまま、寝心地の良いヴェルダンデの毛皮に全身を委ねている。
 二人とも、寝起きですぐ動けるタイプではないようだ。
「もう、ダーリンったら!心配してたのよ?タルブじゃ一人で突っ走っちゃうし、帰って来たかと思えばすごい怪我しているし……、ここ数日、食事も喉に通らなかったわ」
 もたれかかる様に才人の胸元に肩を寄せ、胸板の上に指先を滑らせる。
 艶かしいキュルケの視線が、才人の頬を真っ赤にした。
「なにが食事も喉に通らなかった、よ。飲んだ薬が苦くて、誰よりも沢山木苺を食べてたのは誰だったかしら?ラ・ロシェールでまともな食事にありつけたって、お腹を膨らませていたのは何処のゲルマニア貴族?」
「あら、そんなことあったかしら?ごめんなさい。甘いものばかり卑しく食べて口の周りをべたべたにしていたトリステインのお子様の印象が強くて、忘れてしまったわ」
 モンモランシーが欠伸混じりにキュルケの嘘に指摘をして、反撃に自分の醜態を晒される。
 優等生タイプのモンモランシーと不良タイプのキュルケとでは、性格の面に若干の不一致がある。二人の仲は、度々こうした互いの粗を突いた言葉で険悪になるのであった。
「こ……、このアマ!」
「なによ?やる気?」
 互いに杖を取り、殺気を込めて睨み合う。
 怒れる感情がモンモランシーの魔力を底上げして、トライアングルクラスのキュルケに拮抗していた。才能が無駄に発揮されている。
 充満する狂気。吹き荒れる魔力。
 それに怯えたギーシュや才人、それにコルベールが後退る。フレイムやヴェルダンデまでが争いから逃れようと後退する。背中を戦場にされそうなシルフィードが、迷惑そうにきゅいきゅい鳴いていた。
「ぐ、ぐぎゃっ!?」
 ずるり、とフレイムの足がシルフィードの鱗肌の上を滑り、宙に浮いた。
 逃げ回るには、シルフィードの背中の上は狭過ぎたのだ。
 しかし、それだけで落下してしまうほど四足のバランスは悪くはない。フレイムだって、落ちないようにしっかりとシルフィードに捕まるくらいの知能は十分にある。
 ただ、フレイムの体に乗っかって眠り続けている太っちょはこの事態に欠片も気付いておらず、バランスを取るとかいうレベルの問題ではなかった。
「ああっ、マリコルヌが落ちた!」
 キュルケとモンモランシーの対決に喉を鳴らしていたギーシュが、フレイムの叫びを聞いて落ちていく肉達磨を目視する。
 重力加速度に従って地表への激突速度を急速に増しているが、肉達磨が目を覚ます様子は今のところ、ない。
 放って置けば、肉達磨はそのまま血達磨に名前を変えるだろう。自然に優しい有機肥料と化すに違いない。九割方蛆虫の餌になるだろうが。
 喧嘩腰でお互いしか見えていないキュルケとモンモランシーは、ギーシュの言葉を聞き流して牽制し合い、杖に魔力を溜めている。コルベールは一応助けようと手を伸ばしたのだが、その手にあるべき物がないことに気付いて、顔色を変えていた。
 才人も魔法なんて使えない。落ち行くマリコルヌを救えるのは、今のところギーシュしかいなかった。
「ええい、レビテーション!!」
 豆粒ほどの大きさになったマリコルヌの体を、ギーシュが魔法で支える。しかし、一度付いた加速は簡単には止まらず、魔力の支えであるギーシュの精神力を一気に削り取った。
「うわあっ、ね、眠い!意識を失いそうだ!!」
「頑張れギーシュ!諦めたら、そこで終わりだぞ!」
 マリコルヌの人生が。
「し、シルフィード!マリコルヌを、回収してくれええぇぇ……!」
 もはや、ギーシュにはマリコルヌを今の高度にまで引っ張り上げる余力はない。その場に留めるのが精一杯だ。
 きゅい!と鳴いて、シルフィードは返事をすると、進路を変えてマリコルヌの元へと向かう。
 急速に変わる景色。
 その途中で、空中で静止するマリコルヌの下方にある街道を、馬に乗った少女が通り過ぎて行くのを才人は見た。
「あれ?今のって……」
「サイトォー!僕の頬を思いっきり叩いてくれ!でないと、瞼が閉じてしまいそうだ!!」
「お、おお!分かった!分かったけど、それで気絶するなよ!?」
「善処する、とだけ言っておこう!」
 ギーシュの要請に答え、才人は見たものを忘れて友人の頬を思いっきり殴りつけた。
 デルフリンガーなんて大きな剣を振り回す才人のパワーは、あくまでもガンダールヴの力によるもの。普段の才人は同年代の平均程度でしかない。つまり、へなちょこだ。
 しかし、偶然にも良い所に綺麗に入ったのか、才人のパンチがギーシュの顎が半月を描くように揺らして、そのまま白目を剥かせてしまった。
 魔法を使っている人間が気絶したことで、レビテーションの魔法も当然効果を失う。
 一時停止していたマリコルヌの体が、再び重力に引かれて落ち始めた。
「わあああああぁぁぁ!マリコルヌウウウゥゥゥゥッ!?」
「え、なに?どうしたの?」
「ああっ、マリコルヌが!マリコルヌが地面にっ!」
 才人の叫びに反応して、キュルケとモンモランシーが事態に気付く。しかし、今から魔法を唱えるには時間が足らず、シルフィードも僅かな差で間に合いそうになかった。
 このままでは、ぽっちゃりさんがコロッケ専門店に出荷されるようなミンチ肉になってしまう。揚げたてホカホカ表面サクサクな、狐色のニクイ奴になって店先に並べられてしまう。
 だが、運命はマリコルヌを見捨てなかった。いや、彼自身が運命を切り開いたのだ。
 マリコルヌの使い魔であるクヴァーシルが、マリコルヌのマントを掴んで大きく羽を広げる。
 クヴァーシル自体は大きな鳥ではない。しかし、翼を広げれば1メイル程度には達し、僅かだが風の抵抗を作って落下速度を殺すことは出来た。
 使い魔と主人は一心同体。マリコルヌは、クヴァーシルという自身の分身をもって運命に抗う為のささやかな時間を手に入れたのだ。
 そして、シルフィードがマリコルヌを救うのには、そのちっぽけな時間で十分であった。
「きゅいいいい!」
 マリコルヌの体をシルフィードはすれ違い様に銜え上げ、上昇していく。と同時に、両手でクヴァーシルを回収した。
「は、あ、はああぁぁぁ……。良かった、間に合った」
 気絶したギーシュを除いた全員が息を吐いて胸を撫で下ろす。
 危険な宝探しの旅が無事に終わりそうだというのに、あと少しのところでこんな意味不明な事が原因で犠牲者が出るところであった。
「……まだ寝てるし」
 もう少しで死ぬ所だったというのに、図太くも寝息を立てるマリコルヌの呆れて、モンモランシーが自分の顔を撫で付ける。隣のキュルケは、浮かんだ汗をハンカチで拭っていた。
 二人の間にはもう、険悪な空気はない。
 意見の差でぶつかるのも早ければ、頭に上った血が冷めるのも早いようだった。
「シルフィード!悪いけど、そいつは銜えたままで運んでくれないか?」
「クゥ?きゅい!」
 また落ちてもらっても困るからと、才人がシルフィードにお願いすると、シルフィードは了承するように鳴いて、返事をしたために開いた口からマリコルヌを落っことした。
 才人が驚いたのも束の間、落下速度が乗る前にマリコルヌを再キャッチして、シルフィードは首を縦に振る。口を開けるのは危険だと学習したようだ。
 また一つ安堵に溜め息を吐いて、才人はふと思い出す。
 街道を走っていた馬の背に乗っていたのは、果たして誰だったのだろうか、と。
 遠目にも分かるピンクブロンドの髪だけははっきりと覚えているのだが、それがルイズだという確証はない。ハルケギニアは、とにかく奇抜な髪の色の人間が多いのだ。ピンク色の髪だからと言って、それがイコールでルイズと繋がるわけではない。
 しかし、あれはルイズのような気がする。
 漠然とだが、奇妙な確信を持って結論を出した才人は、湧き上がる追いかけようという気持ちを無理矢理に押し潰す。―――なら、好きにしなさいよ!でもアンタの帰ってくるところはここには無いからね!――ああそうしてやるよ!二度と戻ってくるもんか!そのまま日本に帰ってやる!!
 喧嘩別れした時の情景が、今でもはっきりと思い出せてしまう。
 旅の間に怒りも消えてしまったが、それでも、男の矜持みたいなものが才人を素直にさせなかった。
 忘れよう。見なかったことにすればいい。
 諦めにも似た感情が胸を占めて、酷い罪悪感がガン細胞のように広がる。
 主人と使い魔の関係とはいえ、人間と人間だ。なら、無理に主従を貫く必要は無い。
 忘れる。忘れるんだ。忘れ……。
「あれっ?」
 忘れるという言葉に頭の中で何かが引っ掛かり、才人は素っ頓狂な声を上げた。
 なにか、忘れている。忘れようと思ってなかったのに、忘れてしまった存在がある。
 指差して、キュルケ、モンモランシー、ギーシュ、マリコルヌと数え、使い魔達も指折り計算していく。
 宝探しの旅のメンバーに、欠員がある気がした。タバサやシエスタもきちんと数に入れているのに、何かが足りない。
 ううむ、と才人は唸り、眉を顰める。
「どうしたの、ダーリン?難しい顔して」
「いや、なにか宝探しを始める前と比べて足りない気がするんだけど……、それが何なのか分かんねえんだよ」
 悩む才人に首を傾げるキュルケは、足りない何かを考えて一つ一つ上げていく。
「なんか、色々失ってるわよ?あたしの髪とか、多分、修復出来そうに無いくらいボロボロのダーリンのその服とか、折角手に入れたお宝とか、コルベール先生の杖とか……」
「え、コルベール先生、杖失くしたの?」
 キュルケの言葉に才人は振り返り、騎手を務めるコルベールの背中を見る。
 一応、声は聞こえているのだろう。
 才人が驚きに声を上げた瞬間、コルベールの肩が少し不自然に揺れて動揺する様子を見せていた。
「メイジにとって、杖は生涯の伴侶も同然。替えが利かないわけじゃないけど、再契約するにしても数日はかかるから、普通は失くさないんだけどねえ。あっ!そうそう、それで思い出したけど、ラ・ロシェールで軍の人がコルベール先生を義勇軍に参加させようとしたのよ。それでね、杖を失くしたって言ったら凄い顔して……、それがもう、おかしいのなんのって!」
「……コルベール先生?」
 争いが嫌いだからという言葉は何処へ行ったのか。
 疑惑の視線を向ける才人に、コルベールは冷や汗をだらだら流しながら、慌てたように振り返って弁明を始めた。
「い、いや、サイトくん、これは違うんだ!私が争いごとが嫌いなのは紛れも無い真実にして事実であって、杖を失くしたのは偶然でね?杖があったとしても、義勇軍には参加しないつもりだったんだよ!」
「あら、先生ったら、そんな臆病者を演じなくってもいいのよ?素直に、自分は杖を失くすような間抜けでした、って言えばいいじゃありませんか」
「み、ミス・ツェルプストー!それは、また別の問題であって……!」
 笑いを堪えるキュルケにまで弁明を始めるコルベールに、才人は冷たい視線を送って、失くしたという言葉に唐突に反応した。
「ああああああああああああああああっ!!」
「な、なにダーリン!?」
「どど、どうしたね、サイトくん?」
 その場に立ち上がって絶叫を上げた才人を、キュルケやコルベール、それに会話に参加していなかったモンモランシーが見上げた。
 呆然と空を見詰め、暫く硬直していた才人は、自分に向けられる視線に顔を向けて、震える声で言った。
「……どうしよう。デルフをどっかに置いて来ちゃった」
 ガンダールヴの力を発揮するのに欠かせない大切な相棒は、六千年の時を過ごした知恵ある太古の刀剣は、今の今まで完全に存在を忘れられていたのだった。

 ちなみに。
「相棒~!どこ言ったんだよおおぉぉ!?置いてくなんて、あんまりだああぁぁぁぁあ!!」
 そんな風に、置き去りにされたデルフリンガーが泣き叫んだかどうかは、定かではない。

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