ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-36

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匿名ユーザー

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「平和ね。笑ってほしいのかい、それとも蔑まれたいのかい?」

吐き捨てるようにイザベラは言い放った。
何かを為すには犠牲が必要だ、彼女もそれぐらい知っている。
お店で何かを買うのに代価を支払うのと同じだ。
だけど、これが狂気の沙汰だ。
トリステイン、ガリア、ゲルマニアのお偉方が集まった場所での襲撃なんて、
全世界に向けてアルビオンが宣戦布告したに等しい。
トリステインの連中だって馬鹿の集まりじゃない。
調べればアルビオンが関与したという確証を導き出せるだろう。
それまで生き延びてさえいればいいのだ。
連中の思惑なんざ関係ないね。どうせ失敗するに決まっている。
吹っ切ったイザベラはふてぶてしい態度で彼に接した。

「丁重に扱って貰えるんだろうね」
「約束しましょう。アルビオンの料理はお嫌いですか?」
「あんな不味いの好きになる奴がいるか。ワインで流し込まなきゃ食えたもんじゃない」
「では、食事にワインをお付けしましょう」

とても人質とは思えぬ要求にマチルダは肩を竦めた。
同じ王女といえども気品では『彼女』の方が遥かに上だ。
もし社交界に出れば一躍その名を轟かせる事になるだろう。
……ただし、それが出来ればの話だが。
今、衆目に彼女の姿を晒す事は出来ない。
だけど後数年、それだけの間を耐え忍べば価値観は逆転する。
彼女が陽の下を、平然と他人の目を気にせずに歩けるのだ。
だから、それまでの間、私は悪魔よりもおぞましい怪物となろう。
人の姿を借り、人を騙し、命を奪う怪物に。

「で、いつになったら解放してくれる?」

ほれ、と縛られた腕を差し出してイザベラは本題を切り出した。
無駄に思えた会話はこの一言の為の伏線。
言葉のキャッチボールを続けさせる事で、
不意の問いかけを仕掛けて本音を洩らせようとしたのだ。
そんな思惑を知ってか知らずか、彼は正直に彼女の問いかけに応じる。

「ガリア王国との交渉が成立したらすぐにでも」
「……どうも長期滞在になりそうだね。アタシ専用の別荘でも建ててもらうか」

諦観したイザベラから本気とも冗談とも取れない言葉が口をついて出る。
戦場での捕虜引渡しは大抵値段が決まっているので楽だが、
これが王族とか伯爵、侯爵になってくると話はまるで違う。
人質を取った側は圧倒的に優位な立場となり、
どう考えても呑めるような条件ではない物さえ突きつける。
中には、領土を半分よこせだの、美女1000人を用意しろなどあったらしい。
後は双方が歩み寄って妥協できる点で合意する。
戦後処理よりも長引く事などザラだ。
しかし、彼女の不安を払拭するように彼は告げた。

「いえ、要求するのは空軍の一部縮小と『聖地』の不可侵、これだけです」

あっさりと言い放つ彼に、イザベラは唖然とした表情を浮かべる。
その提案には何一つとしてアルビオンのメリットになる事は含まれていないからだ。
空軍の戦力を縮小した所でまた新しく戦列艦を建造すれば済む話だ。
『聖地』だって凶悪なエルフがゴロゴロいるような場所に好き好んで行く奴はいない。
意味がまるで分からないが、ガリア王国はたとえ人質がアタシだろうと条件を呑むだろう。
あー、でも、せっかくの機会だから見捨てようとか言い出す奴が2、3人はいるかな。
もしギーシュが聞いていれば『桁を2つ3つ間違えてないかい?』と言っただろう。

不意に、彼女の脳裏にある疑惑が走った。
学院とその周辺を覆うだけの濃密な霧、
あれだけの魔法をこの程度の人数で生み出せるのか。
仮に出来たとしても長時間維持していられるか。
そこに加わった『聖地』というキーワードが空白の部分に当て嵌まる。

「まさか……エルフと手を組んだの?」

ふるふると震える喉でイザベラは言葉を搾り出した。
間違いであってほしいと彼女は思った。
人間とエルフの交流が皆無というわけではない。
東方やサハラでは交易も行われていると聞く。
だけど今回の件はそれとは決定的に違う。
領土的野心を持たないエルフが国同士の諍いに介入してきたのだ。
それはハルケギニア全土を震撼させるに足る報だろう。
縋るような想いで見上げる彼女に騎士は何も答えなかった。
だが、その態度が何よりも雄弁に“真実”だと語っていた。

「正確には利害が一致した、そう言うべきでしょう」

真相を悟ったイザベラに騎士はそう言った。
ただ呆然とする彼女にその言葉が届いたかどうかは定かではない。
敵はアルビオンの騎士団だけではない、それ以上の伏兵がいたのだ。
彼女の思惑が根本から大きく覆される。
果たしてここにエルフに対抗できるだけの戦力はあるのか。
花壇騎士団、魔法衛士隊を総動員して勝ち目はあるか。
困惑する彼女に追い討ちをかけるかのように彼は告げた。

「助けは来ませんよ、シャルロット姫殿下」

肩を落として項垂れる彼女の姿を見て、マチルダは微かに罪悪感を抱いた。
希望は生きる気力だ。それが無いと分かった時の絶望は底知れない物がある。
確かにアルビオンまで連れて行くには大人しい方が助かる。
だけれども、こんな幼い少女には酷な話だったかも知れない。

泣いているのだろうか、見下ろした少女の肩が震えていた。
心配して顔を寄せたマチルダが凍りつく。
イザベラの身体を震わせていたのは怒り。
その表情は引き攣り、まるで笑っているようにさえ見える。
般若の形相を浮かべてイザベラは顔を上げて叫ぶ。

「誰がシャルロットだ! 誰が!」

がおー、と雄叫び上げる彼女に一同は目を丸くした。
急激な感情変化もそうだが、何よりも彼女の口走った言葉に驚愕が走った。
冷静を保っていた騎士が何食わぬ顔で彼女に答える。

「誰とは、貴女以外にいらっしゃいませんが」
「だから違うって言ってるだろうが! このスットコドッコイ!」

捲くし立てる彼女を前に、騎士の頬を冷や汗が伝った。
嘘を言っているようには見えない、それとも迫真の演技だろうか。
最悪の想像はしたくないが、それを考慮するのが彼の仕事だ。
意を決して彼はイザベラに聞いた。

「それでは、花壇騎士に守られていた貴女は何処のどちら様でしょうか」
「私はガリアのイザベラ様だよ! あんな小娘と一緒にするんじゃないよ!」

イザベラの名乗りに彼は覚えがあった。
ガリア王シャルルの実兄である大臣ジョゼフ、
その一人娘の名前が確かイザベラだったはずだ。
透き通るような美しい青い髪は王族のみと聞く。
彼女がシャルロット姫でないと言うなら本人である可能性が高い。
眼鏡を外して曇りを拭き取りながら騎士は質問を投げかけた。

「それでは二、三お聞きしたい事があるのですが」
「なんだい? 一応聞くだけは聞いてやるよ」
「イザベラ嬢がトリステイン魔法学院に留学する、
これは市井の噂にもなっていた事ですからいいでしょう。
ただ、彼女が留学するのはまだ先の話だと窺っています。
神聖な使い魔召喚の儀式を他国で行うわけにはいかない、
故に、ガリア王国で使い魔召喚を済ませてからと聞きましたが」
「馬鹿か。そんな配慮、王宮の連中がする訳ないだろ」

騎士の返答に呆れかえった様にイザベラはわざとらしい溜息を漏らす。
シャルロットならまだしも彼女は完全に厄介者扱いだ。
どこで何をしようと王宮に住まう者達は関知しないだろう。
もっともそんな裏事情を他国の人間が知っているとも思えないが。

「では、貴女の着ていたドレスについてですが」
「……結構気に入ってたのに、血で汚しやがって」
「なら交渉の条件にイザベラ嬢に新しいドレスを買ってあげる事を追加しましょう。
それはともかくとして、あのドレスは王女の為に仕立てられた物と聞きました」

これは彼等が極秘裏に掴んだシャルロットに関する情報だった。
ガリア王国に潜む密偵が王室御用達の仕立て屋から聞き出したものだ。
そのお披露目は間違いなくトリステイン王国で行われる『使い魔品評会』と踏んだ。
だから、それを目印にすれば濃密な霧の中でも見つけられると思ったのだ。

「ふざけんな! あのドレスはアタシんだ!」

激昂する彼女の唾が騎士の顔にかかる。
それを拭き取りながら彼は考える。
彼女の着ていたドレスはオーダーメイドで寸法もぴったりだった。
体型が全く瓜二つでもなければあそこまで合う事はないだろう。
同じドレスを寸法を変えて二着作ったのか、それは有り得ない。
厳格なガリア王宮が従姉妹とはいえ王族と同じ格好を許すとは思えない。
ちらりとセレスタンに目線を配らせると、彼は肩を竦めて笑いながら言った。

「王妃の膝の上にいたんだぜ。誰だって王女だと思っちまうだろ?」

なあ、と聞き返すセレスタンにイザベラは顔を背けた。
あの当時、イザベラは母親を亡くしたばかりで落ち込んでいた。
それを不憫に思った王妃が母親のように彼女に接してくれていたのだ。
もっとも母親を奪われる形となったシャルロットはよく部屋で一人不貞腐れていたが。
思えば、あの頃からだったか。彼女が今のような内気な性格になったのは。

「で、どうするんだい? 他人違いしたマヌケの大将さんは」

思慮に暮れる騎士を見上げてせせら笑うようにイザベラは訊ねた。
さぞや悔しげな表情を浮かべているだろうと楽しげに。
しかし彼の顔に焦りや後悔といった感情はなかった。

「些か手違いはあったようですが問題ありません。
イザベラ嬢でも十分に役目を果たしてくれるでしょう」

多少の誤差は計算の範囲内だと彼は判断した。
その一方で彼の胸中を黒い影が占める。
イザベラと自分達の話の食い違い、
まるで掛けるボタンを違えたような違和感。
それが何から来ているかという事に、彼は気付き始めていた。

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