ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-34

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匿名ユーザー

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鼓膜を激しく震わせる轟音と身を引き裂かんばかりの衝撃波。
それを地に伏せて必死にやり過ごしたコルベールはゆっくりと顔を上げた。
砂塵が視界を覆う中、はっきりと塔のシルエットが浮かび上がる。
彼の口から安堵の息が漏れる。少年の判断は正しかった。
もし、炎の壁を強行突破していれば何人かは重傷を負っていたかもしれない。
それに、パニックになった彼等を火と衝撃に巻き込まれぬように誘導できたかどうか。

土を払って起き上がろうとした最中、耳障りな雑音が響いた。
近い物を挙げるとすれば何かを引っ掻くような音に似ている。
それは次第に大きさを増し、悲鳴のような異音へと変貌していく。
不安を掻き立てる騒音を耳にして、コルベールはじりじりと後退る。
特殊部隊で鍛え上げられた勘が危険を告げる、“全力でその場から離れろ”と。
その一方で、理性が彼に強く命令する、“生徒達を助けろ”と。
両者に挟まれて動きを止めたコルベールの前で、悲鳴は断末魔へと変わった。

彼の目に映るシルエットが傾いていく。
亀裂が走った塔の外壁が砕け、周囲に破片を撒き散らす。
始めはゆっくりと、やがて加速をつけながら地面へと吸い込まれる。
巨大な棍棒を叩きつけられたかのように地震の如く足元が大きく弾む。
それに耐え切れなかったのか、それとも目の前の光景が信じられなかったのか。
コルベールは倒れ込み、ぺたりと地面にその腰を落とした。
舞い散る粉塵が完全に視界を奪っても、彼はそれに何も感じなかった。
晴れ渡った直後、全てが見間違いで塔は健在のまま。
そして避難していた彼等が談笑しながら出てくるなどと、
そんな現実逃避を思い浮かべたりは出来なかった。
現実を受け入れる事も、夢想に逃げる事も出来ず。
―――ただ、とても大切な何かが終わったのだと。それだけを確信した。

耳の中で反響する崩落の残滓が彼の無力を嘲笑う。
それに入り混じって聞こえる、自分を呼ぶ声。
ミスタ・ギトーに彼の教え子達、塔の中で敢え無い最期を遂げた者達のものだった。
(……また、増えましたね)
『ダングルテールの虐殺』からずっと、彼の耳には住民達の声がこびりついていた。
悲鳴、祈り、怨嗟、助けを求める声、同様に炎の中に消えた命の叫び。
恐らくは向こうから自分を呼んでいるのだろう。
それでも生きているからにはやれることがあると信じ続けてきた。
戦争にしか使えないといわれた忌まわしい火の魔法を、
多くの人達の幸せに活用できないかと研究を重ねた。
しかし、私は何も成せなかった。
己で戒めたにも関わらず炎の魔法を用い、
目の前にいる生徒達さえ救えなかった私に価値などない。
復讐を果たす気力さえもない。
もう悪足掻きは終わりにしよう。
あの日からずっと続いていた悪夢はこれで終わる。
否。最初からこうするべきだったのだ。

己の杖を掲げてコルベールは詠唱をはじめた。
火力は最小限に、一秒でも長く炎に巻かれる苦痛を引き伸ばす為に。
杖を振り下ろす直前、彼の手が砂塵の中から伸びてきた手に掴まれた。

「待て! 私だ、ミスタ・コルベール!」

声を張り上げながら現れたのはギトーだった。
コルベールに敵と誤認されたと勘違いし慌てた彼は必死に魔法を止めさせた。
その背後には、中に閉じ込められた生徒たちの姿も窺える。
安堵よりも先に口を突いたのは疑問の声だった。

「何故、一体どうやってあそこから……」
「それが、私にも分からんのだが気付いたら別の場所にいたのだ」
「は?」
「どこか貴族の屋敷だと思うのだが、しばらく呆然としていたらここに戻されていた。
……言っておくが私の頭は正常だぞ。今朝食べたパンの枚数も思い出せる」

全てが不可解で謎に包まれた出来事にギトーは首を傾げた。
しかし、その疑問を解消できる鍵を持っているコルベールだけが理解した。

あの時、確かにエンポリオ君は『建物の中に避難する』と言っていた。
だが、それは塔の事ではなく彼のスタンドが作り出す『幽霊屋敷』!
だからこそ内部に閉じ込められた彼等も生還できたのだ。
それを悟った瞬間、コルベールは彼の姿をどこにもない事に気付いた。

「ミスタ・ギトー! エンポリオ君……ミス・イザベラの使い魔はどこに!?」
「あ、ああ。あの子供なら戻ってきた早々、どこかへ行ってしまったよ」

返答を聞いて即座にコルベールは駆け出そうとした。
しかし前に出した足は止まり、やがて踵を返した。
コルベールは彼の後を追う訳にはいかなかった。
目の前には未だ窮地を脱したとはいえない生徒たちがいる。
これを放り出すのは、先程自分が体験したように見殺しにするのに等しい。
ひとりの友人と多くの生徒、それを秤にかける事は出来ない。

だから信じようと思った。
あの少年が持つスタンドではない、人としての力が、
この絶望的な状況を切り開くだけの強さを秘めていると。

「………そんな」

まるで足場を失ったかのようにエンポリオの足が崩れ落ちる。
塔が崩落するのを目にして駆けつけたギーシュから、
イザベラの状況を聞かされて彼は一目散に現場へと向かった。
騎士が2人も護衛についているのなら襲撃も凌げるはず。
間に合えさえすればスタンドを使って隠れてしまえばいい。
彼女の無事を信じ、それだけを考えて駆けつけた。
だが、そこで目にしたのは悪態をつく彼女の姿ではなかった。

地面に横たわる、海の如き深い色彩のドレスを纏った少女。
しかし、その首から上は完全に失われていた。

「そんな……何かの間違いだ」

地面についた手が何かを掴む。
それは長く透き通った青い髪の束。
首を落とす時に切れてしまったのだろう。
それが誰の持ち物であるかをエンポリオは良く知っている。
彼女の一部をぎゅっと握り締めてエンポリオは黙祷を捧げる。

彼女の隣には、跪いたまま息絶えた騎士。
少し離れた所には燃やされて原形を留めていない屍がある。
恐らくは彼等がギーシュに聞いた護衛の騎士だろう。

「……また、助けられなかった」

ぽつりとエンポリオは呟いた。
目の前で死んでいった仲間たちの姿が脳裏に蘇る。
直後、彼は涙を袖で拭った。
戦いに倒れていった仲間たち。
彼等を思い出して立ち上がった。
そう。彼等は最期まで自分の意志を貫いた。
だから今は立ち止まってはいけない。
―――泣いていいのは、全てに決着を付けてからだ!


「静まれぃ! 双方、杖を引くのだ!」
ド・ゼッサールの制止の声も無数の怒号に掻き消される。
正門前は殺到した関係者と衛士隊のひしめき合う地獄と化していた。
いや、ただの混乱ならばまだいい。
だが両者は杖を抜いて戦闘を始めてしまっていた。

発端となったのは本塔の爆発と崩壊。
飛び散った破片が正門前へと殺到していた貴族達に降り注ぎ、
それが見えない刺客に追われていた彼等を恐慌状態へと導いた。
津波の如く押し寄せる彼等を抑えつけていたのも束の間。
その一角を支えていた衛士の肩をエアカッターが切り裂いたのだ。
訪れる一瞬の静寂。誰がやったかなどは分からない。
だが貴族達はようやく見えた綻びに目の色を変え、
衛士達はいつ襲ってくるとも知れない恐怖に、互いに杖を抜いた。

実力では圧倒的に勝る衛士達も数の前ではその真価を発揮できない。
ましてや相手は有力な貴族のお偉方。下手に命を奪えばどうなる事か。
それを恐れて防戦にならざるを得ない彼等に向けられる魔法の数々。
周囲に気を配る余裕さえ失われ、次々と正門から脱出を見逃してしまう。
かといってそれらを追おうとすればパニックを起こしている者達を止められない。
歯痒い心境でド・ゼッサールは事態の収拾に徹する。
彼の背後を、騎士と思しき一団が悠々と通り抜けていく。
その先頭に立つのは肩に大きな袋を抱えた中年の騎士だった。


一方で、状況確認と犯人逮捕に当たっていた衛士達は凄惨な現場に顔を顰めていた。
生徒や教師、見学者、それらの見境なく文字通り無差別に襲撃者は殺戮を繰り広げ、
犠牲者の多くは焼き払われ原型を留めておらず、遺体よりも炭と形容するのが正しかった。
また新たに発見された屍を前にして衛士の一人が毒づいた。

「始祖と神に対する冒涜だぞ、これは」
「落ち着け。冷静を欠けば敵の思う壺だ」
三人一組の小隊を指揮するリーダーが彼を戒めるように諭す。
何故、死体に火を放っているのかは不明だが、
こちらの対する挑発・示威行為である可能性が高い。
王家が一堂に会するこの日を選んだのも、
伝統と格式のある魔法学院を破壊したのもその為だろう。

「一体どこの阿呆がこんな大それた真似をしたんでしょうか?」
「どこかの国の手の者とは考えづらいな。
アルビオンの兵士もガリアの花壇騎士の死体も、かなり見つかっているからな。
まさか偽装工作の為だけに兵を死なせたりはすまい。
しかし、これだけの規模となると高級貴族といえども……」

犯人については皆目見当が付かないのが実情だった。
生存者から得られた情報は連中が布で全身を覆っているという事実のみ。
撃退した者から話を聞いても素性が明らかになる前に自害したと言う。
つまり、今この瞬間にも連中は素知らぬ顔で避難しているかもしれないのだ。

「だとするとゲルマニアの成金連中ですかね?」
「それなら姫殿下が嫁いでからやるだろうな。
そうでなければトリステインを合法的に手に入れられんからな」

完全に捜査が行き詰った事をリーダーは感じていた。
周囲を覆う霧が真実さえも隠してしまったかのように思えてくる。
敵が見えないのがこんなにも気色が悪い事だとは考えもしなかった。
これならば万の敵と杖を交えていた方がよっぽど気楽だ。
苛立ち混じりにリーダーは部隊の撤収を告げた。

「これは……違うッ!」

エンポリオは唐突に叫び声を上げた。
彼女の形見にイザベラの家族に渡そうと身に着けている物を探していた時だった。
イザベラが指に嵌めていたはずの指輪が無くなっていた。
それだけなら盗られたという可能性も否定できない。
しかし、それなら値打ちのある彼女のドレスも剥いでいくだろう。
いや、これは強盗や追剥なんかじゃない。
首を持っていった時点でこれは間違いなく暗殺だ。
指輪なんて証拠に残るような物を持っていこうとするだろうか。

その『不自然さ』が糸口だった。

次に目についたのが血痕。
確かに辺りに飛び散っているが、明らかに『少ない』。
生きたまま、あるいは死んですぐに首を刎ねたなら辺り一面が血に染まっているはず。
なのに切断面とドレス、その近辺にしか血の跡はない。
これでは『死んでしばらく経ってから首を切り落とされた』かのようだ。
血の広がり方から見ても、隣で息絶えた騎士のおじさんよりも先に死んでいる。
仮説が証明するように繋がっていく事実。
そこから導き出された結論にエンポリオは声を上げた。

「この死体はお姉ちゃんのじゃないッ!」

首を持っていったのはそうせざるを得なかったんだ!
指輪は持っていったんじゃない、指に合わなかったから嵌められなかった!
体型は合わせられたとしても、指の太さまでは分からないからだ!
『死んだように見せかける必要があった』―――それはつまり!

「お姉ちゃんはまだ生きているッ!!
そして、生きているなら必ず助け出せるッ!」

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