ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-33

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匿名ユーザー

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昏倒している男とキュルケ、その両方をシャルロットは見下ろす。
一見、冷静に振る舞う彼女だが、その実、今にも心臓が破裂しそうだった。
何の考えもなく飛び出し、いきなり少女が襲われている現場に出くわしたのだ。
幾つもの魔法を習得しながら焦りと混乱がルーンを紡ぐのを邪魔する。
戦闘はおろかケンカさえ従姉妹と数回あるかないかの彼女にとって初の実戦。
一か八かで彼女は男の頭の上に落下するという荒業を敢行したのだ。
それは運良く成功し、無謀な首筋に膝を叩き込まれた男は意識を絶った。

「ありがとう。助かったわ。
ところでアナタ誰? うちの生徒じゃないわよね?」
「私は……」
キュルケの問いにシャルロットは喉を詰まらせた。
本名を告げれば事は大きくなるし、自分も狙われる可能性が出てくる。
それに、下手をすれば何も出来ないまま保護されてしまうかもしれない。
嘘をつくのは良くない事だとお母様から教えられている。
だけど、それでもやらなきゃいけない事があると私は知っている。

「花壇騎士のタバサです。イザベラ様の護衛を仰せつかっています」
心中で母と始祖に懺悔しながら彼女は偽名を告げた。
咄嗟に出てきたのは母から貰った大事な人形の名。
本当ならもっと凝った名前の方が良かったと思いながらも、
更に嘘を連ねて不自然さを覆い隠そうとする。

「ふぅん、その歳で花壇騎士ねえ……」
じとりと訝しげに向けられたキュルケの視線に思わず目を逸らす。
平常心を装ったつもりでも、たらりと頬を冷や汗が伝う。
若くとも実力があればカステルモール等のように騎士に成れる。
不審な所など何もないはずだと自分に言い聞かせるも、その行動は裏腹だった。
まるで蛇に睨まれたカエルの如く縮こまるシャルロット。

「まあいいわ。ありがとう、タバサ」
その緊張を解きほぐすような陽気な声を響かせてキュルケが礼を言う。
差し伸べられた彼女の手に戸惑いながらもシャルロットは笑顔を浮かべて応じた。
固く交わされる握手に、恥ずかしいのやら嬉しいのやら分からない笑みが零れる。
そのシャルロットの初々しい姿をニコニコと見つめながらキュルケは言った。

「で? 良家のお嬢様がこんな所で何やってるの?」

ぴしりと一瞬でシャルロットの表情は固まり石化したように動きを止めた。
その一言でシャルロットの頭の中は完全に真っ白になっていた。
なんとか反論しようとしても言葉も出せず、金魚みたいに口をぱくぱくと開くのみ。

「な、何のことでしょう? 私は……」
「とぼけても無駄よ。マメ1つない綺麗な手で騎士が務まるわけないでしょ」
ようやく搾り出した声でとぼけるシャルロットをキュルケは一蹴する。
握手を求めたのは挨拶や礼だったが、それを確かめる為の口実でもあった。
当然ながらシャルロットは自分の杖よりも重い物を持った事がない。
身の回りの雑用は侍女がしてくれるし、魔法の勉強といっても訓練などした事がない。
そんな彼女の手にマメなど出来るはずもない。
そもそも彼女には纏う空気というか、騎士としての迫力が欠けていた。
此処に集まった衛士隊や花壇騎士団と比較しても、それは明らかだった。

「それに、倒れた相手を仕留めも捕らえもしないで放置するなんて。
もし起き上がって襲ってきたら、って普通は考えて行動するものよ」
「う……」

色々ダメ出しされて自信喪失しかけているシャルロットの前で、
キュルケは自信満々に人差し指を立てて左右に振る。
まるで妹を諭す世話焼きの姉といった印象を感じさせる。
正直な所、キュルケは女性に対して何の関心も持っていなかった。
大抵、向けられるものが嫉妬ばかりだったからだろうか。
そんな中、突然現れた危なっかしい少女に彼女は興味を惹かれていた。

「何のつもりか知らないけれど無茶は止めなさい。
貴女じゃ足手まといになるだけよ。“本物”の騎士に任せなさい」
「でも……」
「悪いけど聞けないわ。理由はあるんでしょうけどね。
ちょうどいいわ。あの人達に保護してもらいましょう」

騎士らしき人影を見つけてキュルケは大きく手を振った。
術者であるビダーシャルが離れた所為だろうか、
濃密だった霧は次第に薄らいで互いの姿を確認できるまでになっていた。
安堵を浮かばせるキュルケとは裏腹にシャルロットは焦りを滲ませる。

視界を奪ったのは任務を円滑に進める為だろう。
だとしたら、もうその必要がなくなったと考えるべきだ。
こちらに近付いてくる人影にシャルロットの心拍数は急速に高まる。
もし花壇騎士なら一目で素性がバレてすぐに連れ戻されてしまう。
ああ、どうしてたった一人も私は騙せないのか。
彼女はあんなにも、呼吸するかのように嘘をつけるというのに。
お目付け役や警護を物ともせず二人で何度も宮殿を抜け出した。
万分の一でも、彼女のあの才能が自分にあればと今強く思う。
どこにも逃げ場はない。諦めかけた瞬間の事だった。

―――比喩でもなんでもなく、世界がひしゃげた。

一瞬の空白。その直後に轟く耳を劈く爆音。
遅れてやってきた衝撃が彼女達の髪と衣服を激しく掻き乱す。
しばらくして爆風が収まったのを肌で感じ、シャルロットは目を見開いた。
隣には髪を振り乱したキュルケの姿。
舞い上がった砂埃を吸ったのか、キュルケはけほけほと咳き込んでいた。
何の外傷もない事に胸を撫で下ろしながらシャルロットは杖を手に取った。
込み上げてくる罪悪感を押し殺し、ゆっくりとキュルケへと近付く。

「何なのよ今の…? せっかくセットしたのに台無しじゃない」
無事だっただけでも僥倖と思うべきなのだろうが彼女にそんな殊勝な心がけはない。
ここが戦場だろうが、女性にとって身嗜み以上に優先される事はない。
その所為で注意が逸れていた彼女の肩をポンポンと何者かが叩く。

「……あの」
「ん?」
「ごめんなさいっ!」

振り返った彼女の視界に飛び込んできたのは長尺の杖。
実戦にも耐えられる強度を持ったそれがキュルケの脳天を打ち抜く。
どさりと白目を剥いて倒れた彼女の姿に小さく悲鳴を洩らす。
ひょっとしてやりすぎただろうか、間違って神の御許に送ってしまったかも。
冷静に考えれば意識を奪うだけならスリーピング・クラウドって便利で使い勝手の良い魔法があった。
それさえも平常心を欠いた彼女には思い浮かばなかった。

突然の蛮行に驚いた騎士らしき人影が駆け寄る。
咄嗟に口笛を吹き鳴らし、上空に待機させている使い魔を呼び寄せる。
なんだかひたすらに事態を悪化させている気がするけれどもう止まれない。
彼女を助け出すまで足を止めちゃいけない、走り続けなきゃいけない。
……多分、残された時間はそんなにない。


「へ?」

その光景を前に平賀才人は目を丸くした。
助けを求めていた少女の一人が、もう一方を杖で殴り倒したのだ。
共にいたワルドも、長い軍人生活で初めての経験に呆気に取られていた。
しかし咄嗟に頭を切り替えて少女を捕まえようと踏み込む。
直後、彼女の頭上に舞い降りる一匹の風竜。
竜の羽ばたきで薄れていた霧のカーテンが舞い散らされる。
日の光に映し出された少女の素顔にワルドは驚愕した。
困惑する彼を尻目に、彼女を乗せた風竜は飛び立とうとしていた。
フライを詠唱しながら追いすがるも間に合わない。
そのワルドの背をガンダールヴの力で強化された才人が追い抜く。
常人ならば指先さえも届かぬ高さ、しかしそれを桁外れの跳躍が覆す。
伸ばした才人の手がシルフィードの尻尾をがしりと鷲掴みにする。

「きゅい!?」
「捕まえたぞ! 大人しくお縄につきやがれ!」

状況を飲み込めないまま、才人は尻尾を伝いよじ登ろうとする。
逃げるぐらいだから、きっと連中の仲間か関係者だろう。
もしかしたらルイズの事を知っているかもしれない。
そう思い至った彼を止められる者はいない。
シルフィードは才人を振り落とそうとするも、敏感な部分を触られて力が出ない。
風竜の背に届くかどうかという所で才人はようやく少女と目を合わせた。

―――多分、それは一瞬の出来事だったのだろう。
だけど、ずっと見惚れていたような気がする。
陽光を浴びた青い髪が空の色と交わりながらたなびく。
触れたら壊れてしまいそうな未成熟で華奢な体つきと白磁のような肌。
何の濁りもない青玉に似た瞳が自分の姿を映しこむ。
彼女は実際に目にしたお姫さまよりもお姫さまらしかった。

直後、不意に二人の間を突風が吹き抜けた。
シャルロットは髪を抑え、才人は飛ばされぬように尻尾にしがみ付く。
顔に受ける風を堪えながら彼女へと顔を向ける。
視線の先で薄手の布が膨らむように舞い上がった。
その下に映るのは細くとも健康的な脚線美と鮮やかな純白。
あ、と小さく呻いてシャルロットは慌てて両手でスカートの端を抑えつける。
年頃の少年に見られたという事実が彼女の頬を熟れたトマトのように染める。
いつも着替えを侍女に手伝ってもらう彼女にとって、
見られるのが恥ずかしいと思ったのは、これが初めての体験だった。
どきどきと高鳴る心音を隠しながら、じとりと才人をねめつける。

「いや、ごめん! 違うんだ、見るつもりはなくて……」

咄嗟に両手をわたわたとせわしなく動かして弁解する。
さらに今頃やっても遅いが顔を両手で覆い目隠ししたりと、
何とか己の無実を必死にアピールしようとする。
その瞬間、平賀才人の身体は空へと放り出されていた。
言うまでもなく一介の高校生は空など飛べない。
彼はシルフィードの尻尾という命綱を自ら手放してしまったのだ。
一瞬にして平賀才人はシャルロットの視界から消滅した。
あああああぁぁぁぁ……、と遠ざかる絶叫を耳にしながら地上を覗き込む。

「まったくひどい目にあったのね」
ぷんぷんと怒りを露にしながらシルフィードは主の顔を覗き込む。
まだ頬の赤みは消えておらず、どことなく上気しているように見受けられた。
実に少女らしい、初々しい彼女の姿にシルフィードは興奮を覚えながらも安否を訊ねる。

「おねえさま、無事?」
「……はずかしい。もうお嫁にいけない」
「きゅいきゅい! そんなの気にする必要ないのね!
シルフィなんか直接いやらしい手つきで尻尾つかまれたのね!
ほんと失礼しちゃう! 今度会ったら踏みつけてやるのね!」

「役立たずが……!」

風竜から振り落とされる才人を見上げながらワルドは毒づいた。
助ける必要などない。あの身体能力があれば死ぬ事はないだろう。
そもそも平民を助ける義務など彼には無い。

彼女同様、口笛を鳴らして待機させていたグリフォンを呼び寄せる。
いくら機動力に富むとはいえ、風竜とグリフォンでは速度が違いすぎる。
逃げに徹されてしまえばワルドといえど追いつく事は出来ない。
もし才人が説得に成功していれば、こんな無茶などしなくても済んだ。
それが腹立たしくもあり、油断していたとはいえ平民に先を越された自分自身への苛立ちもあった。

ワルドが風竜がいるであろう上空を見やる。
アンリエッタ姫殿下とルイズの確保は何よりも優先されるはずだった。
しかし、目の前で起きた事態が彼に異常を告げていた。

「何故だ…、どうして彼女がここにいる? 連中は一体何をしている…?」

この場において全容を掴む者は誰一人としていない。
様々な思惑が折り重なり紡がれて生まれたのは混沌。
されど彼等は未来を求めて彷徨う。
否。彼等にはそれしか許されていないのだ。

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