ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔 第七章

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 後年に『アルビオン戦役』と呼ばれることになる戦争は、こうして突如として終了した。トリステイン側の勝利である。神聖アルビオン帝国は滅亡する運びとなった。
 だが、トリステインにとってこの勝利はとても苦いものとなっていた。実質ガリアの突然の介入がなければ、自分が敗北していたかもしれないのだ。
 そのような流れから、旧アルビオン領の支配権をめぐる国際会議に、トリステインとゲルマニアに加え、本来同盟国ではないガリアが列席したのは当然といえた。
 ハルケギニアの歴史上、この会議は難航する、と思われた。かつて第一回聖帝会議の折、サー・グレシュフルコに『会議は踊る』と酷評されたように、この三国が集う会議は決まって、内容が傍論にそれるのが通例となっていたからだ。
 だが、予想外なことに、ガリアが折れた。
 みな欲深い要求をしてくると予想していたが、当の『無能王』ジョゼフは、
「会議よりも今日の晩のメニューが気になる」
と、軍事上重要な拠点の割譲のほかは、ほとんど要求を行なってこなかった。
 戦争の第一人者であるガリアがこのような様子であるから、戦争に少ししかかかわらなかったゲルマニアは、要求すること事態ためらわれたのだった。
 結果、アンリエッタの常態とは思えぬ働きぶりもあって、アルビオンの領土は、大半をトリステインが管轄する運びとなったのだった。
 とにかく戦争は終わった。誰もが、突如として訪れた平和の予感に胸をときめかせた。

 だが、ガリアの王女、イザベラだけは不満であった。
 わざわざアルビオンにまで出向いて功績を挙げたのに、当のジョゼフには何の評価も得られなかったのだ。自分なりにガリアのことを思っての行動だっただけに、余計堪えた。だが国際会議で、すでにガリアの功績は王の発言により半ば隠されてしまっている。また、彼女の行動を知る者は会議に参加しなかった。
 結果、彼女はガリアの首都、リュティスに与えられた自分の城で怒鳴り散らすしかなかった。
「全く忌々しいね! なんで親父はあのヒス女王を勝たせるまねなんざしたんだい! それにアルビオンの領土の大半をくれてやっちまってさ!」
 手に持ったワイングラスから、血のように赤いワインが零れ落ちる。零れ落ちたそれは、真紅のじゅうたんを汚らしく染め上げるのだった。
「さすがに、無能王と呼ばれるだけのことはあるね。あんなに良い手ごまがそろっていて、アルビオンひとつ自分のものにできないなんてさ!」
 侍従に当り散らしていたイザベラであったが、そのとき、ガリア王からの手紙に目を通し、ほくそ笑んだ。
「だが、今度の仕事は面白そうだね……親父もたまにはいいことを考えるじゃないか」

イザベラは手紙の書かれた羊皮紙をくるくると丸め、それを持ってきた使者に話しかけた。
「あんた、ビダーシャルとかいったね。あんた、アレかい? 野蛮なエルフなのかい?」
「野蛮なのは君達蛮族のほうであろう。だが、私がエルフであることは否定するつもりはない」
「気に入らないねえ。まあいい、この依頼、北花壇警護騎士団が引き受けたよ」

「久しぶりだねえ、ガーゴイル」
「任務は何?」
 相変わらず無愛想な従姉妹に、イザベラは憤怒の表情を見せかけた。が、我慢する。
 あの娘にぎゃふんといわせる任務なんだよ。ここは冷静にならなくちゃ。
「おや、つれないねえ。今度は大物だよ。いつもの冒険ごっことはわけが違う。くれぐれも心してかかりな」
 イザベラは思わずほくそ笑んだ。
「相手は、伝説のガンダールヴだ。そいつを殺りな」
 いつもは全くの無表情で通すシャルロットは、このときほんの少しだけ表情を動かした。
「トリステインの?」
「そう、あんたもよく知る二人組さ。それ以外に誰がいるってんだい? あんた馬鹿じゃないのかい?」
 そうは行っては見たものの、目の前のシャルロットが馬鹿ではないことはイザベラが百も承知していた。
 ガーゴイル! あんたも同じだ、私の親父と。私の取り巻きの貴族連中と。内心では私のことを見下してさッ!
 さぞ面白いでしょうね、ガーゴイル。正当な血族である完璧な父親に愛されて。何一つ馬鹿にされることなく育ったお前に、私の、無能の父親に人形扱いされてきた、今までの私の気持ちがわかるもんかい!
 でも、この任務でちょっとは私の気持ちが分かるでしょうよ!

「もし、任務を果たしたら、あんたの母親」
 いつまでたっても無言を貫き通すシャルロットに堪えられなくなって、イザベラは自分から話しかけることにした。
「母様?」食いついてきた。よしよし。
「解毒剤、報酬に上乗せしてやるよ」
 今度こそシャルロットの瞳が揺れ動く。

 戦争も終わり、学徒兵が帰ってきたこともあって、トリステイン魔法学校はいつもの喧騒を取戻していた。
 中庭では生徒達が自分の使い魔とコミュニケーションをとり、図書館では、露伴がタバサをアシスタントに漫画の原稿を描いている。
 だが、露伴の見るところ、タバサの様子がおかしい。時々手を止めては、露伴の顔を伺うようなまねをしている。今も、台詞を考えているような顔をしながら、露伴の手元をチラチラと見ているようであった
「どうした、タバサ。調子でも悪いのか?」
 タバサはフルフルとかぶりを振った。違うらしい。だが、彼女は決心した風に、
「相談がある」
「なんだい? 僕に相談? ブチャラティかコルベールのほうが適任じゃないか?」
 露伴は驚いた。
 自分は他人の相談に乗るようなタチじゃない。
 だが、タバサは、
「露伴でないと駄目」
 とのことらしい。
「しかたないなあ、で、どんな悩みなんだ?」
「具体的にはいえない。けど、大切なものが二つあって、今もってるひとつを手放す代わりに、なくしたはずのもうひとつの大事なものをとり戻せるかも知れないとしたら、どっちを選ぶ?」
 どういうことだ?
「えらく抽象的だなぁ」
「……ごめんなさい」
 露伴はとりあえず漫画を描く手を止め、タバサの顔に向き直った。
「まあ、あやまるようなことじゅあない。そのなくしたものってのは、それ以外に取戻す方法はないのかい?」
「ほぼ絶望的」
「手放すほうは、手放すと見せかけてとっておくことは?」
「無理」
 まるで謎賭けのようだ。それともタバサはこの露伴に何か隠しているのか?
「う~ん。なんともいえないけど、セオリーどおりに行けば、僕は両方取れる機会を待つね」
「そんな機会がなかったとしたら?」
「ないとしても、僕のキャラクターには、自分から何か大事な者を手放すような真似はさせない。手放すとしても、対価を確実に得られると確証してからだな。そういうのが取引の基本だと僕は思う」
「そう……ありがとう」
 タバサは弱弱しく、だが、何かを決心した風にうなずいた。
「で、結局何がいいたいんだ?」
「露伴、私の母様のこと、覚えてる?」
 露伴は思い出した。以前、タバサの母親を『ヘブンズ・ドアー』で診察したのだった。何者かに毒でやられたタバサの母親をしかし、露伴は治すことができなかったのだ。露伴はその事実を、苦い思い出とともに記憶の奥底にしまってある。
「ああ」
「もし、仮に、私に何かあったら、母様をお願い」
「……ああ、いいとも。だが、なぜ急に?」
 そこまで言ったとき、タバサが急に活気づいた風に原稿に顔を埋めたのだった。
「そんなことより、この原稿、今日中に台詞を入れないと」
「? そうだったな。今日は急いで早めに仕事を終わらすとするか」
 露伴は、なんとなく、タバサの頭をなでてみた。
 なんとなく、タバサの顔が赤くなったような気がした。

 タバサの姿が学院から消えたのは、その翌日のことである。
 一人の学生が寮から消え去ったわけだが、トリステイン魔法学院は動かなかった。
 タバサの部屋はきれいに整頓されていたし、何より、タバサは前にもそうやって学院を抜け出して授業を受けなかったことが多々あるからであった。
 だが、露伴には一抹の不安がある。
 なぜタバサはあの日、自分の母親のことを言い出したのだろうか?
 しかも頼む、などと。まるで、これから自分の身に異変でもあるかのように?
「ひょっとして、何かの事件に巻き込まれたんじゃないだろうな?」
 今日、露伴は図書館のなか、たった一人で仕事をしていた。だが、どうにも仕事がはかどらない。タバサの行方が気になるのであった。
「そんなに気になるのかい、あの娘っ子が」一人のはずの部屋に、露伴以外の声が響き渡る。
「いたのか。つーか、あったのか。デルフリンガー」
「おめー、久しぶりに発言したってのにその扱いかよ!」
「僕としたことが。刃物を出しっぱなしにしてるとは。危ない危ない」
「ちょ、ちょっと棒読みくさいぞその台詞! やめて! ちょっとは話させて!」


「分かったよ、で、何のようだ?」
「いや、うら若き恋の予感がしてだな。それで」
 パチン。露伴は勢いよく剣を柄に収めた。
「……」
 少しばかり剣を抜き出してみる。
「ごめんなさいごめんなさいもう生意気言いません許してくださいだからもう少し喋らせて」
「で、なんのようだ?」

「兎も角、あの娘っ子は『かあさまを頼む』って言ったんだろう。じゃあ、その『かあさま』の様子を見に行ってみないか?」
「それはいい案だな」
「だろ。ナイスだろ? だから」
 パチン。
 露伴は矢も盾もたまらず図書館を飛び出した。

「露伴、君はタバサがガリアの王族だったことを知っていたのか?」
「何でそんなこと黙っていたのよ!」
 さらりと何気なく質問するブチャラティと、激高するルイズ。その表情は静と動、対照的だった。
「ああ、知っていたさ。ルイズ、君達は今までそんなこと聞かなかったじゃないか。そんなことに答える義理も義務もないね」
 彼らは馬に乗り、トリステインとガリアの国境を越えて、タバサの実家にいた。無論ルイズは授業をサボってのことである。先生方が頭を抱える様子が目に浮かぶようだ。
 タバサの家に、唯一残った老執事が屋敷を案内する。その間に、露伴は大体のことを話して聞かせた。
 タバサは、実はガリア王国の王族であったのだ。その秘密は、一行の中では、露伴だけが知っていた。彼女の実の父親は、現ガリア国王ジョゼフの兄シャルルであり、魔法の才能では王族随一。血統の点でも次期国王にもっともふさわしい存在であるといっても良かった。しかし、それを隠すように、トリステインに留学していたのにはわけがある。
「それは、タバサの家の執事から話すべきだ。僕が説明することじゃない」
 露伴がうなずくと、タバサの老執事は涙を浮かべながら露伴の話を受け継いだ。
「はい、そもそも先代王の御世にこの悲劇は始まったのでございます」

「そういえば、タバサの家の紋章、王族だけど、不名誉印が記されていたわ。王家に反逆でもしたの?」ルイズは言った。彼女の言うとおりなら、タバサが人目を忍んでトリステインに留学していたのも分かる。
「反逆など! とんでもございません! シャルロット様。学院ではタバサ様と御名乗りにおらられていましたが、父君であるシャルル様は、今の無能王と比べてとても王家の才能に富んでおられる方でした。ですが、それをねたんだ無能王に、なんと痛ましいことか! 毒殺されてしまわれたのでございます!」
「もっとも、物的証拠はないがな」露伴が補足する。
「ですが、状況的証拠は有り余るほどございます。その直後、なんと言うことか、あの非道な無能王は、シャルロット様をもその手にかけようとなさったのでございます」
「タバサが?」ルイズが驚く。彼女にそんな過去があったとは。
「ええ、ある祝いの席で、君側の奸が、シャルロット様の杯に心を狂わせる毒を仕込んだのでございます。それを察知した母君が、とっさに身代わりになってその毒を飲み干してしまわれたのです」

 露伴は、その光景を、タバサの視点で見聞き、知っていた。その光景がフラッシュバックとなり、露伴の心に再現される。
「私がこの杯を飲み干せば、王様、私達親子に反逆の心などないことがお分かりになりましょう。どうかシャルロットにはお慈悲を」
 そういって、タバサの母はタバサから杯を奪い取り、一気に飲み干したのだった。

「その日から、母君は心を狂わされてしまわれました。その日からシャルロット様のお命を狙うものは消えましたが、なんと言う代償。なんと言う悲劇!」
 老執事は感極まっておいおいと泣き出した。
「その日からシャルロット様は変わりました。以前は明るく活発な方でしたのに、暗く、誰とも打ち解けなくなってしまいました。そのようなシャルロット様に対し、あの無能王は、王家の影の仕事をシャルロット様に課すようになったのでございます」
 あるときは吸血鬼退治、違法賭博の潜入捜査。ルイズには、とても同年代の人間がやれるような仕事とは思えない言葉が、老執事の口から次々と飛び出して行った。
「そして、先日も無理な依頼が無能王から課せられました」
「どんな内容だったんだ?」
「それは、露伴様。あなたを殺す任務です」
「何だって?」
「何ですって」
 これには、誰も彼もが驚いた。

「はい、紛れもない事実でございます」
 老執事が淡々と述べる。
「ひょっとすると、その依頼を無事成し遂げられたのであれば、母君を治す治療薬が得られるかもしれない、ともおっしゃっておりました」

「何だと……あの日の会話はそういうことだったのか」
 露伴に、図書館でタバサとの会話が思い出される。手放す大事なものと、取戻せるかもしれないもの……くそっ、そういうことか!
「タバサのかあさまはどういう状態なの?」
 ルイズの言葉に、老執事ははっとなった様子であった。
「ご案内いたします」

 その部屋は、一見語句普通の寝室であった。
 薄紅色のベッドに、女性が座っている。だが。
「誰じゃ、そなたらは! また私達親子をいたぶりに来たのか」
 その女性は、老執事に案内されたルイズたちが部屋に入ってくるとたんに立ち上がり、薄汚れた人形を抱き、立ち上がった。野良猫のように威嚇をしている。
「シャルロット様の母君でございます。あの日から、この方は人形のほうをシャルロット様と勘違いしているのでございます」
「出てゆけ! でないとただではおかぬぞ。いとしのシャルロットには手を出させぬ!」
「……学院では、シャルロット様は、『タバサ』と御名乗りになっていたとか……実は、シャルロット様があの人形を母君に差し上げたときに名づけた名が、『タバサ』なのでございます」
「……」
「誰か! 誰かいないのかえ!」
 沈黙が、女性の騒音の中に紡ぎ出された。

「僕がタバサに殺されていたら、彼女は正常に戻っていたのか……」
「いえ、露伴様。畏れながら私はそうは思いません。なぜならその提案を行なったのは、今まで迫害の限りを尽くしてきた無能王だからです。あの男が、シャルロット様を操る重要な『カード』を簡単に手放すとは思いません」
「なるほど、ジョゼフ王とは、人を物扱いするような人間なのか」
 ブチャラティがつぶやく。彼の顔には静かな怒りの表情が見て取れた。
「はい。かの無能王は自分以外の人間を同じ人とみなしてはおりません」
「でも、こんなことって……」ルイズがしゃくりあげる。

「あの時、シャルロット様が屋敷にお帰りになった日のことでございます」
 次の部屋に案内された一行は、先ほどとは違った意味で絶句した。
 見たところ、部屋中の壁紙が無残に切り裂かれている。柱も何本か折れているようであった。
「先日、シャルロット様は母君をトリステインに連れて行こうとしておりました。すでにそのとき、ガリア王家に反逆しようと決めておられたのでしょうな。ゆるぎない決意の心を私は感じました」
 老執事は続ける。
「ですが、そのとき一人のエルフがガリア王家から派遣されてきていたのです」
「エルフ?」ルイズが素っ頓狂な声を上げる。この世界でエルフといえば、ルイズたち人間の天敵ではないか。
「無能王はすでにシャルロット様の行動を見切っていたのでしょう。そして、シャルロット様とエルフはこの部屋で戦い……シャルロット様はお敗れになったのでございます」
「これが、その惨状か……相手は相当のてだれのようだな」
 ブチャラティは部屋にできた傷をなでながら言った。そういわれると、その傷一つ一つが生々しい。
「ええ、いつか言ったでしょ。エルフは先住魔法を使うの」

「で、タバサはつかまったのか。どこに連れて行かれたか分かるか?」
「おそらくアーハンブラ城でございます。あのエルフは、私にここからアーハンブラ城まで、どのくらいかかるか聞いてきましたから」

「タバサは無事なのか?」
「はい。エルフは不思議な術を使ったので。シャルロット様は敗れはしましたが、無傷のご様子でした」
「そうか……」
「露伴、彼女を救いに行かないのか?」

「もちろん、いくさ。だが、君達には関係のないことだ」

「何言ってるの?私の使い魔の問題は私自身の問題よ!」
「それに、アルビオンであったガリアの王族の者――イザベラと言ったか――彼女の存在も気になるしな。俺も同行したい」
「ふたりとも……ふん。勝手にしろ。僕は警告したからな」

「おお! 皆様救出していただけるのですか!」
 老執事はありがたい、といい、また泣き出したのであった。

 アーハンブラ城は、砂漠の、ガリアとエルフとの国境地帯に建つ交易城砦都市である。
 もともとはエルフが建造した城であるため、ハルケギニアの建築様式とは異なった、美しい幾何学模様の城壁があることで有名でもある。
 ルイズたちが到着したとき、この時期には交易商人くらいしかいないと思われた。この町はオアシスに隣接する形で存在しているのだが、そのオアシスに、ガリア兵が三百人ほど駐留しているのが遠目にも見えた。
「どうするの?」
「決まっているだろ? ただの兵士なら問題ない」
 ブチャラティは言い放つ。
「強行突破だ」
「ええ?」
 ルイズが逡巡している間に、二人の使い魔はどんどん先に進んでいく。
「ブチャラティ、この兵士達は任せた」
「ああ」
「ちょっと待ちなさいよ」ルイズがあわててついていく。

「あ、何だ?」
 城内の門扉に建っていた歩哨は、近づいてくる一人の男に気がついた。
「立ち止まれ、ここに入ってはいけない」
 槍を構え、お決まりの言葉を口にする。
 だが。
「ヘブンズ・ドアー!」
 瞬間。
 歩哨の意識は途絶えた。

「おい、あの男。様子が変だぞ」
 オアシスの駐屯地で待機していた兵士が、一人の男と少女の接近に気がつく。
 その男の瞳には、決意の炎が宿っている。
「何だ? やる気か?」
 男は兵士の一団に近づき、
「き、消えた?」
 跡形もなく姿を消した。
 一団の男が急にうずくまる。
「どうした?」
「き、気分が……」
 別の男は、その男の背中から、何者カの腕が飛び出していることに気がついた。
「お前、おかしいぞ。その、腕に見える物は一体何なんだ?」
「え?」
 そのとき、接近してくる少女が目をそらしたことに誰も気がつかない。
「げぇ!」
 背中から、先ほどの男が『生えた』。
 その兵士は音も言わずにばらばらになった。
 そして、彼の腕は、分離してまた別の兵士の腹に食い込み……
「開け、ジッパー!」
 混沌が、兵士達を襲った。

 アーハンブラ城につれてこられたタバサは、ふと、外の兵士が騒いでいるような気がした。
 もしかしたら、誰かが私を助けに来てくれたのだろうか? おとぎ話の『イーヴァルディの勇者』のように。私は、漫画『ブルーライトの少女』のように華麗に助け出されるのか?
 そんなはずはない。
 かあさまがお倒れになってから、私はいつも孤独だった。
 私はこれからも孤独であり続けるだろう。
 いや、これからはそんな気遣いも無用か。
 私はこれから狂うのだ。ビダーシャルと名乗るエルフの作る薬によって。
 私の心は、かあさまと同様に。
 それが、ガリアの考え出した刑。無能王の考えた娯楽。
「薬は、いつできるの?」
 タバサは、一緒の部屋にいたエルフに、感情なく話しかけた。私ではこのエルフにはかなわない。たとえ今杖があっても、この男に勝利することはできない。
「もうすぐだ。だが、お前は怖いと感じたことはないのか?」
 ビダーシャルは、何か作業を行なっていたが、その手を止め、タバサに顔を向ける。
「あなたには無関係のこと」
「そうだったな。私もそれほどには興味がない」
 それはまさしく本音らしく、彼の表情にいっぺんの曇りもない。
 だが、
「あの王との約束だが、その前に厄介が増えそうだな」
 ビダーシャルは薬を作る手を止め、部屋を出て行く。
 一体どういうことであろうか?
 タバサはため息をひとつ、ついた。
「かあさま……」
 ビダーシャルが次の部屋に続くドアを開けると、
「見つけたぞ……ここか」タバサにとって信じられない男の声がした。
 まさか、あのめんどくさがりの男が、ここまで?
「露伴……」

 岸辺露伴は、そのドアを開けた。
 果たして、目的の少女はそこにいた。耳の端が妙に長い、ルックスもイケメンの青年とともに。
「みつけたぞ……」
 露伴のタバサを見る視線はしかし、その青年の体によって阻まれる。
「私はビダーシャル。お前達に告ぐ」
「なんだと?」
「すぐにここから立ち去れ。私は戦いを好まぬ」
「ならば、タバサを返すんだな、小僧」
 ビダーシャルはまゆをピクリと動かせる。
「あの子か。それは無理だ。私は王と『ここで守る』と約束してしまったのだ」

「ならば戦うしかないだろう。僕とお前とは相容れない」
 露伴はデルフリンガーをもって突撃した。先住魔法だかなんだか知らんが、先制攻撃してしまえば何も問題ない!
「『ヘブンズ・ドアー』!『先住魔法が使えない』」
 露伴は確かに書き込んだ。だが、
「ふう、あくまでも戦う気か」
 ビダーシャルの顔が『本』のページになる。だが、それも一瞬のこと。見る間に元の顔に戻っていった。
「ふむ。君は面白い技を使うようだな。だが、無駄だ」
 露伴は思わず自分の顔を触ると、なんと自分の顔のほうが本になってしまっている。
「なるほど、その人の記憶を本にする能力か。どうやら魔法ではないようだな。どちらかといえば、我々の大いなる力に近い」
「何だとッ?!」
「お前の顔に書かれているぞ。『先住魔法が使えない』だと……なるほど、そういう使い方もできるのか」
 ビダーシャルはあくまで冷静に言った。
 ようやく本化が収まった露伴は、改めてビダーシャルを見やる。開幕以来、彼は一歩たりとも彼は動かなかったようである。
「一体何が起こっているんだ?」
「アレは『反射』だ。あらゆる攻撃、魔法を跳ね返しちまうえげつねえ先住魔法さ」デルフリンガーが言う。
「『反射』?」
「ああ、戦いが嫌いなんて抜かすエルフがよく使う厄介な魔法さ」
「戦いが嫌、か」露伴はつぶやく。

 ビダーシャルが両手を挙げる。
 とたんに周囲の石壁が無数の礫となって襲い掛かってくる。
 露伴は剣で受け止めたが、なにぶん礫の数が多い。大半が受けきれず。露伴に切り傷や打撲傷となって痕を残していった。思わず倒れる。
「蛮人よ。無駄な抵抗はやめろ。我はこの城を形作る石の精霊と契約をなしている。この地の精霊はすべて我の味方だ。お前では決して勝てぬ」
 露伴はゆっくりと立ち上がった。
「この戦いはお前の意思か?」
「違うな。これはお前が仕掛けたもの。我は戦いは嫌いだ」
「嫌いだと……フフフ」
「どうした。おかしくなったか? それとも引く気になったのか」
「断る。僕は漫画家だ。僕は人に読んで面白いと思ってもらうために、十六歳のころから漫画を描いてきた。決して人にちやほやされるためでじゃあない。それは僕自身の意思で行なってきたことだ……そして、僕は自分の意思でここに来た。状況に流されているだけの貴様がッ! 気安くこの僕に意見するんじゃない!」

「もはや語る言葉はない……か」
 ビダーシャルはそういうと、新たな呪文を唱え始めた。
 今度は石の床がめくりあがり、巨大なこぶしに変化した。
「所詮私に勝てないものの世迷言か」
「違うな。僕にとっての強敵はお前なんかじゃない。もっとも強い敵は自分自身さ。いいかい、もっともむずかしい事は! 自分を乗り越える事さ! ぼくは自分をこれから乗り越える!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」

「無駄だ」
 ビダーシャルの言ったとおり、反射で防がれた能力は、ビダーシャルではなく露伴の顔を本にし……彼の体を中に浮かせた。
「何ッ?」
 ビダーシャルの体に衝撃が走る。高速で飛んできた露伴と正面衝突したのだ。
 その速度は異常であった。たまらずにうめき声を上げる。肋骨が何本か折れたるほどの衝撃である。
「ぐぅ!!!」吹っ飛ばされ、全身打撲だらけでしりもちをつくビダーシャル。あるいはしりもちだけですんで幸運だったかもしれない。
「ど、どうだ。時速六十キロ……」衝撃を受けたのは露伴も同様のようで、彼の声も絶え絶えになっている。
「『時速六十キロで敵と衝突する』と書いた……これなら、反射で跳ね返されてもその行為自体が無意味だ……!」

「なぜ、ここまでして戦うのだ……?」
「貴様とは、魂の動機が違うんだ! 僕はこの戦いに明確な意思を持って望んでいる!」
 彼の言うとおりだった。ビダーシャルはしりもちをついていたが、露伴は同程度以上の傷を受けたというのに、まだ両の足で立ち上がっている。
 露伴は片足を引きずりながら、ビダーシャルに近づいていった。
「あえて言い換えるぞ……! 僕は上、お前は下だ……!」

「うぉおっ! この気力はっ! そこまでこの子が大事かッ!」
 ビダーシャルは思わず後ずさった。だが、露伴は歩みを止めない。
「もういっぱあああああつッ!」
「『ヘブンズ・ドアー』!」
 強烈な衝撃が、再び両者を襲う。
「ぐぉおおッ!」

 ビダーシャルは初めてこの男に脅威を覚えた。
 もし、この衝撃があと一発でも加えられたのなら、自分はどうなるか分からんッ!
 やつはもう一度体当たりをするだけの体力はあるのか?
 ビダーシャルが露伴を見やると、露伴は仰向けに倒れ、息も絶え絶えになっていた。露伴の肺が破れたのか、彼の呼吸音にヒューヒューという不吉な音が漏れ出でている。
 もうあの男が動くことはない。
 そう思った矢先に。
「もう……いっぱあああつ……」
 露伴は這いずり回って、ビダーシャルに接近してきたのだった。
「何……だと?」ビダーシャルは全身に驚愕を覚えた。
「覚悟はいいか? 僕は……できてる……」
「ここは引くしかないか……」露伴に接近しないように、ビダーシャルは片手を挙げた。
 指にはさんであった風石の力が作動する。彼は露伴と距離をとった。だが、それはタバサと距離を置くことも意味する。彼は護衛の任務を放棄する事を決断した。


 風の彼方にビダーシャルの姿が消える。エルフは撤退したのだ。
「露伴!」
 倒れた露伴の下に、タバサは思わず駆け寄る。
「ゴホッ」露伴は血を吐いた。
「急いで治療の魔法を!」そうタバサは思ったが、あいにく杖がない。
 何かないか探していると、露伴が、
「君に……謝らなくちゃいけないことが……」
「なに?」思わず涙がこぼれそうになる。

「実は、僕が君とであったときに、僕は君を本にしていたんだ……」
「……」
「僕はその時点で君の不幸を知っていた……でも、僕はそれを知らん振りして君に接してきた……」
「……」
「許してもらおうとか、そういうことを思ってきたわけじゃない……でも、そのことは、君に知っておいてほしかったんだ……」
「……」
「……」
「……バカ……」タバサは涙目で、にっこりと微笑んだ。
 こつん。
 タバサのおでこを露伴のおでこにくっつける。
「……本当に……バカ……」
「……」
「……」
「それはいいが、できれば治癒の魔法をかけてほしいな」
 はっとしたタバサは、近くに木の棒があるのを発見し、あわててそれを手に取った。
「自分の杖じゃないから、うまくいかないかもしれない」
「かまわないよ」露伴は、ニッと、笑った。
 急造の杖から癒しの光が輝きだす。
「痛いッ!」思わずもだえる露伴。しかし、タバサがそれを押さえつける。
「我慢して。男の子でしょ」

 城の外にいた護衛兵三百人を相手にしていたブチャラティとルイズは、ようやくその任務を終わらせた。いそいで露伴と合流しようと走って行った。が、ひたすら走るルイズと比べて、ブチャラティは、途中でであった兵士を相手にしなければいけなかった。
 自然と、ルイズがかなり先行する形となった!
「あの部屋ね!」
 ルイズが先ほどまで爆音をとどろかせていた部屋に飛び込む。おそらくそこで露伴はエルフと戦っているのだろう。音がないのを考えると、すでに決着がついているかもしれない。まさか、露伴が負けるような――?
「大丈夫? 露伴! 今助けに――」
 露伴は果たしてそこにいた。仰向けに横たわって、タバサに抱きかかえられている。タバサはちょうど背を向けているので、ルイズには気づかないようだ。
 だが、問題は二人の言動である。
「ああ! タバサ! もっとやさしく!!!」
「……なに、あれ……」
 ルイズには、二人、というか、タバサが露伴に何をしているのか、角度の関係でよく見えない。
「そこはダメ! ダメ! ダメ! ダメッ!」
「……こう?」
「ああ! やさしくして、やさしく!」
「……」
「服を脱がせないでッ! 感じる!」
「難しい……」
「うああああ ダメ、もうダメ~ッ!」

「!!! !! !」
 その地に、廊下をブチャラティが走ってきている。
「どうだルイズ。いたか、二人は?」
「え? い……そっその……あの……」
「どうしたっ!」
「アレッ! 急に目にごみが入った! 見えないわ!二人なのかよく分からないわ!」見てない。私はなぁーんにも見てないッ!

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