ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-70-2

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匿名ユーザー

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メンヌヴィルは食堂の椅子に座り、テーブルの上に置かれた懐中時計を見つめていた、針はかちり、かちりと動いていく。

宣言してから丁度五分…にやりと笑って立ち上がると、メンヌヴィルは杖を生徒達に向け、口を開いた。
「五分、経ったぞ」
生徒たちは震え上がった、生徒達も先ほどのやりとりを聞いていたのだから、恐ろしさのあまり失禁してしまうものもいた。
五分経っても何の反応もなければ、いや、アンリエッタを呼ぶという返答がなければ、一人ずつ殺されていくのだ。

金属で作られた無骨な杖が、メンヌヴィルの腕に従って左右に振れる。
「俺は、お前達の焼ける臭が楽しみで仕方ないんだ」

ぴたり、と杖が止まる。
その先端は一人の女生徒を指していた。
「恨むなよ」
メンヌヴィルが呟く、と、オスマンが待ったをかけた。
「わしにしなさい」
だが、メンヌヴィルは首を横に振った。
「駄目だ。あんたは交渉のカギとして必要だ。…そうだな、おい、誰がいい? お前らで選ばせてやる」
残酷な問いに、生徒達は唖然とした、皆誰とも目を合わせられない、ただ震えるばかりで何も答えられなかった。
が、そこで一人…シエスタが立ち上がった。

「私を、最初にしてください」
オスマンとモンモランシーだけでなく、生徒達が一様に驚いた。

「いかん!若いモンにそんな真似はさせられん!やるならワシに グワっ 」
オスマンが叫んだ、が、別の傭兵メイジに蹴られてうめき声を上げてしまう。
「ほお、良い度胸だ。俺はお前のように勇気ある若者を尊敬する、そうだな、顔だけは残してやろうか?」
「お気遣いは結構です。ただ…」
「ただ?」
「水を飲ませてください。」
メンヌヴィルはにやりと笑った、それは何かを確信した笑みだった。
「おい、水を持ってきてやれ」
「へい」
部下に命じて水を取りに行かせる、と、メンヌヴィルは自分を犠牲にしようとする少女の体熱に集中した。



この女の熱は乱れていない!



「くくく…」
メンヌヴィルは得体の知れない楽しさを感じ、笑った、この女はまだ諦めていない、杖を取り上げられ手を縛られて尚、まだチャンスをうかがっている。

「頭、水です」
と、間もなく部下が水を持ってきた、メンヌヴィルは硝子製のグラスを受け取ると、シエスタの前に掲げ、見せる。
「死ぬ前に水が欲しいと言うだけあって落ち着いているな、お前のようなヤツは嫌いじゃない……だが水のメイジに水を渡すほど愚かな俺ではない」

そう言うとメンヌヴィルは、グラスを逆さまにして足下に水を零した。
ぴしゃぴしゃと音を立て、床に落ちる水を見て、他の生徒達はメンヌヴィルの残酷さに恐れおののき、震えた…が、シエスタだけが違っていた。

「!」
メンヌヴィルの耳に、奇妙な音が聞こえてきた、それは呼吸の音にも聞こえるが、今までに聞いたことのない程激しくうごめいていた、しかも呼吸に同調して体熱が渦巻いていくのだ。

「フッ!」
波紋によって強化された腹筋、横隔膜、大胸筋、背筋が、肺にため込まれた空気を限界まで圧縮する。
その圧力に押され、シエスタの歯の間から弾丸のように飛び出したのは、波紋で分泌を促進された大量の唾液であった。

パリッ!
メンヌヴィルの持っていたグラスが粉砕され、破片が顔面へと飛び散る。
そのうち幾つかが唇と歯の間に挟まり、メンヌヴィルの詠唱が一瞬、遅れた。

同時に、いつの間にか食堂の中に浮いていた紙風船が、パァン!と激しい音を立てて爆発し、強力な閃光を発した。
紙風船は、中に多量の黄燐を仕込まれており、まともにその光を見てしまった女生徒は悲鳴を上げ、メイジ達は顔を押さえた。
紙風船を着火させたのはキュルケの〝発火〟であった、キュルケは人間より敏感なフレイムの耳を使ってタイミングを計っていた、またこの紙風船を食堂の中に飛ばしたのはタバサである。

そこに、キュルケ、タバサ、そしてマスケット銃を構えた銃士が飛び込んだ。
銃士達は素早く傭兵メイジ達に銃を向ける、が、すでに二人のメイジが立ち直っていた。
タバサの得意とするウィンディ・アイシクルやジャベリンは使えない、攻撃はキュルケに任せて、タバサは風の障壁を展開し突入部隊を援護しようとした。
が、その瞬間キュルケ達に向けて炎の玉が何発も飛んできた、
「ぐ…」
タバサは高速で詠唱を続け風をコントロールする、しかし火の玉はそれを嘲笑うかのように隙間へと入り込み、爆発した。

「ぐあっ!?」
成功する!そう思って油断していたのだろう、キュルケに次いで突入した銃士達も次々とその火の玉を食らい、マスケット銃の火薬が暴発してしまう。
タバサが張った風の障壁で余裕ができていたのか、暴発に巻き込まれ指を千切れさせる前に、マスケット銃を手放したが、飛び散った火の強さは今までに経験したことのない激しさだった。
腕や脇腹に強い衝撃を受け、火傷を負い、銃士たちは地面をのたうち回った。

キュルケはそれに立ち向かおうと、火の玉を飛ばしたメイジに反撃を試みたが、横からのエア・ハンマーの一撃で宙を舞った。
「!」
タバサは風の障壁が破られたことに驚いたが、すぐさまキュルケの体をカバーする。
だが、その隙に、決定的な二者択一の選択を迫られることになってしまった。

シエスタが床に倒れていたのだ。
シエスタに向かって放たれた火炎は、琥珀色の芯を持つ高温のモノ、あれを喰らえばどんな水のメイジでも再生不可能なほどに焼き尽くされてしまう。
銃士達に襲いかかる火の玉や風の刃を防ぐだけでも、二人分の働きをしているのに、その上、シエスタを守るなど不可能に近い。
だが、やらねばならない。
母の笑顔を見せてくれたシエスタに報いたい!

「…ウインデ!」
タバサは咄嗟に『烈風カリン』の戦い方を真似した、彼女は巨大な風を初歩の呪文で作らり続けることで『エア・ハンマー』や『ウインドブレイク』や『フライ』すら兼ねる戦い方をしていた。
タバサは自分の体をカバーする風の障壁を薄め、その分をシエスタに向けたのだった。
ドンッ、と音を立てて、シエスタを襲わんとしていた炎が爆発する…しかし距離は離れている、シエスタに害はない。
その間にも銃士達は立ち直って、銃から剣へと武器を持ち替え、メイジ達に立ち向かっていた。
(もう少し…!)
そう思ったところで、幾つかの火の玉が、タバサめがけて飛んでくるのが見えた、いやタバサだけでなくシエスタにも、キュルケにも向かっている。
地面に倒れたとき、衝撃が頭にも登ったのか、キュルケは足に力が入っていない、彼女らしからぬ緩慢な動きは、恰好の的となっていた。
キュルケを守り、銃士達を守り、シエスタを守り、自分を守る…四つの目的を同時にこなすのは不可能であった。
タバサは素早く左手でマントを絡め取った、ボタンがはじけ飛び、左腕にマントが巻き付く。
強力な固定化のかけられたマントが、火の玉相手にどれだけ保つか解らないが、無いよりは”まし”だ。
左腕を犠牲にするつもりで、火の玉に手を向けた、その、瞬間。



ぶわりと巻き起こった別の炎によって、火の玉がかき消された。

見ると、自分を守った炎は『ファイヤ・ウオール』かと思えたが、地面から壁のように立ち昇っているのでは無かった。
蛇がとぐろを巻くかのように、綱状の炎が螺旋を描き、盾を成していたのだ。

キュルケは震えた。
親友を危機に晒してしまった罪悪感と、初めての”殺し合い”と、目の前に浮かぶ巨大な炎の蛇におののき、震えていた。
その炎を操るメイジが、キュルケの後ろから、隣へ、そして前に出る。

その足取りは雄牛の如く悠々としていた。
いつもは鶏のようにそそくさとしている変人、火の魔法を争いに使いたくないと宣う臆病者……コルベールが、触れれば切れる剃刀のような気配を漂わせて、皆を守ったのだ。


「わたしの教え子から、離れろ」


コルベールの声で何か気づいたのか、立ちこめる白煙の中でメンヌヴィルが顔を上げた。口の中に入ったガラス片を地面にはき出しつつ、声の主が持つ”体温”に集中する。
「がっ、ブッ! がは!はぁ……お前は、お前は!お前は!」
白煙が晴れていくと、メンヌヴィルは歓喜に顔をゆがめて、狂人のようにわめいた。
「捜し求めた温度ではないか!お前は、コルベール!そうだ!懐かしい隊長殿の声ではないか!」
コルベールの表情は変わらず、厳しい目でメンヌヴィルを睨み続ける。
「オレだ! ああ、忘れたか? メンヌヴィルだよ隊長どの! 久しぶりだ!」
メンヌヴィルは両手を広げ、口から血を垂らしながら、歓喜の表情で叫んでいた。

隊長殿!と聞いて、コルベールが眉をひそめる、その顔が、冷たくて暗い何かで覆われていく気がした。

「貴様……」
「何年ぶりだ隊長殿!そうだ、二十年だ!はははは!長かったぞ!」

キュルケやタバサだけでなく、床に座り込んだままの生徒達までも、この二人が何の話をしているのか解らなかった。
生徒達に、どういうことだ?と動揺が走った。

「まさか、貴様、今は教師を? ははは!貴様が教師とはな!何を教えるんだ、焼き方か?兵士も女も子供も皆焼き尽くす術を教えているというのか!ははは教師だとさ炎蛇と呼ばれた隊長殿が!はははははッ!」

気が狂ったようにメンヌヴィルが笑う、だがその間、メンヌヴィルは杖をブレさせていない。
それだけではなく、討ち漏らした傭兵が二名ほど残っており、それぞれが生徒を一人ずつ抱えて盾にしている。
コルベールも、銃士も、タバサもキュルケも動くことが出来なかった。


ひとしきり笑った後、メンヌヴィルが語り出した。
「そうだ…そうだな。きみたちにも説明してやろう。この男はな”炎蛇”と呼ばれた炎の使い手だ。特殊な任務を行う隊の隊長を務めていてな…くくくッ! 女だろうが、子供だろうが、燃やし尽くした男だ」

キュルケが、アニエスがコルベールを見つめた。

「そしてオレから両の目を……。光を奪った男だ!」
その言葉にキュルケがハッとする。
メンヌヴィルの恐ろしさは炎の扱いだけではなかった、光で目を潰し、その上白煙の立ちこめる食堂内で正確に火の玉を飛ばす、人間離れした感知能力こそが恐ろしいのだ。
「あなた…目が」
キュルケが呟く、と、メンヌヴィルは血の混じったツバを吐き捨て、自分の目に指を伸ばした。
瞼に指を突っ込むと、くるりと円を描き…眼球が外れた、それは義眼だった。

「オレはまぶただけでなく目を焼かれていてな。光がわからんのだよ……蛇は、温度で獲物を見つけるそうだ。皮肉だと思わないか、隊長殿」

コルベールは答えない、メンヌヴィルの動きに注視している。
にやりと、メンヌヴィルが笑う。
「炎を使い続けるうち、俺は温度を敏感に感じ取れるようになった、距離、位置、どんな高い温度でも、低い温度でも数値を正確に当てられる。温度で人の見分けさえつくのさ」
火のメイジは熱に敏感だというのが通説である、キュルケ自身も波紋の力を借りることで周囲の熱を感知できる、だがこの男は、蛇のような執念で目に代わる光を得たのだ。
キュルケはぞわっと、髪の毛が逆立つ恐怖を覚えた。

「お前、恐いな? 恐がってるな?」
その熱を完治したのか、メンヌヴィルが笑う。
「感情が乱れると、温度も乱れる……。なまじ目が見えるヤツには解るまい……」
メンヌヴィルはすぅぅぅぅ…と、鼻で息を吸い込んだ。
「嗅ぎたい…お前の焼ける香りが、嗅ぎたい」
キュルケは、生まれて初めて感じる、純粋な恐怖に震えた。

「やだ……」と、普段のキュルケからは想像も出来ない、少女のようなおびえた呟きを漏らさせた。


「猟奇的な脅しは逆効果だと教えなかったか」
コルベールがキュルケとメンヌヴィルの間に入り、そう言い放つ。
「猟奇的なんて、隊長殿の口から聞くとはな。俺は自分が猟奇的だと自覚している分隊長より真人間だと思っていたよ」
「それも、そうだな」

コルベールが笑った。
恐ろしい気配を、コルベールが発散している。
それは『味方を燃やし尽くす』とまで言われた軍家ツェルプストー生まれのキュルケですら感じたことのない、恐るべき火の気配であった。

「おっと、妙な気を起こすな…教え子が大事なんだろう?二人の教え子を人質に取っているのだからな、教え子が死んでも良いのか?」
そう言って、メンヌヴィルが杖で人質の方を指す。
メンヌヴィルの背後に回ったメイジ二名が、それぞれ一人ずつ生徒を羽交い締めにし、盾にしている。
「人質を犠牲に”する”、と教えた覚えはない。既に犠牲に”している”はずだ。でなければそんなハッタリなどしない」

コルベールの言うとおりであった。
傭兵メイジ三人が、二人の人質を取って壁際まで後退しているこの状態では、その二人の人質が彼らの命綱である。
既に銃士達が床に座り込んだ生徒達を誘導し始めている、タバサも精神力が残り少ないが戦える。
問題は、床に倒れている数名の生徒達であった。
丁度、コルベール達とメンヌヴィル達の間に、シエスタを含む約五名の生徒が倒れているのだ。
壁際にはオールド・オスマンも倒れている…蹴られたところが悪かったのか、荒い呼吸をして。

コルベールは必死で頭を働かせた。
一気に攻めるべきか?いや、床に倒れている生徒達を盾に使われる可能性もある。
しかし相手も時間をかけられないはず…

そこでコルベールは、ちらり、とオスマンを見た。
オスマンは、笑っていた。

コルベールが無造作に杖を突き出す。
杖の先端から、コルベールの貧相な体に似合わぬ、巨大な炎の蛇が躍り出た。
蛇は一直線に向かって右側の人質に襲いかかる。
「甘いぞ隊長殿!」
メンヌヴィルが杖を振り、炎を巻き込む渦を作り出して、炎蛇を遮った。

と、その瞬間、メンヌヴィルが右側からの異様な気配を感じ取った。
コルベール達から見て左側、メンヌヴィルから見て右側には、いつの間にか手かせを外し、床に五指を突き立てているオスマンの姿があった。

「がッ!?」
オスマンに近い傭兵メイジが、突然ビン!と背中を伸ばし、両腕を広げた。
自由になった人質の体を、すかさずタバサが『念力』でオスマンの方へと動かしていく。
「ちいっ!」
メンヌヴィルが炎の弾を飛ばすが、それらはコルベールに遮られ、人質に届かない。
そうこうしているうちに、オスマンが人質となっていた生徒を抱き寄せ、老体とは思えぬ健脚で銃士達の側へと駆け逃げた。
「いやー、まったく年寄りはもうちょっといたわって欲しいわい」
「軽口を叩いている場合ではありませんぞ」
「それも、そうじゃの…さてメンヌヴィル君。もう一人の人質を解放してくれぬかね?今なら無罪放免といこう」
無罪放免、とオスマンが言ったので、アニエスが驚き叫んだ。
「バカな!これだけのことをしでかして、今更無罪放免だとッ!」

オスマンの提案に皆も驚いている、だがメンヌヴィルは尊敬するような態度を見せた。
「…貴様がここまで危険だとは思わなかった、さっきの、おかしな魔法といい…… それに、無罪放免とは恐れ入る、こっちもそれじゃ困るからな」

コルベールが、じりじりと間合いを詰めていく。
その間にタバサはシエスタを引き寄せ、抱き起こしていた。
シエスタの左半身は打ち身の痕があり、所々紫色に変色していた、おそらく『エア・ハンマー』を喰らったのだろう。

「…タバサ、さん」
「喋らないで、すぐ後ろに連れて行く」
タバサはレビテーションでシエスタを浮かせると、杖を構え、警戒しながら本塔の外へと引きずっていった。

「ツェルプストー、君も下がりなさい」
「は、はい…」
コルベールの声で、ようやく自分が座ったままだと気づいたのか、キュルケはびくりと体を震わせて返事をした。



「さあメンヌヴィル、降参しろ。人質を放すのなら、深追いするつもりはない」
コルベールがそう言い放つと、メンヌヴィルは自分の顔を押さえた。

「くくく……」
メンヌヴィルが、笑い出した。
「くはははははは!」
杖を振りかざし、コルベールに向ける、それを受けコルベールも呪文の詠唱を始めるが、メンヌヴィルは予想外の行動に出た。

「ベルナール!ウーシュ!遊んでやれ!」
メンヌヴィルの叫びと共に、剣で腹を刺し貫かれたメイジが二人、起きあがったのだ。
「なにい!?」
オスマンが驚愕の声を上げた。
アニエスは、弾を込め直したフリントロック式の銃でメイジを撃ったが、まったくひるむ様子もない。
「そんな馬鹿な!」
床に落ちていた、別の剣を拾い上げて斬りつける。
だが、メイジの肩に剣が食い込んだ所で止まってしまった。
にやり、とメイジが笑う。


「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」
刹那、ゾンビメイジを、氷の刃が貫いた。
衝撃で敵の体が吹き飛ばされ、余裕が生まれる、アニエスはその隙に距離を取って体勢を立て直した。
「なんだ、なんだこいつは!」
アニエスが叫ぶ。
「…食屍鬼?でも、何か違う」
いつの間にかアニエスの脇に立っていたタバサが、そう呟いた。
『アイス・ジャベリン』氷の刃を飛ばしたのも彼女である。
タバサは過去に吸血鬼と戦ったことがあり、不死身に近い生命力を得た食屍鬼が厄介なモノだと知っている。
だが、どう猛な獣を思わせる食屍鬼と違い、このメイジは極めて冷静に己の異様さを見せつけている。


「ふはははは!ゾンビの相手をしているがいいさ、ギース!ジョヴァンニ!先に行け!俺は隊長殿に用がある!」
メンヌヴィルはそう叫ぶと、周囲に火の玉を飛ばした。
火の玉に守られながら、部下のメイジ二名はロフト状になった教師用の食堂席に飛び上がり、そのまま窓を突き破って外へと飛び出していった。

「待て!」
コルベールが制止しようとするが、それも間に合わない、人質を追いかけたいが、この場にいるゾンビを残して先に行くわけには…
「行くんじゃ!こいつらは何とかする!」
オスマンの言葉で、コルベールは吹っ切れた。フライを詠唱してメンヌヴィルの後を追った。


◆◆◆◆◆◆


「そこだ! 隊長!」
本塔を飛び出したコルベールは、人質を抱えたメイジの後を追おうと、狙いを定めた。
だが、メンヌヴィルに遮られてしまう。
夜の暗闇でも、体温で闇を見通すメンヌヴィルには昼間と同じことなのだ。
コルベールは茂みに隠れ、次に塔の影に隠れた。だがそれでもメンヌヴィルの火の玉から逃れることは出来ない。

コルベールは逃げ場を遮られていくうちに、広場の真ん中へとおびき出される形になった、中庭には芝生しか無い…身を隠せそうな場所など皆無であった。
「最高の舞台を用意してやったよ、隊長どの。もう逃げられない。身を隠せる場所もない。観念するんだな」

コルベールは、ゆっくりと、大きく息を吸い込んだ。
そして、どこかに潜んでいるメンヌヴィルに向かって、こう言った、
「なあメンヌヴィルくん。お願いがある」
「なんだ? 苦しまずに焼いてほしいのか? なぁに…あんたは昔馴染みだ。お望みどおりの場所から時間をかけて焼いてやるよ」

だがコルベールは、メンヌヴィルの挑発的な声など意に介さず、落ち着き払った態度で言い返した。
「降参してほしい。わたしはもう、魔法で人を殺さぬと決めたのだ」
「おいおい、ボケたか? オレには貴様が丸見えだ。お前は何も見えんだろう?貴様のどこに勝ち目があるってんだ」
「それでも曲げてお願い申し上げる。このとおりだ」

コルベールは膝をつき、頭を下げた。
どこからか、軽蔑しきった風の、メンヌヴィルの声が響いた。
「オレは……貴様のような腑抜けを、二十年以上も追ってきたのか……、貴様のような、能なしを!許せぬ!」
メンヌヴィルが呪文を唱え始める。
「私が、これほどお願いしてもダメかね」コルベールがそう続ける。

「しつこいヤツだな」
吐き捨てるような言葉が、メンヌヴィルからの返事だった。

コルベールは哀しそうに首を振った、そして、身を伏せたまま、杖を空に向けた。
すると、ピンポン球程度の、小さな火球が打ちあがった、その高さはおよそ3メイル。

「なんだ? 照明のつもりか?」
と、呆れたようにメンヌヴィルが呟いた瞬間、小さな炎の弾が爆発的にふくれあがった。

これがコルベールの魔法、『爆炎』であった。

『錬金』で空気中の水蒸気を気化した燃料油に変える、空気と撹絆した状態にするため、広範囲かつムラのある状態で練金をする。
それはひとたび点火されれば、周囲の酸素を燃やし尽くして巨大な火球を作り上げ、一定の範囲にいる生き物を窒息死させてしまうのだった。

詠唱を終えてから口を押さえていたコルベールは、周囲に酸素が戻るまでの間、ほんの数秒間我慢すればよいだけであった。
だが、呪文を詠唱するために口をひらいていたメンヌヴィルは、肺の中から酸素を奪い取られた。

「ガぁ……!…カハ……!」
ショックで横隔膜が痙攣し、喉と腹を押さえてのたうち回るメンヌヴィル。
それを見て、コルベールが呟いた。
「蛇になりきれなかったな。副長」
「ガッ! ァグッ」
苦悶の表情を浮かべたメンヌヴィルだったが、まだ杖を手に取ろうとしていた。

コルベールは極めて冷静に、呪文を詠唱しようともがくメンヌヴィルの口元目がけて、『練金』と『着火』を詠唱した。




「……詠唱の時は口元を隠せと、教えただろう」



肺胞から舌までを黒こげにしたメンヌヴィルを見下ろして、コルベールは、悲しそうに呟いた。





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