ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-70-1

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匿名ユーザー

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魔法学院に駐屯する銃士隊十二名は、宿舎として火の塔を割り当てられていた。
軍務として駐屯している以上、学院の施設であっても臨時の軍隊施設である、そのため歩哨を立てるのは当然であった。
火の塔の入り口は、中庭に面しており、出入り口に隊員二名が立って見張りをしていた。
マスケット銃を担いで、夜の闇に目を凝らしていると、年長の銃士が目を細めた。

月明かりの下で影が動いたように見えたのだ。
音を立てずに身を屈め、銃口に弾薬包みをあてがった。
弾薬包みとは、火薬と鉛の弾を包んだものであり、これを銃身に流し込み槊杖(さくじょう)で突き固めることですぐに発射の準備が整う。

同輩の動きに合わせるように、もう一人の銃士隊員もマスケット銃へ弾を込めた。

中庭の花壇、正門、外壁の影……熟達したメイジが音もなく人を殺せる距離を頭の中でイメージし、すぐに対処できるよう音にも気を配る。

不意に、花壇の影が動く。何者だ!そう叫んだつもりだった。

「え、ぶっ…」

しかし喉から出てきたのは溺れるような声であった。

ごぼっ、ごぼっ、と心臓の鼓動に合わせて喉から液体が飛び出す、息を吸おうとしても肺に液体が何かが流れ込む、咳き込む暇もなく二人の銃士は前のめりに倒れていった。

銃を構えるべきか?
流れ出る血を押さえ込むべきか?
いや、異変を知らせるために銃を撃たねば!

引き金を引こうと指に力を入れたが、すでに手の中に銃はなかった。
平衡感覚が失われ、天地が解らなくなる、二人の視界は間もなく闇に塗りつぶされた。

二人が最後に感じたのは、自分を抱きかかえようとする誰かの腕と、頬に当たるちくりとした芝生の感触だった。


◆◆◆◆◆◆


飾りが無く所々汚れている服と、黒いマント……そんな粗野な服に身を包んだメイジの一団が、死体となって横たわる銃士を取り囲んでいた。
「こいつら女ですぜ。しかもまだ若ぇや」
一人が下卑た笑みを浮かべ、筋骨隆々とした男に告げた、すると告げられた男は光を映さぬ瞳を銃士の死体に向けた。
「オレは昔の貴族のような、男女差別論者じゃない。平等に、死を与えてやる」
盲目の男メンヌヴィルは、死体から流れ落ちる血の温度を感じていた。
死んだばかりの人間は温かい、それと比べてクロムウェルから借りたゾンビどもは体温が無く、まったくおもしろみがない。
にやりと、嬉しそうに笑みを浮かべた

「貴族のガキどもを殺しちゃまずいですぜ。人質に取るんですから」
「それ以外は殺してもいいんだろう?」
とメンヌヴィルが言いながら、金属製の棍棒のような杖を手の内で弄んだ。
楽しそうなその声に、他の隊員達もつられて笑みを浮かべた。
銃士の死体を見つめていた隊員の一人が、つまらなそうに呟く。
「銃を持った連中が駐屯しているようですな」
「我らは全員がメイジだ、銃兵など一個連隊来ようがものの数ではない、そうだろう?」「ごもっともで」
隊員の一人が地図を取り出すと、他の隊員達がマントを広げて周りを囲った、別の隊員が魔法の明かりをわずかに灯して地図を確認するので、光を漏らさぬよう気を配っているのだ。
この図はリッシュモン経由でアルビオンに流れたもので、十年以上前に魔法学院の地下浴場を大改修した際に提出されている。
メンヌヴィル達は、空の上から見た魔法学院の構造と比較し間違いがないかを素早く確かめ、どの塔を誰が攻めるのかを決めていった。
「寮塔はオレがやる。ジャン、ルードウィヒ、ジェルマン…それとゾンビども」
そう言うとアルビオンの衛士服を着た二人がメンヌヴィルの前に出る。
「ベルナールです」「ウーシュです」
「よし、ついてこい。セレスタン、四人を連れてこの塔をやれ。ジョヴァンニ、残りを連れて本塔をやれ。オスマンとかいうジジイがいるはずだ、そいつは捕まえろ、後から来るゾンビどもに引き渡せ」

そう言い切ると、メンヌヴィルと部下は『フライ』を詠唱し、地面すれすれを飛んで寮塔へと向かった。
残されたメイジ達も、音もなく目的の場所へと移動していった…。

◆◆◆◆◆◆

「…」
タバサは、ベッドの上で上半身を起こした。
眼鏡をかけるでもなく服を着替えるでもなく、風の動きや音に集中して、違和感の正体を探った。
……中庭から妙な気配が漂ってくる気がする。
キュルケを起こすべきか?と悩んだが、疑わしいと言うことはすなわち『黒』だと考え、すぐにュルケを起こすことにした。

パジャマ姿のままキュルケの部屋に来ると、数度扉を叩く。
と、間もなくキュルケが眠そうに目をこすりながら、扉を開けた。
「なによもう……ふわぁ…こんな朝早くに……、まだ太陽ものぼってないじゃないのよ」
「変」
タバサはそれだけを告げた。するとキュルケは眠そうな目を閉じて、耳を澄ませる。
サラマンダーのフレイムは、外から漂ってくる剣呑な気配を感じ取り、窓の外に向けて、うるるると小さなうなり声を上げていた。

「そうみたいね」
先ほどの眠そうな目つきは何処へやら、キュルケは瞬時に眠気を吹き飛ばした。
キュルケは手早く服を身につけ、杖を手に取る。
その間にタバサはシエスタを起こそうと部屋を出たが、時既に遅く、階下から扉の破られる音が聞こえてきた。
「一旦引く」
タバサがキュルケの部屋に戻り、そう呟く、素早く『フライ』の呪文を唱え、二人は窓から逃げ出した。
波紋の力を借りることができれば、賊が何人か、理解しやすいのだが…シエスタを助けるには時間が足りない。
一旦引いて態勢を立て直すため、キュルケ達は寮塔から魔法学院の外へと逃げだし、近くの茂みへ身を潜めた。



近くの茂みに身を潜めたキュルケは、フレイムの目と耳を借りて、寮塔の気配を探っていた。
タバサは『遠見』の魔法で魔法学院の敷地内を探ろうとしたが、ディティクト・マジックで逆探知されては厄介なので、西部まで探ることは出来ない。
「ほとんど連れて行かれたみたいね。で、タバサ、どうする?」
と、キュルケが呟く。
「助ける」
タバサは杖を握りしめてそう宣言した、その言葉を待っていたかのように、キュルケがにやりと笑う。
「そう言うと思ったわよ、夜中に押し込んできたデリカシーのない連中に一泡吹かせてやりましょ」
タバサはこくりと頷いた。
せめてシエスタだけでも助けねば、まだ恩返しもしていないのに…そう思って、タバサは小さく歯がみした

月が雲に隠れ、二人の潜んでいる茂みが暗闇に覆われた。
タバサは、賊に気づかれぬよう隠れていろとシルフィードに命じ、キュルケは寮塔に人の気配が存在していないかフレイムを使って再度確認させる。
「フレイムが今寮塔のエントランスに降りたわ。寮塔付近に人の気配は無さそうよ」
「目的は籠城か、誘拐を誤魔化すための籠城。……厄介」
「どうしてそう思うの」
「鮮やかすぎる」
「半分は直感ね?まあいいわ、私もそう思うもの」
タバサは限られた情報を元に、賊の目的を分析していく、それを聞いてキュルケの視線が鋭くなる、正義感という訳ではないが、仮住まいが一方的に蹂躙されるというのは気に入らない。
それに魔法学院という環境が嫌いではないのだ、あえて言うなら義侠心だろうか。

ふと、タバサが空を見上げた。
「もう少しで学院全体が影に覆われる……そしたら寮塔に近づく」


辺りが、暗くなった。


「行きましょう」
キュルケが呟いた。

◆◆◆◆◆◆

メンヌヴィル達が一斉に行動し始めた頃、アニエスは与えられた寝室で目を覚ました。
魔法学院の倉庫として使われている火の塔、その二階に簡易ベッドを持ち込んだだけの、質素な寝室である。
アニエス以外の隊員達は、隣の部屋で寝起きしているので、この倉庫にはアニエス一人しかいない。
アニエスは枕元に置いた剣を取ると、鞘の口を握りしめて親指を剣の腹に当た、音を立てぬように…それでいて素早く剣を抜き放つ工夫であった。

音もなく扉の側に立ち、気を落ち着ける。
鼻孔をくすぐる鉄の臭い…血の臭い…おそらく、気のせいではない。

ふと、部屋の真ん中に置かれた鏡に気がついた、ここを案内したオールド・オスマンの話によると、高さ2メイルほどのこの鏡は『嘘つきの鏡』というマジックアイテムで、醜いものは美しく、美しいものは醜く映し出すらしい。
アニエスはなんとなく嫌な感じがして、鏡を覆っている布を外していない。
だが今は使えるものは何でも使うべきだ、と自分に言い聞かせて、切っ先で布を外した。


セレスタンという傭兵メイジは、三人の部下を引き連れて火の塔に進入した。
アンロックで扉を開け、螺旋階段から二階に上がると、扉が二つ並んでいるのが解る。
奥の方を二人の部下に任せ、自分は一人を連れて手前の扉を開けることにした。

扉の前に立ち、一気に蹴破る。とそこには美男子のメイジが杖を構えて立っていた。
元からこの塔が平民ばかりだとは思っていない、セレスタンは予め詠唱していた魔法を開放した。
「がッ……」
しかし、相手は全く同時に魔法を放ち、セレスタンの心臓を魔法の槍で貫いた。
「なっ!?」
思わぬ反撃を受け、部下のメイジは困惑したが、すぐに気を取り直して部屋の奥へと杖を向けた、だがその瞬間、扉の陰から飛び出してきた刃で喉を貫かれた。
「ぐっ、えっ」
詠唱を!魔法を!そう考えたが、すでに手遅れだった、喉に突き立てられた刃は一瞬で引き抜かれ、代わりに液体が喉を塞いでいく。
「おぼっおおぉ゛おぉ」詠唱をしようにも声が出ない、息を吸おうにも息が吸えない、男は地面をかきむしって、立ち上がろうとして、そのまま暗闇へと落ちていった。
奇しくも自分が殺した銃士と同じように、死んだ。


扉のそばに隠れていたアニエスは、追撃が来ないのを確認し、ひとまず自分の作戦が上手くいったと知った。
扉の前に引き出しておいた『嘘つきの鏡』に、”麗しい美男子の姿”でセレスタンが映し出されたのだ。
セレスタンはそれを敵と勘違いしたのだった。
アニエスは魔法のことに詳しくはないが、特定の魔法を反射できるマジックアイテムがあると聞いたことはある。
偶然とはいえ、鏡がその性質を持ったマジックアイテムであったこと、そして跳ね返るような魔法を使った傭兵らしきメイジに感謝した。

次に、隣の部屋にいた隊員達がアニエスの部屋に飛び込んできた。
「アニエスさま! 大丈夫ですか!」
「平気だ」アニエスは剣についた血を払いつつ、落ち着いた声で答えた。
「我々の部屋にも、二人ばかり忍び込んできました。片付けましたが……」
「他には?」
「下の扉は開け放たれていました、ジェンが下で見張りをしています。外に気配はありません」

アニエスは考える、自分の部屋に二人、隣の部屋には二人、計四人。
火の塔に忍び込んできた賊は片づけられたようだが、それだけとは思えない。
「アルビオンの狗のようだな」
床に転がった侵入者たちのなりを見て、つぶやく。
メイジばかりで構成された分隊が物取り目的で魔法学院を襲撃するはずはない、アルビオンが雇った小部隊に違いない。
そこでアニエスは、外の状況が気になった。
この学校に派遣された理由は、万が一魔法学院が襲撃された時のためである、本来ならもっと早く任務に就き、守備隊を一部隊借り受けるつもりだったが、将軍達が平民出のアニエスに部下を渡すことを渋った。
そのせいで襲撃に対処できなかった…と泣き言を言うつもりはない、見通しが甘かったのも、魔法学院に賊の進入を許したのも自分の責任だ。

魔法学院には今女子しかいない、おそらく寮塔も教師宿舎も襲撃されている頃だろう…すぐに反撃に出ても、メイジの部隊を相手に戦いきることは難しい。
「くそ!…失態だ…」
やるべき事は、賊を撃退するか捕縛するか、それだけしかない、撤退は決して許されないだろう。
もし賊を逃がしたり生徒に被害があれば、将軍達はこぞって自分を親衛隊の任から解こうとするはずだ。
反撃に出るには、賊と同じように、隙を突くしかない。
「二分で完全武装だ。わたしに続け」

アニエスは部下に命令を下し、自分も装備を身につけ始めた。


◆◆◆◆◆◆


メンヌヴィル達は難無く寮塔を制圧し、女生徒達を人質に取った。
生徒達は賊が侵入してきただけで怯えてしまい、まったく抵抗できなかった、賊は寝間着のままの生徒達から杖を取り上げ、食堂へと連れていく。
その数はおよそ九十人……中にはモンモランシーと、シエスタの姿もあった。
渡り廊下を通って本塔に入ると、本塔へ制圧に向かった部下と合流する。
部下が連れていた捕虜の中には、学院長のオスマン氏の姿もあった。メンヌヴィルはそれに気がついて微笑み、部下にこう言った。
「おい、外のゾンビどもに合図を送れ」
部下はすぐに魔法学院の外へと出て行った。

食堂に捕虜達を集めると、メンヌヴィル達は、捕虜を後ろ手に縛り始めた。
隊員の誰かが魔法を使い、捕虜達の手首に次々とロープが絡みついていく。
捕虜となった教師や生徒達は、ただ震えるのみであった。

メンヌヴィルは全員の前でクククと含み笑いし、優しい声で話しかけた。
「淑女諸君、ご安心めされい、無闇に立ちあがったり、騒いだり、我らが困るようなことをしなければ、お命を奪うことはありません」
それがかえって恐ろしかったのか、誰かが泣き出す。
「静かにしなさい」
そう言っても、その女生徒は泣き止まなかった。
メンヌヴィルは足を踏み出す、すると周囲の女生徒達は震え上がり、座ったまま後ずさった。
泣きやまぬ女生徒の顔に杖を突きつけると、嬉しくてたまらぬと言った風に、声を震わせて告げる。
「消し炭になりたいか?」

その言葉が脅しではないと、直感的に理解したのだろう。
女子生徒はまるで、喉に何かを詰めらしたように、ヒッ、と息を飲み込んで泣き止んだ。
オスマン氏はその様子を見て、辺りを見回した。
寮塔にいた生徒達が全員集められているようだが、タバサ・キュルケの姿は見えない。
もし彼女らが立ち向かっていたら、傭兵にもそれなりの被害があったか、どちらかが負傷して血の臭いが微かにするはずだ。
ふと、シエスタとモンモランシーを見た、二人は寄り添って怖がっているように見えるが、その実怖がっているのはモンモランシーの方で、シエスタはまだ何とかしようという意志が見えている。
オスマンは、これこそが彼女の平民らしいところであり、リサリサの血を色濃く受け継いでいる証拠だと思えた。
佐々木武雄の残した言葉の中に『窮鼠猫を噛む』という諺があるらしい、それと同じだろう、平民が貴族に逆らえば死ぬしかない、死ぬしかないと最初から解っているのだから、有事には自分の身を省みず戦える。
貴族の戦い方とは、心づもりが大きく異なっているのだ。
それが良い結果となるか悪い結果になるかは解らない…しかし、窮地に陥った人間が起死回生の一撃を生むには、平民にも貴族にも『死』の覚悟が必要なのだろう。

オスマンは口を開いた。
「あー、きみたち」
「なんだね?」
「女性に乱暴するのは、よしてくれんかね。君たちはアルビオンの手のもので、人質がほしいのだろう? 我々をなんらかの交渉のカードにするつもりなら、せめて女子供には乱暴しないでくれんかね?」
「どうしてわかる?」
「長く生きていれば、少しだけ勘が良くなるんじゃよ、とにかく贅沢はいかん。このおいぼれだけで我慢しなさい」
メンヌヴィルは、わざとらしく笑い声を上げた。
「ハハハ!」
つられて傭兵達も大声で笑いだした、。
「じじい一人が何になる、考えろ」
メンヌヴィルはそう吐き捨てる、するとそこに、本塔二階部分の窓から外に合図を送っていたメイジが戻ってきた。


「じじい、これで学院の連中は全部か?」
「そうじゃ。これで全部じゃ」
オスマンがそう答えた。
と、そこで傭兵たちは、火の塔に向かった部隊が戻ってこないことに気が付いた。
手間取っているとは思えない、手間取るぐらいなら一旦引いて増援を仰ぐぐらいの判断はできるはずだ。
「………しくじったか?」
メンヌヴィルは、思わぬ強敵が居ると知って、唇を醜く歪めた。
そのままオスマンの側に寄り、無骨な鉄製の杖を取り出して眼前にちらつかせる。
近くにいた生徒達は驚き、ヒィと息を漏らした。

「おいぼれ、『これで全部』じゃねえな?」
「駐屯しとる部外者のことまで知らん」
「ち、古狸め」

◆◆◆◆◆◆

一方アニエス達は、本塔の外周を巡る階段の踊り場で身を潜め、食堂の様子をうかがっていた。
本塔の中では、メンヌヴィルたちは顔を見合わせ、火の塔に向かった連中がやられたのではないかと訝しんでいた、しかし困惑や悲壮の色を見せるわけではない、鼻で笑うだけだ。
そんな彼らの様子も、本塔の分厚い壁に遮られていては何一つ解らなかった。
扉に近づけば中にいるメイジに気づかれてしまうかもしれない、アニエスは本塔を攻めあぐねていた。

アニエスはちらりと中庭を見る。
中庭の正門近くでは、学院で働く平民たちが一カ所に固まって、こちらの様子を窺っていた。
使用人の宿舎で寝起きする彼らは、寮塔や本塔からは離れていたため、この事件に巻き込まれずに済んだ。
彼らをこのままにしておくのも不味い…本塔の中がどうなっているのか分からないのも不味い…
アニエスは歯噛みした。



「隊長殿」
ふと後ろから声をかけられた。
振り返ると、魔法学院の教師、コルベールが立っていた。
コルベールはアルヴィースの食堂を外から眺めようとしたが、アニエスが首根っこを掴み静止した。
「首を出すな……あんたは、捕まらなかったのか」
「わたしの研究室は、本塔から離れておってな。いったい何事だ?」
コルベールの言葉はどこかのん気に聞こえた、そのせいでアニエスは腹を立てた。
「お前の生徒が、アルビオンの手のものに捕まったのだ」
「何ですと…!」
コルベールは顔を青くした、アニエスは部下に命じてコルベールを下がらせる。
と、そこに別の声が聞こえてきた。

「ねえ、銃士さん」
訝しみつつ振り向くと、キュルケとタバサの二人組が立っていた。
アニエスと目が合うと、にっこりと不適に微笑んだ。
「お前たちは生徒か? よくもまあ、無事だったな」

「君たちは無事だったのか」
コルベールがそう聞くと、キュルケは当然でしょと言わんばかりの態度で返す。
「当然ですわ」
キュルケはタバサを指さし、アニエスにこう告げる。
「この子の使い魔がね、上空にフリゲート艦を見つけたのよ、本塔の窓から上に合図を送ってたみたい、フリゲート艦はゆっくり下降しているわ。ここに降りてくるまで十五分はかかるみたいだけど」
「何…それは賊が乗ってきたものか、不味いな」
「そこで、あたしたちにいい計画があるんだけど……」
「計画?」
「そうよ。早いとこ皆を助けてあげないとね」
「どうする気だ?」
アニエスが問いかけると、キュルケはタバサと自分を指さし、呟く。
「あいつらはあたしたちの存在を知らないわ。奇襲のカギはそこよ」
キュルケは、自分たちの計画を説明した。
それを聞き終わると、アニエスは、にやっと笑った。
「面白そうだな」
「でしょ? これしかないと思うのよね」

話を聞いていたコルベールが、傍に近寄り、小声で反対した。
「危険すぎる。相手は傭兵だ。そんな小技が通用するとは思えん」
「やらないよりはマシでしょ。先生……先生は相変わらず火を使いませんのね」
キュルケの言葉には軽蔑が混じっている、その上それを隠そうともしないので、誰が聞いてもそれは皮肉に聞こえた。
アニエスなどは、もうコルベールを見ていない。
コルベールはその様子を、沈痛な面持ちで見ていたが、静かに懐から杖を引き出すと小さく呟いた。
「私も、行かせてくれ…!」

◆◆◆◆◆◆

「食堂にこもった連中! 聞け! 我々は女王陛下の銃士隊だ!」
本塔の中から、部下に外を見張らせようと考えていたメンヌヴィルの耳に、女の声が聞こえて来た。
メンヌヴィルは笑みを浮かべると、食堂の外の連中と交渉するために、入口に近づいていった。

食堂の入口に、がっちりとした体躯のメイジが姿を見せた。
その時、雲の隙間から月明かりが差し込み、メイジの姿がぼんやりと映し出された。
そのメイジに向けて、アニエスが叫ぶ。
「聞け!賊ども!我らは陛下の銃士隊だ!我らは一個中隊で貴様らを包囲している! 人質を解放しろ!」
本当は十人ほどしか居ないのだが、アニエスはあえて『一個中隊』と言ってはったりをかました。
すると、食堂からはげらげらと下品に笑う声が聞こえてくる。
「銃兵ごときが一個中隊いても痛くもかゆくもないわ!」
「その銃兵に、貴様らの四人は屠られたのだぞ!おとなしく投降するんだ!命までは取らぬ!」
「投降だと?ははは!今から楽しい交渉の時間ではないか。さて、ここにアンリエッタを呼んでもらおうか」
「陛下を…だと?」
「そうだ!まずはアルビオンには出兵せぬと約束してもらおう。我が依頼主は、土足で国土を汚す不埒な輩は大嫌いだそうだ」

無茶苦茶な要求だ、とアニエスは思った。
アルビオン出兵前の時期に人質を取るなど、トリステインの逆鱗に触れる行為にしか思えない、ましてや、人質程度で軍が出兵を取りやめることなど考えられない。
しかし人質に取られているのは、貴族の子弟が九十人である、こうなると有力貴族がこぞって出兵を遅らせようとするかもしれない。
アニエスがそう考えていると、メンヌヴィルが怒鳴る。

「おい!兵を呼ぼうなど考えるな、一人呼べばんだら一人につき、一人殺す。ここに呼んでいいのは……枢機卿かアンリエッタだけだ!
いいか、五分で決めろ。アンリエッタを呼ぶのか、呼ばぬのか。五分たっても返事がない場合、一分ごとに一人殺す!」
メンヌヴィルはそう言い放つと、悠々と本塔の中へ戻っていった。

銃士の一人が、アニエスをつつく。
「アニエスさま……」
「まだだ、まだ、もう少し待て」
アニエスは唇を噛みしめつつ、手の中にある銃と剣の感覚を確かめた。
よく整備された小さいグリップは手汗を吸い取り、短い銃身はバランスを考えられ肉厚に作られている。
アニエスはふぅーーと、長く細いため息をつき心を落ち着かせる、そして、キュルケ達の合図を待った。


◆◆◆◆◆◆



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