ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

DISCはゼロを駆り立てる-04

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匿名ユーザー

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たとえ重要な内容でも授業という物は基本的に退屈であり、優秀だが真面目とは言いがたいキュルケも暇をもてあましていた。
第一、キュルケは自他共に認める火のメイジなのだ。火とは破壊を司る物で、創造をメインとする土とは相性があまりよろしくない。
それでもそれ相応の努力によってトライアングルメイジになったのだから、勉学の方も決して悪いわけではなかった。現にこの授業の内容も、とくに聞かずとも容易く把握できている。
1年の頃のおさらいだからというのもあるが、トリスティン魔法学院に留学してからはライバルであるヴァリエールの秀才さに目をむき、負けまいと一層の努力を重ねたお陰もあった。
まあ勉学に熱心に励むのは自分らしくないと理由をつけて、すぐに飽きたので止めてしまったが……。一応はキュルケの糧になっている。
それにあのルイズとて、火の系統だけは発火の呪文と小さな火球を作るぐらいしか使えないらしい。
またプロポーションだけではなく、態度とかそういった女らしさという点でもキュルケの圧勝だ。

例えば今チラリとこちらを見た男子生徒にキュルケがちょっとばかし微笑かければ、彼はすぐさま赤面して前へ向き直った。あのルイズではこうは行かない。
代々やっているように、婚約者を寝取るのもいいだろう。わざわざ相手の土俵で張り合わなくとも、得意な事で勝負すればよいのだ。
けれどもルイズは親友だし、そこまで勝負勝負と言う必要は無なかった。
面倒な宿題が出された時など、あの少女の知識は非常に有用だ。タバサのように細かいことを言わないし。
その代わりに火についてあれこれと質問を飛ばされたり、ゴーレムの耐火実験などにつき合わされたりもするが、机に向かってカリカリとやるよりも余程良かった。

教師の説明を聞き流しながらルイズへと視線を送ると、どうやら向こうも暇なようで羽ペンをクルクルと回している。
あのギトーの授業だって、表面上だけは真面目に聞くルイズからすれば珍しい事だった。朝もぼんやりしていたし、使い魔とでも何かあったのだろうか。
自分はフレイムに不満など抱きようも無い。ルイズがサラマンダーより貴重な使い魔に満足できないのなら、それは贅沢が過ぎるというものだ。
しかし、もしかしたらそれもあり得るのかも知れない。遠目で見ているだけならば可愛いあの小さいのは、どうにも底知れない部分がある、とキュルケは評価していた。
例えば面倒な事この上ない杖との契約の手間も惜しまず、戦場にでも行くみたいに色々やっているようだ。もし戦場でルイズが敵側に居たら、とりあえず逃げた方が懸命だと思えるぐらいの徹底振りで。
キュルケも領地の中に入り込んだ盗賊の討伐ぐらいはやったことがあったが、それにしてもあそこまでの準備はしなかった。
備えあれば憂いなしという諺は知っているものの、いつ天変地異が起きても良いようにテントを背中にくくりつけて歩いているようではないか。ちょっとばかしやりすぎだと思えた。

その他にもコルベールが作っている意味不明なガラクタにも興味を示したり、あのメイドの故郷から、かなりの大枚をはたいて壊れたマジックアイテムを回収した、というのも聞いた事がある。
色恋沙汰に関しては微熱の名のままに暴走しがちなキュルケでも、やはりルイズの突っ走り方は貴族として異様に思えた。
まあ自分も目を見張るようないい男が居て、熱心なアプローチをしても惚れさせる事が出来なければ、もしかしたらああいう風になるかもしれないが。

「ルイズも恋の一つや二つ、しておけばいいのに……」

なんとなくそう呟いたキュルケは、恋する乙女になったルイズを想像してみた。
まずは相手だが、相手は……。
相手は……。

浮かばなかった。

というかあのルイズの場合、色恋沙汰より殴り合った後の友情の方が似合いそうだ。
あまり考えたくは無いが、変に懐いている(懐かせたのかもしれないが)シエスタの事を考えれば、もしかしたらルイズはそういう趣味なのかもしれない。
訓練の相手として何かと一緒に出かけているという情報も、広い友好範囲をもつキュルケの耳には無数に入っていた。
1週間ぐらい前に部屋にベッドを入れるとか言ってたような気がするし、これはひょっとすると、ひょっとする。

『……あぁっ! ル、ルイズ様っ!』
『ふふ、シエスタ……可愛いわ……』

完全に授業そっちのけモードに入ったキュルケの脳裏に、バタフライ伯爵夫人のなんたらという小説で見たワンシーンがそのまま再現された。
たしかにルイズが男の子に興味を全く示さないのは、こういう理由があるためと考えた方が自然だろう。うむ、そうに違いない。
だが人は見かけによらないと言うし、普段は強気で帝王みたいなルイズでも、ベッドの上ではまた違った一面があるのではないだろうか。

『シエスタ様ぁ……。わ、わたし、もう我慢できませんっ!』
『イケナイ子ねぇ、ルイズは。ここが、こんなになっているわよ?』
『い、言わないで下さいっ! は、恥ずかしいです……』

画面が不自然な髪の毛や湯気で隠されるようなシーンを想像してしまい、キュルケは思わず頬を染めた。
自分の方がそういう方面では上手だと思っていたけれども、なかなかどうして、ルイズも結構やるじゃないか。さすが私のライバルだ。
まさかルイズにレズッ気があったとはしらなかったが、それもまあ愛の一つの形だろう。情熱の燃やし方について、他人に口出しするほどキュルケは野暮ではなかった。
しかし、もし自分を誘ってきたら、その時は全力を持って断らねばなるまい。

「……、……ツェルプストー?」

大きく頷いてから視線を戻すと、もう一人の親友であるタバサがルイズの方を覗き込んでいた。キュルケの聡明な頭脳が更なる回転を始める。
タバサも殿方には興味を示さないようだし、もしかして、彼女もそういう道に入ってしまったのだろうか。
心を閉ざした少女を助けようとした女の子同士の友情が、やがて恋愛感情へと変化し……。十分にありえることだ。無論自分にその気は無いが。
合意の上でならいいけれども、まさか無理やりとか……。

「もしもし、聞いていますか? ミス・ツェルプストー!」

脳内ビジョンにルイズとシエスタだけではなく、生まれたままの格好で頬を染めるタバサが追加された頃、突然の隕石によって世界はぶっ壊れた。
キュルケは盛大に椅子を倒して後ろに転がり、口に突っ込まれた粘土によってもがもがと呻く。
混乱の収まらぬままに机から顔を出してみれば、明らかに怒りの表情を浮かべているミセス・シュヴルーズが杖を向けているのが見えた。

「授業中ですよ? 目新しい内容ではないかも知れませんが、ちゃんと聞くように」

口の中の異物を取り出しながら、キュルケは仕方なく下らない妄想を意識の隅に追いやる事にした。





キュルケの顔に粘土の塊が直撃した頃、中央塔にある学院長室の真下、重厚な鉄製の扉の前で歯噛みしている人物がいた。
しばらく前にオスマンが直々にスカウトしたミス・ロングビルだ。平民のメイジという少々特殊な存在ではあるが、仕事っぷりはかなりの腕前であるし、その容姿とも相成って男性教師側からの評判はかなり高い。
通常はマイナスに働きがちな婚期を逃しているというポイントも、成熟した女の魅力のお陰で相殺されるどころかプラスになっていた。
もっとも、今の彼女は普段の冷静かつ瀟洒な秘書というイメージとはかけ離れていたが。

「チッ! なんて固定化だよ……」

胸まである緑色の髪をかき上げながら、彼女は一向に効果のない自らの錬金に悪態をついた。
苛立たしげに扉に蹴りを入れると、爪先が痛んだほかに鈍い音が小さく響いた。当然ながらそんな事で扉がどうにかなる訳も無く、更にストレスが積もる。
このトリスティンでも有数の堅牢さを誇る事だけはあり、彼女が今まで破ってきた金庫などとは規模も固定化のレベルも比べ物にならなかった。
金庫や扉を土くれに錬金するのがフーケの特技の一つでもあるのだが、今回はゴーレムを使ってもどうにかなるか分かりかねる。フーケは忌々しげに唇を噛んだ。
ここの固定化の凄さは土のエキスパートである彼女の錬金でもびくともしない事からも明らかだったし、冷たい表面に触れて素手で触診した限り、スクェア数人がかりの仕事だと看破できた。
根気よく錬金をかけ続けていれば、いつかは篭絡するだろうが、そんな時間は彼女には無い。

「あのジジイのセクハラに耐えた結果がこれじゃ、土くれの名が廃るってもんさ……」

今日もあの忌々しいネズミとの連携で下着の色を見られたことを思い出し、フーケの顔が真っ赤になった。
流石というべきなのか、オスマンはロングビがの爪先を何度もめり込ませているというのに、倒れたふりをしてスカートの中を見るほどの猛者だ。
一見するとおちゃらけた老人に見えても、その裏では何を考えているのか分かった物ではない。さっさと仕事を済ませ、アルビオンで待つ家族の元へと帰りたかった。
だが事を焦って計画もなしに行動を起こすほど、彼女は無茶でも無謀でもない。感情を自制して演技をするのはお手の物だし、必要ならなんだってやった。
これまでにも差し向けられて来た追跡部隊の数々を振り切ったのは、単に運が良かっただけではないのだ。名実共にトリスティン1の盗賊がフーケなのである。

「おや、いかがしましたかな? ミス・ロングビル」

背後から聞こえた声に振り向いたとき、先ほどまでの荒々しい表情は完璧に消え去っていた。フーケの纏っていたオーラまでもが一変している。
変わりに慎ましやかな微笑と困ったような表情を浮かべ、ミス・ロングビルはひっそりと咲く花のように苦笑した。

「これは、ミスタ・コルベール。……実は、宝物庫の目録を作らなければならないのですが……。
あの色ボケジ……失礼、オールド・オスマンはお休みでして。鍵がないのですよ」

「な、なるほど、目録ですか……。しかし宝物庫は玉石混合、秘宝からガラクタまでありますからなあ。
中でも、破壊の杖などは凄まじく……。おっと、失礼。お忙しいのにこんな話を……」

心なしか赤面したコルベールは、即頭部に残った髪の毛をポリポリと掻きながら言った。
根っからの研究者であり変人として知られるコルベールに、女性との出会いや付き合いは皆無である。せっかく美女と話せるのだから楽しみたい。
本来は機密に当たる事ではあるが、少しでも話を長引かせようとコルベールがつい漏らしてしまった言葉に、ロングビルの表情が一瞬だけ盗賊の顔へと変わった。

「そんなに凄いマジックアイテムがあるのですか? とても興味があります……。
よろしければ、昼食でもご一緒にいかがです? もっとお話を聞かせてもらえませんか?」

「お、おお! そ、それは素晴らしい。是非とも、お供させていただきます!」

彼女の微笑みに当てられたのか、額まで赤くしたコルベールは何度もうなずく。
こうしてトリスティン魔法学院の鉄壁の防御は、いとも容易く錆果てていくのだった。






どっしりと大地に根を張る太い喬木に、大きさにして大人の腹ほどの的が描かれている。
的の中央にはやや上を向いて突き出ている金属の棒があり、表皮を伝ってきた一匹の天道虫が、その先端から飛び立とうと甲殻を広げた。
かすかな羽音を響かせながら天道虫が金属棒から宙へと舞った瞬間、やや下方に突き立った二本目の矢が彼を粉々にする。

「次は、もう少し上を狙って」

的になっている木から50メイル近くも離れた場所で、ルイズは片手で扱えるサイズのクロスボウに次弾を装填しているシエスタに声を掛けた。
流石のガンダールヴとてクロスボウを素手で引く事は出来ず、ギリギリと音を立てながらルイズお手製の金具を使用している。
常人ならば装弾には1分近く悪戦苦闘する必要があるものだが、刻印を刻まれたシエスタの手は淀みなく動いていた。さっきまで金属だった翼が、気変わりを起こしてゴムに変わったのかと思えるほどだ。
メリケンサックを握りこんだだけでオーク鬼の頭蓋を粉々に殴り壊せるほどのパワーを発揮するのだから、ルイズから直々に与えられた武器を扱った場合、彼女が発揮する力は常識を容易く打ち破る。

「はい、ルイズ様」

弦を完全に引ききったシエスタは、メイド服のポケットから、食卓で使うナイフの半分ほどの大きさがある鉄製の矢を取り出した。
鏃は鋭く尖っており、全体的に鈍い光を放っている。これには返しがついていないが、生物相手に使用する物には、的になったものの肉を引き裂いて苦しめるための凶悪な仕掛けがいくつか施されていた。
クロスボウ本体にも様々な工夫があり、例えば先端には傾けても矢が落ちないように突起がついている。これによって射出された矢は、金属の鎧さえも容易く貫通することが出来た。
ただの平民とて、これを使用すればその日のうちにメイジ殺しになれるだろう。このサイズでは不可能だが、大型化された物から発射される矢の飛距離は、悠々とリーグの単位にも届く。
シエスタの指が動いて引き金が引かれると同時に、クロスボウは破裂音に近い音を立てて矢を吐き出した。

「よし……上手いわね、シエスタ。上出来よ」

直線に極めて近い緩やかなカーブを描きながら飛び、最終的に矢は木の幹へと吸い込まれた。遠見の魔法によって大きく映し出されている的には、綺麗に矢尻が3つ並んでいる。
基本的に扱いやすい武器だが、狙いがここまで精確なのはガンダールヴの力だろう。矢の大半が木の中にめり込んでしまっており、たとえオーガ鬼だろうと引き抜くのは不可能だった。頭部にさえ当てれば、存在する幻獣の8割近くを殺しえる。
ルイズがこういった、ホワイトスネイクの知識を生かした武器を作れるようになったのは最近の事だ。家に居た頃では何かと詮索されそうだし、貴族らしくというのもあって動きにくい。第一、こんなものを他人に渡したくない。
授業が面倒な上に時間をとられるのは大きなマイナスだが、自由時間ならば基本的には誰からも干渉されないというのは大きな利点だった。
今だって教員が腹痛を起こして授業が休みになったので、のびのびと新兵器の威力が試せる。肉体的にはメイジも平民でも変わらないため、矢が頭に当たれば卵みたいに砕けるだろう。

ルイズは1週間ほどかけてこつこつと自作したクロスボウの破壊力に大きく頷くと、再び装填の終わったシエスタに指示を飛ばした。次は右側だ。
発射とほぼ同時に、的には4本目になる杭が生える。人間の顔より小さい範囲に集弾しているため、木の表面にはクレバスのような裂け目が出来ていた。
すぐにでも実践で使用可能な物に思えるが、実のところはそうではない。ギリギリライン程度しかないルイズが錬金で作ったため、連続使用するには耐久性に難がある。
例えば要である翼の部分などがもっとも顕著で、使用している強靭で柔軟な材質を作るだけでもかなり大変だったために、全体的に無視できないレベルでムラが目立った。
固定化のほうも万全とはとても言いがたく、そのうちどこかから折れて弾け飛ぶだろう。構えている人間の顔がどうなるかは明白だが、ルイズは他人ならばどうでもいいと切って捨てる。

「ホワイトスネイク……。どう思う?」

円を描くように狙えと伝えた後で、ルイズは傍らに呼び出した自らのスタンドに意見を求めた。
幼い頃からホワイトスネイクのことを個人として見ていたためか、視界の同調などはかなり苦手な部類に入っている。呼び出さずとも記憶などは共有しているようだが、会話は出来なかった。
もっとも、コントロールが難しいというデメリットは、コンビネーションの訓練でどうにかなった。力を求めているルイズの影響なのか、スタンドの強さが増したというメリットもあるから、一概に悪い訳でもない。
ハルキゲニアにおいてかなり異様格好をしているホワイトスネイクだが、シエスタは全く気にすることなく矢を射る。
その狙いは正確無比であり、打ち込まれた矢尻はダイスのように整列していた。もう少し距離があっても、止まっている人間を仕留める程度なら容易なはずだ。

「悪ク無イ。ダガ次ニ作ル時ハ、分解シテ持チ運ビ出来ルヨウニスルト、便利ダト思ウゾ」

ルイズは土メイジとして何度かその言葉を咀嚼し、それを可能にする機構と構造、素材を頭の中でめぐらせる。
たしかに弓の部分だけを分解できれば、使用するスペースは大幅に軽減されるだろう。難しいのならば二つを分けて作っておいて、使用する時だけ錬金でくっつけるというのもいい。
シエスタ以外にはまともに扱えないだろうし、使わせる気も無い。矢の一本に至るまで鋳造を応用して作ったルイズのお手製だから、秘密が洩れる可能性もごく僅かだ。
キュルケは技術欲しさに何か言うかもしれないが、こんな物の普及は貴族が認めないだろう。気軽に平民が貴族を殺せるようになってはたまらない。
基本的にメイジの魔法には防御手段があまり多くなく、クロスボウから発射された矢は、最も防御に優れている土メイジの障壁以外の大半を貫通する事ができる。
そもそも火のメイジは防御手段に乏しいし、距離が近ければ中途半端な風や水の防御など意味が無い。小さくて風などの抵抗を受けにくい上に、質量のある鉄製の矢なのだから当然だ。
改良型のマスケット銃でも似たような事は出来るが、硫黄の調達が面倒だし高価すぎるので、現状ではこちらの方に力を入れていた。

「ルイズ様。15発全弾、撃ち終わりました」

「了解よ、シエスタ。よく出来たわね」

「はい! ありがとうございます!」

4かける4マイナス1の本数だけあって、左下に1本分の欠けがあると認識できるほどの精度だった。下手をすると魔法より精密かも知れない。
シエスタは射撃の感覚を必死で説明しようとしたが、意識の方で狙うと体が勝手に修正すべく動いてしまうらしく、どうにも言葉にするのが難しいらしかった。
身振り手振りを交えながら悶えているシエスタを何度も宥めながら、ルイズはご褒美だと抱きしめてあげる。感極まった彼女は、今にも泣き出しそうなほど陶酔していた。

何度も記憶を覗いたルイズは知っている。出会った頃のシエスタは、タルブという田舎が出身な事もあって、使用人たちから爪弾きにされていた。
一人で泣いた事も何度もあり、仕事をまともにこなせずお叱りを受けた事も多数あった。村に帰りたいと願った回数については、数え切れない。
トリスティン魔法学院という十分に労働条件のいい場所にありつくには、かなりの運と、それに見合った器量を必要とする。これは至極当然の事だ。
貴族と日常的に接するのだから、万が一にも無礼に当たらないよう、平民とは縁の無いような細かい礼儀作法を覚えなければならない。使用人の質は施設の質、ひいてはそこを統べる者の質となる。
当然の事ながら彼らはプロフェッショナルであり、勤めているメイドたちのプライドもそれなりに高く、仲間として受け入れられるにはしばらくの時間を必要としていた。
たった一人で見知らぬ土地に出てきた、不安に押しつぶされそうな少女。寄り添う者も無く怯えていた、哀れな女の子。

そこをルイズが手篭めにしてやったのだ。無論肉体的な意味ではなく、精神的な意味で。

ルイズはホワイトスネイクの力を使いながらシエスタの心へ押し入り、望むがままに改変していった。
優しさという名前の弱さで、恐れるものに立ち向かう事さえ出来なかった少女の心に、毒を注ぎカリスマを植えつけた。
最初は少しずつ、やがて大胆に。今となってはシエスタの神は始祖ブリミルでも両親でもなく、ただルイズ一人のみである。それ以外には何も無い。
人間らしい嗜好は残っているが、ルイズが命令こそが全てに優先する。例えば敵の群れに突撃しろと言われれば、矢が刺さろうが腕をもがれようが目玉を抉られようが皮膚が焼けようが気にも留めない。命令されたからだ。
命令を実行し、達成する事こそがシエスタの人生の全てであり、唯一成すべき事だった。シエスタの言葉で代弁するならば「私は毛の一筋から肉の一片に至るまで、すべてルイズ様の所有物であります」となる。
だが彼女は決して自分が不幸だとは思って居なかった。シエスタは今の自分がルイズに作られたものである事を知っているし、直々に聞かされたので理解もしているが、だからどうしたというのだ?
甘いものが好きだというのが植えつけられたものでも、ケーキを食べれば幸せである。今のシエスタにはルイズに仕える事こそが至福であり、最高の愉悦なのだった。

「じゃあ、帰りましょうか、シエスタ」

「はい、ルイズ様」

シエスタは笑顔のまま、最高のご主人様の後に続いた。その表情には不平や不満は一片も無く、成熟したワインのように滑らかな面持ちである。
上手くこなして褒められれるのは、身を焼くような快楽をシエスタに与えた。そしてシエスタはルイズが大好きだし、ご主人様のためならば命を投げ出す事さえ躊躇わない。
十分なお給料によって、村に居る家族はこの上なく安泰だった。大家族なので裕福な暮らしができるほどではないが、飢えて雑草を食むような事はもう無かった。
文字を学ぶための書物に固定化をかけてもらって送った事もあるので、これから生まれる子供たちは自分のように文字の読み書きが出来るようになる。計算だって出来る。村は発展するだろう。
クロスボウを小脇に抱えなおし、春の暖かな陽気に照らされながらシエスタは思った。後で洗濯物を取り込まねばと。

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