ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-31

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匿名ユーザー

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ガリアの王都リュティス、ヴェルサルテイル宮殿は騒然となっていた。
トリステイン魔法学院襲撃の報は平穏、悪く言えば怠惰に過ごした家臣たちを叩き起こした。
取るものもとりあえず、駆けつけた彼等の居並ぶ姿は壮観というには程遠く、
また、何をするべきなのか判断も付けられずに右往左往するのみ。
止むを得ず、指示を仰ごうとオルレアン王の登場を待つばかりだった。

彼等を傍目に戦慣れした騎士達は部下を集めて出陣の準備を整える。
何が起きたかを知るよりも先に、いつでも行動できるようにしておく。
いつ戦争が始まるかなど始祖ではない彼等には与り知らぬ事だ。
だからこそ備えを怠る事はない、それでも間に合わないのならば仕方ない。
いざとなれば杖一振りで敵軍に突撃するだけの覚悟を彼等は持っていた。

しばらくして大理石の石床が甲高い音を鳴り響かせる。
身の丈よりも巨大な扉が両側に開かれ、シャルルは彼等の前に姿を現した。
家臣達を不安がらせぬように、ゆっくりと椅子に腰を下ろして口を開く。

「報告を」
「はっ! 先程届いた連絡によれば自然の物と思えぬ濃霧が学院一帯を覆い、
直後、それに合わせたかのように襲撃者の一団が無差別に殺戮を始めたとの事です。
……残念ながらシャルロット殿下の安否も、イザベラ様共々不明でございます」

王の言葉に、傅いていた家臣の一人が顔を上げて状況を伝える。
それを冷静に聞いていたシャルルも最後の一言には顔を顰めた。
報告を読み上げた家臣はそれがシャルロットの身を案じてのものだと思った。
しかし、それは不安故にではなく己の内に生まれた齟齬が原因だった。

何故、ここで自分の娘の名前が出てくるのか。
トリステインに赴く用件などないし、何よりも先程会話を交わしたばかりだ。
そもそも使い魔品評会は表沙汰に出来ぬ事情により延期されたというのに、
王都トリスタニアならともかく、トリステイン魔法学院が襲撃を受けているのか。
だが、その疑問は家臣の洩らした一言によって形を成した。

「まさか使い魔品評会当日を狙って襲撃してくるとは……」
「待て! 品評会は延期されたのではなかったのか!?」

ガタリと椅子から立ち上がり叫ぶ王の姿に家臣たちは互いの顔を見合わせる。
言葉の意味が理解できていない、臣下たちの態度は正にそれだった。
使い魔品評会が延期されたなどという情報は彼等の耳には届いていない。
彼等の中には東薔薇花壇騎士団を伴い、出立するシャルロットの姿を目にした者もいる。
困惑する家臣と狼狽する王、会議は混沌の様相を呈し誰もが事態を把握できずにいた。
ただ一人、遅れて会議場に現れたジョゼフを除いて。

「随分と騒々しいな。これではおちおち昼寝も出来んではないか」
「ジョゼフ殿! 今がどのような時か判ってのお言いか!」

危急の事態だというのに、まるで無関心のジョゼフに家臣が声を荒げる。
確かに緊迫した状況の中でジョゼフの物言いは不遜も甚だしい。
だが連日連夜で職務をこなし、ようやく私室で仮眠を取っていた彼に言っても仕方ない。
事情を説明しようとする前にジョゼフは徐に家臣の問いに答えた。

「知っているとも。トリステイン王立魔法学院が襲撃を受けたのだろう?
今更取り立てて騒ぐほどの事もあるまい。十分に予期できた事態だ」

その返答に、シャルルをはじめとして会議場に集う全員がざわめく。
襲撃の件は混乱を招くまいと大半の者には伏せられ、ここにいる面々だけに知らされた。
遅れてやってきたジョゼフがこの事態を知るはずなどないのだ。
だからこそ、予期していたという言葉が重く真実として彼等に響いた。
“ならば何故、その旨を進言しなかったのか”
“参加を中止していれば、このような事態は防げたのではないのか”
口々にジョゼフを非難する家臣たちを手で制し、シャルルは彼を問い質す。

「……では、品評会の延期というのは」
「俺の創作だ。色々あったようだが使い魔との契約には成功したらしい」
「まさかシャルロットが言っていた馬車というのは……」
「ああ、無断で拝借した。一国の王女が護衛も連れずに竜籠で向かえば怪しまれるからな」

シャルルの口から奥歯を噛み締める音が響く。
重大事でありながら彼は何も知らされてはいなかった。
助けられたという感謝の念よりも、自分を蚊帳の外に置いたジョゼフが許せなかった。
事前に打ち明けられたならば、いくらでも対処のしようはあった。
参加を中止するのは勿論、警備を厳重にする事で襲撃そのものを防げた筈だ。
襟首を掴んで怒鳴りつけたい気持ちを堪えてシャルルは呟いた。

「ではイザベラも引き上げさせているのだな」

僅かに安堵の溜息がシャルルの口より洩れた。
疎遠とはいえイザベラはシャルルにとっては血の繋がった姪だ。
ジョゼフが襲撃を察知していたのならば、わざわざ彼女を危険に晒すまい。
魔法学院には東薔薇花壇騎士団と影武者だけしかいない。
納得は出来ないが被害は最小に留まるだろうと考えていた。

「いや、アレには何も伝えていない」

そんなシャルルの心中を無視してジョセフは平然と言い放った。
危険の只中、襲撃者達が跋扈する魔法学院に放置した、と。

顔面を蒼白にしたシャルルと、無表情のままのジョゼフ。
騒然とする会議場の中で、立ち尽くす二人の間に静寂が訪れる。
シャルルは兄の考えを読み切れずにいた。
たとえ冷酷な人物であろうとも何の理由も無く自分の娘を命の危険に晒すとは思えない。
思案の末、思い至った結論にシャルルは我を忘れてジョゼフの襟首を掴んだ。

「兄上! 貴方という人はどこまで……!」

突然の王の行動に、家臣たちも慌てて止めに入ろうとした。
だが、今度はジョゼフが手で彼等を制す。
真実を知ればシャルルが激怒するのは目に見えていた。
だからこそ彼は甘んじてそれを受けるつもりだった。
俯いたシャルルの表情は悲しげで、胸中を吐き出すように言葉を紡ぎ出す。

「自分の娘を囮にして……何故、兄上の心は痛まぬのですか」

1メイル先も見えない濃霧の中、襲撃者達はどうやってシャルロットを見分けるのか、
それを考えた時にジョゼフの真意をシャルルは理解した。
ガリア王家の血筋の特徴である青い髪と王家に相応しい身形。
ジョゼフがイザベラにドレスを送ったと聞いた時には、彼女へのプレゼントかと自分の事のように喜んだ。
兄上にも人の親らしい側面があるのだと何も知らずに浮かれていた。

だが、全ては襲撃者を欺く為の措置に過ぎなかった。

膠着すると思われた会議はあっさり終了した。
すでにジョゼフが要所へ指示を伝えていたのだ。
トリステイン王国のマザリーニ枢機卿と連絡を取り、
魔法学院へと花壇騎士団を向かわせる手筈も整えていた。
そして、何故もっと多くの騎士団を送らなかったのかと問う連中に一言。
“俺が最も信頼する者を派遣してある。何の問題もない”
そう告げて、さっさと会議場を立ち去り私室へと戻ってしまった。

もはや会議する必要さえも失われ、家臣たちはジョゼフへの不満を滲ませる。
“これでは何の為に集まったのか”“自分の娘さえ駒にする男を要職に据えていいのか”
会議場は議論ではなく彼を罵る言葉で満たされた。
それは彼の存在が自分達の立場を脅かすのではないかという危機感故だ。
彼等はガリア王国に不要とされるのを極度に恐れていた。

今のガリア王国の中枢を成しているのは、かつてシャルル派と呼ばれた者達だった。
前王が病に伏した時、家臣達の多くは次代の王となる二人に取り入って派閥を作った。
両者の対立はシャルルが王に選ばれた事で終結し、ジョゼフ派は政治の舞台から遠ざけられた。
元々彼等が持っていた権益は全てシャルル派に分配され、
才の有無に関係なくシャルルに味方したというただその一点だけで評価を受けたのだ。
有能であろうともジョゼフに付いた者たちは立場を無くして去っていった。
シャルルの庇護なしでは臣下たちは今の立場を守る事さえ出来ない。

だからこそ彼等はジョゼフを恐れる。
王の兄という立場と神算鬼謀を併せ持つ、心無き怪物を。

「陛下、少しよろしいでしょうか?」

兄への失望の色を浮かばせて立ち去ろうとしたシャルルを老メイジが呼び止めた。
彼は前々王の代から勤める忠臣で、シャルルにとって右腕にも等しき人物だった。
老獪さを兼ね備えた彼の手により家臣の多くはシャルル派へと組したのだ。

「すまないが後にしてくれないか」

しかし、そんな重臣の言葉さえ今のシャルルは聞く耳を持たなかった。
人道に悖る兄の行動と、それを気にも留めぬ精神に彼は心身ともに疲れ果てていた。
平時であれば老メイジとて彼の身体を優先し、部屋で休むように進言しただろう。
だが、それでも構わず彼は言葉を続けた。

「ジョゼフ様の行動、陛下は如何にお考えですか」
「兄上が独断で行動するのはいつもの事だろう。それとも別の意図があるとでも?」

シャルルの返答に老メイジは押し黙った。
ジョゼフが王の座に興味がないのは周知の事実だった。
かつて追いやられたジョゼフ派が彼を旗印に反旗を翻そうとした。
だが、それはジョゼフの密告によって敢え無く潰えた。
よもや神輿として担ぎ出した相手に裏切られるとは思ってもいなかったろう。
これを機にジョゼフに臣従する者は激減し再起の目は完全に途絶えたのだ。

「では何故、死地と分かっていながら東薔薇花壇騎士団を向かわせたのでしょうか」
「影武者とはいえシャルロットの護衛だ。それなりの騎士団でなければ怪しまれる。
それにガリア王国の最精鋭と呼ばれる彼等ならば犠牲も少なくて済むだろう」
「……本当にそれだけでございましょうか」

東薔薇花壇騎士団はシャルルの懐刀と言ってもいい。
彼等が護衛している限り、如何なる暗殺者であろうとも近づけまい。
もし、誰かがシャルルの命を狙うならば彼等を先に無力化する必要がある。
正当な理由があり、公然と彼等を始末できる状況、
それが今、トリステイン王立魔法学院に作られているのだ。

……そして、懸念すべきはそれだけではない。
ガリア王国の暗部、北花壇騎士団はジョゼフに一任されている。
実際には誰もやりたがらない汚れ仕事なので彼に押し付けられたと言ってもいい。
しかし、その北花壇騎士団が非公式なのを利用してジョゼフは不穏な動きを見せていた。
それは過剰とも言える戦力の増強。腕が立てば暗殺者や賊まがいの者さえ採用する。
もっとも団員でさえ実情を把握できない北花壇騎士団を相手に確かめる事など出来ない。
その刃は一体何の為に研がれているのか、それを知るのは自分達が討たれた後かもしれないのだ。

「気を回しすぎだ。兄上は決して裏切ったりはしない」

老メイジの不安げな顔に、シャルルは力強く答えた。
思えば、先の一件とて自分だけに打ち明ければそれで済んだ筈だ。
だが、あえて会議場でジョゼフの独断で行ったと公言する事で、
姪を囮に使ったのではないかとの疑念を晴らし、
かつ冷酷な大臣に対する情に厚い王を演出したのだろう。
自分の為に汚名を被る兄をどうして疑う事ができよう。

そう。兄上は僕を裏切ったりはしない。
……裏切ったのは兄上ではなく、この僕なのだから。
その真実を知った時、果たして兄上は僕を許しくれるのだろうか。

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