ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

DISCはゼロを駆り立てる-03

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匿名ユーザー

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基本的にルイズの日常は平穏だ。
ちょっかいを出してくるキュルケが居るとはいえ、お互いに分かっているので本格的な喧嘩に発展する事は無い。
トライアングルと言い張っていても実技では常にトップに固定されているほどだし、座学でも似たような成績を収めている。
正に文武両道を地で行く鉄人であり、そんなルイズを馬鹿にできる生徒など誰もおらず、大貴族の娘である事に恥じぬ優等生として通っていた。
嫉妬や理不尽な怒りを勝手に覚える者も少数はいたが、目に留まらぬように隅でこそこそと陰口を叩くのが関の山だ。

そんなルイズを最も苦しめているのは、地平線の向こう側から昇ってくる太陽だろう。
ヴァリエール家の三女ともあろうともが遅刻寸前の時間まで寝ている事は出来ぬ、と無理に早起きしているだけあって、寝起きは最悪を通り越してなお悪い。
それでも一般的に見れば特別早くも無いのだが、ルイズにとっては夜明け前に叩き起こされるような物だった。
朝日への呪詛の念と共に、残り僅かな歯磨き粉の如く搾り出されたホワイトスネイクによって、布団からずるずると引きずり出されるのが毎朝だ。
今のところ朝日は、唯一ルイズを完敗させている最大のライバルだった。いい加減に諦めてシエスタに起こしてもらおうかとも思う。

一度起きてしまえば大概は大丈夫なのだが、どうしても眠ければ授業中に補ったりもした。
教室の後ろにあるドアから入って右側の前から5番目、教師から死角になり易い場所がルイズの定位置だった。
タバサはいつからかルイズの隣に座るようになったが、キュルケは出来るだけ後ろのほうで男子生徒に囲まれて楽しく授業を過ごすのが常だ。

最も、席順などをを気にしている人物はこの教室に居なかった。
昨日ならば居たかもしれないが、今は各々の使い魔を見せ合っては評論会が開くのに大忙し。あちらこちらで会話に大輪の花が咲いている。
相変わらず無表情のタバサを除いて、特に珍しい使い魔を引き当てた者は大騒ぎで、でかいモグラに抱きついて周囲を引かせている男性生徒も居た。

「はい……! 皆さん、おはようございます。春の使い魔召喚の儀式は、皆さん大成功だったようですね。
このシュヴルーズ、こうして春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

ローブと帽子を身につけた、ふくよかで優しげな女性メイジが入ってくるまで、その騒ぎは留まる所を知らなかった。
よく通る声が教室に響いて、気づいた彼等はようやくお喋りの手を止める。慌てて椅子を前に向ける音が教室のあちこちから響いた。

「そうとも! ああ、僕のヴェルダンデ!」

そう叫びながら更なる抱擁を交わす金髪に、教室は楽しげな笑いとジョークの混じったブーイングで沸く。
シュヴルーズは生徒たちをなだめ、殆どのメイジがそうであるように、やはり自分の属性を贔屓するような発言をいくつか飛ばした。
おさらいとして彼女自ら錬金の実演すると、机の上に黄金色の鈍い輝きを放つ金属が作られた。
大きさは握りこぶしほどで、もし金だとすればシュヴルーズはかなりの実力者という事になる。キュルケを筆頭に何人かが驚きの声をあげた。

「私はただの……。トライアングル、ですから」

すぐさま訂正しながらも、ややもったいぶってそう続ける。遠目からでも真鍮だと看破していたルイズは、わざわざ生徒に誤解させるのはみっともないと目を細めた。
その後でシュヴルーズは何人かの生徒を前に呼び出し、自分がやったのと同じように錬金の実演をさせた。錫や鉛や単なる砂などを錬金する生徒が多い中、ギーシュは得意の青銅で美しい彫刻入りの剣を作って賞賛を浴びた。
更に発音や杖の振り方を軽くおさらいした後で、やっと土の本格的な授業が始まるが、その内容は実に教科書通りのものだった。ルイズにとっては、ヴァリエール家に居た頃から知っている記憶でしかない。

「先ほども言った様に、スクェアになれば金を錬金することが可能になります。
しかし膨大な精神力が必要な一方で、得られるのは僅かな量だけ。自分の実力を測りたいときには有効ですが、実用的とはいえません。
火や風が破壊を司っているように、土の真価は生活の向上といった、最も身近な場所で……」

ルイズはばれない様に最低限気を使いながらも、小さな手の中でインクのついていない羽ペンをくるくると回しつつ溜息を吐いた。
ぼんやり黒板を眺めていると、無数の記憶が頭の中を駆け巡っていく。ルイズは久しぶりに自分の意思で記憶の中へと旅立つ事にした。






一人の人間が持つには多すぎるほどの記憶を、ルイズは何年もかけて手に入れてきた。
その殆どは犯罪者から奪った物だが、いくつかは善良な人間からの略奪物だし、かつて憧れであった人間からも抜き去った物もある。
ルイズが手に入れた最初の一枚にして最強の力、それを胸に抱いた時の事を思い出していた。


「私、まだマホウが使えないの……。ちぃ姉さまみたいなメイジには、なれないのかな……」

夕暮れの太陽が木々の隙間から差込み、周囲をオレンジ色に染め抜いている。
幼いルイズは背中を木に預け、今にも泣きそうな表情で小さな腕を握り締めていた。泣き顔を見られたくないのか視線を下げ、地面を見つめながらそう呟く。
声には人生を諦めた老人のような虚しさが混じっており、先ほどまで華のような笑顔を浮かべていた見る影も無い。
ワルドは悲しげな表情をして地面に膝を着き、幼い婚約者の肩を抱きしめた。香水の甘い匂いが彼の鼻をくすぐる。

「ルイズ……。君の努力は僕も知っているよ。そして君のお母様やお父様も、お姉さま方も、知らないはずが無い。
まだ、もう少し時間がかかるだけさ。きっと君は、僕なんかより凄いメイジになる」

まだ親同士の口約束だけであるとはいえ、お互いの事を嫌いだとは思っていなかったが、恋をするにはルイズはまだ幼すぎた。
ワルドはルイズに愛情を感じてはいるものの、無知をいい事に操るなどという愚行を犯すつもりは彼に無い。やがて二人が大人になって、出来れば本当の愛を感じあった時に一緒になりたいと思っていた。
彼がもう少し足しげくこの家に通っていたら未来は違っただろう。必死で強がっているルイズの顔の裏側に押し込められた、暗黒のヘドロに気づいてさえいれば。

「わるどさま……。抱っこして、くれませんか?」

木に寄りかかっていたルイズは体を起こし、幽霊を思わせる儚げな笑顔を浮かべた。
拒む理由も無いワルドだが、いつに無く積極的なルイズに悲しみと喜びを同時に覚えた。
ワルドにも思い起こせば胸を掻き毟りたくなる記憶はあるが、この小さな少女はその苦しみが永遠に続いているような環境にいるのだ。彼は思わず顔をしかめそうになって、ルイズの視線に気づいて慌てて表情を戻した。
ならば、せめて少しでも癒してあげようと、ふわりと軽くて柔らかいルイズの体を抱き上げる。若くしてグリフォン隊の一員となったワルドの肉体は頑強そのもので、彼にとってルイズは軽すぎるぐらいだった。

「わるどさま……」

「ん……? なんだい、ルイズ」

「あの、ね……。ごめんなさい」

「ルイズ……?」

この位の子供ともなれば不思議な行動を取るものだが、それとは何か違う気配を感じたワルドは背筋に冷たいものを覚えた。
ルイズの瞳は何か、人間が抱いてはいけないおぞましい何かを持ってしまったような。深淵を覗き込み、深淵に覗かれたような。
自分の腕の中にある物体は本当にルイズなのだろうか。それどころか同じ人間であるのか疑いたくなるような寒気を発している。

「……ッ!」

いつの間にか異様な男がワルドの真横に立っていた。全身には奇妙な刺青のような物が無数に刻まれており、頭には異常としか思えないマスクのような物をつけている。
どこかの少数部族の亜人だろうか。一瞬だけ浮かんだ考えは、男から発される圧倒的なオーラに吹き飛ばされた。
ワルドの手に無意識のうちに震えが走り、右手でルイズを抱きしめたまま、左手で腰に挿していた杖を取った。何者か知らないが、こいつが敵であることは間違いない。

「だめですよ、ワルド様……」

ルイズが悪魔のような邪悪な笑みを浮かべ、エア・カッターを詠唱しようとしていたワルドの喉に小さなナイフを衝き立てた。
冷たい鉄が柔らかい肉を裂き、壁となってアダムのリンゴを二つに断ち割る。内側から漏れ出した空気によって、小さな泡が無数に湧き出した。

「グ……ガァッ……」

反射的に喉を押さえようとしたのか、ルイズを抱いていた腕から力が抜ける。
ルイズは小さく悲鳴を上げながら尻餅をつき、地面とぶつかった痛みで眉をひそめた。

「きゃっ……。痛いじゃないですか、ワルド様」

ワルドが血濡れになったナイフを震える腕で引き抜くと、隙間の開いた喉はヒューヒューと音を立てる。
魔法を使おうと必死で杖を振りかざしているが、声帯が壊れてしまったのか声になっていない。溢れ出した血で首周りが真っ赤に染まった。
ルイズはつい昨日まで憧れだった獲物の末路を、哀れみの視線すら込めて傍観する。

「ワルド様が悪いんですよ……? 私のスタンドを攻撃しようとするなんて……。
これは……そう、正当防衛。当然の反撃です」

スタンドを攻撃されれば本体も傷つく。これはホワイトスネイクに教えられたことだし、実際に体感した事でもあった。
もしエア・カッターがホワイトスネイクに直撃していれば、ルイズもただでは済まないだろう。本当に命を落としていたかもしれない。
だからこそルイズの行動は自衛であり、それは認められている権利である。だから犯罪ではないのだと。
白蛇はそう説いたし、ルイズもへ理屈ではあると思いながら否定しなかった。

「……さようなら、ワルド様。憧れだったかもしれませんが、私は……愛して、おりました」

声にならない音がワルドの喉から響き、彼は呆然とした表情のまま、小さくて可愛く笑う悪魔の姿を見続けた。
ホワイトスネイクの腕が一閃し、キラリと光る2枚の円盤を抜き取る。硬く握り締められていたワルドの手から杖が転がり落ちた。
記憶と才能の全てを失った抜け殻が、どうと音を立てて草の上に崩れる。糸の切れた人形のように脱力し、二度と動き出す事はなかった。

「始祖よ。不幸な彼の魂を癒したまえ」

ルイズは彼の傍で膝を着き、始祖へ魂の平安を祈った。小さな唇を動かして定型文を言い終わると、今にも踊りだしそうな笑顔でホワイトスネイクへと向き直る。
不思議な光を発する2枚の円盤を見つめ、高鳴りすぎて破裂してしまいそうな心臓を胸の上から押さえつけた。
五月蝿いほどの脈動が内側から胸をノックし、手の平にまで振動が伝わる。ごくりと喉がなった。

「コレガ記憶DISC、コッチガ……才能ノDISCダ」

差し出されたそれを、聖なる供物のように恭しく受け取った。硬いのに柔らかい不思議な弾力があり、ルイズは薄氷にするようにおっかなびっくりな手つきだ。
DISCはまるで神様の持ち物のように幻想的に見える。傾けて太陽の光を当てると、キラキラと虹色の光を反射した。
例え1年中見ていても飽きないだろう。まだ幼いルイズでは理解し得なかったが、性の悦びにさえ近いほどの感動を感じていた。
手をそっと口に近づけ、DISCの表面に赤い舌を這わせていく。正に恍惚の表情を浮かべながら、乙女の首筋に牙を突き立てようとする吸血鬼のように笑った。

「はぁぁ……。素晴らしい……」

唇からは熱い吐息が洩れ、体が芯から燃え始めた様な錯覚を感じる。無機質なはずのDISCが、何よりも甘い甘いキャンディのように味わえた。
何度も舌をうねらせた後で、名残惜しそうに舌を離し、ホワイトスネイクに教えられたように額へと押し当てる。
僅かな抵抗を感じたが、それを過ぎるとスムーズに頭の中へDISCが収納されていった。やがて奥の方で、カチリと何かが嵌まり込んだような軽い刺激があった。

「成功、ダナ。……ルイズ。君ハタッタ今、風ノ力ヲ手ニ入レタゾ」

ルイズは目を閉じて両腕を広げ、木々の間を吹き抜けるそよ風を肌で視た。まるで風の流れに色がついたように、周囲を取り巻いている大気の動きが自然と頭に入る。
まるでつむじ風が体の中を循環しているような、今までに無い不思議な、しかし不快ではない感覚だ。ずっと欠けていた何かを手に入れたのだと悟った。
ホワイトスネイクは幸福の絶頂にある主の邪魔をするほど無粋ではななかったので、周囲を警戒しつつ死体の後処理を進めておく事にした。
マネキンのように手足をバタつかせる死体を小船へと積み込み、その後は本体の邪魔をしない程度に警護をしようと戻る。
幸福による茫然自失から立ち直ったルイズと共に泉へと船を進め、その中ほどでワルドの死体を船から落として水に浮かべた。

「さようなら、さようならワルド様。あなたはここで、弱かった私と共に眠っていてください」

ルイズの呟きと共にワルドの死体はどろどろに溶け始め、水と同化しながら泉の底へと霧散していった。

「……はい! 以上で本日の授業、"身近にある土の魔法とその応用"を終わります。
明日は教科書12ページからのスタートとなりますので、予習、復習は欠かさず行うように」

息継ぎをするように意識の表面へ顔を出すと、教室は授業を終えてざわめきを取り戻すところであった。
いつの間にか手に持っていた羽ペンを落としていたようで、真っ白な羊皮紙の上に投げ出されている。どうやら意識を飛ばしていたのは気づかれなかったようだ。
手早く机の上にある自分の道具を片付けながら、あのときの後始末も容易だったことを思い出した。
自分の体をエア・カッターの魔法で適当に傷つけた後で、庭師の一人をホワイトスネイクの能力で証人に仕立て上げたのだ。
二人してフェイス・チェンジの魔法でワルドに化けていた賊だったと証言すると、無能な大人たちは永久に見つかるはずも無い賊を探し続け、ルイズには優しく接してくれた。
それから1ヶ月は寝こんだ演技を続けなければならず、生活の面で少々不自由を強いられたが、それからの生活は薔薇色の一言に尽きた。
1週間ほどかけてコモン・マジックを少しずつ成功させ、2週間目にはコモンならほぼ完璧、系統も少しづつ解禁していった。
1ヶ月もする頃には自然に同年代のメイジたちに追いついていたし、誰もそれを不審には思わなかった。ワルド様の敵討ちという題目を掲げていたのだから、傍目にはサクセスストーリー物の演劇のように映っただろう。
今思い出しても顔が綻んでしまう。社交界の場にて「さんざ自慢してくれましたが、私のルイズは1ヶ月で追いつきましたわよ? もうそろそろ追い越しますわね」という意味の言葉に、醜く顔を歪めた豚どもの表情は傑作だった。

ルイズは力を手に入れる快楽に酔いしれ、麻薬患者のように虜になった。僅かながら感じていた罪悪感も、いつの間にか全く気にならなくなった。
露見さえしなければ罪ではないのだ。どれほどの努力を重ねても結果が出なければ無意味であるように、どのような悪行も白日の下に晒されない限り問題にはならない。
事実、ルイズの正しさは周囲が証明してくれた。奪った力を見せ付ければ、家族だけに留まらず誰も彼も褒めてくれたし、より力を望めば勉強熱心だと讃えられた。
どれほど貴族らしく在ろうと、力が無ければ蛆虫と同じなのだ。暴君であろうとも権力を持っていれば王であり、神のごとき聖人君子だろうが乞食なら野垂れ死ぬ。
ルイズは過去に復讐するように腕を磨き、知識を吸収しながら独自の世界を築き上げていった。
ガラスのような心は完全に砕け散り、ルイズが望むがままに変質し、金剛石のような硬度を得た。
憎悪を糧に根を張った暗黒のイグドラシルは、今も着実に成長を続けている。

過去に何十人もの人間を殺してきたルイズだが、自分の事は悪人だと思って居なかった。
なにしろ、まだ誰にもばれていないのだ。証拠を残すような馬鹿な真似はしておらず、つまりルイズは善良な貴族である。
そして、ルイズは強い。本気を出した彼女を止められる人物はこの学院でも片手の指に満たず、それは正しさの証明賞となった。
力こそ正義であり貴族の証だ。罪とは無力である事であり、神のごとき力の前には法も信仰も意味を成さない。
もし世界を作り直す力がある神が居たとして、箱庭の住民が神を裁けるだろうか? 答えはNOである。絶大なる力の前には、道理や法律は踏み潰されるだけなのだ。
強者であるという事は幸福である。天国へ行く方法をルイズは力に見出し、ただそれの為だけに存在していると言っても過言ではない。
ルイズは幸せになりたかった。無力であった頃のなんと惨めな事か、あの時のような屈辱は二度と味会わないたくなかった。

正直に言えば魔法学院など時間の無駄だとルイズは思っているが、外面があるので辞める訳にもいかない。傲慢さとは強者のみが持てるアクセサリーであり、まだ自分は実力不足だと思っていた。
まだその日には遠いが、目標さえ達成できれば、ルイズは絶頂に辿り着ける筈なのだから。
大切な宝石箱を開けるのは、そのときまでの辛抱だった。

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