ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

DISCはゼロを駆り立てる-02

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匿名ユーザー

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「っ……」

記憶の海に囚われかけていたルイズは、持っていたフォークの先が皿に落ちた衝撃で我に返った。
慌てて周囲を見回すと、隣に居るキュルケが不審な表情を浮かべてルイズの事を見ている。誤魔化すためにワインに手を伸ばし、舌打ちをかみ殺しながら小声で寝不足だと弁解した。
唇を湿らせて目の前の料理に向き直る。長い間フォークを刺したままだったローストチキンを口に運ぶが、食べやすいサイズに切り取られたそれは冷め切っていて、せっかくの香ばしさが半減してしまっていた。

「ふん……」

ルイズは少々感傷的になってしまった自分を小さく笑うと、しばらくはただ黙々と食事を続けた。
少々出遅れてしまったが、切り分けていない部分や焼きたてのパン、湯気を立ち上らせるスープなどは十分に舌鼓をうつに値する。
貴族の学校だけあって、ここのコックの腕はヴァリエール家のそれに勝るとも劣らない。むしろこれだけの人数分を一気に調理している事を考えると、腕はマルトー料理長のほうが上だろう。
お腹が膨れる頃にはすっかり気分も回復し、デザートのメロンをつつきながら今日の予定を考えていた。

使い魔を召喚した生徒たちが図書室に押し寄せるであろう事を考えると、初期の読書という案は止めておいたほうが良いかもしれない。
本棚は30メイル近くもあるので閲覧にはフライやレビテーションが必須になるが、もし下から見上げている人間がいた場合、ちょっとばかし不味い事になる。
下段のほうは比較的使用頻度の高い、よく言えば誰にでも有用な、悪く言えば有り触れた書物しかないため、必然的に図書室はデンジャラスだ。
勉学に励む生徒が居ないわけではないのに、図書室に閑古鳥が鳴いているのはこの為だった。
女生徒ならまだしも、ガリ勉タイプでない男が不用意に入れば、これみよがしに変な噂が立つ事は間違いない。何しろ貴族というものは慢性的に暇人なのだから。
図書室をよく利用するルイズだが、うっかりタバサが上空にいるのに見上げたときは……。友達の情けで遠まわしに伝えたが、あの空気は実に気まずい。
どこぞのスタンドが時を止めたのは確実と思えるほどに場が固まり、お互いに引きつった笑顔を返すのが精一杯だった。

そもそも、魔法学校の制服がスカートというのが間違っている。
ルイズは入学前から飛べたのでマントで対策することができたが、初めてのフライの授業などは男女別に行ったほうが良いようなパンチラ大合戦だった。
教師側も口頭で伝えるのは憚られる内容だし、生徒側は呪文を唱えて精神を集中するのに必死、気を回している余裕などないのだ。
まあ得意になっているキュルケ(当時はまだ仲が悪かった)に、しっかりと慎みを保ちながら注意した時は爽快だったけれども。


「じゃ、またね。……二人とも、私を驚かせるような使い魔を連れ帰ってきなさいよ?」

食事を終えて席を立ったルイズは未だ食事中の二人を振り返り、微笑を浮かべながら言う。

「見てなさい、度肝を抜いてやるんだから!」

「……わかった」

軽いお遊びとばかりのルイズに、キュルケも芝居がかった動作で答えた。左手を唇にあて、男なら飛びついてでも受け止めたであろう投げキッスを飛ばす。
ルイズは飛んでくるキスを大げさによけると、肩を竦めて食堂を後にした。

使い魔は一生関わり続ける事も多々あるし、なまじ実力のあるトライアングルともなれば、世間体があるために下手なモノは呼び出せない。
オールド・オスマンなどネズミを使い魔にしているので、一概にそれが正しいとは言えないが、基本的には「メイジを見るなら使い魔を見ろ」が適用される。
他人を貶めることに快楽を感じる人種は、例えどんな世界でも確実に一定数は存在しているものだ。実力者だからこそ槍玉に挙げられるだろう。
しかしキュルケの辞書に、不安だの戸惑いだのといった意味の言葉は載っていないようだった。
女性的な凹凸に満ちた体を強調するように胸を張り、火竜とて下僕にできそうな不敵な表情を浮かべている。
手で摘まんでデザートのフルーツを口へと放りんだが、官能的な雰囲気のお陰で下品には見えない。ルイズにはまだ無い、大人の魅力だ。
最後に赤い舌で唇をペロリと舐め、キュルケは召喚の手順を最終確認するために部屋へ戻った。




食後の休憩が終わった頃、魔法学院の近くにある雑木林の中にルイズがいた。
緩やかに吐き出していた息を止めたかと思えば、エア・ニードルの魔法を纏わせた杖を落雷のように走らせ、土で作られた人間の急所を一瞬で打ち抜いた。
首を抉り取られた人形はボロボロと崩れていき、ルイズが短く息を吐いたのを合図としたように、やがて単なる土の山へと姿を変える。
かつて閃光の二つ名をもったメイジがいたが、ルイズはまさにそれを受け継いでいるのだ。それも狂気としか思えないほどの修練の果てに、さらに凶悪なものへと進化している。
ほぼ反対側に位置する草原では使い魔召喚の儀式が行われているはずだが、周囲を木に囲まれたこの場所はとても静かだ。秘薬や薬草の類も生えていないので、誰かの使い魔と鉢合わせになることもない。
軽く体を解し終わったとも言いたげな雰囲気で前髪を払うと、ルイズはニヤリと笑って杖を構えなおす。

「じゃ、今日も行きますか……」

聞き取ることさえ難しいほどの詠唱は一瞬で終わった。振り下ろした杖の先がモコモコと盛り上がり、10個の茶色い塊が10体土ゴーレムとなって立ち上がる。
体格は戦士のように大きいが、見てくれは土をこねて作ったような泥人形そのまま。両手の先は丸く鈍器のように膨らんでいて、そこだけが鈍い金属の輝きを放っている。
無駄な関節を減らしたことによりパーツ数は限界まで抑えられていた。更に、攻撃の要である拳は錬金の極めて容易な鉛で作られているから、戦闘能力に比べてコストパフォーマンスはきわめて高い。
つまり、初めから量産して何ぼの雑兵だ。単体ではさして強くもないが、並みのメイジより遥かに多い精神力を持つルイズの手にかかれば、壊されても壊されても蘇りまくるゾンビ軍団と化す。
ルイズの指揮能力の限界は12体だし、ゴーレムの動き自体は訓練した人間程度ではあるものの、土のドット相手ならこれだけだって負ける気は無かった。
皆は不細工だ、貴族らしくない、優雅さに欠けるというが、戦場にドレスを着ていくバカはいないのだ。何よりも強さを求めるのがルイズのやり方である。

「ホワイトスネイク」

ルイズの小さな唇が動くと同時にスタンドが発現し、体重を感じさせないスムーズな動きを見せた。
ゴーレムを一瞥した後でやや離れた場所に円を描くと、すぐさま拳を突き出して戦闘体勢を取る。ルイズも自分の周囲に丸く円を書いた。
互いに攻撃をクリーンヒットさせるか、円の中から追い出す事が出来れば勝ち。その前にゴーレムたちが全壊したら負けという、極めて単純なルールの勝負。
戦いとはいっても遊びの延長線上にあるようなものだが、それでもこの訓練の実りは多かった。意志を持っているスタンドだからこそ行える鍛錬だ。
飛んでくるゴーレムの破片などを防御する技術はかなり上達したし、必要なら身で受けてでも詠唱を続けるといった判断も下せる。
今のところ勝てた回数は片手の指ほどだが、それはホワイトスネイクが強いという事でもあるので悪い気はしない。

「いくわよっ!」

いつの間にかルイズの手の内にあった銅貨が、細い指に弾かれて勢いよく宙を舞い、小さな音を立てて地面と枯葉の陰に隠れる。
その行方に全く目を向けることなく、ルイズは銅貨の落下と同時に3体のゴーレムを突撃させていた。ゴーレムたちは両腕を振りかざしながら、とても土人形とは思えない速度でホワイトスネイクへと突っ込む。
訓練を受けた傭兵さえ手玉に取れる彼らだが、歴戦の兵であるホワイトスネイクの前では所詮操り人形、物の数ではなかった。
残像を残しながら放たれるジャブを受けて腕がちぎれとび、あっという間にただの土の塊へと戻されてしまう。ゴーレム部隊は瞬く間に壊滅へと近づいていた。
スタンドは魔法に対して強い影響力を持つらしい。ゴーレムなどは精神力で膨らませた風船のようなものだから、ホワイトスネイクの攻撃はどれも致命的なものとなる。

「SHAAAA!!」

ルイズはスネイクの拳によって打ち出された土の残骸を防御用のゴーレムで叩き落し、大きく拳を前に突き出しているホワイトスネイクの隙を突くため、死角にあたる背後から8体目をけしかける。
同時に9体目と10対目が、完全に防御を無視した動きで両サイドから腕を振りかざした。元より常に捨て身なのがゴーレムの強みでもあるが、今回は後ろに下がる事さえ考えられていない。正に必殺の陣形、殺陣のはずだった。
しかしホワイトスネイクは木の葉のような身のこなしで降り注ぐ拳の雨を払いのけ、逆にゴーレムたちの両腕を粉砕する。

「もらった!」

どうしても発生してしまうはずの一呼吸のタイミングを狙い、枝の隙間から飛び出して上空から迫るのは、密かに木に登らせておいた11体目だった。
ゴーレムの破片すらも使って視界を塞ぎ、入念に積み上げられた作戦を成功させるための最後のピース。
歴戦の勇者であろうと確実に仕留められるはず。それだけの仕込がされていたのだが、老獪な白蛇の首を取るには至らない。

「イイ感ジニナッタガ、マダ、モウ少シ、ダナ」

土くれさえその身に当てず、埃を払うような余裕の仕草をするホワイトスネイクを見て、ルイズは唇を尖らせるしかなかった。
脇に控えさせている最後のゴーレムは居るが、これだけではとても敵わない。大きく溜息を吐くと、軽く杖を振って土に戻す。

「ちぇ……。やっぱり、風じゃないとダメね。どうにも遅すぎるわ」

そっぽを向いて呟くルイズを見て、蛇は悠然と主に歩み寄った。






「この尻尾! ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違い無く火竜山脈のサラマンダーよ!
好事家に見せたら、値段なんかつかないわね!」

人影の疎らなヴェストリ広場に、キュルケの上機嫌な声が響く。
彼女の足元では、虎ほどの大きさがある火蜥蜴が頬を摺り寄せていた。人間を一口で食いちぎれそうな顎を優しげな手つきで撫でられ、心地よさそうに目を細めている。
強くて強靭な四肢はオーク鬼をも組み伏せるし、吐き出す炎は鉄すら溶かす。人間の傭兵では武器を持ったところで手も足も出ないだろう。
竜には及ばないまでも、キュルケの実力を示すだけの強さと貴重さを兼ね備えている使い魔だった。

「確かに、凄いじゃないの。おめでとキュルケ」

「ルイズに褒められると、なんか、こう……むず痒いわね……」

「……人が珍しく褒めれば、そういう事を言うかっ!」

怒ったように唇を尖らせるルイズだが、キュルケと顔を会わせるとお互いに笑みをこぼした。

「でも、タバサのウィンドドラゴンには敵わないわね。おめでとう、タバサ」

「確かに。私のホワイトスネイクも、ドラゴンのブレスは防げないわ。空も飛べないしね」

「……ありがとう」

タバサは相変わらず無表情ながらも、唇の端が1ミリ程度持ち上がった。キュルケ曰く、とても喜んでいる、だそうだ。
本人はきぃきゅいと鳴きながら頭をこすり付けるシルフィードに迫られ、見た目には餌にされそうな雰囲気になっている。
そうでなくてもシルフィードは巨大な竜であり、少しでも加減を間違えれば大変な事になりそうだが、幸いなところ現在まで事故は起きていない。

「それにしても、スタンド、だっけ? ほとほと変わった幻獣よね」

同じくシルフィードを見つめていたキュルケが、クルリと振り返るなり言った。使い魔の貴重さで勝てなかった事が存外に悔しいようだ。
主の嫉妬を悟ったらしいフレイムが彼女の腰を顎で突付くと、いい使い魔を持った主人特有の馬鹿さで抱きしめる。

「……私も、気になって調べてみた事はあるんだけど……。やっぱり、ロバ・アル・カリイエ特有の種族なのかも」

異世界からきたホワイトスネイクに勝る希少性など、絶滅したといわれている韻竜でもどうかと思うところだが、ルイズは知らぬ存ぜぬで適当に誤魔化した。
ルイズは基本的に使い魔を連れ歩くような事はしない。ホワイトスネイクの外観だけですら正しく把握しているのは、一部の教師を除けば彼女たちぐらいだ。
そのため打ち解けた後で二人にお披露目した際、青い髪の少女に悲鳴と共にウィンディ・アイシクルを撃ち込まれた事もあったが。

「なるほど……。ルイズの属性から言えば風なんだろうけど、本当に変わってるわね」

「……ええ、そうね」

確かに、ルイズの中で最も大きいのは風の力だった。
ごく普通のトライアングルの風メイジとして戦った場合でも、相手になる者はかなり限られている。教師ですら大半は無理だろう。
前にヴィリエという男子生徒がタバサに決闘を挑んだことがあったが、跳ね飛ばされた石がルイズの部屋を直撃した際、カッタートルネード並みの烈風が広場に吹き荒れたりした。
気持ちよくお昼寝しているところを邪魔された挙句、おでこに大きなタンコブをこさえたルイズの姿はそりゃもう恐ろしく、百鬼夜行も裸足で逃げ出す悪夢として伝説になっていたりする。

「ん、そろそろ授業か……。私も、さっさと召喚しておくべきだったわ。正々堂々サボれたのに」

「ご愁傷様。私は適当に魔法の練習でもしてくる」

「……あんたって、ほんと好きねえ。たまには、男の子にも興味を示したら?」

「私より強い男なら、会うぐらいは考えるわよ? 練習相手として」

「……男っ気どころか胸も無いルイズに、聞いたあたしが間違いだったわ……。んじゃ、また後でね」

胸は関係ないでしょ、胸は。と言い返すルイズを残して、キュルケはフレイムを連れて校舎の中へと消えていった。
風竜ももサラマンダーと同じく校舎に入りたがったようだが、いくらトリスティン魔法学院とはいえ、6メイルもあるシルフィードが自由に動けるほど広くは無い。
無理に入ろうとして強引に玄関へ頭を突っ込んだ挙句、主人の少女に引っ張り出された。意外に容赦の無いタバサに杖で頭を引っ叩かれ、きゅいきゅいという悲鳴がルイズまで届く。
人間よりも遥かに大きい風竜と言えども、鉄棒より強固になったメイジの杖で殴られれば痛いようだ。人間ならば怪我を擦るだろうから、痛いで済む竜の頑丈さは流石だが。
シルフィードは負け犬ならぬ負け竜という雰囲気で、とぼとぼという表現そのままに使い魔の厩舎へと連行されていった。

「私も、ああいうの、欲しいわね……」

小山のようなその姿を見送り、ルイズはあの使い魔を少しばかり羨ましいと思った。
もちろんホワイトスネイクは最高の使い魔だと思っているが、風竜は移動手段として最高だ。馬を殺す覚悟で飛ばしたとしても、よほど遅い竜でなければ追いつけるものではない。
活用方法として、例えば買い物だ。
下着などの日用品から魔法で使う秘薬まで、数々の品々を物を学校まで売りに来る商人達は居るが、品揃えにはどうしても限界がある。
水の秘薬や傷に効く薬草、火薬の原料にもなる硫黄など、有名な物こそ取り扱っているが、少しマニアックな物になれば独自に注文しなければならない。
ルイズの自室にある薬棚の隠し扉の中には、注文した時点で教師がすっ飛んでくるような劇物も数多く存在していた。それでも特に危険な物は別の場所に保存してある。
無論、そんな危険物が大通りで堂々と扱われている訳もなく、手に入れるには自らの足を使う以外に道は無いのだ。

「そうね、次の長期休暇にでも……」

ゲルマニアの火山に赴いて、火竜でもとっ捕まえてこよう。薬とホワイトスネイクの能力で洗脳すれば、きっと便利な乗り物になる。
もしだめでもバラして売れば良いわね。心臓とか脊髄は良い値で売れるから……。あ、血液も貴重か。
そんな非常に物騒な脳内会議を続けながら、ルイズは大きく体を伸ばした。入念に手足の筋をほぐし、万が一の肉離れなどの可能性を潰す。
5分ほどの準備運動で十分に体が温まったのを確認すると、ルイズは穏やかなペースを保ちながらジョギング始めた。短く息を吐きながら一定感覚で走り続けるルイズの靴の下で、手入れの行き届いた芝生がサクサクと音を立てる。

接近戦はホワイトスネイク任せで良いとはいえ、基礎体力が無ければお話にならない。
魔法を使用するためにはルーンによる詠唱が必要なだけに、軽く立ち回っただけで息が上がってしまうメイジなど、役立たずな事この上ないのだ。
自身の属性でもある風の最強を唱え、たびたびルイズを褒めるギトーなどがいい例だろう。実戦では戦い慣れたラインよりも劣る、とルイズは評価を下していた。
速さこそ風の強みであるのに詠唱が遅すぎるし、慢心した人間ほど崩しやすい物は無い。まあこの学校の教師や生徒の殆どがそうなのだから、彼だけが特別に悪いとも言えないが。

「あっ! ……ルイズ様、お疲れ様です!」

塔の周りを5週ほど走り終わり、ルイズは大きく深呼吸を繰り返しながら緩やかに歩いていた。春の陽気とはいえ、温まった体には心地よい風だ。
ルイズを名前で呼ぶ事が許されているメイドは一人しかいない。遠目でも一目でわかる黒髪が特徴の少女、シエスタだ。
足を止めてかすかに汗の浮いた額を拭おうとしたルイズに、洗いたてのふんわりしたタオルが差し出される。

「ん、ありがとう」

自分が洗濯したタオルを使ってもらえた事がうれしかったのか、シエスタは太陽のような笑顔を浮かべた。
こういった親切心からの行動でも、貴族の心理状態によっては罵倒されるきっかけになり得るが、シエスタの表情には一切の不安は存在していない。
平民に対しても基本的には優しいルイズだが、ここまで全面的な信頼と好意を寄せられているのは彼女だけだった。洗脳はシエスタ以外にやっていないのだから当然だが。

「仕事は、もう終わり?」

「はい! 洗濯物も片付けましたし、学院の方の仕事も終わりました」

元は学院つきのメイドだったシエスタだが、ルイズと親しくなって2ヶ月ほどした去年の夏の初めの頃、不注意で階段から落ちて足の骨を折ったことがある。
家族への仕送りのために貯金などほとんど出来ないシエスタにとって、治療のための水の秘薬の代金はとても払える物ではなかった。なにしろ水の秘薬は、金と等価と言えるほど高いのだから。
首にされそうになった所をルイズが雇うという形で救い、それ以来、シエスタはルイズの専属メイドとなっている。彼女が変わり始めたのもこの頃だ。
今でも学院の手伝いもやっているが、給料はルイズの小遣いから出ているので、学院にも利益がありますよというアピール以上のものではない。
ルイズの部屋の掃除や消耗品の補充、そして訓練に付き合うのがシエスタの本業となっている。

「ラグドリアン湖の水位が上がってる? 本当なの?」

「はい。私と同じ使用人の一人に、その付近に実家がある者がおりまして……。村を捨てた難民が来た、と」

そしてもう一つ、情報収集もシエスタの役割の一つだった。
貴族同士のコミュニティは広いとは言いがたく、入ってくる情報もかなり限定的なものに限られる。
比べて平民はあちこちに買出しなどもするし、仕入れの商人たちとも話してどんどんと新たな情報を仕入れているから、ルイズが驚くほどさまざまな事を知っていたりする。
例えば半年前に近くの森にオーク鬼が出た事や、土くれのフーケという盗賊が暴れているとか、アルビレオンで発生した内乱の情勢など……荒事には特に聡い。

「あ、そうだ。杖との契約は出来た?」

「も、申し訳ございません! それが……」

「いいのよ。無理を言っているのは私だもの」

小動物のように恐縮したシエスタに、ルイズは何度も優しい言葉をかけてなだめた。
メイジでは無い平民に杖を渡して契約してみろだの、一般的に言えばとんでもない無茶を言っているのだから、普通なら馬鹿にされているか虐めの一種と取られるだろう。
もし何らかの奇跡が起き、万が一杖を持つ事に成功しても、魔法を使えないのだから時間と精神力の無駄だ。
それ以前に平民が貴族の真似事をしたら、冒涜などと難癖をつけられるかもしれない。

「でも、嫌ならすぐに言ってね。私の勘違いかもしれないのだし」

「そ、そんな、嫌だなんて事はありません! 私だって、魔法を使ってみたいですし……」

しかし、シエスタはそんな事お構い無しだった。
彼女に言わせて見れば、自分などの平民まで気にかけてくださるルイズ様の命令なら、例え何だって従うべきなのだ。
ルイズ様の助言どおりにトレーニングにも励んでいるお陰で凄く強くなったし、薪割りや洗濯といった雑務も楽になった。今ならオーク鬼を素手で絞め殺す事だって出来るだろう。
以前まではルイズ様と同じ貴族である事が信じられないような、非常に低俗な貴族達の理不尽な要求に頭を悩ます事も多かったが、貴族つきのメイドとなっている事が盾になってくれている。
身勝手な理由で首にされたり、酷い不利益を受ける事はなくなった。下らない事で攻められたとしても、ミス・ヴァリエールの所有物であるとの大儀を前に出せば、貴族とて口を閉ざすしかない。
これだけでも身に余るほどの幸運だというのに、私に眠っているという魔法の才能を引き出してくださるのだから、もはや言葉では言い表せないほどの感謝だ、と。

「もし魔法が使えるようになったら、私と一緒に練習しましょう」

「はい! 頑張ります!」

シエスタは半ば陶酔に近い表情を浮かべながら、始祖ミリブルでも見るような目でルイズを崇めている。
手袋に包まれた彼女の左手では、ガンダールブのルーンがおぼろげな輝きを放っていた。

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