ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

7 人を食らう獣 前編

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匿名ユーザー

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7 人を喰らう獣
 天蓋付きの豪奢なベッドの上で、ピンク色の髪がくるりと舞った。
 シーツに分厚い本と小冊子を散らかしているのは、ベッドの主であるルイズである。
 宝探しに行くと勝手に決めて使い魔が出て行ってから今日で六日。その間、ルイズは授業にも出席しないでアンリエッタの婚儀の詔の為に詩集と格闘していたのだった。

「火は赤くて熱くて色々燃えます。風は夏は温いし冬は寒いので吹かないで欲しい。水は川に流れてて海にもいっぱいある。土はキザで派手で女好き」

 一枚の羊皮紙に書かれた文を読み上げて、ルイズは首を傾げる。
 なんだこれは、と。
「意味不明だわ。300年前に詠まれた詔なら真似てもバレないと思ったのに、これじゃお披露目できないわね」
 広げられた分厚い本の一頁に目と手元の羊皮紙を見比べて、溜め息を零す。
 真似たと言っても、実際には単語を抜き出した程度だ。火は色を、風は季節を用いるところを、水は川や海といった名前を引っ張り出している。土に関する部分はルイズの独創であった。
 これでパクリだなんて言われても、元の詩を考えた人は納得しないだろう。
 自分で見ても酷い詩だと思い、学院の授業に詩を扱うものが無くて本当に良かった、と改めて詩の才能が欠けていることを認識する一方で、アルビオンがトリステインを攻めることなく姫殿下の婚儀の日が来たらどうしようと不安になる。
 来月の始めにある婚儀の日まで、もう残り二週間を切っている。だが、詔が完成する目処は一向に立っていなかった。

「どうしよう。ミス・ロングビルに相談しようにも、ここのところずっと留守にしてるみたいだし。こういうのに強そうなギーシュは居ないし、サイトも……」

 溜め息を吐きながら、ころん、とベッドの上を転がったルイズは、この場に居ない使い魔のことを思い出す。
 思い出して、表情を険しくした。

「なんで、あんなバカ犬のことなんて思い出すのよ!もう関係ないじゃない!」

 気を紛らわせるように、枕に詔の参考としていた本を何度もぶつけてルイズは叫んだ。
 首から上が熱くなって気分が落ち着かなくなる。
 腕が疲れたところで、鬱憤をぶつけていた枕を抱き締めたルイズは、自分の体と不釣合いに大きなベッドの上をゴロゴロと転がった。

「むうぅぅ……」

 安眠を与えてくれる柔らかい枕の感触が、何故だか今は気に入らない。
 それでも、目一杯力を加えても壊れない手頃なものは枕しかなかったので、それをキツく抱き締めるしかなかった。

「うぅ、なんだかモヤモヤするぅ」

 そう言って、またゴロゴロと転がる。
 宝探しに出かけると言い出した才人と喧嘩してからというもの、毎日この調子だ。
 メイジと使い魔は一心同体というから、何か糸のようなものでお互いの間が結ばれているのかもしれない。それは伸び縮みする弾性を持っていて、強い力で伸ばされるとゴムのように縮もうとするのだ。だから、喧嘩してお互いの気持ちが離れると、契約が二人の間をなんとか近づけようとするに違いない。

 だから、こんなにもあのバカでスケベでだらしなくって、でも時々頼れる使い魔のことが気になるのだ。と、ルイズは思い込もうとしていた。

「もう、なんなのよ!なんなのよ!!あー、ムシャクシャする!」

 転がるのを止めて、枕を部屋の片隅に向けて力いっぱいに放り投げる。
 寝藁で出来た才人のベッドが、無残にも砕け散った。

「ううううぅぅぅ!あのバカ犬、どこ行ったのよ……」

 詔の資料や書きかけのメモを放り出してベッドの上に両手両足を投げ出したルイズが、虚空に向けて呟く。
 帰ってきたらどうしてやろうか。土下座させて、この哀れで卑しい愚鈍な犬をもう一度ご主人様のお傍に置いて下さいませ、とか言わせた挙句、思いっきり股間を踏みつけて、その足を舐めさせてやった方がいいかしら?朝昼晩の食事の前に、三回まわってワンと鳴くように躾けるのも悪くないかもしれない。余所の女に鼻の下を伸ばしたら、その度に鞭で思いっきり叩いたりなんて……。
 そこまで思考を進めたところで、はあ、と息が漏れた。
 昨日も、一昨日も、その前も。同じようなことを考えていたのだ。
 許すことを前提にして妄想を広げていたことさえ自覚できず、何度も繰り返される使い魔が帰ってきた時のシミュレーションに進歩の色は見られない。
 なんだか寂しくなって、憎らしいほどに輝く太陽に照らされた窓の景色を睨みつけて、ルイズはもう一度溜め息を吐く。
 唇が、ばか、と声にもならずに動いていた。

 遠くトリステイン魔法学院にてルイズがそんな昼の一時を過ごしていた頃、才人たちは目的としていたモット伯がかつて住んだ洋館に到着していた。
 壁面は蔦が這い回って緑色に染まり、風に飛ばされた砂や土で茶色く染まった窓の枠組みが風雨の浸食で元の形を失っている。屋根の一部には蜂の巣らしきものも垂れ下がり、見事に廃墟らしい姿を呈していた。
 この屋敷が廃棄されたのは、およそ五年前。建設から五十年が経った頃である。
 廃棄された理由は単純で、支柱や壁面の老朽化であった。土のメイジによる補修も追いつかず、結局建て直すこととなったのだ。
 五十年という月日の間でトリステインの内情も微妙に変化し、立地の都合が悪くなったことで別の土地に移り住むことも、そう時間も掛からずに決まったらしい。ジュール・ド・モット伯は代々の名家というわけではなく、所謂三男四男といった主家の世襲から外れた人間であった。そのため、屋敷や周辺の土地に伝統があるわけではなく、場所に固執することもなかったのだろう。
 人が住まなくなった事で手入れがされなくなった建物は自然に押し潰され、庭は隣接していたらしい森と一体化を果たしている。小動物があちこちで走り回っているこの場所に、もう人の気配は残っていなかった。
 チチチ、と軒先に作られた巣から鳴き声を上げている小鳥を横目に見ながら、内側に向けて倒れている玄関の門を潜った才人たちを待っていたのは、広大なロビーであった。
 吹き抜け構造で、奥には二階に繋がる大きな階段もある。床には絨毯らしきものの残骸が残っていて、内に含んだ湿気を栄養にして植物の芽が出ていた。

 窓ガラスが残っているせいなのか、それとも扉が締め切られているせいなのか、玄関から流れ込む風だけでは屋敷の中の空気を入れ替えるには至らず、重く淀んだ空気が鼻に付く。それと一緒に、別種の臭いも嗅覚を刺激した。

「動物が入り込んでるのかな?」
「かもしれないわね」

 獣臭いと言えばいいのか。森の中で獣道を歩いているときに時折感じる特異な臭いに気が付いたマリコルヌの呟きに、キュルケが軽く相槌を打った。
 動物の足跡が、点々と絨毯だったものの上に模様を描いている。多分、雨風を凌ぐのに便利だからと、巣穴代わりにされているのだろう。
 どんな動物が入り込んでいるのかと、いくつもある足跡を観察するべく動き出したキュルケが、最初の一歩で唐突に膝の力が抜けたように体勢を崩して床に尻を打ちつけた。
 じわりと広がる鈍い痛みに呻く。それを見ていた少女が一人、堪えきれずに噴出した。

「ぷっ、くくく……、なにやってるのよキュルケったら」
「こ、これは違うのよ!なんか、足元が……」

 モンモランシーの押し隠すような笑い声に顔を赤くしたキュルケが、立ち上がりながら誤魔化すように床を蹴り叩く。
 ボロ切れ同然の絨毯に隠された床に小さな窪みがあるようだ。これのせいで足を踏み外したのだろう。
 老朽化した建物だけに、こういう目立たない部分にもしっかりと劣化の跡が刻まれているらしい。この分だと、ふとした拍子に天井が落ちてくるなんてことも無いとはいえないだろう。
 貴重な情報を教えてくれた親切な床を強く踏みつけたキュルケは、こほん、とわざとらしい咳をして息を吸い込んだ。

「みんな聞いて」

 その場で振り返り、キュルケは真面目な顔で宝探しのメンバー全員を視界に収めた。ついでに、また噴出しそうになったモンモランシーをキッと睨みつけ、黙らせる。

「今回の目標は“召喚されし書物”よ。ジュール・ド・モット伯爵は書物の
収集家としてそれなりに有名で、今回の目標もモット伯が収集したものの一つなの。あたしの聞いた話だと、引越しの際に幾つかの書物を紛失しているらしいわ。“召喚されし書物”は、その中の一つってわけ。希少価値もあるから、かなり高価なものよ」

 いくらぐらい?と、具体的な値段を尋ねたのはモンモランシーだった。
 問いかけに、ふふん、と不適に笑ったキュルケは、片手を掲げて手の平を広げて見せる。

「これだけよ」
「……50エキュー?」

 指の数一本につき10エキューと計算したモンモランシーが言うと、キュルケは首を振った。
 モンモランシー自身も、まさか50エキューでキュルケが動くとは思っていないため、当然よねと頷いて、桁を一つ上げる。

「500エキュー」
「違うわ」
「じゃあ……、5000?」

 モンモランシーは自分の考える本命の金額を訊いて、キュルケの反応を待つ。
 宝探しメンバー全員で分けても、5000エキューは大金だ。極普通の平民であるシエスタなんかは、金額を聞いただけで卒倒するかもしれない。ギーシュは無駄に見栄を張って一週間くらいで使い切りそうだが。
 メンバー七人に一人ずつ均等に配ったとして、手元に入るエキュー金貨は端数を無視すれば700枚。部屋の家具を一新するには少々足りないが、ドレスや装飾品を新調するには十分な額だし、趣味と実益を兼ねた香水作りも、元手が増えれば規模を大きく出来る。
 なんて素晴らしい。さらに、既に手に入れた赤い宝石と奇妙な仮面の売却金を含めれば、相当な額になる。一年分の小遣いを確実に上回るだろう。
 5000エキューであるという前提で、モンモランシーが妄想を膨らませていると、頷くかと思われたキュルケの首が、さらに横に振られた。
 え、と息を漏らしてモンモランシーが動きを止め、話を聞いていたギーシュ達も表情を変える。
 キュルケの褐色の肌に浮かぶ、紅い唇がたっぷりの間を置いて動いた。

「50000よ。エキュー金貨じゃなくて、新金貨の方だけどね」

 悪戯っぽくウィンクをして、おほほほと笑い出した。

「う、ウソよ!なんで書物なんかにそんな金額が付くのよ!!おかしいじゃない!」
「ウソじゃないわ。だって、手に入れた場合の買い手はもう決まってるもの。証文だってあるんだから」

 ひょい、とキュルケがなんでもないように取り出した一枚の羊皮紙に、モンモランシーたちは一斉に群がった。
 上質の紙に印が押され、署名も記されている。内容は単純に、召喚されし書物を入手した際の事前売買契約だ。召喚されし書物がどんなものかわかっているのかわかっていないのか、どちらにしても買い手に不利な、商会や役所に出しても通じる立派な証文であった。

 召喚されし書物の内容の如何に関わらず新金貨で50000を支払う。などと書かれた恐るべき証文は、その署名欄にキュルケの名前ともう一つ、誰も知らない人物の名前が記されていた。
 知らない名前ではあるが、誰かは分かる。なにせ、ファミリーネームがツェルプストーなのだから。

「あんた……、この名前って」
「やっぱり気が付いた?そう、あたしのパパよ」

 親子で売買契約を結んだらしい。なるほど、不利な証文も家族という信頼あってのものだということなのだろう。ルイズに言わせれば成金貴族だというツェルプストーは、目的の為には金に糸目はつけないらしい。

「ということは、アレかね。今回の宝探しも、言いだしっぺはキュルケじゃなくて、君の父親だったということかね?」
「まあ、そうなるわね」

 しれっというキュルケに、一行の肩が一段下がった。
 モット伯の周辺情報や召喚されし書物の情報も、父親から聞いたものなのだろう。他の宝探しは、父親からの依頼を口実にした遊びだったのかもしれない。

 書物が見つかっても見つからなくても暇潰しだけは出来るのだから、キュルケに損は無いわけだ。仮面やら宝石やらといった予想外の儲けが出て、むしろ得をしている。

「まあ、でも、しかしだ」

 ごほん、ごほんと咳を交えつつ、マリコルヌが口を挟んだ。
 視線が集まる中、そそっと足を屋敷の奥へと動かして、ぴゅーぴゅー口笛を吹く。
 何がしたいのかがまったく分からない行動に一同が首を傾げていると、マリコルヌは唐突にニヤリと笑って走り出した。

「その書物とやらには50000の価値があるということ!先に見つけて独り占めしてしまえば、儲けは全部自分のものじゃないか!!あっはははははははは!」
「あっ、テメェ!抜け駆けかコラ!!」

 階段を上り、二階へと進むマリコルヌを才人が追う。
 元々金の魔力に浮かされていたモンモランシーもギーシュを連れて走り出し、それをキュルケとタバサが手を振り見送った。

「証文がなければ売れないって、分かってるのかしら?というか、召喚されし書物がどんなものかも知らないのに何を探すつもりよ」

 振り返りもせず、どたばたと激しい音を立てて走り回るマリコルヌたちを眺めて、小さく溜め息を吐く。
 それっぽいものを見つけたら片っ端から集めるのだろうが、今いる場所が老朽化した建物の中だと理解していないことは明白。無駄に騒いで、この屋敷が倒壊しないかどうかが心配だ。

「考えても仕方ないか。タバサ、あたしたちは一階から探しましょう。……って、どうかしたの?」
「……なんでもない」
 しゃがみ込んで、床に落ちている毛の様なものを摘んでいたタバサが、首を振りつつ立ち上がって歩き出す。しかし、視線はまだ手に持った短いこげ茶色の毛に向けられていた。

「珍しい動物でもいるのかしら?」

 普段は自分から何かに興味を示そうとしないタバサが積極的に何かを調べようとしている事実に好奇心を沸き立たせたキュルケは、キョロキョロとあたりを見回して、毛の持ち主を探し始める。
 茶色い短い毛というと猪が代表的だが、まさかそんなものをタバサが気にかけるはずが無い。
 キュルケは、隠れているのが貴重な動物なら、掴まえて好事家に売る気であった。
 そんなキュルケを若干冷ややかに見たタバサは、至極冷静に手の中の毛を捨てると、杖を強く握って目元を鋭くさせる。
 興味を引かれた、というよりは、敵を見つけたという表情であった。

「……タバサ?」

 奇妙な雰囲気にキュルケが顔を覗きこむ。
 それから逃れるように、つい、と視線を床に落として、タバサが立ち止まった。

「珍しい生き物って点では、正解」

 長い杖の先端が、タバサの足元の小さな起伏を削る。
 牛の蹄のような形の薄い窪みが、そこにしっかりと刻み込まれていた

 窓の向こうが少しずつ暗くなっていく。
 明け方までは青く晴れ渡っていた空が、雲に覆われようとしている。見るからに分厚そうな黒い雲は、間違いなく雨雲だろう。暫くすれば、この付近に雨を降らせるに違いない。
 空の向こうまで黒く染まっているところを見れば、雨は暫く降り続けるものと思われる。
 モット伯の屋敷までは距離があったため、今朝まであったキャンプは畳まれている。食材探しのためにシルフィードやフレイムなどの使い魔と一緒にあちこちを飛び回っているシエスタを呼び戻して、ここで雨が止むのを待ったほうがいいのかもしれない。
 どうせ、長居することになるのだ。屋敷は広く、目的のものは見つかりそうに無いのだから。

「あーもうっ!良く考えたら、見つかるわけ無いじゃいのよ!」
 髪を振り乱し、早速諦め気分に陥ったのはモンモランシーだった。

 三階のベッドルームと思しき場所をギーシュと一緒に探し終えた直後のことである。

「どうしたんだい、モンモランシー。書物なら、二つほど見つけたじゃないか」
「そうじゃないわよ!本当に高価なものなら、こんなところ真っ先に調べられて回収されてるに決まってるって言ってるのよ!!」

 声高に喚くモンモランシーに、思わずギーシュは耳を塞ぎ、足元に落ちた本に目を向けた。
 二冊の本の表題には、トリステインの歩き方、グルメ大全なんて書かれている。どう見ても一般書誌で、モット伯の私物というよりは、使用人が使わなくなったから捨てたという感じである。実際、かなり読み込まれているのか紙がボロボロになっていた。
 間違いなく、これらは召喚されし書物ではない。そんなことは誰だってわかる。
 モンモランシーは、今回の宝探しに関するそもそもの問題に目を向けたのだ。何をきっかけにしたのか、金に目の色を変えていた過去を忘れて。

「まあ、確かに高価なものを放置するとは思えない、ってところには同意するけど、まったくの希望もなくキュルケが動くとも僕は思えないんだが」
「うっ、それはそうだけど……」

 ギーシュの冷静な言葉に言葉を詰まらせたモンモランシーが、顔を覆うように手を当ててしゃがみ込む。
 意外と本能的に行動するキュルケだが、理性的でないわけではない。恋や情熱を持ち出すと暴走するが、それだって計算高さが下地にあったりする。
 根拠もなく目先の欲望に動かされるタイプではないのだ。
「モット伯には回収できなかった理由があった。と思えば不思議じゃないさ。まあ、年始めの降臨祭で父と歓談してるモット伯を見てるから、病気とかじゃないみたいだけど」

 辺境の領主であるモンモランシーの家と違い、ギーシュの家は昔からの武家で、父親が軍の元帥をしている。そのため、王宮近辺の出入りは多く、多種多様な貴族と面識があった。
 軍なんてものは、各地の貴族の三男や四男といった次代の後継者から外れた人間の集まる場所だ。自然と色んな連中が集まってくるし、その関係で勝手に交友関係も広くなる。モット伯とギーシュの父も、そんな関係で知り合った仲だった。
 引越しの忘れ物などは使いを遣って回収させればいいだけの話。他人に見せられない何かだとしても、自分が取りに来ても問題は無いはず。
 それをしない。あるいは出来ない理由がある、とギーシュは推測していた。

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