ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-95

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匿名ユーザー

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掌で掬った水が零れ落ちるように。
砂に書いた文字が風に掻き消されていくように。
私の中から“大切な何か”が失われていくのを感じる。

振り返ったら終わってしまう。
まだ私の瞼には別れ際の彼の姿が焼き付いている。
でも振り返れば認めなければならない。
―――もう彼はどこにもいないのだという事実を。

よろめくようにしてルイズは背後へと振り向いた。
彼を抱き締めるタバサの手は震えていた。
声も上げず、俯いたまま彼女の頬を涙が伝う。
おぼつかない足取りで彼女達の元へと歩む。

「なんでよ……!」

彼女達に近付きながらルイズは叫ぶ。
転びそうになった身体を無理やり引き起こして這うように前へ。
それでも彼女は叫ぶのを止めない。

「待っててって言ったのに……!」

慟哭じみた声を響かせながらルイズは彼の元へ辿り着いた。
そして彼女はハッキリと彼の姿を目の当たりにした。
瞼は閉じられ、苦しげに漏れていた呼吸も無い。
恐る恐る触れた指先から伝わる体の冷たさ。
それは命の灯火の尽きた亡骸だった。

「なんでよ……戦争は終わったのよ。
もう私たち、戦わなくてもいいの。
前みたいに学院で……みんなと当たり前の日常を過ごせるのよ!」

それをどれだけ望んだことだろうか。
当たり前で、平凡で、何一つ変わり映えしない、本当に幸せだった時間。
失われてしまったけど、また私たちは取り戻せるんだ。
悲しかった事や辛かった事は忘れられないけれど、
もっと楽しい事や嬉しかった事で上書きしていけばいい。
……だけど、そこには貴方がいなきゃいけない。
誰よりも辛かった分、誰よりも幸せにならなきゃいけないのは貴方だから。


「ううん。学院だけじゃない、どこへだって行けるわ!」

彼に教えてあげたい、ハルケギニアが美しい世界だって。
まだ海も見たこともない彼に、果てしなく続く水平線を見せたい。
もう一度、城下町の喧騒の中を歩きたい。
何より一番初めにわたしの家に連れて行ってあげる。
ちい姉さまにも紹介しなきゃ、怖いけれどエレオノール姉さまや母様にも。
特別に私のお気に入りの場所だって教えてあげるわ。
もう私には必要ないから、一人で泣く必要なんてないから。
だから、だから……。

「わたしを一人にしないで!」

ルイズの手が彼の体を揺すった瞬間、それは姿を覗かせた。
傷だらけでボロボロになった安物の皮で出来た首輪。
ルイズが初めてデルフと共に買い与えた品。
……そして、彼の大事な、大事な宝物。

「またいつか、もっと良いのを買ってあげるって約束したのに」

ポタポタと涙が手の甲に零れ落ちる。
それは悲しみよりも無念だった。
わたしは彼から多くのものを貰った。
アニエスやキュルケたちとの友情、自分の運命と立ち向かう強さ、
誰かを慈しむ優しさ、どれもわたし一人じゃ得られなかった。
なのに、わたしは彼に何もしてあげられなかった。
もっとお腹一杯ごはんを食べさせてあげればよかった。
好きなだけ外を走り回らせてあげればよかった。

「だって、まだ名前だって……!」

閉ざしても尚、ルイズの瞳から零れ落ちる涙。
直後、頬を伝うそれを誰かが拭った。
ルイズが目を見開き、涙を拭った跡に指を当てる。
そこに付いているのは血だった。
ハッと顔を起こせば、彼は僅かに瞼を開いていた。


もう十分だよ、とルイズの涙を舐め取って彼は言った。
でも呼吸さえ漏れず、繋がっていた証も、デルフもいない。
伝わらない言葉を胸に彼は思う。
一人では得られなかった宝は自分にもある。
それはルイズに未来へと持っていってほしい。
いつの日か、こんな事があったと誰かと笑い合えるように。
声も姿も忘れたとしても自分がいた事だけは憶えていてほしい。

意識が断線する。きっとこれがルイズと話せる最期。
だから言わなきゃいけない。
向こうでは誰にも伝えられなかった言葉。
それを彼女に聞いてほしい。
誰よりもルイズが好きで、ルイズに愛された自分だから。

今もこの目に焼きついている。
初めて見たハルケギニアの自然と、自分を見下ろす彼女の姿。

あの出会いが本当に美しいものだったから。
別れも美しいものであってほしいと思う。
だから最期の言葉だけは届くと信じている。

“さよなら……ルイズ”

お別れは悲しいけれど、
彼女には前だけを見ていてほしい。
自分が好きになったのはそんな彼女だったから。


「…………」

泣き崩れる少女を遠巻きに眺めながらフーケは踵を返した。
血迷いかけた自分を押し留めてその場を後にする。
確かに、この指輪なら僅かな可能性だけど助かるかもしれない。
ついでに、ちゃんと指輪が使えるのかテストもしたい。
だけど助けた所で、あの犬は決して救われない。
アルビオンの連中が怪物の正体を口外すればトリステインの立場はない。
世界を滅ぼしかねない事態を招いたとして糾弾されるだろう。
そうなれば、こんな勝利など一瞬で吹き飛ばされ、世界を敵に回す事になる。
そうさせない為には証拠を根こそぎ隠滅するしかない。
当然、そこにはあの犬も含まれているのだ。

「ああ、くそっ! 最悪の気分だよ!」

倒すべき相手だったはずなのに何故か虚しさだけが込み上げる。
やっぱり戦争だの殺し合いだのは私には向いてない。
そんなのは、やりたい連中だけで好き勝手してればいい。
燃え盛る軍艦の残骸や、なおも戦闘を続ける一部の兵達を見ながら溜息を零す。
ふと彼女の視線が足元に転がる何かに留まった。
そこにあったのは貴族の屍……いや、なりかけか。
辛うじて生にしがみついているだけの命。

そっと指輪を嵌めた手をかざす。
あの子が力を使う姿を思い返しながら詠唱を紡ぐ。
指輪を試すだけなら適当な擦り傷で十分だった。
人の命を助けようなどと思ったのは、ただの気まぐれにすぎない。
これだけの数の人間が死んでいるのに、たった一人生き永らえさせたって何の意味もない。
こうする事でイヤな気分が少しでもマシになれば、という安易な打算だ。

「げ! 一人治しただけでこんなに減るのかい!?」

血色が良くなっていく貴族とは裏腹に、フーケの顔が蒼褪めていく。
米粒程度のサイズに縮小された石と顔見知りの貴族の顔を交互に見返す。
果たして、この磨り減った石に見合うだけの価値がこいつにはあるのだろうかと思わず悩む。
しかし今更こいつを叩き殺したって石は返ってこない。
あからさまな溜息をついて彼女は貴族に軽く蹴りを叩き込んだ。

「まあ、これを機会に人生やり直しな」

気付けば森から誰かが近付いてきていた。
こいつを探しに来た兵隊だろうか、それとも残党狩りか。
どちらにせよ、ここに長居しているのはマズイ。
血で染まった本を彼の膝に戻してフーケは立ち去った。
それと入れ替わるように飛び出してきたのは幼い顔立ちの少年少女。

「おっさん! みんなも話聞きたいって言うから連れてきたぞ!」


それは屍というには、あまりにも無惨すぎた。
大空を駆け抜けた翼は今や打ち捨てられた傘を思わせる。
破れた翼膜からは骨が覗き、その骨も砕かれてあらぬ角度に捻じ曲がる。
頭蓋からは止め処なく血が溢れ、その場に赤い水溜りを形成する。
かつての空の王者の威厳など微塵も残されていなかった。

「確実に骨も残さず焼き払うんだ!」

その風竜の周りでトリステイン兵士達は樽に入った油を一面に撒き散らす。
彼等はマザリーニの命令で“バオー”を焼却処分する任務に就いていた。
無論、バオーの詳細など知るべくもない。
彼等には伝染病の感染源であるとだけ伝えられていた。
その正体を知らぬままに彼等は自分達の役目を果たす。
かつてのコルベールの軌跡をなぞるかのように、何の迷いもなく。
十分に油が染み渡ったのを確認して、兵隊長は松明に火を灯す。

「犬の方は捕獲してアカデミーの研究室に移送する!」

続けて兵たちに命令を下す。
それはマザリーニの指示ではなく、アカデミーからの要請だった。
病理解明の為に必要だと言われれば応ずるしかない。
研究の為ならば親や子さえも犠牲にするとまで言われたアカデミーだ。
生きていようと死んでいようと細部まで解剖されて研究し尽くされるだろう。

刹那、兵隊長の真上に一際大きな影が差す。
それを彼は日食が始まったのだと錯覚した。
だが、周りで騒然とする部下達の姿に違和感を覚えて振り返った。
そこにあるのはただの骸のはずだった。
しかし、風竜は立ち上がり雄々しい姿でそびえている。
その威容に翳りなど無い。

「ウオオォォォォォム!!」

巨竜が吼える。
怒りとも悲しみとも判別できない叫びが木霊し、
“バオー”は再び空へと舞い戻っていく……。


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