ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-69-2

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匿名ユーザー

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翌日。

トリステイン魔法学院では、早朝から訓練が行われていた。
中庭で整列した生徒達が、点呼のやり方や集団行動の基本などを教えている。

その光景を、本塔の学院長室から見ているのは、オールド・オスマンとアニエスの二名であった。
「優秀な秘書がおりませんでな、仕事がたまる一方ですわい」
「秘書というと、ミス・ロングビルのことですか」
部屋の中央に置かれたテーブルを挟むようにして、六人がけのソファに座っている。
すぐ傍らには『遠見の鏡』が立てられており、そこには中庭の様子が映し出されていた。
「便利なものだな…これがあれば作戦も立てやすくなるだろうに…」
そんなアニエスの呟きに、オスマンがフォフォ、と笑った。
「何、この遠見の鏡が通用するのは、せいぜい魔法学院の敷地内だけじゃよ」

「しかし、王宮では、特にアカデミー関係の研究者からは、貴方は今も恐れられている。”トリステイン全土を見渡している”と」
「それはただの噂じゃ。少し長生きしすぎてのう……教え子達が沢山いるだけじゃ。ま、そやつらの若い頃の失敗談を、ちょいと知っているだけじゃよ」

「なるほど、それは確かに驚異だ。裏の裏まで見通されているようで、さぞかし恐れられましょう」
アニエスが唇を僅かにゆがめて、笑った。
しかし、その瞳は笑っているというより、オスマンを見定めようとしているようにも思える。


「ところで、今日は、昨日の話の続きですかな?」
軽く前屈みになって、アニエスを試すような目で見つつオスマンが切り出した。
するとアニエスは懐から一枚の羊皮紙を出し、テーブルの上に差し出す。

「これは…女王陛下の許可証じゃな。アングル地方ダングルテールの虐殺に関する調査ですか」
「そうです。オールド・オスマンならご存じでしょう。高等法院のリッシュモンが、ロマリアへ媚びを売るためダングルテール虐殺を行い、賄賂を受けておりました」
オスマンはひげを撫でて、ふぅむと呟いた。
「これによって得たロマリアとの太いパイプを利用し、マザリーニ枢機卿の裏を掻いて多額の賄賂をため込んだリッシュモンをはじめ、その関係者を逮捕するのが私の役目です」

二人の視線が交差する、アニエスは得体の知れない老人の鋭い目を見据え、オスマンは冷静を装う復讐鬼を見つめた。
「仇討ちじゃな」
「否定は致しません。ご協力願います」
「かまわんよ、理由はどうあれ、ミス・アニエス…君にはその権利があろう。協力を約束する」
「では後ほど、いくつかの資料を貴方の記憶と照合して頂きたい。私はこれより軍事教練の指導にあたらねばなりませんので」

アニエスがソファから立ち上がり、学院長質の扉に向かって歩き出す。
扉の前に立ったところで、オスマンが口を開いた。
「……ところでミス。君は此度の”総力戦”にどう思われるかね」
アニエスはその場で立ち止まると、少し間をおいてから答えた。
「戦争は避けられません。将軍閣下は非道きわまりないクロムウェルを、早急に討ち滅ぼすべしと躍起になっています」
「ワシは、君に聞いてみたいのじゃが。あくまでも君個人にじゃ。この軍事教練にしても、貴族子弟の登用にしても、あまりにも急ぎすぎではないかね?」

「戦争には男も女もありません、そして時間もありません。逃げまどう暇も無ければ立ち向かう時間もないのです。すべてに平等な死が訪れます。戦争など皆、そうでありましょう」

アニエスは振り返りもせず言い放ち、学院長室を出て行った。

「もったいないのぉ、有能ではあるんじゃが、あれでは王宮で恐れられるじゃろうて」
呟きつつ、オスマンは念力で水パイプを手元に引き寄せる。
「剃刀は、むき出しではいかん。かといって鞘に入っていてもいかん。なまくらに見せかけるのが一番じゃて」

…………遠くから声がする。
屋敷の庭園から抜け出して、外の世界を見ようとした僕を、乳母が追いかけてきた。
視界がとても低く、小さな林も迷い込んだら出られない気がした。
木漏れ日がまるでシャンデリアのようで…ああ、乳母に抱きかかえられ、揺れ動く視界の中で、鳥が飛び立ち、風が頬を撫でて……

「うっ…あ?ここは」
子供の頃の夢から目覚めると、天井には木漏れ日ではなくシャンデリアが下がっていた。
辺りを見回すと、自分がベッドに寝かされていたのが解った。
「お目覚めでございますか。ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルド様」
声の主はメイドだった、くすんだ金髪を首のあたりで切りそろえた少女で、12歳ほどにしか見えなかった。
額に乗せられた冷たいタオルもどうやら彼女がやってくれたようだが、ワルドはそれを訝しげに思った。
なぜこんな所に寝かされていたのか記憶のハッキリしない。
「石仮面様より言伝を賜っておりますが」
「…聞かせてくれ」

「『概要は自分が伝えるので、体調が回復次第王宮へ出頭し、細部を報告するように……』」
ルイズからの伝言を聞くと、ワルドは体を起こし毛布をどける。
頻繁に汗を拭き取られたのであろう、全裸の上に吸水性の高いガウンを身に纏った姿で、義手も外されていた。
窓からは夕焼けが差し込んでいる。
「私が運ばれたのは、今朝か?」
「はい」
「君の、所属と名は?」
ワルドが質問する。
「私は銃士隊の身の回りをお世話するよう、アニエス・シュヴァリエ・ド・ミラン様より賜りました、ハンナと申します。今はワルド様のお世話を石仮面様より賜っております」
「そうか。ではハンナ、ここは王宮ではないようだが、何処だ?」
「トリスタニアの、元はリッシュモンというお方の屋敷だと伺いました」
「僕がここに来た経緯は解るか」
「こちらのお屋敷は、銃士隊の方々が調査しておられました。石仮面様は明け方にこちらに現れて、ワルド様の体調が整うまで預けると……」
「わかった。すぐに僕の服と装備を持ってきてくれ」
「ですが、まだお熱が引きません…」
ハンナがワルドを留めようとする。

「君は貴族に仕えたことは無いようだな」
「えっ」
「怖がらなくていい。なあに、貴族は見栄っ張りなものなんだ。”僕はもう治った”。いいね?」
「は、はい。ただいまお持ち致します!」

ぱたぱたと小走りで部屋を出て行く、年若いメイドを見送って、ワルドはほほえんだ。
「まだまだ子供か。メイド見習いといったところか。ふふ、ウエストウッドを思い出すとはな……」

体調はだいぶ良くなっている、少し頭痛はするが、海岸にたどり着いたときとは天と地の差がある。

もうろうとした意識の中で見た、懐かしい夢のおかげか、それとも看病してくれたメイドのおかげか、ワルドは清々しさを感じていた。

更に数時間後。

場所は変わって、トリステインの王宮、大会議室。

神聖アルビオン帝国の宣戦布告の際、大臣や将軍達を一喝したアンリエッタの姿が記憶に新しいこの部屋に、トリステインの重鎮が揃っていた。

一人遅れてやってきたマザリーニが、奥の席に座るアンリエッタを見る。
アンリエッタが二人いた。

「!? ………ああ、石仮面どのですか」

「そんなに驚くことも無いじゃない」
並んで座るアンリエッタ二人のうち、一人が立ち上がり、椅子を移動させる。
クスクスと笑う二人のアンリエッタを見て、マザリーニは目を細めたが、さすがにため息はつかなかった。

会議室の座席に、秘密会議のメンバーが揃ったところで、会議が始まった。
席順は、奥にアンリエッタ。右列奥からウェールズ、ルイズ。左列奥からマザリーニ、ワルドである。
本来ならアニエスにも参加して貰うところだが、今は魔法学院で軍事教練を行っているため、この場には居ない。

マザリーニはテーブルの上に、幅2メイル以上あるアルビオンの地図を広げて、口を開いた。
「概要は石仮面から聞きましたが。ワルド子爵、細部の報告を」
「はっ」
ワルドは立ち上がると、地図を指さしながら、アルビオンに潜入して得た情報を話していった。
今はアニエスが居ないので、ルイズが身を乗り出し、書記官役をした。

報告内容は、ワルドの遍在が各地に飛んで得た情報や、マチルダの協力者から得たもの、そしてルイズが姿を変えて町中で調べたものであった。
中でも、ルイズが直接確認した兵站の情報は、アルビオンの残存戦力をはかる上で重要度が高い。

しかし報告を終えた後、マザリーニとウェールズは、どこか困ったような顔をしていた。
「枢機卿、何か気になる点でも?」
アンリエッタが問いかけると、マザリーニは恐れながら…と呟き、考えを述べた。
「この情報は戦争を早めるには有効です、しかし、現時点では何の準備も整っておりません。戦争になれば年若い貴族が功績を求め、我先にとアルビオンに上陸しようとするでしょう」
「それは、良いことなのではありませんか?」
アンリエッタが不思議そうに首をかしげた、すると今度はウェールズが口を開く。
「僕もその気概には、大いに賛成するところがある。しかし……」

ぐっ、と口を閉じて、ウェールズが何かを耐えるような表情を見せた。
それがなんだか解らず、アンリエッタはますます不思議がった。

「……自国の民を犠牲にするようだが、トリステインとゲルマニアの連合軍が確実に勝利するには、最低でもあと半年は兵糧攻めにせねばならない」
「そんな…!」
ウェールズの言葉にアンリエッタが驚く。

「ウェールズ様、ですが、ルイズ達の報告では、アルビオンの民は略奪による過酷な飢餓状態で苦しんでいるのですよ」
「それを疑ってる訳じゃない。ただ、この情報を将軍らに開示することによって、トリステインは大儀を得てしまう。
『民を苦しめる邪悪なレコン・キスタ』を討伐するという、より大きな大儀だ。それがいけない。
戦争の準備が整っていないのは、トリステインも同じ、今戦いに赴けば途方もない犠牲を生む。
アルビオンのためにトリステインが疲弊し過ぎれば、それはアンリエッタ…君を糾弾する十分な理由となって襲い来るかもしれない」

アンリエッタが息をのんだ。

「その上殿下をトリステインの傀儡にすべく、将軍らが動くでしょうな……。ウェールズ殿下がアンリエッタ女王陛下と結婚されても、ウェールズ皇太子の実権は認められぬかもしれません」
マザリーニがそう語ると、アンリエッタはがたっと椅子をならして立ち上がった。

「そんな!」
「アン、落ち着いて。これは最悪の場合よ……枢機卿、話を続けて」
ルイズがアンリエッタを落ち着かせると、マザリーニは小さく咳払いをしてから、地図を見た。

「残酷なようですが、開戦のタイミングを計らなければなりません。アルビオンの貴族から力を削ぎつつ、民がかろうじて余力を残し、反撃に出られる程度に、です」


マザリーニとウェールズ、そしてワルドによる話が続けられた。
将軍達は、トリステインで建造中の戦艦が完成次第、遠征をすべきだとしている。
しかしマザリーニ、ウェールズ、ワルドの意見は、遠征は早くても3ヶ月後にすべき…であった。

トリステインは、隣国ゲルマニアやガリアに比べて半分以下の国土だが、戦力としてのメイジの数が匹敵している。
帰属主体の国家形成が、歴史に残る優秀なメイジを輩出していた。
ところが戦艦を建造する資源と技術には、秀でていると言い難い、『レキシントン』に搭載された大砲の威力など、トリステインでは再現不可能である。

竜騎兵などの貴重な空の戦力にも、秀でているとは言い難い。
一部の突出した存在により、トリステインは他国に劣ることなく存続してきた。
だが、決して秀でているとは言えなかったのが、トリステインという国であった。

その国内で横行した貴族の腐敗は、貴族達の貴族至上主義を増長させ、結果として平民による第一次産業の低迷を招く。
それによる不満は、タルブ戦の勝利により解消されたかに見えたが、根の深さは計り知れないのであった。

アンリエッタはあることに気付き、愕然とした。

「つまり、トリステインという国は、増えすぎた貴族子弟を間引く時期に来ている…というのですか?」

「……陛下、間引く、という発言はいけません。ただ、歴史は同じ事を繰り返しているのです。
戦争は何度も行われております、小競り合い程度などと言われる者から、大戦と呼ばれるものまで様々です。
しかし、大戦と呼ばれる戦の後には、どの国も如何に疲弊から立ち直るかに苦心しておるのです、その中には汚名を被ってまで国を立て直した王もおります。
この戦争は、最小限の被害で早期に終結させ、なおかつウェールズ殿下に功績を残し主権を認めさせ、その上で民や諸侯の不満を反らすためアルビオンの利権を奪わねばならないのです。
そのために最適な機会はまだ先なのです、アルビオンという国を救う救国の女王となるか、王子にうつつを抜かした悪女と罵られるかは、時の運と言うほか無いのです。
陛下、これはもはや逃れられません……数百年前にエルフと戦い、数えきれぬ損害を出した時とは違うのです、人間が相手なのですから」

アンリエッタはしばらく顔を俯かせていたが、目を閉じたまま顔を上げ、ゆっくりと、自分の視界を確かめるように目を開いた。

「わかりました。私は女王です。自国の民を救わんとウェールズ殿下が苦しんでいるように、私も苦しみましょう。マザリーニ、軍議に私が列するのは、来週でしたわね?」
「はい、そのように承っておりますが」
「数日早めなさい、そして此度ルイズ達が持ち帰った資料を小出しにしなさい。遠征の時期を遅らせます。……これでいいのですね」



「すまない…」
しばらくの沈黙の後、ウェールズが呟いた。
それがアルビオンの民に向けての言葉なのか、それともアンリエッタへの言葉なのか…
おそらく両方だろう。


「では、ルイズ、貴方に任務を与えます」
「はい」
アンリエッタがルイズを見る、ルイズはアンリエッタの姿で頭を下げた。
「魔法衛士から傭兵まで、いかなる身分を用いても構いません。影ながら魔法学院を護りなさい」
「…!」
「もし、魔法学院が襲撃されれば、取り返しのつかぬ事になりましょう。
レコン・キスタのみならず、アンドバリの指輪で操られた者達を恨み…いいえ、アルビオンの国民すべてを恨む風潮となるやもしれません。
アンドバリの指輪が今の世に存在するなど、知られてはならないのです。悪用する者が必ず出るでしょう。
私たちはあくまでも、クロムウェルが人身を操る邪法の使い手だとして葬らねばならないのです。
でなければ…この戦争は、アルビオンとトリステインの、永遠に終わらぬ確執を作ることになります」

ルイズはアンリエッタの言葉に驚いた。
「姫様、そこまでお考えに…」
「皆の知恵から借りただけですわ、ルイズ…貴方には辛いでしょうけど、魔法学院を守って。
アニエス達は将軍達から嫌われているから、きっと将軍達はアニエスのミスを望んでいるわ、そうならないために監査して欲しいのも理由の一つなの」
「…では、すぐに魔法学院に向かいますわ。引き続き陛下から賜った身分証を使わせて頂きます」
「ええ、お願いね、ルイズ」

アンリエッタが微笑む。
その表情は少し疲れを見せていたが、疲れを見せて微笑むのは、幼なじみであるルイズだからこそである。
ソレを知っているからこそ、ルイズは嬉しかった。

「僕からも、頼む。君には何から何まで、世話になる…本当にありがとう」
ウェールズの言葉は、自分の力が足りず申し訳ないと言っているようで、どこか力がない。
「私に礼を言うなんて、まだ早いわ。すべては…そうね。戦争が終わってからよ」
「そうだな。どうしても弱気が出てしまう、これじゃかえって申し訳ない」
ルイズはにやりと笑みを浮かべた。
ウェールズとアンリエッタを交互に見てから、マザリーニとワルドに視線を向けた。
「それでは…殿下と陛下におかれましては、引き続き二人で軍議を続けてくださいませ」
「「え」」

マザリーニが避難するような目をルイズに向ける。
「石仮面どの…」
「いいじゃないの、たまには。息抜きも必要よねえ、そう思わない?ワルド」
ルイズが話を振ると、ワルドはひげを撫でながら呟く。
「我が家の故事にこうある。”後は年若い二人で”…という奴かな」

二人きりの会議室で、何が行われたのか、それは十月十日後に明らかになるかも…しれない。




早朝、四時過ぎ。いまだ日は昇らず、空は暗い。

ルイズは顔立ちを変えて髪の毛を金に染め、麻のローブに身を包み、トリステイン魔法学院への道を歩いていた。
背に乗せたデルフリンガーとは、ずっと口をきいていない。

もし、メンヌヴィルが現れたら……そう考えると、どうしてもデルフリンガーが必要になる。
今まで何度もデルフリンガーに心を読まれているのに、今回ばかりはタブーを犯してしまったようで、心を読まれるのが恐ろしかった。
あるいは、心を既に読まれているかもしれないと、恐れていた。


「…早く行かなくちゃ」
そう呟いてはみるものの、魔法学院に行って、どうしていいのか解らない。
あそこにはシエスタがいる。
近くの森に隠れて、監視し続けるべきだろうか?

ふと、足が止まった。

「…早く、行かなくちゃ」
そう呟いてまた歩き出す。
ワルドは会議の後、体調が完璧に回復するまで休むように言ってある。
今頃はリッシュモンの屋敷で水系統のメイジに治癒を受けているだろう。
……そんなことを考えていると、また足が止まっていた。

「早く、行かなくちゃ」




魔法学院の上空に、一隻の小さなフリゲート艦が現れた。
甲板に立つ男は、顔に大きな火傷の痕があり、目は白く濁っている。

艦には、体温のある男が十数名、体温のない男が三名乗っている。

男は光の映らぬ眼でまっすぐに宙を見つめ、不気味に唇をゆがめた。




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