ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロのスネイク 改訂版-15

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
15話

燃えさかる炎の壁の前で、ルイズは杖を構える。
この壁はただアイツの弾丸を防ぐだけではない。
炎が作る強烈な光は、私の姿さえも隠してくれる。
だからアイツにはわたしの姿は見えない。
わたしの爆発が一体どういう仕組みで起きるのかは、アイツには分からない。

ここから頼りになるのは自分の記憶力と集中力だ。
壁が焼け落ちて穴があいて、それをキュルケが炎の壁で覆うまでのわずか数秒に、
キュルケの手鏡で確かめた、床中に広がるガレキや燃えカス、消し炭の位置。
大きさとか材質は何でもいい。
問題はそれがどこにあるかだ。
それが生命線になる。

まず狙うのは、炎の壁から一番近くて、狙いやすい場所。
そこに転がっているガレキだ。
炎の壁はアイツの視界を遮るが、同時に自分の視界も遮っている。
記憶を頼りにあたりを付けて、おぼろげに見えるものをそれと決めつけてやるしかない。
大丈夫、杖の先に自分がそれと思うものさえあれば、理論上は魔法はかけられるはず。

「錬金」

蚊の鳴くようなか細い声で、しかし確かにルイズは呪文を唱えた。
込めた魔力はほんのちょっぴり。
成功すれば、小さな爆発が起きるハズ。
いけるか――

ボン!

やった!
成功したんだ。
失敗魔法だけれど、それでも確かに爆発してくれた。
今のルイズにとっては、それで充分だった。

そう喜ぶのもつかの間、ルイズは次に錬金をかける対象を探す。
狙いは今錬金をかけて爆発させたガレキの、さらに向こうに転がる燃えカスだ。
炎の壁のせいで、視界はすごく悪い。
本当におぼろげで、かすかにしか見えない。
記憶にある、手鏡が写した位置を頼るしかないくらいだ。

どうか、成功して。
そう祈って、ルイズは再び杖を構えた。

ほんの一分前まで、ラングラーはただ一つのことしか考えていなかった。
すなわち、「どうやってホワイトスネイクを殺すか」である。
火のメイジの女のことはあまり大きくは考えていなかった。
真空でガードしながら接近し、一発くれてやればそれでケリのつく相手だと見ていた。

だが、今は違う。
何故か壁を焼いて開けられた穴。
何故か穴を覆う炎の壁。
そして、何故か起きた爆発。
いずれも、戦局にどう関わってくるのかが全く読めない。

穴に関しては、開いて得するのは主にこっちだ。
穴さえあればそこからいくらでも跳弾を送り込んでやれるのだから。
炎の壁はそれを防ぐためのものなんだろうが、ハッキリ言って無駄だ。
確かに炎の壁はこちらの攻撃を阻止するが、火力が強すぎて穴の向こう側からの攻撃も通さないだろう。
つまりただ開けた穴を塞いだのと同じなのだ。
なので、この二つは全く無視してしまっても問題なかった。

だが、爆発は無視できない。
何故、一体どういう仕組みで爆発が起きたのかがそもそも分からない。
先ほどのドアを吹き飛ばした爆発と同様に、
メカニズムの全く分からない現象は多くの危険が付きまとう。
できればあの爆発には近づきたくないものだ、と思っていたその時、

ボォン!

再び爆発が起きた。
爆発したのは、炎の壁から約一メイルの床。
さっきより、ラングラーに近い場所だ。
しかも今の爆発は、さっきのそれより大きい。

「こっちに……近寄ってきたのか……?」

じり、とラングラーが下がる。
この正体不明の爆発に対して、ラングラーは明確に恐怖を感じていた。

「うまく、いった……」

自分を励ますようにぽつりと呟いて、また杖を構え直す。
次から次へと、より遠くにあるガレキや燃えカスに錬金をかけなければならない。
そうでなければ、アイツに対するプレッシャーにならないから。

ルイズが考えた策。
それは、自分の爆発を利用してラングラーに過度のプレッシャーを与えること。
先ほどキュルケの部屋のドアを吹き飛ばすのに成功したように、
ラングラーは自分の爆発のメカニズムを知らない。
当然だ。
どんな魔法を使っても失敗して、それが爆発になるようなヤツなんて、自分以外にいるハズがない。
だからこそプレッシャーをかけられる。
そうルイズは考えた。

もちろん、ただ爆発を起こすだけではアイツもちょっと警戒するだけで終わってしまう。
プレッシャーをかけるには、それがラングラーに対して確実に危険なものだと思わせなければならない。
そのための、だんだん近づいていく爆発地点と、どんどん大きくなる爆発の規模だ。

付け焼刃の策だなんて事は自分が一番よく理解してる。
それでもやるしかない。
そう言い聞かせて、記憶にあるガレキの位置とおぼろげに見える影とを符合させ、呪文を唱える。

「錬金」

だが――

「ば……爆発、しない?」

失敗したのだ。
記憶が間違っていたのか、それとも見えている影が違ったのか。
いずれにしても、錬金はかからなかった。

(ど、どうしよう、どうしよう!
 失敗なんてそんな、ウソでしょ?
 せっかく覚えたのに、どこが間違ってたの? それとも見えた影が違ってたの?)

思わずパニックになるルイズ。
それほどまでに彼女は失敗を恐れていたのだ。

失敗によって生まれる間は、キュルケへの大きな負担となる。
炎の壁を維持し続けるのはキュルケの役目だし、
おまけにキュルケはラングラーの弾丸の「呪い」のために、あと1分と少しで死んでしまう。
ラングラーに対するプレッシャーまでもが弱まってしまうかもしれないのだ。

この作戦はラングラーがどれだけ爆発に対して恐怖を感じるかに全てがかかっている。
ラングラーが爆発を「自分にとって危険ではない」と思うのならば、
さらに言えば、「爆発は多少無視してしまっても構わないものだ」とでも思ったのなら、
その時点で作戦は破綻する。
そうなったなら、それで終わりだ。
キュルケは死に、ホワイトスネイクは敗れ、そして自分も……。

(お、落ち着くのよ……落ち着かなきゃ。
 もう失敗はできないんだから、次こそは、次こそは絶対に成功させないと!)

ルイズは震える手で杖を構える。
もう失敗できない。
絶対成功させないといけない。
絶対に、絶対に、絶対に、絶対に……。

僅かなタイムロスさえも危険を生むこの状況である。
ルイズが自分を責めるのは仕方ないこと。
そして彼女が自分自身を追い詰めることも、また仕方のないことだ。
だが、これでは。

そのときだった。
ホワイトスネイクが、すっと足を半歩だけ前に出した。
あまりに露骨で、目立つ一歩だった。
そして、まるでルイズの心中を察したかのようなタイミングでの一歩だった。

目ざといラングラーはそれを見逃さず、

ドンドンドンッ!

鉄クズをホワイトスネイクに撃ち込んだ。
放たれた鉄クズは一直線にホワイトスネイクへと向かい、そして叩き落とされる。
単純に真正面から飛んでくるだけなら、ホワイトスネイクであればどうにでもできるのだ。

「……ドウシタ、ラングラー? 跳弾ガ飛ンデ来ナイヨーダガ……撃チ忘レカ?」
「とぼけたツラして抜かすな……この爆発……お前が仕組んだのか?」

背中がじわりと湿るのを感じながら、ラングラーは問う。

「……クククク……サテ、ドーダカ……」
「ホワイトスネイク、テメー……」

ラングラーが焦りに顔をゆがめる。
爆発が襲って来ない分で失われるはずだったプレッシャーは、ホワイトスネイクが着実に取り戻した。

そして、ちらとホワイトスネイクの目がルイズに向けられる。
一週間前に自分を見た、失望の目ではない。
覚悟に満ちた、座った目だ。
それでいて、どこか温かい目だ。
その目を見て、ルイズはホワイトスネイクの言いたいことを理解した。

「オ前ニ、任セル」

少しだけ安心した気がした。

ルイズは、杖を構える。
炎の壁の向こうの影。
記憶に刻んだ、ガレキの場所。
その二つをもう一度符合させる。
どれがより完全に一致するか、どれが本物のガレキか?

そして見極め、呪文を唱える。

「錬金」

(どうした……? 爆発が、止んだぞ。
 ただのハッタリだったってのか? それとも……一体何だ?)

ラングラーが、爆発に対して疑いを持ち始める。
あれは自分にとって大したものではないのではないか。
恐怖し、危険視する必要なのないのではないか、と。
そのラングラーに、ホワイトスネイクの声がかかる。

「オット、私バカリ見テテイイノカ? ラングラー」

ドォン!

「爆発が、近ヅイテクルゾ」

さらに爆発。
絶妙なタイミングだった。
距離は炎の壁から――いや、ラングラーから6メイル。
基準をラングラーに変えたのは、炎の壁よりもラングラー側に爆発の位置がズレできたからだ。
爆発の規模は先ほどのそれよりさらに大きくなった。

(う、ウソだろう……爆発が、また始まりやがった!
 しかも、さっきより近い! さっきより大きい爆発だ!
 一体どんなルールでこいつは起こっている? 一体どんなメカニズムだ?
 考えろ、考えろ!
 爆発するたびに距離が近くなって、爆発の規模まで大きくなっていやがる!
 このまま俺のとこに来たら、一体どれだけの爆発になるんだ?
 俺はそれを避けられるのか? 防げるのか? 逃げられるのか?)

「規模モサッキヨリ大キイナ……オ前ノ所ニ辿リ着ク頃ニハ、ドレダケノサイズニナッテイルノカナ……。
 クククク……スゴク……楽シミダトハ思ワナイカ?」

ドォオン!

「ナア、ラング・ラングラー」

さらに、爆発。
ラングラーからの距離5メイル。
さきほどの爆発から10秒と経っていない。
かなり近い感覚での爆発だ。

(決着ヲツケルツモリダナ、ルイズ……急ゲヨ、時間ハ残リ30秒ヲ切ッタ)

「ハァー、ハァー、ハァー……そ、そんな……バカな……そんなバカな!」

ドゴン!

また爆発。
ラングラーからの距離4メイル。
さっきの爆発から、僅か5秒の間隔。

「う、ウソだ……こんなものが、こんなワケの分からんものがあるわけが……」

ドッゴォン!

さらにまた爆発。
ラングラーからの距離3メイル。
さっきの爆発からの感覚は、また5秒。
見えない蛇(スネイク)が這いずりながら近づくように、爆発地点はラングラーへと着実に近づいていた。

「ほ、ホワイトスネイクッ! お前が仕組んでるんだろう! 俺には分かってるんだ!
 こ、こんなもので、このオレを攻撃しようとするなど、弱っちいテメーにお似合いだぜッ!
 く、クソッ、来るなッ! オレに近寄ってくるんじゃあねえッ!!」

ドンドンドンドンドンッ!

後ずさりしながら、ラングラーが爆発の起きた地点に弾丸を撃ち込みまくる。
しかし、

ドッゴォオンッ!

さらにまた爆発。
ラングラーからの距離2メイル。
間隔はまた5秒。
見えない蛇ではない。
見えない、そして「無敵の」蛇が、舌なめずりしながらラングラーに迫る。

「クソがァーーーーーーーーーッ!!」

ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンッ!!

ヤケクソになって弾丸を撃ちまくるラングラー。
しかし、

ドッグォンッ!!

爆発。
ラングラーからの距離、1メイル。
ついに、1メイルまで来ていた。
蛇は鎌首をもたげてラングラーを睥睨し、今まさに飛びかからんとしている。
ラングラーはさらに後ろに下がり、とうとう壁に背がついた。
もう逃げられない。
こいつは追ってくる。
俺を吹き飛ばしに、追ってくる。
もう、ホワイトスネイクどころじゃあない。

「ハァー、ハァー、ハァー、ハァー、な、何が……一体、何が、オレに近づいて……」

その瞬間、

「『一手』遅レタナ、ラングラー」

突然頭上からかかる声。
はっとして見上げた瞬間、

ズギュン!

ホワイトスネイクの指が、ラングラーの額にめり込んだ。
模様の浮かんだ白い魔指は、ズブズブとおぞましくラングラーの脳を弄り、
魔指の主たるホワイトスネイクの下半身はドロドロになって壁に溶け込んでいた。
まるでナメクジのような、ヒルのようにな、溶かしたその身でガレキの陰や壁を這いずって、
いつの間にかラングラーの頭上まで来ていたのだ。

これがホワイトスネイクの液化能力。
その身をドロドロに溶かし。自由自在に壁を移動することを可能とする。
また溶かす対象はホワイトスネイクだけに留まらず、それゆえにこの能力はさらなる応用を持つのだ。

脳髄に氷を流しこまれたかのように、ラングラーの全身に鳥肌が立つ。
身体はぴくりとも動かない。
声も上手く出せない。
だが耳は聞けた。
目も動いた。
その眼を必死に動かして、驚愕した。

(バカな……そんな、まさか……)

あり得ないことが起きていた。
信じられないことが起きていた。

(ヤツは……ここで、オレを攻撃しているのに……何故……)

(何故ヤツが入口のところにいるんだ!?)

ラングラーの眼は、薄笑いを浮かべて入口に立つホワイトスネイクの姿を、確実に捕えていた。
ホワイトスネイクは、確実にラングラーに攻撃しているというのに……。

「て、てて、て、めえ……おれ、に、な、にを……」
「ナアニ、大シタコトジャナイサ」

そう言ってホワイトスネイクはゾッとするような笑みを浮かべ、

「全部貰ッテイクダケダ」

ラングラーの脳から、2枚のDISCとともに指を引き抜いた。
奪い取ったのは「記憶」と「スタンド」のDISC。
ラングラーにとっての全てはラングラーの手を離れ、ホワイトスネイクの手に収まった。

ラングラーの首ががくんと折れて、棒きれのように倒れていく。
ホワイトスネイクはその首根っこを引っ掴んで捕まえると、
窓から出て行って、

「久シ振リダガ、上手クイクカナ?」

楽しそうにそう言うと、ラングラーの体を思いっきり投げ飛ばした。
空中に投げ出されたラングラーの体はしばらく女子寮の壁と平行に飛んで、
ぐしゃっと鈍い音を立てて壁に接触した。
ラングラーの体はそのまま落下するかにみえたが、
ズボンの裾が壁の装飾に引っ掛かって逆さづりにぶら下がった。
吊られた男(ハングドマン)の一丁上がりだ。

これは10年ほど前に、記憶とスタンドを奪ってやった後に出来上がる廃人をどう処理するか、
プッチと話し合ったときに思いついた方法だ。
ホワイトスネイクは適当なところにぶら下げてイカれた文句の二つ三つでも加えてやれば、
気違いの猟奇犯の仕業にでも見えるんじゃないかと適当に言ってやった。
そうしたら意外にもプッチが同意したのでやってみたところ、これが中々上手くいったのだ。

しかし、自分たちが疑われずに済んだだけで世間の方はバカみたいに騒いでまわったため、
同じことを2回、3回とやったらそこらじゅうで防犯意識が高くなり、かえってやりづらくなってしまった。

吊られた男作戦はそれっきりだったので、これが実に10年ぶりの復帰となるわけだが、
思いの外上手くいった。
やはり自分自身の「記憶」に刻まれている方法ならば、
そしてスタンドとしての精密動作性をもってすれば、何年経ってからやってもうまくできるものだ、
とホワイトスネイクは感慨深く思った。

後始末も終わったところで、ホワイトスネイクは室内に戻る。

「モウイイゾ」

ホワイトスネイクの声とともに、炎の壁は溶けるようにして消えうせた。
そして、最初に開けた壁の穴からもぞもぞと二人が這い出てくる。

「お……終わった、のね……」

そう真っ蒼な顔で言うのはキュルケだ。

「か……勝ったの? わ、わたしたち、本当に?」

そしてルイズが心配そうに言う。

「アア、終ワッタシ、勝ッタ。戦イハコレデ終ワリダ」

ホワイトスネイクはボロボロの体でそう言いながら、別のことを考えていた。

(オカゲデ私ノ策ヲ使ウ必要ハナクナッタ)

そう、ホワイトスネイクは元々ラングラーに勝つための策を用意していた。
にも関わらずそれをやらなかったのは理由がある。

(一ツハ、ハッタリデ相手ノ注意ヲ逸ラス、トイウノガホンノチョッピリ盲点ダッタッテコトダ。
 ヨクヨク考エレバコノ世界デ魔法ヲ使ッテ爆発起コスヤツナンテルイズシカイナイノダカラ、
 『ルイズの魔法が爆発を起こす』ッテコトサエバレナケレバ最高ノハッタリニナルノニナ。
 マタ音デ他ノ生徒ガ起キル、トイウリスクハ『爆発の音を小さくする』コトデ解消デキタ。
 ソシテコレハラングラーニプレッシャーヲカケル一手段サエナッテイルノダカラ……マッタク、ヨク考エタモノダ)

ルイズが考えた策は、ホワイトスネイクから見てもできすぎたくらいに上出来だった。
だから、それを理解した瞬間に彼が最初に用意した策はどこかに消えてしまっていたのだ。

(ソレニ、私ノ策ヲヤルニハキュルケガ『時間切れ』ニナル必要ガアッタカラナ……。
 確実ダッタコトニハ変ワリナイガ、リスキーデアッタコトモマタ確カダ。
 ヤラズニ済ンダノハヨカッタ事ト考エルベキカナ)

ホワイトスネイクの考える策は、
「キュルケが無重力化して、その影響が出る領域に自分とラングラーが入ること」が前提条件だった。
つまり……

(私ハ『キュルケが死なず、しかし確実にダメージを受けて無重力化する』ヨーニ仕組ンデイタワケダ)

ホワイトスネイクはそうなるようにキュルケを射線から逃がしていたのだ。
何故とか、どうしてとかいう言葉はここでは意味をなさない。
「勝つために必要だったからやる」のがホワイトスネイクなのだ。

(シカシ、詰メヲ私ニ頼ッテイルノデハマダ甘イ。
 オマケニソノ頼リ方モ乱暴ダ。
 『多分気付カナイカラ、ソノウチニ襲ッテクレ』トイウノデハ、希望的観測ニスギル。
 オカゲデ私ハ液化能力ドコロカ『残像』マデ使ウハメニナッタンダカラナ……)

とはいえ、

(私ノ策ハ事態ガ良イ方向ニ転ガルキッカケニナッタシ、全クノ無駄デハナカッタ。
 ソシテ戦イニハ勝利シタ。ヒトマズハコレデ良シトスルベキカ)

そうホワイトスネイクは、心の中で締めくくった。
一方、

「あー、そう……とりあえず、医務室に行きたいわね。
 それで、ぐっすり眠りたいわ……。
 あんなに魔法つかったの久々だし……」

そう言ってふらふらと歩くキュルケの後に、のそのそとフレイムが続く。
フレイムも、この策に一役買っていた。
キュルケが担当した炎の壁。
キュルケはそのために、ギリギリまで精神力を切り詰めなければならなかった。
無論、壁を焼いて穴を開けるための魔力さえも。
そのために、フレイムにその部分を担当させたのだ。
もちろん、フレイムにはキュルケの部屋の壁を焼き落として穴をあけて出てきてもらっていた。
入口から堂々と出たらラングラーの目に留まるので、それは避けなければならなかったからだ。

「……ルイズ」

唐突にキュルケがルイズの名を呼んだ。
ルイズに背を向けたまま名を呼ぶ態度に、眉をひそめてルイズは答える。
ホワイトスネイクもそちらを見た。

「……何?」
「『ゼロ』にしてはなかなかやるじゃない。
 ちょっと、見なおしたわ」

一瞬間があって、それからルイズは誇らしげに笑みを浮かべ、

「当然よ! わたしを誰だと思ってるの?
 わたしはルイズ・ド・ラ・ヴァリエールなんだから!」

そう言って、ふふんと薄い胸を張る。
キュルケはそれに振り向かずに、

「……ふふ、それ自慢になってないんじゃない?」
「な、なんですってえ!?」
「はいはい、分かったわよ。
 今日は疲れてるから、また明日にしてくれる?」

そう言ってルイズをいなして、キュルケはまたふらふらと歩いて行った。
その後ろ姿を見て、

(人間トハ、相モ変ワラズ回リクドイモノダ)

ホワイトスネイクは前の世界と変わらない人間の在り方にため息をつき、

「何よキュルケったら。せっかく勝ったのに『認めてあげるわ』ですって?
 ふんだ、もう大変なことになっても助けてあげないんだから……」

ルイズはキュルケの態度に若干の憤りを示し、それと同時にみるみるうちにその感情をしぼませた。

「ルイズ、ドウシタ?」
「……これ」
「コレ?」
「お父様に買ってもらったベッドも、お母さまに買ってもらった箪笥も、お姉さまに貰った化粧台も……」
「アア、全部消シ炭ニナッタナ」
「ああ、じゃないでしょうがああああああああッ!!
 どうするのよこれ! 全部で一体いくらすると思ってるの!?
「知ラン」
「知らん、じゃないわよ! もとはと言えばあんたが指示したことじゃないの!
 ああどうしよう、このことが知られたらどれだけお父様やお母さまに、いや、お姉さまもすごく怒るわ!
 ああどうしよう、どうしよう、どうしよう……」
「命ハプライスレスダ」
「何上手いこと言った気になってるのよ!!」
「気ニスルナ。ジョークダ」
「笑えないわよ!」
「慰メニナラナカッタカ?」

身体はボロボロのくせに、もういつもの調子でホワイトスネイクはルイズをからかい始めていた。
ルイズも本当なら傷だらけのホワイトスネイクを気遣ってあげるつもりだったが、
色も未来もお先真っ暗な室内とホワイトスネイクの態度で堪忍袋の緒が切れた。

「……ちょっとあんた、そこに直りなさい。修正してやるから」
「オ断リダ。私ハ少シ休ム」
「ダメ。あんたには誰がご主人様で、誰が使い魔なのかを教育してやる必要があるもの。
 そこに直りなさい。……そうだ、いいものがあるわ」

妙に座った声でルイズはそう言うと、炭化した抽斗から何かを取り出した。
ルイズはそれを手に取り、軽く空中で振るう。
ピシャッ、と心地よい音がした。
鞭である。
しかも乗馬用の鞭だ。
その品質と耐久性は推して知るべきものがある。

「……何スル気ダ」

ため息混じりに尋ねるホワイトスネイク。

「何って、決まってるでしょ?」

ピシャッ、ピシャッと鞭を鳴らしながら一歩ずつルイズは近づき、

「しつけの悪いバカ蛇を、たぁ~~~っぷりと教育してやるのよ!!」

突然鬼のような形相に変わって、鞭を振り上げるッ!
だが――

「付キ合ッテラレルカ」

鞭が当たる直前にホワイトスネイクはフッと消えた。
自分で自分を解除して、逃げたのだ。
うまくやるものである。
人間ではこうはいかない。

「こらっ! バカ蛇! 逃げるな! 出て来なさーーーいッ!!」

ルイズはやみくもに鞭を振るうが、ホワイトスネイクが出てきそうな気配は全くない。
結局ルイズは、日が昇るまで鞭を片手にあちこちを歩き回るハメになるのであった。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー