ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-29

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匿名ユーザー

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「……何してんだよアンタ」

突然、掛けられた声にワルドは視線をその方向へと向けた。
そこにいたのは平民と思しき黒髪の少年。
見慣れぬ風体に、手には剣を手にしている。
敵意というよりも憤怒を感じさせる強い眼差し。
それを真っ向から見つめ返す僕に、少年はさらに語気を強める。

「もう、そいつには戦う力なんて無かったんだぞ!」

刃を捨て杖を失った襲撃者の遺骸を指差して平賀才人は叫んだ。
武器を全て失ったのなら、もう戦う必要もない相手だった。
なのに目の前の男……ワルドは何の躊躇いも無く襲撃者を始末した。
自分の身を守る為に殺すのならば仕方ない。
だが、ワルドは無抵抗の相手を手に掛けたのだ。
それも一切の躊躇も、一片の容赦もなく、
まるでケーキにナイフでも入れるような容易さで。
―――才人には許せなかった。
ワルドの非道を許せば自分の中で何かが終わる。
そんな気がして必死に相手を睨み続けた。
その視線を受け止めながらワルドは呆れたように言葉を返した。

「何を馬鹿な事を。刺客などという物は腕の一本でも残っていればそれだけで脅威となる」
「だからって殺さなくてもいいだろ! それじゃあ、そいつ等と同じじゃねえか!」
「では聞くが、こいつが生徒を捕まえて盾にしたらどうするつもりだ。
子供の首をへし折るぐらいなら杖がなくても十分可能だ。敵を見逃すばかりか人質までくれてやる気か」
「そんなこと俺がさせるかよ!」

二人の話は平行線を辿ったまま決して交わらない。
才人を無視してワルドは襲撃者の遺体へと手を掛ける。
まるで子供の戯言に付き合う暇はないと言わんばかりの態度。
怒りを滲ませる才人の前でフードが外された男の素顔が晒された。
才人へと向けられる事切れて虚ろに開いた眼。
直視した瞬間、胸焼けにも似た感覚が込み上げる。
だが、才人はそれを堪えて必死に自分を持ち直す。
平然としているワルドに情けない姿を見せたくなかったのか、
それともルイズを心配する気持ちが勝ったのかは分からないが。

「……この顔に見覚えは?」
「知らねえよ。アンタこそ憶えはないのかよ?」
「知っていれば聞きはしない」

ワルドの問いかけに悪態をつきながらも答える才人。
それに顔を顰めながらワルドは男の懐へと手を伸ばす。
身元を知る手がかりとなるものがあるかもしれない。
そう考えて手袋を血で染めながら手探りを続ける。
ふと指先に感じた硬い感触にワルドはそれを抜き出した。
出てきたのは火打石と油の入った水筒……恐らくは自決用だ。
捕縛される前に己の身体を焼き、証拠の一片も残さずに処分する為か。
もし才人の言うとおりに生かしておけば男の顔さえ知れる事はなかった。
しかし、それを言った所で全くの無意味だろう。
見当違いな発言を繰り返す少年に、ワルドは完全に失望していた。

ふと視線を落としたワルドの目が男の首元へと向けられる。
よく見れば、そこから金属製の鎖が僅かに覗いている。
鎖に指を掛けてワルドは男の胸元から“それ”を引き出す。


「…………!」

そして、彼は言葉を失った。
固まったワルドの背後に近付き、才人も“それ”を覗き見る。
十字架……ではないが非常に良く似ている。
聖人らしき人物が両手を広げる姿を抽象化したものだ。
何故これを見たぐらいで蒼褪めるのか才人には分からない。
しかし、敬虔なブリミル信者であるワルドにはこの意味が理解できた。

ブリミル教では自殺は禁忌とされている。
死後、神と始祖に赦される事なく地獄へ落ちると信じられている。
それなのに彼等は自決する用意をしていた。
このような時でさえ肌身離さず聖具を携えるほど篤い信仰心を持ちながらだ。
何が彼等をそこまで突き動かすのか、ワルドは恐れを抱かずにはいられなかった。
彼等にもあるのだ。たとえ地獄の業火に焼かれようとも譲れぬ物が。
―――そう。今の自分と同様に。

「ここで引き返せ。僕は姫殿下を探さなければならない。
この先に隊の連中を待たせてある。そこまで一人で行くんだ」
「そんなの聞けるかよ! 俺はルイズを探さなきゃなんないんだよ!」

諭すように告げるワルドに才人は反抗する。
ここで足止めを食うわけにはいかない。
一刻でも早く彼女を助け出そうと、ただそれだけしか頭にはなかった。
自分の身の安全や実力など思考の範疇にはない。
今の才人には感情の赴くまま行動する事しか出来ないのだ。

「この、いいかげんにしろ! 貴様一人で何が……」

本来、平民が貴族に楯突くなど考えられない。
ましてや、つい先日召喚されたばかりの才人の態度は無礼極まると言ってもいい。
我慢の限度を超えたワルドが拳を振り上げる。
しかし、その直前で少年の言い放った言葉に気付いた。
その中に、彼の聞き知った名前が混じっている事に。

「……ルイズ。まさかルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール嬢の事か!?」
「あ、ああ。多分な」

未だに彼女の正式な呼び名が憶えられない才人が頬を掻きながら頷く。
その返答にワルドは明らかな狼狽を見せていた。
もしかしたら知り合いだったのかもしれない。
それがこんな戦場じみた場所にいると知れば血の気も引くだろう。
俺だってそうだ。さっさと彼女を連れておさらばしたい。

「何故、彼女が……。避難は、避難はしなかったのか!?」
「するつもりだったさ! だけど姫様を助けるんだって言って飛び出したんだよ!」
「どうして止めなかった!?」
「止めたのに聞きもしなかったんだよ、あいつは!」

2人の怒鳴り合う声が響き渡る。
互いに荒い息遣いで肩を上下させる。
しかし、こうしていても何も始まらない。
その事に気付いた両者が顔を突き合わせる。


「姫様を探しに出たと言ったな? ならば姫様を追えば見つかるかもしれん」
「俺も行くぞ! 止めたって無駄だからな!」
「……好きにしろ。だが手は貸さんぞ、自分の身は自分で守れ」

ふん、と鼻を鳴らして顔を背け合う二人。
誰かが傍にいれば大人気ないと笑っただろうか。
しかし不満を滲ませながらも彼等はルイズの安全を優先した。
それほどまでに二人の中で彼女の存在は大きかったのだ。


トリステイン魔法学院の正門前は人で溢れかえっていた。
我先にと逃げ出そうとした貴族達の前に立ちはだかるのは屈強なる魔法衛士隊。
命令を受けた彼等はすぐさま魔法学院へと到着、周囲に展開した。
“兵は神速を尊ぶ”それを可能な限り実現したのが彼等だ。
軍とは独立した命令系統、少数精鋭、幻獣の機動力、
その全てが緊急事態に対応する為のもの。
しかし、その彼等を以ってしても事態の解決は困難であった。

「まだ偵察に出た者は戻ってこないのか?」
「はっ! もうしばしお待ちください」

苛立つド・ゼッサールに部下は竦みながらも答える。
煙幕のように広がる霧を前に彼等は何も出来ずにいた。
敵味方の区別が付かぬ戦況では下手に踏み込めば乱戦になる。
そうなれば、どれほどの人間が犠牲になるか。
いや、それよりもアンリエッタ姫の命が危険に晒されるだろう。
それ故に一刻も早く駆けつけたい気持ちを抑え、慎重に事を進めざるを得ない。

「貴族連中が封鎖を解けと文句を言っています。このままでは暴動になりかねません」
「構わん! 強行突破を試みる者は即座に捕縛せよ! 私が全責任を取る!」

そして彼等を悩ませる種がもう1つ、
魔法学院より逃げ出そうとする貴族達だ。
敵の素性は全くの不明、捕らえようとした者も焼身自殺した。
全身を隠す外套を取り去ってしまえば襲撃者と観客の区別は付かない。
この中に紛れ込んで脱出を図る可能性は高い。
あるいは招待客や来賓が犯人という事も考えられる。
事態の収拾がつくまで一人として帰すわけにはいかない。

「隊長! 学院の傍で不審な人物を連行しました!」
「なに……襲撃犯の仲間か!? でかした!」

そこに舞い降りた突然の吉報にマンティコア隊が歓喜に沸いた。
彼等の前に連れて来られたのは年若い騎士だった。
特に怯えた様子もなく釈然としない表情で彼等を見渡す。
襟首を掴んで殴り飛ばしたい気持ちを堪えてド・ゼッサールは騎士に問う。

「まずは貴官の所属と姓名を明かしてもらおう」
「ヘンリー・スタッフォード少尉。アルビオン王国空軍サウスゴータ守備隊に所属する竜騎士です」

明らかに格上である相手に敬礼しながらヘンリーは答えた。
平然と名乗った彼にド・ゼッサールの顔が曇る。
身元を隠す為に命を絶った連中の仲間にしては素直すぎる。
嘘かどうかなど調べればすぐに分かる。
なのに自害しようとする素振りさえ見えない。
まさかとは思うが本当に無関係な人間なのだろうか。
戸惑いながらも彼は続ける。


「ではスタッフォード少尉。貴官はここで何をしていたのだ?」
「はっ! 特命を受けて使節団を尾行しておりました」
「……その内容を明かしてもらえるのだろうな?」

脅しを効かせた低音の声にたじろぎながら彼は周囲を窺った。
自分が受けた命令を他国に洩らすのには躊躇いがあった。
だが、この状況で明かさなければ疑惑を深める事になる。
そうすればアルビオン王国にあらぬ疑いが及ぶかもしれない。
今にも杖を抜かんとする衛士達を前にヘンリーは観念したように口を開いた。

「……視察です。使節団に不正な経費流用の疑いがあると特務士官殿に協力を求められました」
「経費流用? そんな下らない任務でトリステインまで来たのか?」

重苦しく話すヘンリーとは対照的にド・ゼッサールはあからさまに落胆した態度を見せた。
重要な手がかりと思われたものが空振りに終わり、彼の口から深い溜息が漏れる。
それも当然か。もし本当に連中の仲間ならそう簡単に見つかる真似はしないだろう。
頭痛がしてきそうな頭を押さえながら彼に最後の質問を投げかける。

「それで、その特務士官というのは?」
「あ……はい。先程まで一緒に」

ヘンリーの返答に、ド・ゼッサールは彼を連れてきた衛士へと視線を向ける。
しかし、衛士は首を横に振って“居なかった”と応えた。
それを疑問に感じたド・ゼッサールは再び彼に問いかける。

「その特務士官の名前は?」
「え?」

初めてヘンリーの言葉が詰まる。
予期できなかった解答ではないだろう。
しかし、彼は言葉を返せずに戸惑うばかりだった。
その態度の豹変にド・ゼッサールは奇妙なものを感じた。
何がとは言えないが彼の直感が言葉では言い表せない何かを捉えた。
まるで畳み掛けるように彼は質問を続ける。

「身体的特徴は? 男か女か? 髪の色は?」

だが、やはりヘンリー・スタッフォードは答えられなかった。
相手の名前なら忘れてしまう事もあるだろう。
それでも性別の違いぐらいは子供だって付けられる。
なのにヘンリーは一言も答えられない。
衛士達が再び彼に疑惑の目を向ける。
嘘をついてこの場を逃れようとしたのではないかと口々に語る中、
ド・ゼッサールの違和感は増していくばかりだった。

この竜騎士が嘘をついているとは思えない。
最初に素性を明かした時にはまるで立て板に水を流すような受け答えだった。
なのに特務士官の事に触れた瞬間、それは一変した。
これが作り話なのだとしたら特務士官の名前や姿ぐらいは設定しておくだろう。
あるいは姿を窺えなかったと言えば、ある程度の追及は逃れられる。
子供だってもっと上手い嘘がつけるはずだ。
だが、彼は答える事さえ出来なかった。


「所属は? 階級は? どうして貴官はその話を信じた?」
「う……うわあああああああぁぁぁ!!」

問い詰めるド・ゼッサール。
返ってきたのは答えではなくヘンリーの悲鳴だった。
彼は両手で頭を抱え込み、その場に蹲ってガタガタと震えていた。
もはや最初に対面した時の印象はない。
嘘がバレて怖くなったのだと衛士たちは皆そう思った。
締め上げて本当の事を吐かせようと衛士2人が彼に近づく。
しかし横に広げたド・ゼッサールの手がそれを遮る。

「スタッフォード少尉」

自分の名前を呼ばれたヘンリーが顔を上げる。
そこにいたド・ゼッサールの顔を見つめながら彼は口を開く。
その、とても小さくか細い声を聞き取れた者は少ない。
彼の言葉を耳にした者に浮かぶのは失笑か憤慨のどちらか。
“まだそんな嘘をつくのか!”と激情に任せた怒号が響く。
しかしド・ゼッサールだけはその言葉が嘘ではないと確信した。
そして、それを噛み締めるように呟いて毒づく。

「“どうして私はここにいるのですか”だと……それは私が一番聞きたいよ」


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