ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-28

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匿名ユーザー

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恐怖で見開いた目に映ったのは胴体を貫かれる花壇騎士の姿。
溢れ出た血が雨漏りのように地面へと滴り落ちる。
イザベラはただ黙ってそれを見ているしかなかった。
彼女は何もできなかった。“構うな”と言えなかった。
そう簡単に手にした人質を殺すとは思えない。
ただの脅しである可能性は高かった。
だが、連中の狙いがシャルロットだとしたら……。
イザベラは嫌というほど彼女と自分の違いを知っていた。
もしシャルロットを手中に収めていたとしたら自分は用無しだ。
躊躇うことなく男は自分の喉に当てた杖を押し込むだろう。
判断を誤れば逃れようのない死が待っている。
突きつけられた死の恐怖―――その迷いが彼女の判断を遅らせた。

逡巡の結果がこれだ。
自分を守っていた騎士の末路を目に焼き付ける。
その凄惨な姿から目を逸らさずに睨み続ける。
こいつを殺したのは敵じゃない、わたしなんだ。


確実な手応えに襲撃者は笑みを浮かべた。
何度も繰り返して身体に馴染んだ感触。
突き立てた杖は確実に相手の命を奪った。
襲撃者が絶命した騎士の顔を見上げる。
そこには事切れた男の何も映さぬ目があるはずだった。

瞬間。襲撃者の身体は凍りついた。
死を迎えたはずの騎士が自分を見下ろして睨む。
理解できぬ恐怖が襲撃者から身体の自由を奪う。
意識しないままに男の手足が震えだす。
逃げたいという気持ちを理性で抑えつける。

「杖を捨ててもらえますかな」

その視線を真っ向から受け止めながら中年の騎士は言い放った。
そこには微塵の恐怖も躊躇もなかった。
喉元に当てた杖は微動だにせず押し付けられたまま。

それは花壇騎士の最後の賭けだった。
己の身体を貫かせて杖を封じ、
そして、敵を仕留めたという一瞬の安堵を突いてイザベラを助ける。
成功しようとも自分の命は助からない捨て身の策。
だが、眼前に立つ騎士に弛みはなかった。
踏み込めばイザベラの身が危険に晒されるのは明白だった。


「……貴公の勝ちだ」

花壇騎士の手から杖が滑り落ちる。
王家に預けた忠誠の証が血溜まりに沈み、赤黒く染まっていく。
それを襲撃者の一人が拾い上げて遠くに投げ捨てる。
その様を、花壇騎士は無言で見続けていた。
自分の誇りが汚されていく苦渋を堪える彼に、
イザベラを盾に取った騎士が訊ねた。

「最後に何か言い残したい事はありますか」
「ある……が、貴公にではない」

ちらりと視線を向けた先にはイザベラの姿。
ふむ、と彼は一瞬考えた後に彼女の手から杖を払い落とした。
そして軽く背中を突き飛ばすと花壇騎士の前へと歩かせた。

ぞんざいな扱いに苛立ちを覚えたイザベラが振り返り睨む。
やはりというべきか、騎士の杖は自分の背に向けられている。
少しでも逃げ出そうとすれば容赦なく魔法が撃ち込まれるだろう。
どのみち、今の彼女にはこの状況を打破する術などない。

「………イ…ベラ様……」

花壇騎士の小さく擦れた声が耳に飛び込む。
苦しげな呼吸が入り混じり、今にも消え入りそうな響き。
咄嗟に彼女は自分の騎士の元へと駆け寄った。
ドレスが血で汚れるのにも構わず、倒れ掛かった身体を支える。
傷跡から流れ出る血を僅かでも抑えようと当てた手が見る間に血に染まっていく。

「申し訳ありませぬ。命を果たせぬばかりか御身を危険に晒してしまうなど……」
「相手が一枚上手だっただけだ。おまえのミスじゃないよ」

身を寄せ合うガリアの主従を眺めながら騎士は思った。
随分とらしからぬ事をしたものだ、と。
逃げ場がないとはいえ身柄を確保した人質を手放す。
普段ならば決して取らない行動だった。
心のどこかに迷いがあったのかもしれない。
必要だったとはいえ祖国を思う若い兵士を自ら手にかけ、
命に代えても主を守るとする誇り高き騎士を謀殺し、
これから国を背負っていくであろう前途ある少年少女を校舎ごと皆殺しにする。
そんな己の罪業の深さに僅かな許しが欲しかったのだろうか。
答えを出せぬまま、騎士は二人の姿を見届けていた。


「……襟首の、後ろに」

空気が漏れるような音に紛れて花壇騎士が呟く。
ハッとイザベラはその言葉に反応して顔を上げた。
そこにあったのは体中の血を失い蒼褪めた騎士の顔色。
だが、その顔は引き攣りながらも笑みを浮かべていた。
イザベラの身長では騎士の襟首には手が届かない。
しかし、それはお互いに立った状態での話。
前のめりに崩れ落ちるかのような今の態勢なら容易だ。
イザベラの手が彼の首の後ろへと回る。
誰もその抱きかかえるような動作を怪しいとは思わなかった。

イザベラの指先が布ではない固い感触を捉えた。
それを手の内に隠すようにして抜き取る。
首元から離れていく手の感触に、騎士は大きく息を洩らした。


「……御武運を、イザベラ様」
「はん! 誰が運なんて頼るもんか!
この程度! わたしは実力だけで乗り切ってやるよ!」

力強く応える彼女に、花壇騎士はもう一度笑みを浮かべた。
それは悲壮な覚悟をした彼から想像も出来ないほど穏やかな表情。
向けられた笑顔からバツが悪そうに目を逸らしてイザベラは言い放つ。

「さあ、もういいかげん休みな! 
ガキの頃の約束なんか、いつまでも律儀に守る必要ないんだよ!」

彼女の一言に花壇騎士の目が驚愕に見開かれる。
まだ先王が存命だった頃の、遠い昔の一幕。
彼にとっては掛け替えのない主だったとしても、
彼女にとっては無数にいる騎士の一人にしか過ぎない。
そんな者との間に交わされた戯言のような会話。
―――それを彼女は。

「憶えて……いらっしゃったんですか」
「バカ言うな。そんなの一々憶えてられるわけないだろ、今さっき思い出したんだよ」

見つめる騎士の視線から逃れるようにイザベラは顔を横に向けた。
でも、それで良かったのかもしれない。
花壇騎士も今は自分の顔を見られたくはなかった。
込み上げてくる涙と笑みを堪えて引き攣った情けない顔を。

思わず力の抜けた騎士がその場に跪く。
いや、抜けたのではない。もう力が残されていないのだ。
辛うじて片膝だけで崩れ落ちる身体を支える。
ふと気付けば彼はイザベラに傅く姿勢になっていた。
それにイザベラも気付いて一歩下がり胸を張った。
プチ・トロワでの、ふんぞり返るような彼女の立ち姿。
そして、彼女はいつものように居丈高に命令した。

「大儀だったわ。もう下がりなさい」
「はっ! ありがたき幸せ……!」

そう応える彼の顔は、笑顔でも泣き顔でもない、
かつて彼女の問いに答えた時と同じく、清々しい表情。
傅いた姿勢のまま、彼はその生涯を終えていた。
まるで彼女が齎すであろうガリアの未来を夢見るように、
花壇騎士は安らかに息を引き取った。

「安心しな。犬死はさせないよ」

誰にも聞こえないようにイザベラは呟く。
手の内に握り込んだ物を確かめるように、
そして、決意を固めるように彼女は拳を固めた。


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