ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-26

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匿名ユーザー

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「撤収ってのはどういう事だい!?」
「仕事は終わりだ。後は放っておいても火薬に引火する」

傭兵達を指揮していた男に詰め寄るマチルダに、
その背後に聳える紅蓮に包まれた校舎を見上げながら彼は答えた。
もはや燃え盛る炎を止める事は誰にも出来ない。
組み上げた石が形を保てず歪な悲鳴を上げ始める。
触れれば火傷どころか肉まで持っていかれるだろう。
鎮火はおろか脱出さえ叶わない。
仮にスクエア・クラスの水メイジがいたとしても、
爆発するまでの間に消火するなど不可能だ。
校舎に逃げ込んだ教師と生徒達は確実に死ぬ。
これは予想ではない、既に決定事項だ。

「だからって確かめもせずに退くのは契約違反じゃないか!」
「そうしたいのは山々ですがね、ここにいたら間違いなく皆殺しにされる」

何をバカなことを、とマチルダは言おうとして口を噤んだ。
教師と生徒ぐらいしかいない、彼女もそう思っていた。
だが、自分の巨大ゴーレムは何者かによって呆気なく打ち砕かれたのだ。
恐らくは連中が危惧しているのもソイツだろう。
噛み締めたマチルダの奥歯が鳴る。
たった一人を相手に尻尾を巻いて逃げなければならない。
そんな無様な負けを彼女は認めたくなかった。
ここで退くのは自分のテファへの想いが無力だと認めるに等しい。

彼女と出会ってマチルダは強くなった。
地方領主の娘とは思えぬ程の実力を備え、
そして不意打ちとはいえスクエア・メイジさえ勝ったのだ。
全ては彼女への想いが自分に力を与えていると信じている。
だからこそ負けるわけにはいかない!
この気持ちだけは誰にも負けない!

マチルダが長い髪を翻しながら振り返る。
そして明らかに怯えの浮かぶ傭兵達を尻目に校舎に舞い戻ろうとした。

「隊長と殺りあって勝てる自信があるなら止めませんがね」

しかし、その彼女の足を傭兵の一言が止めた。
彼女の膝は知らずに震えていた。
メンヌヴィルと名乗った傭兵の姿は今も脳裏に焼きついている。
怪物、それ以外にあの男を表現する言葉はなかった。
光を失ったという両眼がまるで獲物を追い求めるように蠢く。
騎士の作戦を耳にした時、彼は楽しげに笑みを浮かべた。
貴族も生徒も教師も平民も分け隔てなく焼き尽くす。
そんな人道から外れた作戦を彼は歓喜と共に受け入れた。

……きっと勝てない。
身体も命も想いも全て狂気の炎に飲み込まれる。
戦う光景さえ想像がつかない。
思い浮かぶのは一方的に焼き殺される姿だけ。
灼熱の炎を前にしても冷たい汗が頬を伝う。


「アンタが相手にしようとしてのは、その隊長を倒した“炎蛇”って化け物だ」

男の言葉に一人の傭兵がびくりと反応した。
その掌には包帯が巻かれ、赤黒い血を滲ませていた。
コルベールと遭遇して逃げ延びた彼は敵の存在を彼等に伝えた。
魔法も使わずに傭兵を無力化する、そんな芸当が出来る教師など聞いたことがない。
何者だろうかと思案する中、傭兵の一人が声を上げた。
生徒が男の名前を呼ぶのを聞いていたと言った。
“コルベール”それだけしか分からなかったが直感した。
それこそ自分達の隊長が追い求めている“『炎蛇』のコルベール”だと。
ゴーレムを打ち砕いた火の系統魔法も並外れた体術もそれなら説明がつく。

だが何故ここに奴がいるのか?
素性を隠し魔法学院に教師として雇われ、たまたまこの場に居合わせたとでもいうのか?
そんな偶然がありえるのか? いや、意図してここで待ち伏せていた可能性のほうが遥かに高い。
教師として潜伏してここで待ち受ける、その狙いは恐らく俺達傭兵団の殲滅だ。
行方を追っていた俺達をこの場で仕留め、自分は大惨事の混乱に紛れて姿をくらます。
20年前に取った時と同じ手を使うつもりだろう。
だとしたらここはヤバイ! 敵を逃がした事で正体を知られたと“炎蛇”も考えるはずだ!
なら奴は確実に動く! そして俺達を確実に消そうとするだろう!

冗談じゃない。隊長と同等以上の化け物なんかに勝てるものか。
……いや、もし『運悪く』奴を殺してしまったなら、
その時は間違いなく今度は自分達が“白炎”に追われる立場となるだろう。


「連中は……退いたのか」

校舎の周囲を警戒しながらコルベールは移動する。
だが、そこには先程まで包囲していた敵の姿はどこにもない。
コルベールの胸中に僅かな安堵が訪れる。
中でミスタ・ギトーが延焼を防いでくれている。
後は時間こそ掛かるが確実に生徒達を助けられる。
そう思っていた彼の背に聞き覚えのある声が掛けられた。

「コルベール先生!」

声の主に思い至ったコルベールが咄嗟に振り返る。
背後には燃え盛る校舎しかない。声もそこから聞こえてくる。
コルベールが握り締めた杖に力を込める。
少年の無謀さにコルベールは怒りさえ沸いてくる。

「そこにいるのはエンポリオ君なのか!
何故、校舎の中に……君は安全な場所に隠れていなさいと!」
「早くここから離れて! 校舎の周りに火薬が仕掛けられてるんだ!」
「な……!?」

返ってきた少年の言葉にコルベールは困惑する。
エンポリオはこんな時に冗談を言う少年ではないと知っている。
周囲を探って見つけられなかったとなると仕掛けられたのは地面の下の基礎部分か。
そこを破壊されれば、どんな頑丈な建物でも容易く崩壊する。
コルベールの胸中にあった安堵は恐怖へと変わっていた。
敵がここを退いた理由、それはもうすぐ火薬が爆発するからではないのか。


「私が可能な限り火薬を撤去します! その間にミスタ・ギトーと協力して外へ!」
「ダメだ! それじゃあ間に合わない!」

二人の叫びが炎の壁を境に交わされる。
その間にも刻一刻と残された時間は失われていく。
埋められた火薬はいつ爆発してもおかしくない。
コルベールとて成功の確率は限りなく低いと思っている。
だが、それでもゼロではない。
僅かな望みに賭けようとする彼にエンポリオは叫ぶ。

「建物の『外』に逃げるんじゃない! 建物の『中』に逃げるんだ!」

その言葉にコルベールはハッと真上を見上げた。
食堂の上、そこには数々のマジックアイテムが納められた宝物庫がある。
万が一、本塔が崩落したとしてもその階だけは決して崩れないだろう。
頑丈な学院の塔の中で最も強固な部分、そこならばあるいは……。

「何でもいいから早くしろ! こちらはもう保たんぞ!」

エンポリオの背後でギトーの悲鳴じみた叫びが木霊していた。


「朗報です。隊長が目標の確保に成功しました」

襲撃者の一人が口元の布を除けてマチルダに話しかける。
それを聞いた彼女の口元に笑みが浮かんだ。
醜悪な笑いではなく、花が綻ぶような女性らしい笑顔。
ともすれば母親とも見える慈愛に満ちた表情。
これでテファに危害が及ぶ事はなくなる。
マチルダにとってはそれだけで十分だった。
その影で幾十、幾百の人間が犠牲になろうとも関係はなかった。
世界が残酷だとしても、何も知らず彼女だけが幸せであればそれでいい。

ふと彼女の視線が襲撃者の背後にある物へと向けられる。
布で包まれた大きな何かが地面に横たわっている。
襲撃者がレビテーションでそれを浮かべた瞬間、布から何かが零れ落ちた。
だらりと垂れた人の腕。細く白い肌はそれが幼い少女のものだと告げる。

「ひっ……!」

思わずマチルダの口から悲鳴が漏れる。
その彼女を落ち着けるようと襲撃者は淡々と答えた。


「安心してください、ただの死体です。
生きてる人間よりは怖くないでしょう? 
死人は襲ってきたり抵抗したりしませんから」

「………………」

そんな事を言われても困る。
こっちは死体を見慣れたアンタ達、特殊部隊や傭兵とは違うのだ。
牛や馬を捌くのを見慣れている平民とも違う。
箱入りの、本当にお嬢様育ちなのだ。
生き物の死なんていうのはペットの老衰か病死ぐらいしか体験した事がない。
そこにいきなり人間の死体を見せ付けられたら困惑するに決まっている。
おまけに、さっき殺した騎士の死に様まで蘇ってきて吐き気を催す。

「コイツは誰の死体だ? アンタらの仲間じゃなさそうだが」

苛立たしげな口調で傭兵が布に包まれた死体を小突いて言い放つ。
彼の目はハッキリと“余分な物を背負い込む余裕はない”と告げていた。
それに怯む様子も見せず襲撃者は平然と答える。

「ガリアのお姫様だ。丁重に扱ってくれよ」


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