ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-24

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匿名ユーザー

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「後は私に任せて、君は避難するといい。
ただ食堂の方はダメだ。さっき火の手が上がっているのが見えた。
別の塔がいい。そこで事態が収まるまで待つんだ、いいね?」

肩に手を当てた騎士の言葉に何度も何度もギーシュは頷く。
考える事を放棄し何の疑いもなく彼は指示に従った。
冷静さを欠いている自分よりも冷静な他人の言葉の方が信じられる。
そう判断してギーシュは騎士に頭を下げてその場を立ち去った。
何の疑いを持てなかった彼は気付かなかった。
その騎士の正体も、肩に付けられた血によく似た赤い塗料にも。
遠ざかっていくギーシュの背中を見ながら騎士は呟いた。

「君には生きて証言してもらわないと困るんですよ」

ギーシュが来た方向、イザベラたちがいる場所へと騎士は駆け出す。
遠ざかっていく二人を確認し、襲撃者はギーシュの後を追った。
走るギーシュより僅かに足取りは速く一歩ずつその距離を縮めていく。
彼の背中に追いついた襲撃者が懐の刃を取り出す。
しかし、その凶刃は振り下ろされる事はなかった。
ギーシュの肩に付いた目印、それを目にして彼は刃を納めた。
襲撃者が立ち去ろうとした瞬間、不意に誰かの大声が響いた。

「そこのアンタ!」

びくりと身体を震わせながらギーシュが視線を移す。
そこにいたのは見慣れぬ格好をした黒い髪の平民。
それがルイズの使い魔だと思い出して彼は安堵の溜息を漏らした。
しかし、こんな状況で魔法も使えない平民がよく無事でいられたものだ。
才人の強運に驚きながらも自分も似たようなものかとギーシュは苦笑いを浮かべる。

「君はミス・ヴァリエールの使い魔の……」
「ルイズを見かけなかったか!」

ギーシュの言葉を押し退けて才人は叫んだ。
平民らしからぬ態度にむっと眉を吊り上げるも、
彼の必死な表情にギーシュは黙って答えた。
何かただならぬ事態に発展している、そんな気がしたのだ。

「いや、僕は見ていないよ。彼女と逸れたのかい?」
「クソッ! どこ行っちまったんだアイツ!」

ギーシュの質問に答えず、才人は一人悪態をついた。
がむしゃらに学院内を走り回り、ようやく誰かに会えたっていうのに。
悔しげに奥歯を噛み締めながら再び走り出そうとする才人に、
慌ててギーシュはその背中を呼び止めた。


「待ちたまえ! まさかこの霧の中を探しに行くのか?
貴族である僕でさえ危ないのに、そんなの自殺行為じゃないか!」
「じゃあ黙って指咥えて待ってろってのかよ!
ルイズが無事に帰ってくるって保障がどこにあるんだよ!」

ギーシュの忠告を才人の苛立った声が打ち消した。
背中を向けた彼の顔を、ギーシュは窺う事ができなかった。
ただ彼の背中が震えている事だけはハッキリと分かった。
怖くないわけがない。それでも才人は蛮勇を奮って立つ。
自分とは違う。平民と貴族だからでもない。

「何でそこまでして彼女を守ろうとするんだい?
君の主人だから、彼女の使い魔だからかい?」
「……違う。そんな理由なんかじゃねえ」

いきなり日本から異世界に呼び出されて使い魔になれなんて、
そんな事を言われたって納得できるはずがない。
エアコンもない部屋に、冷たくて固い石床に藁を敷いただけの寝床。
食事はパン一切れに野菜くずの浮いたスープ。
朝は早起きして指が切れそうな冷水で下着の洗濯。
何不自由ない生活から一転して、何もない生活を強いられている。
なのに、御主人様を敬えなんて笑い話もいい所だ。

「だけどアイツは女の子なんだよ。だから守ってやんなきゃ……」

そこまで言って才人は口を閉ざした。
胸の内にある気持ちに気付いてしまった今、
そんな言葉で誤魔化してしまうのは卑怯に思えた。
“ああ、畜生!”と髪を荒々しく掻き乱して、
きょとんとした表情のギーシュに才人は力強く答えた。

「一目惚れだよ! 悪いか!
初めて目が合った時から好きになっちまったんだ!」

都会では決して見ることのできない突き抜けた青空。
その下には陽を浴びて光り輝く桃みがかった綺麗な髪。
抱き締めたら壊れてしまうのではないかという繊細な体。
丸くて大きな彼女の澄んだ瞳に俺の姿が映り込む。
可愛かった。美しいとさえ思った。
世の中にはこんな素敵な女の子もいるのかと思った。
彼女を目にした瞬間、俺の世界は変わった。
……まあ実際、世界は変わってたし世の中も俺の知ってる物じゃなかったけど。

平賀才人はルイズ・ド・ラ・ヴァリエールに心を奪われている。
召喚だか契約だか知らないけれど、そんなチャチな物とは違う恋の魔法。
病気と言い換えてしまっても良いかも知れないが、
それでも今の平賀才人にとって一番大事なのはルイズだった。


臆面もなく言い放って、ようやく才人は我に返った。
次第に赤面していく自分の頬を照れくさそうに掻く。
その彼をギーシュは呆れとも感心ともつかない表情で見つめていた。
そこには多少なりとも羨望も混じっていたのかもしれない。
好きな女性の事をここまで強く想い行動できる才人に対して。

「じゃ……じゃあ俺もう行かないと」
「待ちたまえ!」

再び走り出そうとする才人をギーシュは呼び止める。
戸惑う彼の顔を眺めながら自身の造花の杖を取り出す。
“君、相当なバカだろ”という言葉は飲み込んで、
代わりにギーシュの口から紡ぎ出されるのは錬金の魔法。
地面に落ちた一片の花弁が大地から一本の剣を生み出す。
それを引き抜いてギーシュは才人に手渡した。

「急拵えだから大した物じゃないけれど無いよりはマシさ。
素手じゃ彼女どころか自分の身も守れないだろう?」
「あ……ありがとう。えっと……」
「ギーシュ。ギーシュ・ド・グラモン。名前を訊かれるのは今日で三度目だよ」

それも男ばかりに、と付け加えてギーシュは笑った。
つられて剣を手にした才人も笑いを浮かべる。
張り詰めていた彼等の態度は若干ではあるが余裕を取り戻していた。


手を振って去っていく才人を見送りながらギーシュも造花の杖を掲げる。
彼に付いていく勇気も理由もギーシュには無かった。
戦場で芽生えた小さな友情、それが潰えない事を始祖に祈るしかできなかった。
願わくば自分の剣が彼の命を救う一助とならん事を。

「それにしてもミス・ヴァリエールにあそこまで入れ込むなんて」

確かに外見だけなら、かなり良い線をいっているとは思うけど。
しかし、それを補って余りある性格の問題はどうにもならない。
ああ、そういえばついさっきまで一緒にいた少女も同様か。

それを知らない訳はないだろうに彼女を追いかける。
彼の事を竜に立ち向かう勇者というべきか、
それとも崖に向かって突撃していく愚か者というべきか。
少なくとも自分には決して真似はできない。
僕が付き合うなら、たとえば……。

ギーシュの顔色が瞬時に蒼褪めていく。
そこまで思い至ってようやく彼は思い出した。
今までは自分の身を守るのが精一杯で考えもしなかった。
だが才人との会話で余裕ができたギーシュの脳裏に二人の少女の姿が浮かぶ。

「モンモランシー! ケティ!」

彼女たちの名前を叫びながら才人の後を追うように彼も走り出す。
無事でいてくれと強く願いながら大声で彼女たちの名を呼ぶ。
才人が感じていた言いようのない不安がギーシュの胸を掻き乱す。
白い闇の中、少女たちの名を呼ぶ声だけが虚しく木霊していた。


その頃、学院を囲う外壁の端で2人の少女が身を寄せ合って座り込んでいた。
一人はルイズ達と同じマントを、もう一人は下級生を示す茶色のマントを羽織っていた。
時折響く悲鳴や魔法が生み出す轟音に身を震わせながら彼女たちは助けが来るまで互いの身の上話を交わす。
それは恐怖を誤魔化す為のものだったのかもしれない。
しかし、そこは女性同士。恋人の話題に触れると盛り上がった。

「格好いいんですけど少し頼りない所があると言うんでしょうか、
これは私がしっかりしないといけないなって思いまして」
「ええ、よく分かるわ。男って誰もが格好つけたがるもの……特にアイツの場合」

ふっ、と少し乾いた笑みを浮かべて先輩の女性が彼氏の姿を思い浮かべる。
その様子が面白かったのか、後輩の少女が楽しげにくすくす笑う。
そんな事を話しながら彼女たちはきっと同じ事を考えているのだろうなと察した。
少女趣味と思われるかもしれないけれど、きっと恋人が助けに来てくれると信じているのだ。

「貴女の彼氏が来てくれるといいわね、ケティ」
「はい、モンモランシー先輩も」

花開くような笑顔で交わされる言葉。
互いの彼氏の姿を想像しながら彼女たちは待ち人が来るのを願う。
よもや二人の待ち人が同一人物だとは思いもせずに。


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