ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-23

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匿名ユーザー

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二つの杖が激しい音を立てて衝突し両者の眼前で停止する。
そのまま杖ごと叩き切らんとする騎士の目の前で鈍い銀光が閃く。
逆手に握られた刃。喉元を裂かんとした一太刀を寸前で避ける。
力が緩んだ一瞬の隙を突いて男は鍔迫り合いから逃れた。
逃すまいと背後に跳躍した敵へと花壇騎士は杖を向ける。
しかし、その追撃を左右から放たれたエア・ハンマーが阻む。
迫り来る空気の塊を旋風の守りで弾きながら騎士は舌打ちした。

“さほど手強い相手ではないが戦い慣れている……厄介な連中だ”

戦闘に長けているというのは強い魔法が扱えるという事ではない。
自分と相手の力量を正確に測り、退くべき時に退き、攻める時に攻める。
如何なる状況にあろうと冷静にその判断が下せる者こそ一番厄介なのだ。
包囲する襲撃者達は常に散発的に仕掛けて一人に狙いを絞らせない。
深追いしようとすれば残る二人が先程の様に足止めをしてくる。
敵を防ごうとも追撃できず、両者共に決め手を欠いたまま膠着状態が続いている。
刺し違える覚悟でかかれば襲撃者を仕留めるのも不可能ではない。
しかし、それではイザベラ様をお守りするという使命が果たせない。
このような奇襲において時間は黄金に勝るほど貴重な物。
それを浪費してまでこの場に留まるとなればイザベラ様を狙っているのは明白。
いや、シャルロット様と両方共という可能性が濃厚だ。

繰り返される浅い攻め手を受け流しながら騎士は困惑が浮かべた。
一向に勝負に出てこない所を見ると、こちらの消耗を狙っているのか、
あるいは仲間の到着を待っているのか、どちらにせよ警戒するに越した事は無い。

こちらも花壇騎士団を呼ぶべきか。
だが彼等はシャルロット様の捜索に当たっている。
それを呼び戻すとなれば今度は姫殿下の御身が危うい。
何とか単身この場を切り抜けなければ……。

「何やってんだい! 相手はたった3人だろ、さっさと蹴散らしちまいな!」

イザベラの檄が騎士の背中に投げかけられる。
振り向いた視線の先にはお互いがお互いを盾にしようとクルクル回るイザベラとギーシュの姿。
まるで二匹の犬が互いの尻尾を追いかけるような様に、騎士は思わず脱力した。
見ようによっては仲が良いとも思えると溜息をつきながら横目で眺める。

ふと騎士の目が慌てふためくギーシュに止まった。
意識の外にあったせいだろうか、彼の存在を騎士は完全に失念していた。
敵にとって標的でもなく、また障害とも成り得ない存在。
だが、それはこの場において限りなく自由に動かせる駒だという事だ。


「少年。君の名を聞かせてもらえるかな」
「え? あ、えと、ギーシュ。ギーシュ・ド・グラモンです」
「いい名前だ。勇敢な響きがする」

騎士の不意の問いかけに戸惑いながらギーシュは答えた。
こんな切羽詰った状況で何故、名を訊ねられるのか。
それを疑問に思ったギーシュに続けて背筋の凍る質問。

「それで君の系統は?」
「無理! 無理です! 僕はドットクラスの土メイジで!
とてもお手伝いなんて出来ません!」

必死に首を振ってギーシュが懇願する。
その隣で“使えない奴め”とイザベラが冷たい視線で呟く。
しかし、そう言う彼女もドットクラスである。
それに縦しんばトライアングルの実力があろうとも実戦で役立つかどうか。
敵は手練の襲撃者。戦い慣れしていない生徒では相手にならない。
無論、花壇騎士もその事を承知でギーシュに声をかけたのだ。
彼にはギーシュを戦わせる気など無い。

「ではミスタ・ギーシュ。この場を離れ、人を呼んで来てください。
できれば騎士を。花壇騎士か魔法衛士隊なら確実です」

花壇騎士が視線を横に向けた。
その先には何もなく白い霧が立ち込めている。
そこへ走れという騎士の指示。だがギーシュは動こうとしない。
危険な場所から離れたいという気持ちは確かにある。
だが敵に背中を見せた瞬間、自分が倒されないという保証は無い。
ガチガチと歯を噛み鳴らして何も考えられずに立ち尽くす。
そんな彼の不安を察し、花壇騎士はギーシュに質問した。

「我々花壇騎士団が何故ガリアで最強と言われるかご存知ですか?」
「え?」
「我々を支えているのは『信頼』です。
仲間に背中を任せられるから前へと進める。
たとえ志半ばに倒れようとも仲間が受け継いでくれる。
王族がガリア王国を正しく導いてくれる、そう信じられるから杖と命を預けられる」

騎士の口から語られる壮絶な覚悟にギーシュの喉が詰まる。
襲撃者達も隙を窺うが騎士の圧力を前に仕掛ける事が出来ない。
イザベラも騎士の言葉に黙って耳を傾ける。

「君は前だけを。連中は私が引き受けます」

ギーシュはその言葉をちゃんとと聞き取れなかった。
力強く響いたようにも聞こえたし優しげにも感じられた。
ただ気付いてたら彼の足は前へと踏み出していた。
襲撃者の一人が追撃しようとした瞬間、その足が止まった。
一人でも欠ければ瞬く間に殺されるだろう。
騎士が放つ気配に彼等は自分達の末路を予感した。


「我々花壇騎士も嘗められたものだな。
たった二人で足止めできる気でいたとは」

風を纏った騎士の杖が横薙ぎに払われる。
切り裂かれた霧が二つに分かれて流れていく。
襲撃者達の視線は去っていくギーシュの姿を追わない。
彼等は寸分たりとも騎士から眼を離そうとしない。
もし一瞬でも注意が逸れたなら、それが自分達の最期だと彼等は疑わなかった。

「どうしても彼を追うというなら我が屍を踏み越えていくがいい。
その力と覚悟が貴公等にあるならばな!」


息せき切ってギーシュは走った。
彼の言葉通り、後ろは振り返らなかった。
冷たい刃が触れる錯覚を何度も首筋に感じながら突き進む。
立ち止まれば二度と足が動かなくなる、そんな気がした。
足元さえも確かではない白い霧。
それを掻き分けるように無我夢中で走る。
荒々しい呼吸がエンジンの壊れた車を思わせる。

そんなギーシュの姿を見つめる瞳があった。
全身を包んだ布から僅かに覗く銀の刃。
彼を見つめる視線は狩猟者のそれだった。
口元で小さく呟いたフライが中断される。
襲撃者はギーシュの前に現れた人物を見て立ち去った。

ギーシュの足が止まる。
彼の目前には霧の中に浮かぶ人影。
だが声をかけようとして彼は躊躇った。
ここにいるのは味方だけではない。
もしも目の前にいるのが襲撃者だったら?
そうなった時の事を考えるだけでギーシュは身動きが取れなくなった。
不意に影がギーシュの方へと歩み寄る。
咄嗟に杖を手にしようとした彼に穏やかな声がかけられた。

「落ち着いてください。私は敵ではありません」

息がかかるような距離まで近付いて、ようやく霧で遮られていた男の姿が露になった。
彼が纏っていたのは襲撃者の様な全身を覆う布ではなく軍服。
それを目にしたギーシュが思わず安堵からへたり込みそうになって男に支えられる。
何という僥倖だろうとギーシュは思った。
敵と遭遇する事なく捜し求めていた相手に会えたのだ。
慌てて事情を説明しようとするが言葉が纏まらない。
矢継ぎ早に並べ立てられる言葉に騎士は黙って耳を傾けていた。
これじゃあ分かってもらえるはずがない。
そう考えて落胆と疲労からギーシュは肩を落とした。
悲観する彼の肩に男は軽く両手を置いた。


「君の名前を聞かせてもらえるかな?」
「え、あ、ギーシュ。ギーシュ・ド・グラモンです」
「いい名前だ。ではギーシュ君、深く息を吸い込んで、
そして時間をかけてゆっくりと吐き出すんだ。出来るね?」

男に言われるままギーシュは深呼吸した。
どこか頼りなげな彼の言動が何故か花壇騎士を思い起こさせる。
落ち着きを取り戻しつつあるギーシュに彼は要点を確認する。

「君達は賊に襲撃を受けた」
「花壇騎士が応戦しているが手助けが必要だ」
「それで君が助けを呼びに行った」
「青いドレスが目印になるんですね」

コクコクと何度も繰り返されるギーシュの首肯。
それに笑みを浮かべて彼はギーシュに告げた。

「もう安心していいですよ。君は立派に役目を果たした」

その頼もしい笑顔にギーシュは涙を零しそうになった。
それはギーシュを安心させる作り笑いではなかった。
彼…アルビオンの騎士は心の底から笑っていたのだ。

何という僥倖だろう。
敵と遭遇する事なく捜し求めていた相手に会えたのだ…。


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