ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔 第六章-03

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匿名ユーザー

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学院の襲撃劇から一週間後。
「お入りなさい、ルイズ」
アンリエッタの声が、トリステインの王宮に響き渡る。
「失礼します、姫……女王様」
「いやね、私とあなたの仲じゃない、今までどおり姫様でいいわ」
フフ、と笑みを漏らすアンリエッタに、ルイズはぎこちない笑顔を返した。
それを見たアンリエッタは、ふとわれに返ったように話し出した。
「ルイズ。学院では災難だったようね。教員には死者も出てしまったとか」
「はい。姫様、やはりアルビオンの手勢の仕業ですか?」
「おそらくそうでしょうね。いまの段階では詳しいことまではわかっていないけど」
ルイズは唇をぎゅっとかみ締める。
「やはり、これが戦争なのですね……私はいままで戦争のことを甘く見ていたのかもしれません」
「どういうことかしら?」
「私はあの襲撃があるまで、敵を、アルビオンを憎らしく思うばかりでした。ただアルビオンをやっつけてやる、敵をやっつけてヴァリエール家のみんなを見返してやるって思ってました。でも、コルベール先生が死んでしまってからは、なんだか怖いんです。はは、可笑しいですよね。笑ってください。私のような愚かな臆病者がヴァリエール家の名前を受け継ぐ資格なんてないんだわ」
「可笑しくなんかありませんわ。ルイズ。それは生き物として正当な事です。それにあなたのことを誰が臆病者なんて笑いますか。そうですね、マザリーニ?」
女王は傍らにかしずく家臣に語りかけた。
「左様でございます。伝説に聞こえた勇者といえども、一大決戦の前には恐れを抱いたと言い伝えられております。ましてやあなたは貴族といえどもまだ乙女。そのようなお方が勇気をもてあそばれていれば、私ども男は立つ瀬がありませぬ」
「まったく、しょうがないやつだよ」と、愚痴をこぼすのは岸辺露伴にたいし、
「仕方がないだろう。ルイズはまだ16なんだ。人の死を経験するには多感すぎる」
とため息がちに返すのはブチャラティであった。

「相変わらず使い魔さんは面白い方たちですわね」
アンリエッタは微笑んだ。奇妙に権威の高くなっているアンリエッタの威厳がややなくなりほっとしたルイズは本題に入ることにした。
「ところで、私と使い魔に旅立ちの用意をさせるとのことですが、ついにアルビオンに行くのですか?」
アンリエッタは顔に陰のある表情を見せる。
「ええ、いまわがほうの艦隊がアルビオンに向かっています。その艦隊がアルビオンの艦隊にかち、ロサイスの軍港を手に入れれば私たちは出発します」
「勝てるのですか?」
「そのために新種の軍船と、アルビオン人の士官を艦隊につけましたが……正直どうなるかわかりませぬ」代わりにマザリーニが答え、窓の外を憂うように見た。
――――――――――――――――――――――――――――――――――


「始まりましたな」
アルビオン空軍司令官は、艦長のその言葉に、うむ、と頷いた。
ひとまずは、彼の望んでいるとおりに、常套的に戦闘が進んでいる。
アルビオンの誇る竜騎士隊。そのうちの風竜が、敵艦隊の上空に到達したのだ。
彼らの任務は、敵竜騎士と交戦し、あるいは、彼らより足の遅い火竜を護衛することである。

ことハルケギニアに関して言えば、アルビオンの風竜騎士隊に対して、互角に戦える竜騎士隊はない。
しかも、今回のトリステイン艦隊には、ごくわずかしか、竜騎士の護衛がいないのだ。
トリステインからアルビオン大陸まで到達し、そのまま戦闘できる竜騎士は存在し得ない。
そこまで竜を操る人が、疲労困憊を極めて戦闘不能になるのだ。
そのため、彼らには、戦列艦の甲板に乗り合わせた少数の竜しかないハズである。
それも、アルビオンの、熟練の竜騎士にかかっては戦力たりえないだろう。
アルビオン大陸を防衛する、守る側の利点の一つといえた。
艦長達の見据える視線の先では、彼らの望む地獄が始まっていた。

トリステイン空軍は喧騒に包まれた。
「方向右方二十度ッ! 敵竜騎士二十頭、来ます!!!」
「迎撃ヨーゥイ!!」

「火竜、こちらに向かって接近!」「五頭、近いッ!」
「帆を守れ!」
「速力を落とすな!」
「ヘッジホッグ用意!」
最後の怒号とともに、船の甲板に多数の投石器が甲板に並べられた。
そこに搭載されるのは、火縄で数珠のように連なったちいさな砲弾たち。

「照準、上に4コマ、右に6コマ修正ッ!」
「一番右のやつだ! 狙えッ!」
平民の士官により、手慣れた手つきで操作する自由アルビオン軍の兵。
その砲弾はディテクトマジックの応用魔法がかかっており、
竜騎士のような、魔力を持つ生物に接近すると発火する仕組みになっていた。
「射ェーッ!」

狂気の花火がはなたれた。
多くがむなしく虚空へと消え去っていく中。
わずかにだが本懐を遂げる砲弾たちがあった。
火につつまれ、堕ちてゆく竜がある。
だが、それ以外の火竜は、弾幕を無視した。
怒涛のごとく、艦船に突撃を続行する。
自身が火達磨の状態で突っ込む竜騎士もある。
その火の塊は、一隻の小型艦艇と衝突した。
「『ハーマイオニー』大破ッ! 炎上!」
「高度が低下してゆきます!」

――

ボーウッドは、その戦闘風景を、自分の竜母艦『ヴュセンタール』の指揮所にて、艦長として眺めていた。
誰が見ても、戦端が開かれたのはわかっている。
だが、そのなか、副長はあえて報告した。
「艦長、戦闘が開始されたようです」
ここからでは、『ハーマイオニー』の高度の低下が、これ以上の被害を受けないための措置なのか、損傷のための墜落なのかはわからない。
このフネ、『ヴュセンタール』は、それほどまでに戦場空域から離れていた。

「うむ。わかった」
副長の、報告の形をとった問いかけに対し、艦長のボーウッドは、彼の期待したような交戦命令は発しなかった。
副長は自分の上司に、とてつもなく深刻な疑問を抱いた。
このアルビオン人は信用できるのだろうか?
仮に信用できたとして、はたして有能なのか?

「副長」
「ハッ」副長は敬礼を返す。彼は思った。
隷下の竜騎士隊たちにたいし、いよいよ出撃命令を下すのだろうか?
この艦長、ボーウッドは、なぜか竜を甲板にも出さず、格納室へ待機させたままだ。
副長の見るところ、すでに友軍の竜騎士、戦列艦付きの竜騎士隊は圧倒されつつある。
今のままでは、敵の竜に戦場の制空権を奪われかねない。

われらの艦長はあくまでも冷静のようだが。と副長は内心考えていた。
臆病風にでも吹かれたか? このアルビオン人は?
副長のその思考を、当の艦長が邪魔した。
「我々は、この『竜母艦』が戦闘艦であることを熟知している。だが、敵のアルビオン艦隊からしてみれば、どのような艦種に見えるだろうか?」
副長は、自分の直接の指揮官に対し、最低限度の礼は守った。
「……おそらく、彼らは本艦を輸送艦と思うでしょうな」
「そうだな。本官もそう思う」

だれがいったか、
「……艦長、命令を」
この言葉は、艦長以外の、指揮所に居合わせたトリステイン軍人の総意でもある。

ボーウッドは、戦場を眺めながらゆっくり口を開いた。
「本艦を輸送船とみなしているのであれば、交戦中は、我々を脅威とはみなすまい」
副長は、艦長の言うことがいまひとつわからないでいた。

この間艦長は、アカデミーで学生を相手に講義するプロフェッサーのような態度で部下に接している。
「戦術教義上、艦隊から離れている輸送艦を攻撃するときは、余力が発生したとき。勝負が決したときである。
 すなわち、彼らが勝ったと思っているときだ。そのときまで、彼らはこの『輸送艦』を略奪すまい」
「……どういうことでしょうか?」
「だから、その決定的な局面まで、本艦は攻撃を受けずにやり過ごすことができる」

副長は険のかかった顔を前面に押し出し、はっきりと詰問した。
「艦長の真意をお聞かせ願いたい」
ボーウッドはそれに答えず、たった一つ、命令を発した。
「竜騎士隊たちに令達。別命あるまで待機」
副官は開いた口がふさがらない思いだった。
ボーウッド、いや、この男は戦わないつもりなのか?

――
小さな敵の船がたくさんこちらにやってくる!
レドウタブール号の甲板に居合わせた、マリコルヌがそう思っていると、彼の目の前に鉄の塊が突き刺さった。
なに、これ……
あ、敵の放ったバリスタの矢か……
彼がそこまで考えたとき、マリコルヌは頬を思い切り叩かれた。
見れば、のこぎりを持った平民が自分を怒鳴りつけている。
「バカ野郎! メイジならさっさと魔法を唱えて敵を止めろ!」
そういって、彼は甲板に突き刺さったバリスタの先を指差した。
そのバリスタの矢尻には、巨大な鉄の鎖がついており、その先は敵の船につながっている。
そして、その鎖をわたって、敵のメイジたちがやってきている!!!
マリコルヌは恐慌のうちに、わけもわからず魔法を唱え、放った。
偶然か、必然か?
マリコルヌの放った魔法は、一人の若いメイジをかすった。
結果、彼を鎖から引き離した。
その敵メイジは中空に静止する。
その男は『フライ』を唱えているため、彼に、魔法による攻撃戦力はなくなった。
とにかく、マリコルヌは一人の敵メイジの無力化に成功した。
だが、事態は刻一刻と変化を遂げている。
マリコルヌは、自分の戦果を確認する暇も与えられないまま、新たな目標に向かって攻撃魔法を唱え続けた。
その周りで、船員たちの怒号が鳴り響く。
「急いで鎖を切断しろ!」
そうどなる水兵は鉈を持っている。
「接舷されたら降下猟兵が降って来るぞ!」
斧を持った男がそれに応じる。
「こっちにも手斧を頼む! 至急だ!」
どこかから野太い怒号が聞こえる。
「くそっ! どんどん引き寄せられているぞ!」
「弓兵、矢を増やせ!」
「近接戦闘用意! 来るぞ! 槍衾だ!」
この後、マリコルヌに理解できた言葉はなくなった。
彼は、自分が今、何をしているかもわからなくなったからだ。
かろうじて自分が小便を漏らしているのがわかる。
だが。
自分がどの魔法を唱えているのか。
隣にいる人の気配は、敵なのか。それとも味方なのか。
それすらもわからないまま、マリコルヌは杖を振り続ける。


――
ボーウッドの、先ほどの副長との会話から半刻後。
「君、トリステインでも、竜騎士たちは狐狩りをするのかね? その、竜に乗って」
「ええ、行いますが。それが何か?」
彼にそういわれた若い竜騎士、ルネ・フォンクは怒気を隠さずに答えた。
竜母艦の指揮所に呼ばれ、すわ出撃か、と思ったらこれだ。

何をのんきな。
一体この男は何を考えているんだ?
やっぱりみんなの言っていたとおり、このアルビオン人は裏切っていたのか?

「それでは、君ならばわかるだろう。戦と狩は根本的な所で同一なのだ」
それはそうだろう、とルネは思う。
犬に周りを囲ませて退路をふさぎ、自分たち竜騎士と犬で目標を討つ。
現に今。
犬をアルビオン艦艇に例えれば。
友軍の艦隊が、狐のように包囲されてしまっているのだ。
しかも、戦列艦による艦砲射撃のおまけつきだ。
初陣の自分でも、トリステイン艦隊が負け始めていることがわかる。
そのような状態で、このフネは戦闘に加わることも無く、自分の高度を上げ続けている。

「そんなことっ、士官学校を出たものならば常識のことです」
ルネは、己の持つ最大限の自制心を発揮した。
「ならば、なおのこと良い。ふむ、トリステインの士官学校は、聞いていたほどには堕ちていない様だな」
なかばたたきつけるように返答したルネに対し、ボーウッドはあくまでも鷹揚に返す。

このアルビオン人を戦死させようか? 
『流れ弾』にあたった、『不幸な戦死』をあたえるべきだろうか?
ルネがそこまで思いつめ始めたとき、不意に、当の士官から質問された。
「君、狐狩りの最中に、竜騎士が守るべき三大規範は何だ?」

あまりにも戦場とは異なる質問。
その思わぬ質問に、唖然としながらも、ルネは返答することができた。
「まず、獲物に反撃されないように注意すること。次に、獲物に狙いをつけた人と、その獲物の間に自分の身をさらさないこと。最後に、獲物を狙って急降下している、他の竜の進路を邪魔しないこと。以上のみっつです」
ボーウッドはうなずいた。

「そのとおりだ。ならば、諸君ら竜騎士隊に対し、今から命令を発す。
 アルビオンの狩人たちに対し、その規範を破りたまえ。可及的速やかにだ」

ルネたち竜騎士は、一瞬の遅れの後、敬礼を返す。
ボーウッドは簡素な敬礼を返しながらも、簡潔に続けた。

「だが、まずは生き残ることを考えろ。彼らは、君たちよりもよほど竜の扱いに長けている。敵にとっては、動いて、生き続けている的が多いほど、獲物に対する狙いがつけにくくなるのだ。さあ、行きたまえ。出撃だ」
「「ハッ!!!」」

ルネ・フォンクと仲間たちは、はじかれたように、自分の竜のもとへと駆け出した。

彼ら自身が狩人となる為に。
または、獲物と成り果てる為に。

彼らまだは知らない。
同じ船に乗るマンティコア隊とグリフォン隊には、別の命令が発せられたことを。


――
アルビオン竜騎士団、風竜第三連隊、通称銀衛連隊。
その隊長、サ-・アンソニーは己の竜を操りながら、眼下で繰り広げられている戦況を冷静に俯瞰した。
そこでは、敵である戦列艦隊群を小型のスループ船が包囲している。

味方のスループ船が二手に別れた、二つの縦列陣。
一方は敵進路の右方に展開し、もうひとつは後方へと回り込んでいる。
彼らは、遠方からの援護射撃の元、大型船の戦列艦と互角以上に戦っていた。

味方の小型艦は、勇敢にも戦列艦に接舷し、突っ込み、乗員を敵甲板に乗り移らせている。
まるで海賊だな。
彼はそう思ったが、実際は海賊以上であった。
小型艦があまりにも接近したため、敵戦列艦の砲撃では、彼ら自身も誘爆をおこしかねい状況だ。

また、敵艦のうちいくつかは、高度をとることを試みている。
だが。
「クオックス小隊、降下開始!」
アンソニーの近くで、輪乗りをしていた火竜の乗り手が叫ぶ。

その掛け声とともに。
合計十五頭の火竜が、高度を上げ始めた敵艦にたいし急降下を開始した。
一方で、すでにそのような急降下を終え、敵の帆を焼き払った竜騎士隊がいた。
彼らは高度をあげ、元の攻撃開始座標まで上昇するつもりだ。

今のところ、我々は勝利しつつある。
アンソニーには、戦場で、そのように考える余裕があった。
その理由は、彼がベテランの竜遣いであったからだ。
だが、一番の理由は、彼ら風竜の主敵である、敵竜騎士隊を全滅させてしまったからである。

現在、高度を上げつつある火竜部隊。
たしか、スワローテイル小隊だったな。
アンソニーがそう思ったとき、彼らの統制の取れた隊形が。
急にバラバラに乱れていく光景を目の当たりにした。

「各隊、散開!」
彼は無意識のうちにそう叫んだ。
だが。
その命令は、一寸程遅かった。

次の瞬間、猛烈な魔法の奔流が、はるか上空から彼らに襲い掛かった。
今の一撃で、アルビオンの竜騎士の半数が失われた。
歴戦の戦士であるアンソニーの脳裏に、そのような電算結果がはじき出された。
「糞ッ!!!」
彼自身はそういいつつ、自分の風竜に回避のため旋回行動をとらせた。
何よりも痛いのは、この混乱のせいで、まともな指揮が取れなくなったことだ。
彼がそう考えているうちに、間抜けな味方から、次々に打ち落とされていく。

――
ルネ・フォンクとその仲間達は、敵の誰にも気づかれること無く、戦場の上空に到達することができた。

彼らの真下には、負け始めた味方。
ルネと味方との間に、うようよといる敵竜騎士。
ルネ達は太陽を背にし、急降下を始めた。
無論、魔法を唱えながら。

彼らが急降下しながら放った最初の一撃が、敵にとって一番の致命弾であった。
ルネらの存在は直前まで敵に知られることが無かった。
そのため、ルネたちは思い思いに、自分が得意とした大魔法を唱えることができた。
彼らの大規模な効力魔法射撃により、敵火竜の殲滅に成功する。

一部風竜の撃墜にも成功した。
だが、さすがはアルビオン竜騎士団。
この状態で、かなりの風竜騎士が奇襲の回避に成功している。
彼らは、竜の手綱を翻し、すかさず反撃に移る。
高度の差の不利にもかかわらず。
彼らはトリステイン竜騎士達の後ろにぴったりと張り付いた。
トリステインとアルビオンの竜騎士の技量の差である。

だが、このとき。
ルネたちトリステイン竜騎士は、ボーウッドから教えられた新戦法を実行していた。

アルビオンの狩人が、トリステインの竜の後ろに付き続ける。
しかし、トリステインの戦士は戦士らしからぬ態度を見せた。
彼らは、ひたすら逃げに打って出たのだ。
しかも、高度をとりながら。
高度をとる、ということは、減速することと同義である。
たちまち追いついたアルビオン竜騎士が、杖を振り下ろす。

否、振り下ろさんとするとき。
まさに、そのとき。
太陽のぎらついた輝きの中から、新たなトリステインの竜騎士隊がその戦渦に突入した。
今までいた敵に狙いをつけていたアルビオン竜騎士は、その流れにまったく付いていけない。
アルビオンの狩人に、攻撃を食らって墜落する者が続出した。

攻撃を食らわずに済んだ狩人たちも。
新たな騎士と今までの騎士。
どちらに狙いをつけるか決めかねた。
また、決めた人間も。
狙いをつけたとたんに、そのトリステインの竜は逃げ出す。
それを追いかけるうちに、別の戦士に攻撃される。

アルビオンの竜騎士達は。
こうして、戦場の狩人たる資格を失っていった。

――
「いったいどうしたのだ、これは!」
アルビオン軍の司令官はそう叫んだ。
乗り合わせた、レコンキスタの政治将校とともに。
彼は驚愕した。アルビオンの竜騎士は、世界最強ではなかったか?
だが、その疑問は晴らされることは無かった。
「敵襲ゥ!!!」
その絶叫で、彼はようやく自分の乗る戦列艦が襲撃されているのを自覚した。
だが、何者によって?

政治将校は、その襲撃の報告を虚言と信じた。いや、自分を騙した。
トリステイン艦隊の、戦列艦すべてはかなり遠くにある。
トリステインの竜騎士は、アルビオンの竜騎士に対して(信じがたいことに)互角以上に戦っている。
そんななか、戦列艦の砲射撃にかまわず攻撃できる敵戦力があるとはとても考えられない。
そのように考えている彼の指揮所に、一匹のマンティコアが侵入してきた。
これは夢だ。
「敵のマンティコアなど、ここまで飛んでこられるわけがない!
 ハルケギニアの大陸まで、どれだけあると思っている!!!!」
彼の、喰われるまえの最後の叫びだった。


――
「勝ちましたな」
そういった副長は、肝心のボーウッドが相変わらず仏頂面な事実に内心驚いていた。

護衛艦を欠いた敵戦列艦にとって、有効な攻撃手段は艦砲射撃のみである。
ボーウッドの命によって、幾十もの獣が、戦列艦の甲板員を食いちぎっていく。
彼らに、反撃するすべは無きに等しい。
敵総指揮官が乗ったと思われる戦列艦群から、敵戦艦がひとつずつ、だが、確実に堕ちて行く。

味方の艦隊も、ボーウッドが放った竜騎士隊の援護を受け、徐々に制空権を取り戻しつつある。
彼らが勝利を収めるのは時間の問題であった。

「副長、ここでこういうのもなんだがな」
ボーウッドは、副長を見もせずに話しかけていた。
「ハッ、何でしょうか」
「私は、人殺しというものが好きではないのだ」
ボーウッドに向かって、思わず敬礼を行った副長は。
この勝利をもたらした張本人に個人的な敬意を感じ始めていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――
昼。ガリア王宮にて。
ドッピオが王宮の主、ジョゼフに報告を行っていた。
「トリステインも、あの学院襲撃にあいようやく重い腰を上げたようです」
「いよいよ、アルビオンでの戦いの火蓋は切られたようだな。結構結構」
王座の主は鷹揚に笑う。その目線の先には、アルビオンのロサイス港が映見の鏡に映されていた。所々戦争の煙がたなびいている。
「いいんですか?せっかく苦労してあのクロムウェルを帝位につけたのに」
「気にするな。苦労したのは私ではない。お前だ」
「……そうですけど」
「それに資金はたっぷりとある。お前が売りさばいた麻薬の資金がな」
「ひょっとしてパッショーネの資金、全部つかっちゃったんですか?」
「いいではないかドッピオ。狗の相手よりは戦処女の相手をしたほうが万倍も色気があるというものだ。さあ、アルビオンに向かうのだ。混乱の刻印を刻みに。死者の慟哭を叫びに」
「了解しました。王様」
ドッピオは敬礼をかざし、王宮の間から退出した。
しばらくの時間のあと、ジョゼフは王の椅子から立ち上がった。
沈黙の後、王の口元からクックックと笑いがこぼれる。
「わが弟、シャルルよ。見ているか、お前の弟の悪業を。オレはここまでやっても心は痛まぬ。お前を殺したときの後悔等と比べれば今の心の痛みなど無いも同然。お前は優しいからあの世から嘆いているだろうな。今ごろ自分がガリア王になっていればと、そう思っているのではないか?今さら遅いわ。すべてはオレがお前を殺した10年前から事態は転げ始めていたのだ」ジョゼフは気にした風もなくメイドをよび、ワインをグラスに注がせた。
「わが弟よ。お前のいない世界はなんと感情を感じぬのか!このくだらない世界など……いや、あえて言うまい。シャルルよ、あの世から見ておけ。俺はこの世界で自分がどこまでやれるか試してやるつもりだ。このブリミルの世界に、どこまでオレの劣情が刻みつけられるのか。その暁には、おそらくひどく後悔するのだろうな。ああ、わくわくするぞ。どきどきするぞ。後悔と懺悔が漣のように我が身を襲うのであろうな!それを思うだけで今から果ててしまいそうだ!」ジョセフの高笑いはその後しばらく続いたのであった。

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