ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

5 時間と場所のコントラスト 前編

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匿名ユーザー

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5 時間と場所のコントラスト

 トリステイン魔法学院の中央に聳える塔の最上階。学院長とその秘書が働く一室にて、一人の老人が震える手で湯飲みを掴み、夏場でも湯気を立てるほどに熱いお茶を窄めた口でゆっくりと啜り上げていた。
 ホッと一息ついて、窓の向こうに視線を向ける。
 どこまでも青い空には、雲ひとつかかっていない。何者にも束縛されずに飛び交う鳥達の鳴き声は、まるで歌を歌っているかのようで、聞く者の心を穏やかにしてくれた。
 平和な昼下がり。
 今この瞬間、この時だけは、世界が平和だと信じられる。窓の外の風景は、そう思わせるのに十分な暖かさを備えていた。
「ほげぇ~」
 言葉になっていない言葉を溢した老人の声に、学院長室の中央に用意されたテーブルを囲うように並べられたソファーに座っていた人物の一人が、頬を引き攣らせて責任者に問いかけた。
「おい、あのジジイ、本当に大丈夫なのか?」
「いつもの事だよ。放っておきな」
 手にある二枚のカードを睨み付けたまま目を放さずにマチルダは冷たく言い捨てると、テーブルの北側、窓辺で日向ぼっこをしているボケたオスマンに向かい合う形で座っているジェシカに、カードを握っていない手を差し出した。
「ヒットだ。一枚よこしな」
「あ、はい。どうぞ」
 手の中に詰まれたカードの山から一番上のカードを一枚抜き取ったジェシカは、差し出された手にそれを乗せる。マチルダは、受け取ったカードを引き寄せて表に書かれた数字に目を向けると、苛立った様子でもう片方の手に握っていた二枚のカードと一緒にテーブルの上に叩き付けた。
「チクショウ、バストだ!21をオーバーしちまったよ!」
「ハッ!欲張るからだぜ」
 テーブルの上に散らばったカードに目を向けて、そこに絵柄の付いたものが二枚と5の数字のカードがあるのを確認すると、ホル・ホースは鼻で笑った。
 絵柄のカードはすべて10として計算されるため、そこにあるカードの合計数は25。恐らく、マチルダの手元にあった最初の二枚は絵柄と5のカードで15だったのだろう。もう一枚カードを手にするかどうかは、判断の微妙なところだといえる。
「アンタも人のことは言えないだろ!」
「オレは22だもんね!テメエと違って、ギリギリまで読みきってんだよ!!」
 マチルダを笑っておきながら、ホル・ホースも21をオーバーしているらしい。マシか、マシではないかという議論も、ブラックジャックのルールでは同じく負けなのだから、言い争うだけ無駄である。一体、どういう意地の張り合いなのか。
「私は堅実に、スタンドで」
 カードを一枚だけ手元に持っていたカステルモールが、ジェシカから一枚カードを受け取ると、短くそう言って手札を伏せた。
 最後の順番であるエルザにジェシカがカードを一枚送ると、元からあった一枚と追加された一枚を見比べて、エルザの淡いピンク色の唇が、ニヤリと歪に歪んだ。
「いえーい!ぶらっくじゃーっく!」
 わあ、と両手を挙げながら手札を曝け出したエルザに、ホル・ホースとマチルダがどうせ負けだったからと不貞腐れた表情を浮かべ、カステルモールは来るべきディーラーとの戦いに頼もしい援軍を得たとばかりに惜しみない拍手を送った。
 晒された手札には、どこぞの太っちょの肖像が描かれたJとハルケギニアには存在しないはずのAの文字が描かれている。Aは1か11であるために、この場合、合計は21と計算することが出来る。ナチュラルブラックジャックの完成だ。
 ディーラー役のジェシカもエルザを祝福するように手をぱちぱちと叩き、その後で自分の手元に置かれた二枚のカードを表に向ける。
 そこにもやっぱりAの文字が描かれていて、薔薇を口に咥えたギーシュがKのアルファベットを抱えてポーズをとっていた。
「ゴメン、エルザちゃん。あたしもブラックジャックだった」
「え、えぇー……?」
 ジェシカの言葉に、脱力したようにエルザはテーブルの上に突っ伏す。せっかく勝利を掴んだと思ったのに、肩透かしを食らった気分だ。このゲームでは特に金を賭けているわけではないから損は無いのだが、やっぱり勝負には勝ちたいものらしい。
 互いにブラックジャックを発動させた時点で引き分けが決定し、カステルモールは言うまでも無く敗北を喫している。
 ジェシカ対ホル・ホース、エルザ、マチルダ、カステルモール連合は、勝率が大体九対一でジェシカが勝ち越していた。ジェシカのたった一回の負けは、ルールの分かっていなかった最初の一回目で、本人が21をオーバーした時だけだ。
 恐るべき強運を誇るこの平民に、そろそろ勝ち星を挙げたいエルザたちなのであるが、これがなかなか上手くいかないようだった。
「いくらなんでも運が良過ぎるだろ!イカサマでもしてるんじゃねえのか?」
「バカ言わないでよ。このゲームを知ったのは今日が初めてなんだから、イカサマなんて出来るはずないだろ?」
 今のところ、全戦で21をオーバーしていて勝負にもなっていないホル・ホースがケチをつけるが、ジェシカはカードを回収しながらそれを真っ向から否定する。
 ルールだってつい先程覚えてばかりなのだ。イカサマどころの話ではない。
 実は魔法が使えるのではないか?エルフの血が混じっているとか、始祖の奇跡が使えるのかもしれない。なんてことを囁き合うホル・ホースたちに、何を馬鹿なことを、と冷たい視線を投げかけたジェシカは、回収し終えたカードを綺麗にまとめてシャッフルすると、再びカードを配り始めようとする。
 それを、ノックの音が遮った。
「どうぞ、開いていますよ」
 本来の粗野な部分を一瞬で消して、魔法学院での顔であるロングビルらしい口調に声を整えたマチルダが、ノックの音に答える。
 マチルダの声に促されて遠慮がちに扉を開けたのは、厨房の料理長を務めるマルトーと使用人宿舎を管理している若いメイド長だった。
 やや緊張した面持ちの二人が丁寧に通った扉を音も無く閉めると、マルトーが一歩前に出て
頭に飾ったコック帽を脱ぎ、お辞儀をする。そして、軽く部屋を見渡した後に口を開いた。

「お呼びになられたと聞いて参りましたが、その……、いったいどのような御用でしょうか」
 マルトーとメイド長を呼んだのは、他ならぬマチルダだ。
 理由はジェシカの用事に関係している。
 ジェシカがトリステイン魔法学院に訪れた理由は、ここで働く従姉妹に会うためだ。
 従姉妹とは以前から同じタイミングでの帰省を約束していたのだが、母の一件から一足先にタルブに向かってしまったために、その人物を置いてきぼりにする形となってしまったのである。
 これでは流石に申し訳が立たないからと、ジェシカは自分が足を運んで従姉妹を迎えにいこうと考えていた。ホル・ホースたちが学院に向かおうというする話は、ジェシカにとってはまさに、渡りに船、だったわけだ。
 そして、その集合の約束をした日が今日から三日後のことなのだが、ここにきて、一つ問題が起きた。
 目的としていた従姉妹の姿がどこにも無いのだ。
 先に行ってしまった謝罪と迎えに来たという用件を伝えるために、この学院長室に向かう途中でメイドの何人かに声をかけて従姉妹の所在を尋ねたのだが、どうにも要領の得ない返事しか返ってこない。その様子から何かを察したのか、マチルダが直接動いて、学院で働いている使用人のスケジュールを確認するためにわざわざマルトーたちを呼び寄せたのである。
 たかがメイド一人姿が見えないだけで責任者を呼びつけるなんてと、今でこそゲームに興じてリラックスしているジェシカも、マチルダが権力を発動した瞬間には酷く居心地が悪そうにしていた。普段、権力を行使される立場としては、それがどれほど心象の悪いものか、ジェシカは良く理解しているのだ。
 実際に呼び出された人間がその場に現れると、ジェシカは持っていたカードをテーブルの上に置いて、申し訳ない気持ちで胸を一杯にしながら神妙な面持ちで事の成り行きを見守ろうとしていた。
 余計な口出しはするな、とマチルダはホル・ホースたちを睨みつけると、ソファーから腰を上げて頷く程度の目礼をして、用件を切り出した。
「忙しい中、お呼び出しして申し訳ありません。一つ、ご確認したいことがありましたので」
 そう言って、マチルダは自分の仕事場である秘書用の執務机へ向かうと、そこから数枚の書類を持ち出して、中身を一瞥した。
 そこには、学院で働く使用人達が提出した夏期休暇の届出に関する項目が簡潔に纏められている。名前と役職、それに上司の名前が一組で書かれ、何日から休暇が始まり、何日に職務に復帰するのかが丁寧に記されていた。
 真夏の間は、学院は教育機関としての機能を停止させる。生徒達は帰省を始め、教員もまた長い休暇に羽を伸ばすのだ。そして、学院が休息を得るのであれば、使用人たちもまた、休息を得ることが出来る。学院に留まる僅かな生徒や教員の世話が出来る人数を残して、休暇の日程を適度にずらして順繰りに休みを取れるように細かく調整されたスケジュール。それが、マチルダの手にしている紙の内容だ。
 マチルダが目的とした項目の欄には、ちょうど三日後に夏期休暇を始めると書かれた人物の名前がしっかりと刻まれていた。
 シエスタ。それが、ジェシカの従姉妹の名前だった。

「ミスタ・マルトー。こちらで確認した限りですが、一人、本来のスケジュールに沿わない行動をされている方がいらっしゃるようですね?」
 意図的に貴族ではないマルトーにミスタという敬称をつけて問いかけたマチルダに、聞かれた本人は肩を大きく震わせて口の中をモゴモゴと動かした。視線が彷徨い、顔色が徐々に悪くなっていく。
 マチルダは平民だ。しかし、このトリステイン魔法学院で学院長付きの秘書として働いている以上は、貴族であると認識されている。つまり、平民にとっては他の貴族同様、恐ろしい相手であるということだ。
 責任者は責任を負う者。部下が勝手を働けば、その責任を被らなければならない。当たり前のことだが、責任を問う上司が元より恐ろしい存在であるとなれば、感じる重圧は通常のものの比ではないだろう。マルトーの胃は、歪に捻れて痛みを発しているかもしれない。
 緊張に身を竦めるマルトーとメイド長の様子をしっかり見つめた上で、マチルダはもう一度書類に目を通し、ふと、笑みを浮かべた。
「責任を感じていらっしゃるのであれば、強く言うつもりはありません。元より、使用人たちのスケジュール調整はあなた方に任せているのですから、この程度ならばお預けした裁量の範囲といえるでしょう。安心してください、お咎めはありませんよ」
 マチルダの言葉に、マルトーとメイド長が目に見えて分かるほど気を抜いて大きく息を吐く。
 学院で働く何十人という使用人たちの中の一人を、都合に合わせてスケジュール調整しただけ。そう言葉にすれば、大したことではない。
 改めて考えて、責任を問われるほどのことではないと思い直したのか、顔色のよくなったマルトーとメイド長は、幾分か余裕を取り戻して心持ち丸くなっていた背を伸ばした。
「でも、スケジュールの変更をされる場合は、きちんと届出を忘れないでくださいね。突然の来客に対応できない場合もありますので。たとえば、今日のような」
 気を抜いたところで釘を刺され、マルトーとメイド長の顔がまた強張る。
 悪戯っぽく笑って横目でジェシカを見るマチルダの様子を見れば、それが些細な小言であることは判断が付く。マルトーはすぐにそれに気が付いて苦笑したが、メイド長の方はそこまで気が回らずに表情を凍らせたままだった。
「しかと、肝に銘じておきます。しかし、実のところ、そのメイドの休暇が早まったのは昼時の少し前でして……」
「昼時?というと、今から二時間ほど前ですか。随分と急ですね……。どのような理由か分かりますか?」
 二人を呼び出した本来の用件ともいえる問いかけに、マルトーは視線を彷徨わせてどうにも言い辛そうに表情を歪める。ウソのつけないタイプなのだろうが、それでは理由を誤魔化すことも出来ないだろう。今更知らないといっても、信じることなど出来はしない。
 もう一度、分かりますか?とマチルダが言うと、マルトーは誰にも聞こえないような小さな声で「すまん、シエスタ」と呟いて事の顛末を話し始めた。
 学院の生徒が数名、授業をサボって宝探しに出かけたこと。その中の一人と特に懇意にしていたシエスタが連れ出されたこと。どこへ向かったのかは分からないこと、など。
 若干マルトーの主観が混じった説明だったが、大凡を理解したマチルダは、反芻するように重要そうな単語を口の中で繰り返してから静かに頷いた。

「……なるほど、いいでしょう。そういうことであれば、仕方がありませんね」
 平民の使用人には、貴族の要求を断ることは難しい。責めるのは酷というものだろう。
 急な申請が昼の忙しい時で手が放せず、マルトーも報告する暇が無かったと考えれば、今回の件は不可抗力と言えなくも無い。
 マルトーは出来る限りのことをしたのだと意図的に良心的な判断を下し、書類の条項に修正を加えたマチルダは、手に持った羊皮紙を執務机に置いてジェシカに顔を向けた。
「それで、どうされますか?今から追えば間に合うかもしれませんが……」
 風竜の翼なら、人間や馬の移動速度による二時間の差など、大したものではない。後を追えば、合流できないことも無いだろう。
 そう思っての発言だったが、ジェシカの表情はあまり思わしくは無かった。
「追うのはいいけど、どこへ行ったのかは分からないんだろ?合流したところで、シエスタと一緒に居る貴族の方々に同行するわけにもいかないし。シエスタを引っ張っていけば、あの子の立場が悪くなる。正直に言って、シエスタを追うのは時間の無駄だと思う」
 わざわざ責任者まで呼び出してもらったのに、悪いね。と言って、ジェシカが諦めた様子を見せると、それにマチルダは頷いて、マルトーらに仕事に戻るようにと告げた。
 マルトーとメイド長は一礼して踵を返し、学院長室の出入り口の扉のノブに手をかける。そのとき、廊下側から誰かが扉をノックをした。
「失礼しますぞ……、と、ご来客でありましたか。これは、ご無礼を」
 この部屋に入ることに慣れているのか、オスマンの代理であるマチルダの返事も聞かずに扉を開けたのは、学院で教鞭をとっている中年の男性、コルベールであった。
 学院長室にオスマンやマチルダ以外の人間が居るとは思わなかったのだろう。酷く驚いた様子で息を呑むと、詫びるように頭を下げて、すぐに扉の向こうに消えようとする。それを、マチルダの声が止めた。
「お待ち下さい、ミスタ・コルベール。丁度、こちらの話も終わったところですので、ご用件を窺います」
「よろしいのですか?……ああ、なるほど」
 マルトーとメイド長がすれ違いに廊下に出て行くのを横目に見つつ、その場に留まったコルベールは、視線を部屋の一箇所に固定した。
 話に出番がまったく無いために暇になったらしいエルザが、カードを使ってピラミッドを作ろうとしている姿がある。隣に並んで手伝っているカステルモールも視界に入っているようだが、ジェシカやホル・ホースに気付いた様子は無い。
 妙に偏った視線だが、その理由はすぐに本人の口から語られた。
「娘さんに母君に職場を見せておられるのですな?確かに、前回はフーケの騒ぎで忙しかったですからな。えーっと、ミス・エルザでしたか。そちらのご亭主と会うのは、今回が初めてですな」
 始めまして、当学院で火の系統に関する魔法を指導しているコルベールと申します。ご夫人にはいつも大変お世話に……、などという定例の挨拶を何故かカステルモールと交わし始めたコルベールを、マチルダはぴきりとこめかみに青筋を立てて睨みつけた。
 何をどう勘違いしたのか。コルベールはカステルモールがマチルダの夫で、エルザがその子供であると思い込んでいるらしい。以前にも同じ誤解を受けたが、そのときは誤解を解くのも忘れて殴り倒したため、それが今も尾を引いているのだろう。
 なんのことかとコルベールの挨拶に戸惑うカステルモールや、大体事情を把握したエルザのニヤニヤ笑いを無視して、マチルダは杖を振って魔法を発動させた。
「ほげ?」
 のんびりと日向ぼっこをしていたオスマンの手から、熱いお茶の入った湯飲みが離れ、宙を舞う。熱湯ともいえる東方から輸入された緑に色づいた液体は、そのまま飛散し、中途半端に禿げ上がった中年男の頭に降りかかった。
 防御の薄い頭皮が、一気に赤く染まる。
「おわあああぁぁぁぁっ!?あっづううううぅぅぅぅぅぅっ!!?」
 お茶がもっとも美味しく飲める温度は50度から60度の範囲だというが、それがハルケギニアでも通じるかどうかは分からない。ただ、オスマンが飲もうとしていたお茶の温度がそれを大きく上回っていたことだけは確かだ。
 圧倒的な熱量を受けて床を転げまわるコルベールをホル・ホースとエルザがニヤニヤと見つめ、マチルダはキッと目を鋭くさせて再び杖を構える。ジェシカとカステルモールは、この展開に付いていけずに口をぽかんと開けていた。
「どこの誰が夫で、どこの誰が娘だって!?あんまりふざけた事ぬかすと、その頭に見苦しく残った髪を残らず引っこ抜くよ!!」
「ああああぁぁ!ええ、は、な、なにが!何が起きたのですか!?」
 怒声に合わせて使用された錬金の魔法によって、コルベールの頭を濡らす熱湯が一瞬にして蝋に変化する。
 だが、自分の頭を見ることが出来ないために、コルベールは何が起きているのか理解出来ていないようだった。自分の頭が蝋で固められていることも、それを力技で引っ張れば、恐らくは頭髪が一本残らず抜け落ちることも。
「そっちもそっちで、覗いてるんじゃないよ!」
 出入り口の扉を睨んで再び杖が振られると、作りかけだったエルザのピラミッドが崩れて青銅のカードが木製の扉に突き立つ。少しだけ開いていた扉の隙間から、マルトーとメイド長が部屋の中を覗き込んでいたのだ。
 どたどたと足音を立てて逃げ出す音に合わせて「ミス・ロングビルに隠し子が居た!」なんて言葉が聞こえてくる。あっちもあっちで、酷い誤解をしているらしい。
「あーっ、もう!やっぱり、あんたたちが来ると碌な事がない!疫病神だよ、まったく!」
 今から追っても、もう噂の波及は止められないだろう。憂さを晴らすために熱を持った蝋を頭に貼り付けたコルベールを踏みつけるが、コルベールはコルベールでどこか嬉しそうにしているから、マチルダのストレスはさっぱり解消されなかった。
「自分の運が悪いのを人のせいにするなよ。なあ?」
「ええ。わたしたちは何もしてないんだし、文句を言われる筋合いは無いわ。日頃の行いが悪いんじゃないの?」
 心外だと訴えるように互いに顔を見合わせて責めるような視線を向けるホル・ホースとエルザ相手に、マチルダは奥歯をギリリと噛み締める。
 ああ言えばこう言う、こう言えばああ言う。なんとも腹の立つ二人組みだと、改めてマチルダは認識した。
「ホントに憎たらしい娘だね、このクソガキは!」
「あら、ごめんなさぁい。どこかの誰かと血縁に間違われるせいか、口が悪いところがいつの間にか似ちゃったみたいだわ」
「こ、このアマ……!」
 余計な一言を加えてオホホホと高笑いするエルザに、マチルダは握った拳を震わせる。
「上等だよ!この場でぶち殺してやる!!」
「出来るものならやってみなさいな!」
 “ブレイド”の魔法を発動させて杖に青白い魔力の光を宿したマチルダがエルザに飛び掛る。
それとほぼ同時に、ジェシカの腰元にまだ下げられている地下水を手に取ったエルザは、マチルダを真っ向から迎え撃った。

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