ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-91

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匿名ユーザー

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銃声も、怒号も、靴音も、悲鳴も、
その咆哮は戦場に響き渡る全ての音を打ち消した。
アニエスもギーシュもキュルケも空を見上げる。
そこにいるのは竜に似た、しかし明らかに違う異質な存在。

「た……祟りだ! あの怪物を殺したから祟られたんだ!」

それを目にした誰かがそう叫んだ。
突然の竜の変貌。バオーの存在を知らない彼等には理由など見当たらない。
誰が口にしたのかすら判らない発言が水辺の波紋のように広がっていく。
倒すべき敵を前にして彼等の動きが止まった。
もしかしたら自分達も祟られてしまうかもしれない。
そんな考えが脳裏を過ぎり、彼等の身体を束縛する。

「ウオォォォォォオム!!」

雄叫びを上げながら“バオー”は舞う。
呆然とする竜騎士たちを余所に艦隊へと向かう。
分泌液から与えられた筋力が突風じみた速度を生み出す。
“バオー”は触覚で『ある臭い』を嗅ぎ当てていた。
人の生命を弄ぶ救いがたい下衆の臭い。
ウェールズと共に見上げたアルビオンの夜空で嗅いだ臭い。
その臭いが大嫌いだった。彼から掛け替えのない相棒を奪った、その臭いが。
“バオー”は思った! この臭いをこの世から消してやると!


振り落とされそうなほどに凄まじい加速の中、
ワルドはバオーが何処へと向かうのかを理解した。
奴が向かっているのは『レキシントン』ではない!
クロムウェルがいる艦へと一直線に進んでいる!

総大将が討たれれば、この戦争は終わる。
だが、そうはさせない……させてなるものか。
クロムウェルは“虚無”の手がかりを持っている。
それを知るまでは死なせるわけにはいかない。

「虫けら風情が! 僕の野望を邪魔するんじゃないッ!」

杖を突き立てるように“バオー”の首筋へと打ち込もうとした。
だが突き刺す直前、“バオー”の背中が音を立てて変形する。
隆起するのは青く染まった帷子のような鱗。
それが逃げ場の無いワルドの目の前で爆散した。

「う……ウオォォォォォーー!」

放たれた鱗が次々とワルドの身体を撃ち抜いていく。
機銃弾さながらの衝撃に困惑と悲鳴が入り混じった声が上がる。
それでも血に染まった視界でワルドは睨む。
憎悪を滲ませ、執拗に“バオー”への殺意を滾らせる。
だが杖を振り上げようとした瞬間、彼の身体は炎に包まれた。
ただの鱗ではない、それは“バオー・シューティング・ビースス・スティンガー・フェノメノン”
幾万の針に神経を貫かれるかのような苦痛。
全身を焼かれていく苦しみに悶えながらワルドは背から引き剥がされた。


遠ざかっていく奇形の蒼い竜。
しかし、それもすぐに視界から消えた。
吸い込まれるような空の青だけが広がる。

不意にワルドは手を伸ばした。
世界を掴もうとした手が虚しく宙を漂う。
誰かに助けを求めるように突き出された腕。
しかし彼を助けようと手を差し伸べる者は誰もいない。

…………いや、一人だけいた。
彼女だけは僕を助けようとしてくれた。
たとえ、それが思い違いであったとしても、
『助けたい』という彼女の気持ちに偽りはなかった。
だが、アルビオンの空で差し伸べられた手を僕は拒絶した。

「報い、か」

呟いた一言は誰にも聞こえず、彼の身体と共に空へと消えていった。



絶え間なく響く艦の軋む音にクロムウェルは怯えるしかなかった。
艦隊からの砲撃を浴びても尚、怪物は止まらなかった。
瞬く間に自分の艦に取り付くと爪と牙で壊し始めたのだ。
まるで雪解けのように削り取られていく艦体。
竜騎士たちの応戦も実を結ばない。
静かに降下していく艦の中で沈痛な空気だけが流れる。

「皇帝陛下、早く脱出を!」
「馬鹿を言うな! 外には奴がいるのだぞ!」

兵士の声をクロムウェルの怒号が掻き消す。
無論、脱出艇の用意ぐらいはある。
しかし、艦から出た先には怪物が待っている。
小船などそれこそ容易く握り潰されてしまうだろう。

「艦隊は!? ジョンストン総司令は何をしておる!?」
「はっ! 今、艦隊の一部をこちらの救助に向かわせております」
「全部だ! 全ての艦を動かすように伝えよ!」

たった数隻では怪物に沈められないとも限らない。
既に御自慢だった艦隊への信用は失墜していた。
地上への砲撃でもさしたる被害を与えられず、
“光の杖”にはまるで歯が立たず、今も怪物を食い止める事さえ出来ない。
あれだけの数と質を揃えておきながら何の役にも立ってない。
もはやクロムウェルが頼れるのは手に嵌めた指輪の力だけだった。


「バルバルバルッ!!」

雄叫びを上げて“バオー”が艦を引き裂いていく。
“メルティッディン・パルム・フェノメノン”の前では強度など何の意味も成さない。
彼は嫌な臭いのする方へとひたすらに爪を走らせる。
ただ臭いを消すだけならば“ブレイク・ダーク・サンダー”を打ち込めばいい。
この至近距離ならば確実に艦体を吹き飛ばせるだろう。
だが“バオー”はそれを望まない。何故なら“彼”がそれを望まないからだ。
無用な犠牲を避けて戦い続けた“彼”の意思を裏切りたくはない。
消すのは“この臭い”だけだ。もうそれで十分だ。
あまりにも……生命の臭いが失われすぎた。

“バオー”の覚悟を示すように、その身体は正しく満身創痍だった。
至近距離で撃ち込まれた散弾の銃創に、魔法や息吹で負った火傷。
分泌液の修復無しではまともに飛ぶ事さえ叶わなかっただろう。
残された力を振り絞り“バオー”は戦いの決着を付けようとしていた。


とん、と小さな靴音を鳴らしてタバサは地上に降りた。
彼女の乗っていたシルフィードの周りにはギーシュやキュルケたちが集まっている。
何があったのかを彼女に問い質せる者はいなかった。
いつも感情を露にしない少女が浮かべるのは明らかな悲哀の色。
そして、続けて降りてきたルイズの姿を見て誰もが理解した。

視線を落として俯く彼女が抱えるのは小さな犬の哀れな姿。
頭蓋を穿たれて赤黒く染まった毛並み。
傷の深さも場所も素人目に見ても助かるものではない。

彼はまだ死んではいなかった。だが、それだけだった。
体内に残ったバオーの分泌液が僅かに彼の命を繋ぎ止めていた。
だけど、それもあと僅か。いつ息絶えたとしてもおかしくはない。
風が吹けば消えてしまうのではないかという生命の炎。

何かを言おうとしてルイズは言葉を詰まらせた。
代わりに溢れてきたのは止め処ない涙。
このまま泣き続けていても仕方ないと分かっている。
なのに立ち尽くして泣く事しか今の彼女には出来なかった。

その彼女の腕でもぞもぞと何かが動く。
何かなどと考えるまでもない、彼女の腕にいるのはただ一匹。
ルイズに抱きとめられたまま懸命に彼は前足を動かしていた。
遠のいていく意識の中で震える足で歩みだそうとする。

「だ……ダメよ! 動いたりなんかしたら……!」

そこまで口にして彼女はそれに気付いた。
ワルドに立ち向かっていた時と同じ、闘志に満ちた瞳。
彼は動こうとしているんじゃない。
こんな姿になりながら、まだ戦おうとしているのだ。


なんで、と言おうとして必死に飲み込んだ。
そんな事は訊かなくても分かっている。
いつも彼は私の為に戦ってくれた。

あの時と同じだ。フーケのゴーレムに襲われた、あの森と。
泣いていた私の代わりにアイツは立ち向かっていった。
あの頃からずっと変わらずに守り続けてくれた。
でも、もう戦わなくていい。

「タバサ。少しお願いするわ」

喉を震わせながらルイズは彼を託す。
空いた腕で、ぐしっと袖で涙を拭い取る。
ギーシュのブラウスを汚してしまったけど気にしない。
泣くのはもう終わりにしなきゃいけない。
いつまでも泣いていたらアイツは心配する。

「待ってて。すぐに終わらせてくるから」

彼に優しく微笑んでルイズは背を向けた。
もうすぐ彼はいなくなる、そして二度と会うことはない。
最後に憶えているのが私のくしゃくしゃな泣き顔だなんて、そんなの絶対に許さない。
助からないと分かっている。だからせめて最期に安心させてあげたい。
見せてあげなきゃいけないんだ、私が一人でも大丈夫だって。

自慢のご主人様だと、彼が胸を張って言えるように。

「私はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール!」

自分の名を誇るように告げて歩む。
頭上には間近にまで迫ってきた無数の艦影。
実感する、私はようやく歩き始めたのだ。
メイジとして、一人の人間として、自らの足と意思で。

「私は背を向けたりしない!」

高々と杖を掲げる。それは宣誓であると同時に詠唱の姿勢。
『始祖の祈祷書』を広げ、そこに書かれたルーンと言葉を注視する。
偉大なる始祖ブリミルよ、きっとこれは貴方が望んだ使い方ではないでしょう。
だけど私は“この力”を使います。自分が正しいと思える事に使います。
彼がそうしたように、そして私もそうありたいから。

「私は自分の運命に背を向けたりはしない!」


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