ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

仮面のルイズ-68

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匿名ユーザー

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夕焼けに空が染まる頃、ウエストウッド村の台所から小さな鼻歌が聞こえてきた。

「~♪」

声の主はティファニア、彼女は久しぶりにマチルダが帰ってきてるので、とても機嫌が良かった。
家族の命を奪われてから、ずっと面倒を見てくれていたマチルダは、年に何度も仕送りを送ってくれていた。
自分の家族は皆失ってしまったけど、サウスゴータの太守だったマチルダの一族が、家族代わりになって自分を助けてくれている。

それは返しきれないほどの恩だった。
以前に一度、自分と母親のせいでマチルダの一族にまで迷惑がかかってしまった……と謝ったことがある、しかし、マチルダはそれを怒った。
間違っているのは王の方だ、と言って、決して自分を蔑んではいけないと、何度もティファニアに言い聞かせた。
小さい頃から姉のように慕っていたマチルダが、そのとき本当の姉になった気がしたのは、けっして気のせいではないだろう。


火箸で釜戸の灰を軽くかき分けると、昼に使った薪(たきぎ)の、炭化したものがちょこんと姿を見せた。
それを種火として利用し、よく乾いた小枝に火を移し、薪を燃やし…手慣れた様子でお湯を沸かしていく。

「夕食の分か。薪は足りているかい?」
ティファニアが振り向くと、そこにはワルドが立っていた。
どこか気遣うように釜戸の様子を見ている。
「ええ、大丈夫ですよ。ワルドさんのおかげです。薪割りもあんなに沢山やってもらって、本当に助かります」
「世話になっているんだ、これぐらい当然だよ」
ワルドが笑みを返すと、踵を返して台所を出て行った、ティファニアほほえんだままそれを見送る。
ティファニアは家族と、珍しいお客さんのために、美味しい料理を作るべくよし!と気合いを入れた。



「………」
台所を出たワルドは、夕方の見回りをしに外へと出た。
空を見上げて竜騎兵がいないことを確認する、年には念を入れ、木々の影を縫うように素早く、音もなく森の中へと移動していった。
風系統のスクエアたるワルドは、風の流れに敏感で、気配を消すことも感じ取ることも得意としている。
更に、ウエストウッド村に滞在している間、『土くれのフーケ』として盗みを働いていたマチルダから、山や森の知恵をいくつか教わっている。
マチルダは時々、暇つぶしの雑談に混じって、猟師が如何に気配を消して獲物に近づくのだとか、獣の踏みしめた地面の見分け方を語る。

それらの知恵は、王族の親衛隊を勤める魔法衛士隊ではほとんど発揮される事は無かった、そういった索敵の技術は基本的に使い魔が有しているものであるからだ。
メイジがそれを行うのは、花形部隊では忌諱されがちですらあったが、大いに参考になる知恵であり、戦いを有利に進めるため学ぶものも少なくはない。
その一人がワルドだった、母を失い、トリステインの内情を知るにつれて歪んでいったワルドは、裏切りを正当化するための材料として己のプライドを肥大させた。
泥臭い猟師の知恵など下賎なものだと思いつつも、それを習得して数多くの任務を成功させ、それでいて自分は崇高な理想を持ってトリステインを裏切り、いやむしろトリステインを「見限ってやった」とすら考えていた。

それを打ち砕いてくれたのがルイズだった。


ルイズは、己の能力をよく理解し、それを有効活用する術をしっかりと考えている。
虚無の系統とか、公爵の血筋だとかそんなものではなく、ルイズは己の今と、これからの生き方によどみない自信を持っていると思えた。
だからこそ、ワルドは自分が矮小だと気づき、ルイズに忠誠を誓った。

そして今、このウエストウッドという小さな村で、子供達の相手をする時間が、とても安らかなものだと思えていた。
以前なら平民の子供や、落ちぶれた貴族の子供には、作り笑顔で接していたことだろう、しかし今は違う。
マチルダ、ティファニア、ルイズが子供の相手をしているのを見ると、なぜだろうか、とても安らぐ……




「…?」
ふと、周囲を警戒していたワルドに、何か人の気配のようなものを感じた。
手入れのされていない森は、獣道でもない限り歩いて通ることはできない、背の高い草で木々の隙間が埋められてしまう。
その草の向こうから、ガサガサ、という葉擦れの音が聞こえてきた。

「……」

血が冷めていく。
ワルドは短剣状の杖を手に持ち、腰を低くして木の陰に隠れた。
ガサガサ、ガサガサと近づいてくるその音だけでなく、周囲360度を警戒する。
敵か、動物か、第三者か、陽動か、疎開か、迷い子か、斥候か……
考えを巡らせていくうちに、その音は間近まで迫ってくる。

ザッ、とかき分けられた草の向こうから姿を現したのは、全裸で、しかも胸と腹に陥没した痕の残るルイズの姿だった。

「!」
驚いて目を見開いたワルドは、そっとルイズに見えるよう顔を出した、左手で口を覆う仕草で『誰かに聞かれていないか?』という意図を伝える。

ルイズはさして驚きもせず、ワルドの仕草を見て口を開いた。
「大丈夫、追われてはいないわ…」
「どうしたんだ、大丈夫なのか?その怪我は?」
ワルドは『レビテーション』で身体を浮かせると、すぐにルイズに近寄り抱き上げた、右膝を曲げてそこにルイズを座らせ、足跡をつけぬようゆっくりと森の中を移動していく。
「ちょっと…手強いやつがいたのよ、けっこう、だめね、疲れたわ」
「血は必要か?」
「いい…」

ルイズの返事はどこか弱々しかった。




ワルドは、ティファニアや子供達に気づかれぬように注意しつつ、マチルダの部屋へとルイズを運んだ。
自室で裁縫をしていたマチルダが、ルイズの姿に驚いたのは言うまでもない。

「何があったのさ…あんたがそんな怪我を負うなんて」
「火のメイジよ、トライアングルか、それ以上よ。とんでもない熱だったわ…焦げるなんてもんじゃない、胸の肉が一瞬で炭になったもの」
「とんでもないね。ところで、そいつらは?」
「ダメージが大きすぎて、殺せなかった…詠唱する暇がないぐらい正確に火が飛んでくるのよ、記憶を消すのがやっとだったわ」

マチルダはルイズをベッドに寝かせようとするが、ルイズはその手を払った。
「すぐに行かなきゃ、あいつら、トリステインに向かってる」
「え?」

そのとき、がちゃりと扉が開かれワルドが入ってきた。
ワルドはデルフリンガーを、ルイズの座るベッド脇に立てかける。
「食事が出来たそうだ…食べる余裕は、あるか?」
「ごめんなさい、食事の時間も惜しいわ…ティファニアには悪いけど。ワルドよく聞いて、トリステイン魔法学院が狙われてるわ、とても強力な火のメイジの、傭兵達によ」
「!」
とたんにワルドの表情が険しくなった、思い当たるものがあるのか、ワルドは跪いてルイズに顔を近づけ、声を荒げぬよう気をつけて問いかけた。
「それは、この間デルフリンガーが言っていた奴か? 長距離から気配を探られたとか言う…」
「ええ」
頷くルイズに、マチルダがはっとした表情になった。
「まさか、白炎のメンヌヴィルじゃないだろうね」
ワルドもまた何かに気がついたように目を見開き、ルイズに問いかけた。
「…ルイズ、そいつは盲目では無かったか」
「顔に大きな火傷の痕があったわ。目じゃなくて…熱を感じてるみたい、そのせいで苦戦したのよ」

マチルダとワルドが顔を見合わせた。
「間違いないね、そいつがメンヌヴィルさ。とんでもない火の使い手だよ」
「メンヌヴィル?」
「とにかく、人でも亜人でも、焼いていたぶるのが好きなキチガイだって聞いたね、そんな奴に狙われるなんて…」

腕を組み、眉間に皺を寄せ考え込むマチルダだったが、ふと何かを思いついたのか顔を上げる。
「陽動ってことは無いのかい?この孤児院が狙われる可能性は?臭いや魔法で追跡されるとか…とにかく、一度調べるよ」
そう質問しながらマチルダがディティクトマジックを唱え、ルイズの身体を調査する。
ルイズの身体には何も仕掛けられている様子は無かった。

「尾行の可能性はごく低いわ。十分注意してた。森の中を移動する途中、何度か動きを止めて周囲の音を観察したの。
蟻の足音も、鳥の羽音も、地下の音も疑ったけど、それらしい音は感じられなかった」
「そう…それだけ注意してれば何とか大丈夫だと思うけど。魔法学院の件はどうするのさ」

沈黙が流れる。
時間にして数秒のことだったが、答えを決めかねているルイズにとって、それは一分よりも長く感じた。
「どちらにせよ、すぐ報告せねばならないだろう。
今の時期、アルビオンはラ・ロシェールを離れ、ガリア寄りになる。…遍在を繋ぎの取れる場所に飛ばすのは無理だ。僕が直接飛んでいこう」
ワルドの言葉に、ルイズ瞳が揺れた。
「……私も、私も行くわ」


ルイズの言葉に、ロングビルが血相を変えて叫ぶ。
「正気かい!? 言ったろう、シエスタって嬢ちゃんは吸血鬼殺しの英才教育を受けてるんだよ!」
「魔法学院に乗り込むつもりは無いわよ、可能ならメンヌヴィルって奴を迎え撃つ…もしくは、奴らの奇襲を奇襲してやるわ」
「あんた…! ああ、いくらなんでも、そこまで魔法学院に義理はないだろう?いくら王宮と繋がってるとはいえ、タダじゃ済まないかもしれないんだよ」
「義理なんて無いわよ。私はただ、あいつらの思い通りにさせたくないだけよ」

キッ、とマチルダを睨む。
その視線は極めて鋭いものだったが、恐怖は感じなかった、怒りではなく純粋な決意がそこに秘められており、マチルダはルイズの言葉に納得するしか無かった。

「マチルダ、悪いがティファニアに説明しておいてくれ。急用が出来たとな」
「わかったよ」
マチルダが部屋を出るのを見ると、ワルドはポケットからアルビオンの地図を取り出した、それは四つに畳まれた羊皮紙であり、広げると幅三十サント四方になる。
焼き付けられているのは地図と、ハルケギニアとアルビオンの周回図だった。
「ルイズ、場所と時間を教えてくれ」




ルイズはここ数日の間に知り得たことを、簡潔に述べた。
メンヌヴィルと接触した場所、時間、ウエストウッドへと移動した経路など…
馬車で移動した時に見た街道の風景や、町中の様子から、アルビオンの民が過酷な環境に置かれていると言うこともハッキリした。
できればクロムウェルを暗殺したかったが、それは『可能ならば』という但し書きがつくので、重要度はそれほど高くない。
ルイズも、またトリステインで待っているウェールズ達もそれが可能だとは思っていないはずだ。

話をしながらもルイズは、目立ちにくいくすみとムラのあるオリーブ色に染められた服に身を包む。
飾り気のないシャツ、足首を縛れるズボン、フード付きのマント、そして…デルフリンガーに手をかけようとしたところで、ルイズの動きが一瞬止まった。

ルイズはデルフリンガーの柄に手を触れず鞘を掴んだ、それはデルフリンガーに触れるのを恐れているようにも感じられた。

コツコツ、とドアがノックされる。
ワルドは地図を懐にしまい込みつつ、「どうぞ」と呟いた。

「お食事、食べていかれないんですか?」
扉を開いたのはティファニアだった、心配そうな表情をしていると、一目で分かる。
「ごめんね、せっかく準備してくれたのに…」
「いえ、いいんです。あ、でもパンがありますから、お弁当代わりに持って行ってください」

「ああ、そうか…ありが」「ごめんなさい、急ぐから食べていられないの、道中食べる暇も無いし…」

ワルドが、パンの入った小さな包みを受け取ろうとした時、ルイズがそれを遮った。

「そうでしたか…ごめんなさい」
「いいのよ。私たちが無駄にするより、みんなで食べた方がいいでしょう? ワルド、そろそろ行くわよ」
「ああ」

ワルドとルイズが、ティファニアの横を通り過ぎる。
「あ…」
その時、ティファニアはルイズの横顔を見て、記憶の中にある在りし日の母と重なった気がした。

兵士が屋敷に殺到したとき、生き残ることは不可能だと思いながらも、生き残るために毅然とした態度を崩さなかった母に。

「マチルダ姉さん…」
ティファニアは寂しげな瞳で、マチルダの顔を見上げた。
「なんだい?」
「二人とも、大丈夫、かな。何か危険なことをしに行くんでしょう?」
「心配しなくても大丈夫さ、あの二人なら大丈夫だよ」
「でも……石仮面さん、何か辛そうな気がする」
マチルダは顔を上げ、ルイズの後ろ姿を見送った。
一抹の不安があったが、それは口に出さず心の中だけで処理をした。

それから半日ほど後、すでに太陽は姿を隠し、二つの月が空高く上がっている。
ルイズとワルドの二人は森を越え、街道を越え、首都ロンディニウムとは逆方向になる川へと出ていた。
「ワルド。悪いけど強行軍になるわよ。川から流れ落ちる水に紛れるよう『イリュージョン』を使うわ。そこから雲を突き抜ければ、今の時期はガリア寄りの海上に出るわね」
「僕はそこから『フライ』を使って、トリステインまで飛べばいいのだな?」
「ただし高度は私の言うとおりに維持して貰うわ……哨戒に出ている竜騎兵に見つかる可能性もあるし」
「わかった、君の目を信用している」

二人は小声で会話をしながら、川沿いの道から獣道へと入り、岩場を歩いていく。
早ければ朝日を迎える前に、川の終点にたどり着けるだろう。

「パン、食べたかったな」
川沿いの岩場を歩いていたルイズが、不意に呟いた。
「今更どうしたんだ、貰ってくれば良かったじゃないか」
「歩きながらでも食べたかったわよ、でも、気を利かせてたっぷりバターを入れてくれたんでしょうね、臭いがしたわ」
「バターの香りが?」
「そうよ、あの臭いじゃ目立って大変だわ。私にだって50メイル離れていても分かる臭いだもの」
「なるほどな…そうか、臭いか。すまない、そんなことにも気がつかないなんて、僕も気が緩んでいたかな」
「攻める訳じゃないわ。それに、逆に考えるのよ、子供達に囲まれて良い休暇だったでしょう?」
「ふふ、まあな。生意気な奴がいたが、木の実を拾うときなんか、年下を庇ってよく動いていたよ」
どこか清々しいはにかみを見せて、ワルドが呟く。
ティファニアを母として、姉として慕う孤児院の子供達は、ティファニアのお陰かマチルダのおかげか、家族を守るという意識が小さいながらも根付いている。

「皆、血は繋がらなくとも兄弟のようだ……領民は皆我が子であると、先々代の王は言っていたそうだが、その通りかもしれん。新しい世代が育つのを見届けるのは、いいものかもな」
魔法を行使する貴族の、魔法によって領地を守るという観念の元になった、慈愛と勇気の意識。
それこそがティファニアの持つ精神であり、皆その影響を受けて育っている、そうワルドは感じていた。


ぴたりと、ルイズが足を止めた。
「…子供」

不思議に思ったワルドが、ルイズの顔を覗き込もうとするが、ルイズはミシリと音が立つほどに拳を握りしめて、ワルドに顔を見られぬよう早足で歩き出した。
「ルイズ?」
「なんでもないわ、急ぎましょう」

気を抜くと、歩くのを止めてしまいそうになる。
まるで体中を鎖でがんじがらめにされたような、過度の閉塞感を感じていた。
ルイズは、なぜ自分から『子供』という単語を使ってしまったのかと、ひどく後悔している。

ウエストウッド村の子供達は、皆素直で、小さくてもティファニアを守ろうという意識があって、とても眩しい。
そう、ルイズは子供達を見て、元気を分けて貰っている。

昨日、街道脇の森で、たまたま見つけた親子もそうだった。
自分のことを心配してくれた上、死体をケモノに食い荒らされぬよう、土に埋めようとしてくれた。

それなのに自分はその親子を『食った』。

ウエストウッドの子供達は、とても可愛いと思える。
しかしあの親子もまた、とても美味しかった。


子供を可愛いと思えるのも美味しそうだと思えるのも、どちらも偽りのない自分の意識。
石仮面を被り、吸血鬼となったときは、人間は餌に過ぎないと思っていた、合法的に殺人と吸血ができる傭兵を選んだのは、ただの気まぐれに過ぎなかったはずだ。

しかし今は、そんな自分が恐ろしい。
ふと…何かの拍子で、それこそ枯れ葉が風に舞うような、ごくごく小さな何かがきっかけで、ウエストウッドの子供達を『美味しそうだ』と思えてしまうのではないだろうか。

そうなってしまったら、次は?

『美味しかった』となってしまったら………




ルイズは、鎖で縛り付けられた体が、ゆっくりと海の底へと沈んでいく気がした。
震えそうな手を、力を込めて必死で押さえ、カチカチと鳴りそうな歯を、食いしばって必死に耐える。

そこでふと気がついた。
デルフリンガーは心が読める。
『だから自分は、デルフリンガーを恐れていたのか』と。

デルフリンガーを握れば、自分のしでかしたことすべてを見透かされてしまうかもしれない。
永遠に近い寿命を、共に過ごしてくれるかもしれないデルフリンガーに、嫌われてしまうかもしれない。

もし、ワルドにも嫌われたら?
もし、マチルダにも嫌われたら?
もし、ティファニアにも嫌われたら?
もし、アンリエッタにも、ウェールズにも、姉様にも…


ルイズの後ろを歩くワルドの目に、力強く映るルイズの足取り。
その芯は今にも崩れそうなほど危うかった。






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