ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-90

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匿名ユーザー

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廊下を駆ける。咎める者はいない。
通りかかる者も、呼び止める者も、誰もいない。
どこまでも、どこまで走っても誰とも出会わない。
ただ無機質な廊下と壁が果てしなく続く道。
そこを彼は息を切らせて走り続けた。

気付いていた、これは夢だと。
この世界に来てから何度目だろうか。
いや、本当はこちらが本当の世界で、
ルイズと過ごした日々が幻なのかもしれない。
悪夢から逃げるように走り続け、彼はそこに辿り着いた。

向かう側から差し込む陽の光。
あれほど巨大で存在感のあった隔壁は姿を消し、
代わりにその先へと続く道が視界一杯に広がっていた。

そこには皆いた。
投薬の繰り返しで身体が崩壊した者に、
過酷な環境実験に耐え切れずに死んだ者、
そして自分の代わりに焼き殺された最後の仲間。
そこにはドレスの実験で死んだ仲間達がいた。
日を背にした彼等の影が足元に映る。

彼等の一匹が小さく吠えた。
君はもう十分すぎるほどに戦った。
だから胸を張っていいんだ。
もう争う必要はない、一緒に行こうと。


涙が零れそうになった。
溢れた感情を抑えきれずに叫びたかった。
悲しみも嬉しさも全て吐き出してしまいたかった。

彼等は自分を受け入れてくれた。
憎しみに負けて破壊の限りを尽くす怪物に堕ちた自分を、
それでも彼等は仲間だと言ってくれた。
その感謝と歓喜は言葉では言い表せなかった。
このまま心安らかに仲間達と逝ければどれほど幸せだろう。

だけど、黙って首を横に振った。
まだやらなければいけない事が残っているから。
ルイズを守るという誓いはまだ果たされていないから。
誰に誓ったものじゃないけれど自分に誓ったから。

彼女が運命に負けないように、もう少しだけ力になりたいんだ。


爪を床に突き立ててあらん限りの力で吼える。
蒼い獣へと変貌し去っていく彼の姿を仲間達は見送った。
これでいい。何物に縛られる必要はない。
彼は自分の意思で自由に生きている、誰にも止められない。
自分たちがいくら望もうとも得られなかった物。
ならば彼等の行く末を見守ろう。
彼等はこの研究所から飛び出した一筋の希望なのだから。


「貴様と僕とでは覚悟が違うッ! 全てを捨てられる者こそが最も強いのだ!」

目の前のバオーに失望を覚えながらワルドは杖を押し込んだ。
彼が倒したかったのは、このバオーではない。
教会で見た真の恐怖と殺意を纏った怪物。
正に“世界を破滅させる存在”というべき姿だった。
だが今は違う。倒すべき敵にさえ情けをかけ挙句の果てにこの様だ。
彼の心を満たした充足感は薄れ、代わりに空虚な想いだけが込み上げる。
果たして、全てを賭して打ち倒す価値はあったのだろうか。
苛立ち紛れにワルドは押し込んだ杖をさらに抉り込む。

「………!」

ルイズも、タバサも、シルフィードも限界だった。
使い果たした体力がではない。
込み上げる怒りが既に限度を突破していた。
彼を嬲る姿を見せつけられて冷静でいられるはずがない。
タバサは精神力を使い果たし、ルイズの詠唱は時間が掛かりすぎる。
シルフィードは長時間の戦闘で体力が残されていない。
だけど彼女たちは一歩も引こうとはしない。
たとえここで敗れる事になろうと背は見せられない。
決意を込めた眼差しを向ける少女たちにワルドが向き直る。
満身創痍ではあったが、それでも彼女たちを倒すだけの力は十分に残されている。
身の程も弁えずに牙を剥く連中を片付けようと彼は杖を引き抜いた。
そして詠唱へと入ろうとした瞬間、彼の耳が何か異音のようなものを捉えた。
それは耳を澄まさねば聞こえないほど小さくか細い音。
音のする方へとワルドは視線を向ける。
そこには風竜へと爪を突き立てるバオーの姿があった。

否。突き立てるなどという勇ましいものではない。
力を失った爪頑強な鱗に阻まれて逆に指先から剥がれ落ちていく。
それでも爪をなくした手でバオーは風竜を引っ掻き続ける。
指先の通り抜けた跡に付いた血が赤い線となり風竜の鱗を彩る。
戦う力は失われている、だが彼の眼だけは力を失っていなかった。
“おまえの相手はルイズじゃない”その眼がそう強く叫んでいた。

「汚らわしいぞ! 貴様は負けたのだ!」

横薙ぎに払われた杖がバオーの額を裂く。
飛び散る血飛沫にも彼は目を逸らさなかった。
その視線に、さらに憎悪を募らせたワルドが杖を振るう。

「この僕の前でこれ以上の醜態を晒すな!」

まるで捨てられた子犬のように無力で哀れな姿。
なのに、それでも尚も足掻こうとする無様。
許せなかった。僕との闘いを侮辱しているかのように思えた。
潔く敗北を認めて死を迎えれば苦痛を味わう事もないというのに。
勝てる見込みもなくただ抗うだけ。
短い溜息をついてワルドは杖を構えた。

「……もういい。貴様はここで死ね」


どくん、とワルドの言葉に反応するように何かが脈動した。
だがワルドは気付かない。それはあまりにも微弱すぎる反応だった。

黙れ。おまえに何が分かる。
彼はまだ生きている、生きているからこそ足掻く。
何かが出来ると信じているから戦える。
それを否定する権利はおまえにも誰にもない。

ずっと彼の目を通して見てきた。
彼の耳を通して聞いていた。
彼の感情を通じて感じていた。
悲しみも憎しみも恐怖も勇気も優しさも、全てを。
それは研究所の中では知り得なかったもの。

何も知らなかった僕に、彼は生きる意味を教えてくれた。
辛くて、悲しくて、厳しくて、それでも価値のあるものだと。
自分が生きているからこそ何かを成せるのだと。
生まれてきた事に意味なんて無い。だからこそ誰もが意味を求める。

誰に作られたのか、何の為に生まれたのかなんて関係ない。
自身の意思で彼を守る為にこの命を使おう。
唯一、自分の為に泣いてくれた彼の為に。

穿たれた頭部の穴から何かが飛び出す。
それは1cmにも満たない小さな寄生虫。
彼の体から這い出た虫は一瞬にして風竜の傷口へと入り込む。
切り裂かれた皮膚の下、血管内を通り抜けて脳へと至る。
体内への異物の進入、その激痛に風竜が暴れ狂う。

「くっ! どうした!?」

突然、制御を失った騎竜にワルドは困惑の声を上げた。
構えた杖を下げて必死に振り落とされないようしがみ付く。

“寄生虫バオー”の麻酔作用開始!
脳内に入り込んだ“寄生虫バオー”は風竜の精神を麻酔し、その肉体を完全に支配した!

次第に落ち着きを取り戻していく風竜。
それを目にして安堵するワルドの前で異変は起こった。

瞳孔散大! 平滑筋弛緩!
異質な輝きを放つ黄金の瞳!
裂けた額からは竜には存在しない触覚器官!

「こ……これは!」

“寄生虫バオー”の分泌液は血管を伝って細胞組織を変化させ、
皮膚と鱗を特殊なプロテクターに変え、筋肉・骨格・腱に強力なパワーを与える!

ワルドの足元にいるのは、もはや風竜ではない。
怪物に変貌した騎竜を前にワルドは驚愕するほかなかった。
言葉を失った彼の代わりに“それ”は咆哮を上げた。

「ウオオォォォォォム!!」

これがッ! これがッ!!
これが“バオー”! “バオー武装現象”だッ!


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