ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-86

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匿名ユーザー

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戦場に響き渡るワルドの詠唱にその場にいる全員が凍った。
“ライトニング・クラウド”高い殺傷力を持つ風のトライアングル・スペル。
様子見も無しで全力で殺しに来たのかとモット伯は警戒した。
備える間もなく放たれた雷が彼等の間を駆け抜ける。
そして稲光は地面に転がる鉄柱へと吸い込まれた。
一瞬の沈黙の後。耳慣れない音が静かに流れた。
機械音を奏でレンズを晒して変形する“光の杖”
異世界の兵器、その胎動を耳にしたワルドの表情が崩れる。

「やはり……やはりそうか! 僕の予想通りだ!
は、はははははっ! これで奴を殺せる、殺せるぞ!」

呆然とする彼等の前でワルドは堪えきれずに笑いを零した。
それを見てモット伯は確信した、あれは勝利を確信しての高笑いだと。
彼の眼には自分も兵達の姿も映ってなどいない。
別に腹を立てる理由などない。敵が見逃してくれるというなら好都合。
さっさとこの場を離れて安全な場所に隠れるのが利口だろう。
なのに私は理に合わぬ行動を取っていた。
どこで間違えたのか、それとも今までが間違っていたのか。
腕を伸ばして地面に落ちたそれを私は拾い上げた。

「なんだ、まだいたのか」

光の杖を抱えた私をワルド子爵の視線が射抜く。
まるで汚物でも見るかのようなその眼に寒気が走った。
呼吸が乱れる。殺意を突きつけられた訳ではない。
それでも風に揺れる木の葉のように容易く気圧された。

「ふん、どうせ見逃すのも今だけだろう。
トリステイン王国が滅びれば全員死刑台送りだ」
「当然だ。貴様等はトリステインに湧いた寄生虫だ。
一匹残らず駆除し、かつての王宮の栄華を取り戻す」

毒づくモット伯の言葉を冷静に、
だが憎しみを滲ませながらワルドは返答した。
彼を歪ませた一因は間違いなく王宮にあった。
支えである両親を失ったワルドに残されたのは貴族としての誇りだけ。
いや、それだけで十分だったのかもしれない。
王国の為に杖を振るい、いずれはその命を捧げる。
まだ幼い時分からワルドはその覚悟を背負って生きてきた。
魔法衛士隊に入った彼は念願叶い、王宮への立ち入りを許された。
そこで己の命を懸けるべき王国の実態を目にした時、彼の忠誠は終わりを告げた。
そして全てを失ったワルドはレコンキスタへと身を寄せた。
『聖地』を追い求める為に、自分の誇りを裏切った王宮への復讐を果たす為に。


「それは無駄骨だよワルド子爵」

それをモット伯は鼻で笑い飛ばす。
王宮に足を踏み入れた者は誰しも一度は絶望する。
彼とて若き日にはトリステイン王国に全てを捧げるつもりでいた。
しかし腐敗した王宮を目の当たりにして彼は王国の発展を諦めた。
腐敗を正すなど彼一人で出来る事ではなかった。
モット伯は王宮の中で穢れながら生きる道を選んだ。
利権を貪り合う高級貴族の争いに愛想を尽かし、勅使以上の地位を彼は求めなかった。
自分に与えられた仕事をこなし、日々の退屈を享楽でごまかし続けていた。
胸に滾っていた若き日の情熱を失ったまま、
何一つとして遂げる事なく当たり前に生涯を終えると思っていた。

安定した何の障害もなく平坦で平穏な道。
だが、それは一人と一匹の主従に叩き壊された。
何もかも失った代わりに、私は退屈から解放された。
騒々しく目まぐるしく動き回る、忙しくも充実した時間。
ミス・ヴァリエールが王宮に立てばきっとそんな日々が日常になるだろう。
それはきっと無為に過ごした時間をも塗り潰す楽しい時間。
幾万の軍隊など必要ない、たった一人の少女が王宮を変えるのだ。
王宮に足を踏み入れた頃から止まったままの時間、途中で閉じられたままの本。
長い長い眠りについていた世界がようやく動き始める。
そのせっかくの楽しみを誰かに邪魔されてなるものか。

「貴公はかつてのトリステインを取り戻す為に、
私はこれからのトリステインを見届ける為に。
ここに両者の意見は分かたれた!
ならば決着を! 誇り高き貴族としての方法で!」

口で手袋を外してそれをワルド子爵に叩きつける。
その色は言うまでもなく純白。
伝統の作法に乗っ取った決闘の申し込み。
二人を除くその場にいる誰もが息を呑んだ。
平静に振舞うワルドの顔もどこか引き攣っていた。
怒気混じりの殺意が彼の周囲を漂う。

「まさか逃げはしまいな? ワルド子爵」
「……笑えない冗談だ。だがここまでされては引き下がれんな」

ワルドの視線がモット伯へと向けられる。
彼は初めて目前の人物を敵と認識した。
殺意の篭った眼差しに貫かれたモット伯は、
それでも不敵な笑みを崩そうとはしなかった。


「我が名はジュール・ド・モット! 二つ名は“波濤”!
水はあらゆる姿に形を変え、時には岩をも砕く暴力と成らん!」

モット伯の名乗りが高らかに戦場に響き渡る。
その背後で飲み水を蓄えた大樽が続けて破裂する。
打ち上がった巨大な水柱が奔流に変わりワルドの足元を流れた。
川のように流れる水が二人の姿が歪んで映る。
キュルケの双眸が杖を構える両者を見据える。

スクエアとトライアングル。クラスだけでも両者の差は歴然。
ましてや王国屈指の実力者である魔法衛士隊の隊長とただの勅使。
比較すればするほど絶望的なまでに差は開いていく。
なのにモット伯は決闘という無謀な勝負に出た。
私はモット伯の実力を知らない。
もしかして彼にはワルドを倒す自信があるというの…?

“いいぞ。もっと突っかかって来い”

震える膝を隠してモット伯は仁王立ちする。
恐怖に引き攣った顔を笑みでごまかす。
一瞬たりとも眼を逸らさず殺意の篭った視線を見返す。
思わず瞳の端に浮かんだ涙を一滴も零さぬよう堪える。

断言しよう。私では何をやろうともワルド子爵には勝てない。
何かの弾みでスクエアの域にまで私が達しようが、
運悪くアルビオン艦隊の砲弾がワルドに雨霰と降り注ごうが、
天地が引っくり返ろうが勝ち目など億分の一もない。

だが勝つ必要など何処にもない。
最も避けるべき事態はワルドに“光の杖”を奪われる事だ。
わざわざ敵陣の中に飛び込んでまで奪いに来るぐらいだ。
無くては困る代物だろう。無ければ“彼”には勝てないのだ。
ならば、それだけを防げばいい。
私はハッキリ言って戦いなどという野蛮な行為は苦手だ。
だが嫌がらせなら私の右に出る者はいないだろう。

奴は私達を嘗めている。ましてや私一人など瞬殺できると思っている。
“光の杖”を使うのに“ライトニング・クラウド”が必要なら、
強力な魔法を使わずに少しでも精神力を温存しようとするだろう。
だから私はワルドの油断を突いて逃げまくる。
そして一秒でも多く時間を稼ぐのだ。
その間に“彼”がワルドを倒してくれる事を期待して。

“ワルド子爵。嘘というのはこうやって吐くのだ。
最後の最後まで相手を騙し通してこその嘘なのだよ”

吹き荒れる風が水面を波立たせる。
『閃光』と『波濤』。両者の激突が今、静かに幕を開けた。


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