ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-17

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匿名ユーザー

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カステルモールの詠唱を耳にしたセレスタンが全力で退く。
己が体術とレビテーションを駆使して生み出す疾風の如き動き。
一拍遅れて放たれた嵐がセレスタンが立っていた場所を抉る。
大地も大気も全てを巻き込み、切り刻まれて塵と化す。
霧の裂け目からは竜巻が通り抜けた痕がハッキリと窺える。
そこだけ巨大な怪物に食い千切られたかのような地面。
もし直撃していればカステルモールの言葉通りになっていただろう。

“カッター・トルネード”
真空を帯びた竜巻で対象を引き裂く風のスクウェアスペル。
知識としては知っていても実際に目にするのはこれが初めて。
目の当たりにしたその凄まじい破壊力にセレスタンは恐怖した。
防ぎようなどない。喰らえば竜巻に呑み込まれて八つ裂きにされる。
様子見も何もあったものではない。
カステルモールは全力で俺を消しにかかっている。

「やっぱ強えわ…アイツ」

前にやりあった時には一戦終えたばかりだった。
だが、それを言い訳にするつもりはない。
たとえ精神力が存分に残されていたとしても結果は同じだった。
実力の差は歴然。その差は手段を選ばなくとも覆しがたい。
それを理解しても尚、狂犬のように彼は牙を向く。

霧の中に身を潜め息を殺しながら生み出した幾つもの炎の球。
それをセレスタンはカステルモールの周囲に放つ。
自動的に敵を追撃し仕留める猟犬の如き魔法。
この視界では何処から襲い来るか分からず、
さらに同時に迫る複数のフレイムボールは防ぎ難い。
たとえ防がれたとしても防御に手を割かせられる。
そこに強力な魔法を叩き込むのがセレスタンの常套手段。
このまま延々とカステルモールの精神力が尽きるまで
魔法を躱し続けるなど到底できる事ではない。
だからこそ彼は短期決戦を仕掛けた。

カステルモールの周囲を舞い踊る火球。
空気を伝わる熱と光で存在を感知していたとしても、
縦横無尽に飛び回るそれの正確な位置を測定する事はできないだろう。
だがカステルモールに怯えはない。
淀みなく詠唱を終えるとセレスタンへと顔を向けた。

「この霧はおまえたちの仲間が作り出したのか?」
「正直に俺が教えるとでも?」
「いや、思わないさ。だが一つだけ言っておこうと思ってな」
「……何をだ?」

言いようのない不安に恐怖を抱いたセレスタンが尋ねる。
押しているのは自分の方だと言い聞かせて震える喉を抑える。
悠然と杖を掲げてカステルモールは答えた。

「霧で覆ったのは失敗だったな」

刹那。周囲の気温が急激に下がった。
そこからセレスタンは“アイス・ストーム”を使ったのだと予測した。
氷の嵐で全ての火球を迎撃する、それは最も確実な方法だろう。
しかし違った。セレスタンの放ったフレイムボールは健在。
何が起きたのか、いや何をしたのか分からない彼の前にそれは現れた。

氷の刃。それも数十を超える数がカステルモールを中心に展開していた。
“ウィンディ・アイシクル”空気中の水分から生み出される氷の矢。
本来ならせいぜい両手の指で数えられる程度の数が限度。
だが、この霧を利用して彼は有り得ない数の弾丸を張り巡らせた。

セレスタンの表情が凍った。
解き放たれた氷の刃が一斉に牙を剥く。
カステルモールの周囲を飛び交っていた火球も貫かれて消滅する。
咄嗟にセレスタンは“ファイヤー・ウォール”を唱えた。
放たれた氷の矢が炎の壁に阻まれて彼の火球と同様、消滅していく。
たちこめる水蒸気と霧が入り混じって視界を奪う。
その向こう側から聞こえるのは“カッター・トルネード”の詠唱。

カステルモールの攻防一体の魔法が立場を逆転させる。
自分のお株を奪われる形となったセレスタンが舌打ちする。
避けるのも防ぐのも、もう間に合わない。
こうなれば、せめてカステルモールを道連れにと、
彼はフレイムボールを詠唱し解き放とうとした。

「きゃあああああ!」

互いの詠唱が重なる中、絹を裂くような女性の悲鳴が響いた。
二人の視線が一瞬そちらへと向く。
おぼろげに見える尻餅をついた女性のシルエット。
その傍らにはカステルモールの放った氷の刃。
恐らくは流れ弾が近くを掠めたのだろう。
それを目にしたセレスタンが邪悪な笑みを浮かべた。
彼の杖の先から放たれるフレイムボール。
だが狙いはカステルモールではなく、その女性へと向けられていた。

「くっ!」

それをカステルモールが“カッター・トルネード”の詠唱を破棄し、
咄嗟に唱えた“ウィンディ・アイシクル”で撃墜する。
急場を凌いだセレスタンが再び霧の中へと姿を隠す。
無関係な人間、それも女子供に杖を向けるやり方に吐き気を覚える。
今すぐにでも追いかけて殺したいがカステルモールは追撃するのを諦めた。

どこに襲撃者が潜んでいるか分からない中、
女性一人放置して去るなど彼の騎士道が許さない。
それにセレスタンなら容赦なくその弱みを突いてくるだろう。

「ご無事ですか?」
「え……ええ。ありがとうございます」

歩み寄ったカステルモールが彼女に手を差し伸べる。
その顔色は蒼白で唇がわなわなと震えている。
無理もない。突如このような事態に巻き込まれたのだ。
訓練を受けた兵士ならまだしも、ただの貴族ではその恐怖には耐えられまい。
この女性と同様にシャルロット様もどこかで恐怖に慄いているだろうか。
そう考えるとカステルモールは居ても立ってもいられなかった。

「あ……」
「おっと、大丈夫ですか?」

伸ばされた手を彼女が取って起き上がる。
よろめいた彼女の身体をカステルモールが抱き止める。
慌てて離れようとした騎士に彼女はしがみつく。
細い腕をしっかりと胴に回して女性の身体が押し付けられる。
豊わに実った胸の感触に、危うく彼はここが戦場だということを忘れかけた。
コホンと咳払いして冷静に紳士的に彼は振舞おうと努力する。

「あの、すみませんが私にはやるべき事が…」
「お願いです! もう少しだけ傍に!」

彼女の身体は未だ震えていた。見れば足取りも覚束ない。
このまま彼女を連れて安全な場所へと移動するのは無理だろう。
ならば落ち着くのを待ってから行動すべきだと彼は考えた。
“決して欲望に負けたわけではありません”と、
心の中のシャルロットに弁明と謝罪しながら彼は問い質す。

「他の方はどうなされたのですか?」
「……皆、散り散りに。私も逸れてしまい」

ぎゅっと服を掴む彼女の手に力が込められる。
よほど恐ろしかったのか、顔を伏せて吐き出すように言葉を紡ぐ。
震えながら呟く彼女の声にカステルモールは反応を示した。
“もしかしたら狙いはシャルロット様ではなく……”
それを確かめようと彼は再び女性へと尋ねた。

「では貴方がたの姫は、ティファニア姫は!?」
「姫様の事なら心配は要りません」

カステルモールの慌てた口調に、
その女性……マチルダ・オブ・サウスゴータは平然とした様子で返答した。
それに安堵するカステルモールには気付けなかった。
震える彼女の手が止まり、杖を持つ自分の利き腕を抑えている事に。
そして背に回したもう一方の手が彼女の杖を取り出していた事に。

「だって彼女はアルビオンにいるのですから」
「え……?」

言葉の意味が分からずに困惑する彼の真上に影が落ちた。
それは巨大な土の拳。人間の身体を遥かに上回る桁外れの規格。
咄嗟に魔法を唱えようとする彼の腕をマチルダが抑える。
自分が罠に落ちたことを悟ったカステルモールが叫ぶ。

「まさか、この襲撃はアルビオンが……」

その言葉は言い終える前に衝撃音によって遮られた。
振り下ろされた拳がカステルモールの身体を打ち砕く。
鈍い音と共に舞い上がった砂埃が彼女の視界を奪う。
それが収まった後に残されたのは無残な騎士の姿。
腕はあらぬ方向に捻じ曲がり、口からは吐瀉のような血の跡。
それを見下ろしながらマチルダは口元を吊り上げて笑った。

「は、はは。何がスクウェアメイジさ。
色仕掛けぐらいでこうも簡単に引っ掛かるなんて……」

そこまで口にしてマチルダの顔は青白く染まった。
喉元までせり上がってくる何かを感じ口元を手で抑える。
その場を駆け離れた彼女が学院の壁に手を付いて俯く。
そして逆流した胃の中身をその場にぶちまけた。
止まらぬ出血のように続く嘔吐。
初めて彼女は人の命を手をかけたのだ。
魔法を使ったとはいえ直接、他人の命を奪った感触。
押し潰されたカステルモールを見た瞬間、彼女はそれを自覚した。

『貴方様は来るべきではない』とそう告げた中年の騎士の姿が浮かぶ。
それを押し曲げて付いてきたのは私だ。
たとえ人を殺す事になろうとも厭わないと私は彼に言った。
テファを守る為ならどんなことでもすると誓ったのは嘘だったのか。

「……なんて無様」

苛立たしげに拳を壁へと叩きつける。
一人殺しただけで何て醜態を晒しているのか。
そうだ、まだたった一人じゃないか。
これからもっともっと多くの人間を殺そうってのに何を足踏みしている?
躊躇う時間なんて残されていない。
零れ落ちる砂時計のように機会は次々と失われていく。
歯を食いしばり口元を拭って背を起こす。

「ああ、そうさ。あの子の為なら何だってできる」

どれだけ多くの人間が死のうとも彼女が笑ってくれるならそれでいい。
与えられて当然の幸せを彼女が享受できるなら、この世界が滅びても構わない。

悲痛な決意と共に彼女は杖を振り上げた。
それに応じて彼女のゴーレムが拳を振りかざす。
その先に、生徒たちが避難した校舎を捉えながら。

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