ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-15

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匿名ユーザー

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苦虫を噛み潰したようなイザベラの表情。
騎士の報告を耳にした彼女の眉が釣り上がっていく。
頼りの東薔薇花壇警護騎士団は総力を挙げシャルロットの行方を探している。
だけど、そこにはイザベラの名前など出てこない。
彼女を守ろうとする動きを見せていない。
その場に跪く騎士がカステルモールの弁護をする。

「……恐れながら。これは決してイザベラ様の御身を軽んじてのものでは」
「どうだかね。案外いなくなった方が好都合だと思ってるんじゃない」

青く長い髪を振り回しイザベラは視線を外した。
カステルモールの判断は間違っていない。
わたしが狙いだとしたら、わざわざ警備が厳重な日を選んだりはしない。
平日の夜中にでも学院に忍び込めば殺すのも捕らえるのも容易だ。
それをこんな騒ぎを引き起こしてまで強行したとなると狙いは別にある。
だからこそ危険はないと踏んでシャルロットの安否を優先した。

感情を抜きにすれば納得できない内容ではない。
しかし彼女の心には大きなわだかまりが残っていた。
それはシャルロットに対する嫉妬だったのかもしれない。
あるいは自分を蔑ろにする花壇騎士たちへの苛立ちか。
彼女の表情の変化を察した騎士が弁明の言葉を重ねる。

「そのような事はございません。
我等はシャルロット姫と変わらぬ忠誠をイザベラ様に誓っております」
「口ではいくらでも言えるさ。
“わたしの為なら命を捨てられる”って言うなら、
その証拠を見せてもらおうじゃないか」

イザベラの吐き捨てるような言葉にギーシュは息を呑んだ。
彼女は遠回しに“自害して見せろ”と言ったのだ。
平然とそんな言葉を口にできるイザベラに、
ギーシュは襲撃者たちのものとは別の恐怖を感じた。
戯れで人の命を奪えるような残忍な性質。
見た目麗しい少女の内には、そんな怪物じみた狂気が潜んでいる。

ただ脅かすだけのイザベラの命令を騎士は黙って受け止める。
そして、しばしの沈黙の後に重々しく彼は口を開いた。

「今は御身をお守りする事が使命なればご容赦を。
無事リュティスに戻った暁には従者に命じて我が首を届けさせましょう」
「……冗談を本気に取らないでよね。
あんたが死んだところで、わたしが得する事なんて何一つ無いじゃないか」

言葉に篭められた騎士の本気を察したイザベラが命令を覆す。
何故そう簡単に命を捨てる事が出来るのか、
命よりも主命を是とする騎士の誇りを大事としたのか、
その理由がイザベラには分からない。
だから、騎士が返した言葉も何一つ理解できなかった。

「存じております。イザベラ様は心根の優しい御方ですので」
「は?」
「へ?」

間抜けな声を上げたのはイザベラとギーシュ。
二人は唖然とした顔で真面目に語る騎士の顔を覗く。
確信に満ちた面持ちを崩さない彼に、ギーシュは困惑を隠せない。
冷静に彼の言葉を反芻して答えを導き出す。

たとえば、今ここにいる彼女以外にイザベラって人がいるとか、
心根の優しいというのは口汚いスラングの一種で実は真逆の意味とか、
ガリア王国では王族の前では嘘しか言っちゃいけない決まりがあるとか、
とりあえず考えられる事を列挙して彼の言葉を全力でギーシュは否定する。

「ちょ、ちょっと待ちな。誰が優しいだって?」
「イザベラ様はシャルロット様を常にお気遣いなされておいでで。
今も自身の安否を差し置き、姫殿下の無事を確かめようと……」
「ただ現状を聞いただけじゃないか!」

必死に否定するイザベラに騎士は思い出に浸りながら続ける。
語るのはかつて彼女が起こした問題の数々。
しかし彼にとってはどれもがイザベラの美談。

「それに幼少の折には自室に篭りがちなシャルロット様を、
花壇騎士団の風竜を盗んでまで外に連れ出そうと」
「あれはあいつを脅かそうとしただけ!
高い所連れて行けば少しはびびるかと思ったんだよ!」

実際に怯えていたのはイザベラだけ。
ぎゃあぎゃあと喚く彼女の隣でシャルロットは自室と変わらず本を読み耽っていた。
完全に制御不能となった風竜に花壇騎士が決死の覚悟で飛び移り、
何とか無事に二人を地上に連れ戻す事に成功したのだ。
この一件以来、イザベラは騎士団の厩舎に近づく事を禁止された。

「苦しむ領民の為にミノタウロス退治に乗り出した時など心が打ち震えました」
「ただの冒険ごっこじゃないか!」

ついでに今度こそシャルロットを恐怖のどん底に叩き落そうと画策していた。
だが洞窟まで辿り着いてもシャルロットは一向に怖がる様子がなかった。
逆にイザベラの方が薄暗い洞窟が醸し出す言いようのない空気に飲み込まれていた。
極上の餌の匂いに釣られたミノタウロスが塒から出てくるのと
彼女たちを追う花壇騎士団が到着したのは全くの同時だった。
激しい戦いの末、東薔薇花壇騎士団はミノタウロスを討ち取り、
村人たちの歓声を背に受けながら捕獲したイザベラを連れ首都リュティスの帰路に着いた。
尚、当時の領主は管理不行き届きとして、この件の責任を取らされて領地を没収された。
この事件以降、イザベラが各々の領内に入る時には関所から警戒の狼煙が上がるようになったという。

「さらには向学のため、難関といわれる魔法学院に入学し、
今度はトリステインとの親交を温めようと留学なさる。
そのような大器の持ち主であらせられるイザベラ様を、
どうして我々花壇騎士団が軽んじることなどできましょうか」

(ダメだ。まるで話が噛み合わってない)

感極まって今にも涙を流しそうな騎士を前に、
イザベラは諦めたように溜息をついた。
ひどく迷惑そうな顔を浮かべながらイザベラはようやく騎士の真意を理解した。
つまり、こいつは本気で私を根っからの善人と勘違いしているのだ。
だからこそ命を捨てるよりも自分が信じてもらえない方が辛く思えたのか。
見る目がないにも程がある。まあ、わたしの器の大きさを見抜いただけでもマシか。

人を信じず、人に信じられなかったイザベラには騎士の姿が奇異としか映らない。
彼女の周りにいたのは自分を利用する者と無視する者だけ。
だから、この時イザベラは騎士にかける言葉が見つからなかった。
信用はできても信頼できる誰かなど彼女の傍らにはいなかったのだから。


「まあ、勝手に解釈すればいいさ。
それよりもシャルロットを見つけたらすぐに知らせな。
絶対に安全な避難場所がある。わたしもそこに隠れるつもりさ」

自分の使い魔の能力を思い出しイザベラが騎士に告げる。
あの幽霊屋敷の中に隠れてしまえば決して見つかることはない。
今すぐにでもそうしたいのだが、あいにくとあの幽霊はここにはいない。
とりあえず見つけたら一発殴っておこうと心に決めるイザベラに、
騎士は首を傾げながらイザベラに問い返す。

「安全な場所? それは一体……」
「マジックアイテムの一種みたいなものだよ。
最近手に入れたばかりでね、面白いんでしばらくは遊び倒すつもりさ」

くっくと楽しげに笑みを漏らすイザベラに、
騎士は疑問を深めるも久方ぶりに見た彼女の笑顔にそれを忘れた。
あどけない笑みを浮かべる彼女は年相応の普通の少女のようだった。

その彼の傍で、不穏な笑みを見せるイザベラの姿に、
ギーシュは底知れぬ戦慄を覚えていた。

「……………」

不意に騎士の顔が険しいものへと変わった。
跪いた姿勢から立ち上がり何もない霧の中へと視線を移す。
その尋常でない様子にイザベラが問いかける。

「どうしたんだい?」
「……囲まれました。二、三人といったところでしょうが、
等間隔を置いて距離を詰めてきています。かなり手馴れた連中です。
御安心を。イザベラ様は一命に代えてもお守りします」

騎士の返答にギーシュの顔色は蒼白に変わった。
今度こそ本当に襲撃者がやってくるのだ、それも三人も。
さらに言うなら騎士は彼女を守るとは言ったが、
自分も守ってくれるとは一言も言っていない。
見捨てられる可能性だってあるし、
イザベラの考え方からすれば囮や盾に使われるかもしれない。

あたふたと慌てふためくギーシュの隣で、
イザベラは口元を釣り上がらせながら騎士に言った。

「さっそく機会が来たじゃないか」
「何のことでしょうか?」
「さっきの言葉、わたしに信じてもらいたいなら証明してみせな」

くいっと霧の向こう側を顎で彼女は指し示す。
そこにはこちらを伺っているであろう襲撃者たちがいる。

「わたしに楯突くバカな連中を蹴散らしてだ」
「は! 仰せのままに!」

快い返事と共に騎士は杖を構える。
杖の先を眺めながら騎士は自分に言い聞かせる。

この杖は自分の杖ではない。
そして命でさえ自分のものではない。
杖も命も仕えるべき御方に預けた者が騎士となるのだ。
だからこそ騎士は決して倒れない。
主の許可なくして死ぬことは許されない。
勝てと言われれば相手が千の軍勢であろうと必ず勝つ。
―――それが騎士の誇りであり自分の誇りなのだと。

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