刃と杖。衝突する凶器の間に激しく飛び散る火花。
絶える事無き剣戟の音が戦場の空に木霊する。
喰らいつかれた前脚から止め処なく血が溢れ出る。
刃を振る度に牙は深く食い込み、肉を切り裂いていく。
しかし体内を巡る分泌液は半ばまで千切れかけた脚を修復していく。
直す度に傷付き、傷付く度に直る。永劫ともいえる苦痛の連鎖。
常人ならば耐え切れずに精神を崩壊させるだろう。
だが、それにも関わらずバオーはワルドと拮抗していた。
絶える事無き剣戟の音が戦場の空に木霊する。
喰らいつかれた前脚から止め処なく血が溢れ出る。
刃を振る度に牙は深く食い込み、肉を切り裂いていく。
しかし体内を巡る分泌液は半ばまで千切れかけた脚を修復していく。
直す度に傷付き、傷付く度に直る。永劫ともいえる苦痛の連鎖。
常人ならば耐え切れずに精神を崩壊させるだろう。
だが、それにも関わらずバオーはワルドと拮抗していた。
ワルドが苛立たしげに顔を歪ませる。
苦痛を感じない訳ではないだろう。
そこまでして何故ルイズの為に戦うのか、それがガンダールヴのルーンの力なのか、
あるいは苦痛を物ともしない化け物じみた精神を有しているのか?
どちらにせよワルドには焦りだけが募っていた。
相手は片腕、それも刻一刻と血液を失い死に逝く身。
なのに自身の猛攻を凌ぎ、さらには反撃すらも試みる。
本当にこの怪物にも“死”は訪れるのかと疑惑が浮かぶ。
苦痛を感じない訳ではないだろう。
そこまでして何故ルイズの為に戦うのか、それがガンダールヴのルーンの力なのか、
あるいは苦痛を物ともしない化け物じみた精神を有しているのか?
どちらにせよワルドには焦りだけが募っていた。
相手は片腕、それも刻一刻と血液を失い死に逝く身。
なのに自身の猛攻を凌ぎ、さらには反撃すらも試みる。
本当にこの怪物にも“死”は訪れるのかと疑惑が浮かぶ。
だが怪物とはいえ奴は生物だ。
この世の理を無視して活動しているのではない。
現に“光の杖”の乱発で体力を消耗し、本来の実力を発揮できていない。
生きている以上、どんな生物でも必ず殺せる。それは必定だ。
あと一手、それさえあればこの怪物を討ち取れる。
この世の理を無視して活動しているのではない。
現に“光の杖”の乱発で体力を消耗し、本来の実力を発揮できていない。
生きている以上、どんな生物でも必ず殺せる。それは必定だ。
あと一手、それさえあればこの怪物を討ち取れる。
羽帽子の合間から見下ろす殺意に満ちた眼光。
それに正対しながら杖を切り払う。
刹那。激痛が針のように前脚を貫く。
竜の牙は感覚神経にまで達していた。
バオーの麻酔効果もそこまでは及ばない。
痛覚を無くすだけならばバオーには容易い。
だが、感覚が少しでも鈍ればワルドの杖は容赦なく頭蓋を打ち抜くだろう。
発狂しそうな激痛の中、それでもバオーは刃を振るい続ける。
頭の中を火花が駆け巡り、何もかもが真っ白になりそうな世界で、
彼はひたすらに少女の笑顔だけを思い浮かべ続ける。
戦う理由、守るべき者、それだけを心に刻む。
それに正対しながら杖を切り払う。
刹那。激痛が針のように前脚を貫く。
竜の牙は感覚神経にまで達していた。
バオーの麻酔効果もそこまでは及ばない。
痛覚を無くすだけならばバオーには容易い。
だが、感覚が少しでも鈍ればワルドの杖は容赦なく頭蓋を打ち抜くだろう。
発狂しそうな激痛の中、それでもバオーは刃を振るい続ける。
頭の中を火花が駆け巡り、何もかもが真っ白になりそうな世界で、
彼はひたすらに少女の笑顔だけを思い浮かべ続ける。
戦う理由、守るべき者、それだけを心に刻む。
「僕はルイズを…虚無の力を手に入れる!」
ワルドの宣言と共に突き出された杖の一撃。
それを弾き返しながら彼は声ではなく心で叫んだ。
“ルイズは物じゃない!誰の物でもない!”
残された力を振り絞って力強く誰にも届かない言葉で叫んだ。
それを弾き返しながら彼は声ではなく心で叫んだ。
“ルイズは物じゃない!誰の物でもない!”
残された力を振り絞って力強く誰にも届かない言葉で叫んだ。
彼女は自由だ。自分で何でも決められる。
今は無理でも望んだ未来へと自分の足で歩んでいける。
傍にいて欲しいと思う。だけど決めるのは彼女だ。
彼女を繋ぎ止めたいとは思わない。
だって好きになったのはそんな彼女だったから。
戦う理由はいつからか“恩返し”じゃなくなっていた。
“彼女が好きだから”それだけで十分な理由になっていた。
いつの日か、彼女が今日までの事を笑って振り返れるように。
今は無理でも望んだ未来へと自分の足で歩んでいける。
傍にいて欲しいと思う。だけど決めるのは彼女だ。
彼女を繋ぎ止めたいとは思わない。
だって好きになったのはそんな彼女だったから。
戦う理由はいつからか“恩返し”じゃなくなっていた。
“彼女が好きだから”それだけで十分な理由になっていた。
いつの日か、彼女が今日までの事を笑って振り返れるように。
「その為にも貴様は邪魔なのだ!」
ああ、同感だ。おまえは邪魔だ。
おまえがいたら、いつまで経ってもルイズは笑えない。
大好きな彼女の笑顔が見られないのだから―――!
おまえがいたら、いつまで経ってもルイズは笑えない。
大好きな彼女の笑顔が見られないのだから―――!
高高度での死闘が続く中、満身創痍の一団が上空を目指す。
風竜を中心にした竜騎士の小隊。
否。その風竜を駆るのは騎士ではなく一人の少女。
その背には同様に年若い少女。
彼女等を護衛するように傷だらけの竜騎士が左右に付く。
風竜を中心にした竜騎士の小隊。
否。その風竜を駆るのは騎士ではなく一人の少女。
その背には同様に年若い少女。
彼女等を護衛するように傷だらけの竜騎士が左右に付く。
アルビオンの竜騎士隊は即座に迎撃へと移った。
進路から狙いはワルド子爵の風竜だと容易に知れた。
攻城戦では並居る兵士達を虐殺し、艦隊に大損害を与えた怪物が倒されようとしている。
その千載一遇の好機をこのような連中に邪魔されてなるものか。
彼等の意思が言葉ではなく気迫を通じて伝わってくる。
火竜の息吹が一団へと吐きかけられる。
シルフィードの眼前まで迫る炎の壁。
それを直属竜騎士隊は自らの騎竜を盾にして防ぐ。
灼熱を物ともしない火竜の鱗とはいえ限界はある。
肉が焦げる嫌な臭いと共に剥げ落ちる鱗と黒ずんだ皮膚。
だが、それでも火竜の勢いは衰えなかった。
速度をそのままに再び火を吐こうとした同類の喉笛に喰らいつく。
直属竜騎士隊が一騎当千の戦士ならば共に駆け抜けた彼等がそうでないはずはない。
悲鳴をあげる火竜の翼に爪を叩きつけて引き裂く。
とても誇り高き竜騎士同士の戦いではない。
しかし炎も精神力も尽きた彼等に残された戦い方はそれだけだった。
気が付けば他の竜も同様に爪と牙を武器に攻勢を仕掛けていた。
ここまで近付かれては味方を巻き込んでしまう炎を吐く事は出来ない。
進路から狙いはワルド子爵の風竜だと容易に知れた。
攻城戦では並居る兵士達を虐殺し、艦隊に大損害を与えた怪物が倒されようとしている。
その千載一遇の好機をこのような連中に邪魔されてなるものか。
彼等の意思が言葉ではなく気迫を通じて伝わってくる。
火竜の息吹が一団へと吐きかけられる。
シルフィードの眼前まで迫る炎の壁。
それを直属竜騎士隊は自らの騎竜を盾にして防ぐ。
灼熱を物ともしない火竜の鱗とはいえ限界はある。
肉が焦げる嫌な臭いと共に剥げ落ちる鱗と黒ずんだ皮膚。
だが、それでも火竜の勢いは衰えなかった。
速度をそのままに再び火を吐こうとした同類の喉笛に喰らいつく。
直属竜騎士隊が一騎当千の戦士ならば共に駆け抜けた彼等がそうでないはずはない。
悲鳴をあげる火竜の翼に爪を叩きつけて引き裂く。
とても誇り高き竜騎士同士の戦いではない。
しかし炎も精神力も尽きた彼等に残された戦い方はそれだけだった。
気が付けば他の竜も同様に爪と牙を武器に攻勢を仕掛けていた。
ここまで近付かれては味方を巻き込んでしまう炎を吐く事は出来ない。
彼等が防衛線に開けた穴を青い風竜が突き抜ける。
その後を火竜が追うが速度で勝るシルフィードには届かない。
飛び去っていくその背を見上げてアルビオン王国の騎士達は笑った。
己を十倍する敵に四方を囲まれ、逃げ場を失ってなお笑った。
自分達は勝ったのだと胸を張って誇るように。
きっと彼女等なら何かをしてくれる。
奇跡無くしてはトリステインに辿り着けなかった避難船を、彼女達は導いてくれた。
だから今度も奇跡が起きるのだろう。
ならば命など惜しくはない。勝利の為なら甘んじて捧げよう。
だがタダでは死なん。連中にも相応の代償を支払わせてやろう。
その後を火竜が追うが速度で勝るシルフィードには届かない。
飛び去っていくその背を見上げてアルビオン王国の騎士達は笑った。
己を十倍する敵に四方を囲まれ、逃げ場を失ってなお笑った。
自分達は勝ったのだと胸を張って誇るように。
きっと彼女等なら何かをしてくれる。
奇跡無くしてはトリステインに辿り着けなかった避難船を、彼女達は導いてくれた。
だから今度も奇跡が起きるのだろう。
ならば命など惜しくはない。勝利の為なら甘んじて捧げよう。
だがタダでは死なん。連中にも相応の代償を支払わせてやろう。
「王国の騎士達よ!最期まで杖を取れ!
亡き王、隊長、戦友に恥じぬ戦い振りを見せるのだ!」
亡き王、隊長、戦友に恥じぬ戦い振りを見せるのだ!」
すでに用を成さなくなった杖を胸元でかざす。
それに応じて他の騎士たちも続く。
死を覚悟して突撃する彼等へと一騎の竜騎士が迫る。
彼等がそちらに眼を向けた瞬間、竜はその大きな顎を開いた。
その瞬間、喉の奥底で燻る赤い炎が彼等の瞳に映った。
それに応じて他の騎士たちも続く。
死を覚悟して突撃する彼等へと一騎の竜騎士が迫る。
彼等がそちらに眼を向けた瞬間、竜はその大きな顎を開いた。
その瞬間、喉の奥底で燻る赤い炎が彼等の瞳に映った。
「………!?」
その行動に彼等は動揺を隠せなかった。
アルビオンの竜騎士隊を避けて彼等を攻撃する事は出来ない。
炎の吐息は彼等諸共、竜騎士隊も焼き尽くすだろう。
そして彼等はその竜騎士の意図を察した。
仲間を捨て駒にして自分達を倒そうとしているのだと。
アルビオンの竜騎士隊を避けて彼等を攻撃する事は出来ない。
炎の吐息は彼等諸共、竜騎士隊も焼き尽くすだろう。
そして彼等はその竜騎士の意図を察した。
仲間を捨て駒にして自分達を倒そうとしているのだと。
口惜しさに噛み締められた奥歯が悲鳴を上げる。
戦いの果てに敗れるのは戦士の運命だ。
だが自分達を倒すのが誇り高き戦士ではなく、
戦友さえも手にかける卑怯者だという事実が許せなかった。
その彼等を意にも介さず火竜は息吹を吐きかけた。
戦いの果てに敗れるのは戦士の運命だ。
だが自分達を倒すのが誇り高き戦士ではなく、
戦友さえも手にかける卑怯者だという事実が許せなかった。
その彼等を意にも介さず火竜は息吹を吐きかけた。
炎の奔流が竜騎士たちを飲み込んでいく。
直撃を受けた騎士が瞬く間に炭と化し、
辛うじて避けた者も炎に巻かれて竜の操作を失う。
瞬時に地獄絵図に変わった戦況を王国の騎士たちは唖然と見つめる。
放たれた炎は彼等ではなく神聖アルビオン帝国の竜騎士たちへ向けられた。
突然の奇襲に困惑する帝国の竜騎士を再び炎が襲う。
直撃を受けた騎士が瞬く間に炭と化し、
辛うじて避けた者も炎に巻かれて竜の操作を失う。
瞬時に地獄絵図に変わった戦況を王国の騎士たちは唖然と見つめる。
放たれた炎は彼等ではなく神聖アルビオン帝国の竜騎士たちへ向けられた。
突然の奇襲に困惑する帝国の竜騎士を再び炎が襲う。
「何をしている!?敵は総崩れだ、この機に一掃するぞ!」
呆然とする彼等に、その竜騎士は叱り飛ばすように叫んだ。
聞き覚えのある怒声に彼等は互いの顔を見合わせる。
そこに浮かぶ表情は皆一様に同じだった。
竜騎士が兜を脱ぎ捨てて、その素顔を晒す。
そこにあったのは見紛うことなく彼等の隊長その人だった。
聞き覚えのある怒声に彼等は互いの顔を見合わせる。
そこに浮かぶ表情は皆一様に同じだった。
竜騎士が兜を脱ぎ捨てて、その素顔を晒す。
そこにあったのは見紛うことなく彼等の隊長その人だった。
「どうした?指示なくして動けぬ貴公等ではあるまい」
歓喜と興奮から彼等は杖を天高く掲げて雄叫びを上げた。
ある者は始祖の奇跡だと叫び、ある者は当然だと口にした。
別れた時に誓った再会は遠くトリステインの地で果たされた。
ある者は始祖の奇跡だと叫び、ある者は当然だと口にした。
別れた時に誓った再会は遠くトリステインの地で果たされた。
誰もが死んだものと思っただろう。
だがそれも仕方ない事だ。
彼自身もそう思っていたのだから。
だがそれも仕方ない事だ。
彼自身もそう思っていたのだから。
自身の終焉を確信して閉じた瞳は再び見開いた。
そこにいたのは妖精のような美しい少女だった。
見ればその周りには何人もの子供達がいた。
使い魔に問えば子供達がその少女を連れてきたという。
死の淵に瀕している者がいると聞いて彼女は駆けつけてきたのだ。
そこにいたのは妖精のような美しい少女だった。
見ればその周りには何人もの子供達がいた。
使い魔に問えば子供達がその少女を連れてきたという。
死の淵に瀕している者がいると聞いて彼女は駆けつけてきたのだ。
礼を述べる隊長に彼女は謙遜するばかり。
いずれこの礼はするとだけ告げて彼はその場を去ろうとした。
竜に跨る騎士を羨望と尊敬の眼で見上げる少年達。
そこに、かつての自分の姿を重ねて男は笑った。
いずれこの礼はするとだけ告げて彼はその場を去ろうとした。
竜に跨る騎士を羨望と尊敬の眼で見上げる少年達。
そこに、かつての自分の姿を重ねて男は笑った。
随分と子沢山な妖精さんだと冗談めかして言う彼に、
少女は必死に手と首を振るいながら否定し、
この子達は孤児院で預かっている戦災孤児だと答えた。
その返事に僅かに顔を曇らせながら騎士は言った。
なら、すぐにでも御礼が出来るかもしれないと。
少女は必死に手と首を振るいながら否定し、
この子達は孤児院で預かっている戦災孤児だと答えた。
その返事に僅かに顔を曇らせながら騎士は言った。
なら、すぐにでも御礼が出来るかもしれないと。
“ちょっと戦争を終わらせに行ってくる”
そんな言葉を残して一人の英雄がトリステインへと飛び立った。
「……貴様等は悔しくないのか?」
意気の上がる竜騎士隊を見上げグリフォン隊の副長は手綱を握り締めた。
問いかけの意味が分からず戸惑う彼等へと副長は振り返る。
そして杖を上空の竜騎士隊へと向けて叫んだ。
問いかけの意味が分からず戸惑う彼等へと副長は振り返る。
そして杖を上空の竜騎士隊へと向けて叫んだ。
「トリステインの空で!アルビオンの竜騎士が争う!
それを指を咥えて眺めているだけなど貴様等の誇りは許すのか!」
それを指を咥えて眺めているだけなど貴様等の誇りは許すのか!」
副長の檄が雷のように隊員達の間を駆け巡る。
心の中で勝てないと悟って膝を屈していたのかもしれない。
戦わずに敗れる事は恥だと知っていたのに、それでも彼等は臆した。
だが、その彼等をアルビオン王国の騎士たちが動かした。
戦う力を失ってもなお戦い続ける彼等の姿が眼に焼きついている。
力の問題ではない、これは意志の問題なのだ。
心の中で勝てないと悟って膝を屈していたのかもしれない。
戦わずに敗れる事は恥だと知っていたのに、それでも彼等は臆した。
だが、その彼等をアルビオン王国の騎士たちが動かした。
戦う力を失ってもなお戦い続ける彼等の姿が眼に焼きついている。
力の問題ではない、これは意志の問題なのだ。
「我等の汚名は我等で雪ぐ!逆賊ワルドを討つは我等が使命!」
「応!」
「応!」
副長の言葉にグリフォン隊全員が揃って応じる。
そこにいたのは竜騎士隊に敗れた敗残兵などではない。
トリステイン王国が誇る魔法衛士隊、その一翼を担う精鋭達。
そこにいたのは竜騎士隊に敗れた敗残兵などではない。
トリステイン王国が誇る魔法衛士隊、その一翼を担う精鋭達。
「グリフォン隊突撃!この空が誰のものか連中に教えてやれ!」