ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-84

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匿名ユーザー

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「皮肉だね。“光の杖”で始まった因縁が“光の杖”で終わるなんて」

フーケが言う。ゴーレムの肩から見下ろした彼等の姿はまるで虫の群れだ。
あの怪物は空の上にいる。もはや恐れるものなど何もない。
ましてやワルドも一緒に来ているのだ。チェックメイトという言葉さえ生温い。
相手の王だけを残して取り囲む、そんな状況こそが相応しい。

「ああ。君との因縁もここで終わりだ。
僕たちは負けはしない。ここで“彼”の帰りを待つのだからね」

だがギーシュの眼には未だ力が宿っていた。
諦めはしない。何度となく死地を乗り越えてきたからこそ思う。
死に抗い続けてこそ僅かな生の可能性を見出せるのだと。
口に咥えた造花の杖を横薙ぎに払いながらギーシュはゴーレムと向かい合う。

直後。吹き抜けた風がローブをめくり、彼の裸体を露にした。
格好良く決めた姿勢のままギーシュが硬直する。
そして、それを目の当たりにしたフーケも。
一瞬にしてその場の空気が凍りつきニコラも手のひらを顔に当てる。
ようやく我に返ったフーケが呆れたように口を開いた。

「………何やってんだいアンタ」
「ち、違うぞ!別に人前で裸になると興奮するからとか、
そんなアブノーマルな露出趣味の変態なんかじゃ……」
「隊長、その弁明じゃ逆効果ですぜ」

冷たい視線にしどろもどろになりながら釈明するギーシュ。
その返答に頭を抱えながらニコラは呟いた。
とても危機的な状況に追い込まれたとは思えないほど戦場に白けた空気が流れる。
フーケも思わず「もう帰ってもいいかい?」と口にしそうになったのを飲み込む。
相手の哀れさに気が抜けてしまうのも仕方ない。
だけど“光の杖”が手に入らなければ今度はこちらが危ないのだ。
あの怪物が戻って来る前に決着を付けなければ。


「まあ誰に身包み剥がされたのか知らないけど。
唯一残されたものまで失いたくないだろう。
さっさと“光の杖”を置いて失せな」

フーケの降伏勧告がギーシュに告げられる。
余計な手間をかけたくないのもあるが、
フーケのゴーレムならば虫けらを踏み潰すように容易く敵を蹴散らせる。
それをしないのは偏に無用な虐殺を避ける為だった。
必要ならば殺人も厭わない彼女だが、殺戮を好む性質ではない。
だからこそ彼女は強盗ではなく盗賊を生業としているのだ。
しかし、そのフーケの思慮も解さずギーシュは尋ねた。

「えと、残されたものって……もしかして僕の貞操?」
「よし殺す!容赦なく踏み殺す!」

般若にも似た形相でフーケが叫ぶ。
大地を踏み鳴らして巨人が再進攻を開始する。
そこには容赦などない。地響きの音はまるで怪物の咆哮。
たとえ岩であろうと人であろうとも
進路上にあるものは関係なく踏み潰すだろう。
ゴーレムを前に蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う兵士たち。
その彼等にギーシュから的確な指示が飛ぶ。

「全軍退却!たいきゃーく!」
「逃げるんじゃないよ!それでも貴族かい!?」
「せめて!せめて服を着替えるまで待って!
このまま死んだら裸で死んだ貴族として一生ものの恥に……」
「知ったことか!」

背を向けて走り去るギーシュをフーケのゴーレムが追撃する。
狙いがギーシュ一人と分かり、次々と部下が彼の傍を離れて行く。
残されたのはニコラとギーシュの二人だけ。
大きく腕を振りながら汗だくになって駆け回る。
追いつかれれば待っているのは死。
背後から聞こえる足音にギーシュは耐え切れなり、そして振り返った。
その彼の眼前に聳え立つ巨大な岩塊。

「……さてと最期に言い残す事はあるかい?」
「あ!」

文字通りギーシュを後一歩で仕留められる。
見下ろすフーケの顔に浮かぶのは余裕。
そして彼女を見上げるギーシュの顔は恐れに引き攣っている筈だった。
だが彼の顔にあるのは恐怖ではなく驚愕だった。
彼が見ているのは自分ではない。
それに気付いたフーケが咄嗟に彼の視線の先を追う。
自分の背後、上空へと目線を移した。

“まさか、あの怪物が戻って……?”

フーケが空を見上げる。
そこにはどこまでも澄み渡った青い空。
何の影もなくただ雄大な風景だけが広がっていた。
その背後で悟られぬようにコソコソ移動するギーシュたち。


「ふざけた真似を!」

それに気付いたフーケが地団太を踏むようにゴーレムの足を叩きつける。
この時、彼女は怒りのあまり気付けなかったが、
ギーシュたちは近くにあった森の中へと逃げようとはしなかった。
森ならば大木が巨体の行動を阻害し歩みを止められたかもしれない。
完全には無理でも歩みを緩めるぐらいは可能だ。
なのに彼等はあえてそうしなかった。

瞬間、力強く踏み出したゴーレムの足が地面へと沈んだ。
瞬く間に下半身が丸ごと土の中へと飲み込まれていく。
バランスを崩し転倒するのをフーケが堪える。
その視界の端に地面から顔を出すモグラが映った。
彼女はギーシュの使い魔の存在を失念していた。
格下だと見くびったが故の油断。そこにギーシュは付け込んだのだ。

「今だ!全員ゴーレムに取り付け!
肩に乗ってるフーケを引き摺り下ろすんだよ!」

ニコラの合図で逃げ回っていた兵士たちが一転攻勢に出る。
次々とゴーレムの巨体にへばり付いてよじ登って行く。
岩の隙間に剣を突き刺し、それを足場に駆け上がる。
それはまるで倒れた獲物に群がる蟻の大群。
いかにフーケといえどもゴーレムを扱っている間は無防備。
平民相手だろうと容易く捕らえられてしまうだろう。

「なめんじゃないよ!」

フーケの一喝に反応して巨体が鳴動する。
埋まった地盤を打ち砕き巨人は両足を解放した。
身体を震わせ、両手で払い落とし、次々と兵が剥がれ落ちていく。
その光景を見ながらニコラはギーシュに尋ねる。

「失敗しちまったようですぜ。次の手は?」
「ない。これから考える」
「……こっちが全滅しない内に頼んまさあ」

ニコラが手を上げると森に潜んだ兵たちが一斉にフーケを狙い撃つ。
しかし、それもゴーレムの手に阻まれ、
屋根に落ちる雨粒のような音を立てるのみ。
お返しで放り投げられた岩石が兵もろとも木々を薙ぎ倒しながら転がっていく。
戦いは数だが、こうも戦力に差が開きすぎると戦いにすらならない。

大地を響かせるゴーレムの足取りは力強く、
一歩一歩を踏みしめるように近づいてくる。
ギーシュを追い回していた時とは違う。
じっくりと確実に仕留めようとするフーケの意思が感じ取れる。

足音を耳にしたギーシュの顔色が蒼白に変わる。
確かにフーケのゴーレムは脅威だった。だが恐怖ではなかった。
挑発し油断させ不意を打てば何とかできたかもしれない。
実際にキュルケとタバサは彼女を撃退している。
だけど冷静になったフーケは別格。
森で彼とまみえた時の力量は記憶に焼き付いている。


「随分とやってくれたじゃないか」

喉を震わせながらフーケは呟く。
どんなメイジ相手でもこんな目に合わされた事はない。
それが2度も、しかも学生を相手に出し抜かれた。
彼女はその屈辱を飲み込んで自戒する。
敵が強大であれば万全を期すのに対し、見下した相手には警戒さえしない。
その自分の甘さを自覚して彼女は反省した。
これからはどんな相手であろうと全力で叩き潰す。
遊びも油断も無しだ。一瞬の勝機さえも与えない。

「あ!」

再びギーシュが素っ頓狂な声を上げる。
視線の先は先程と同じフーケの背後、その上空。
尚も繰り返される使い古されたギーシュの手にフーケは憤慨し大声を上げた。

「同じ手が通用するとでも…!」

だが、その声はすぐさま轟音に掻き消された。
押し退けられる風が上げる悲鳴。
振り返った彼女が目にしたのは巨大な材木の塊。
それが船だと理解した直後、船の舳先がゴーレムの頭部に食い込む。
岩山のような巨体が転倒し凄まじい砂煙が巻き上がる。
砕け散った船の前半分、艦橋のあった場所から這い出すように出てきた船長が叫ぶ。

「総員退艦!『マリー・ガラント』号を放棄する!」

彼の指示に従い、次々と船員たちが船から飛び降りた。
その内の数人は船から下りる時に火薬の入った樽を抱えていた。
樽の蓋は開き、中から黒色火薬がまるで線のように零れ落ちる。
それを見届けると船長も続いて『マリー・ガラント』号から降りた。
そして、突然の事態に困惑するギーシュの下へと駆け寄った。

「貴族様。後はお願いします」

船長の呟きに合わせ、船員は火薬樽に封をした。
『マリー・ガラント』号まで伝う黒い線。
それを見たギーシュは余すところなく彼の言葉を理解した。

「本当に僕がやっていいのかい?」
「……長年連れ添った船です。私にはできません」
「そうか。なら僕がやろう」

沈痛な面持ちで視線を落とす船長に、
ギーシュはかける言葉が見つからなかった。
二人の会話の間もゴーレムは巨体を起こそうと足掻く。
圧し掛かる『マリー・ガラント』号を振り払おうと両手を伸ばす。


「ふざけんじゃないよ!どいつもこいつをアタシを誰だと……」
「さよなら『マリー・ガラント』号」

フーケの叫びに混じって流れるギーシュの声。
続いて、彼の唇が“ウル・カーノ”と小さく唱えた。
放たれた種火が火薬で引かれた導火線を辿り『マリー・ガラント』号へと向かっていく。
それは船体を駆け上り、船内の貨物室へと入り込む。
そこには満載された火薬が、樽の中でその眠りから目覚めるのを待っていた。

瞬間。『マリー・ガラント』号を中心に爆発が巻き起こった。
爆風が瞬く間にゴーレムを巻き込んで周囲に広がっていく。
岩石に匹敵する強度を持つフーケのゴーレムも、その威力の前では砂の城に等しい。
四肢どころか胴体さえも残さずに風の中へと砕かれ飲み込まれていく。
耳を劈くような轟音と視界を白く塗り潰す光にギーシュも思わず蹲った。
その中で船長は敬礼を取りながら自分の船の最後を見届けた。
原形さえも留めず、燃え続ける残骸にかつての姿を重ねる。

「安らかに眠れ『マリー・ガラント』号。
おまえは最後に誇り高い仕事を成し遂げたのだ」

爆風に飛ばされた帽子が空の彼方へと消えていく。
だけど、それに構わず彼は敬礼を続けた。
もう必要ない。あれを被って共に仕事をする日は二度とないのだ。

『マリー・ガラント』号が眠りについたその時、彼の帽子もまたその役目を終えた。



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