ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-13

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匿名ユーザー

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「……………」

無言で三人はそれを見下ろしていた。
ほんの少し前まで人であった黒い炭の塊。
ルイズは蒼白になった顔を必死に横に振り、
才人は人が死んだ事実に現実観が得られず呆然とする。
二人の背後から覗いていたエンポリオは、その惨状に思わず目を覆った。

何かが起きているというのは分かっていた。
だけど、まさか人が死ぬような事態だとは誰も思わなかった。

屍を目にして立ち尽くす彼等の横を、
小太りの身なりのいい貴族らしき男が通り抜けていく。
大量の汗をかきながら、どすどすと足音を立てて走る。
それをルイズは呼び止めて訊ねる。

「待ちなさい! 何があったの?」
「分からんのか? 賊の襲撃だ!」
「賊……それで姫様は?」
「知るか! こっちは自分で手一杯だ!
魔法衛士隊もいるんだ。多分、無事だろう」

それだけ言うと男は袖を掴むルイズの手を振り切った。
地響きを立てながら男の背中が遠ざかっていく。
ルイズの視線は男の行く先ではなく、男が来た方向へと向けられる。
濃霧に覆われた向こう側にはアンリエッタ姫殿下がいる。
相手は平気で人を焼き殺すような連中だ。
姫様が見つかったらどんな目に合わされるか予想も付かない。
もしかしたら助けを求めているかもしれない。
そう思うとルイズは居ても立っても居られなかった。

「おい! どこに行くつもりだよ!」
「決まってるじゃない! 姫様を助けるのよ!」
「無茶言うな! おまえ一人で何が出来るってんだ!」

飛び出したルイズへとかけられる才人の制止の声。
しかし、それを振り切って彼女は霧の中へと姿を消していく。
残された才人が舌打ちしながら前を見やる。
足が震える。この霧の中に殺人を何とも思わない連中が潜んでいる。
死体を目にした時にはなかった恐怖が内側より込み上げてくる。

だけど、去り行く彼女の姿が才人の目に焼きついていた。

これが最期の別れとなっていいのか、
彼女を見捨てて後悔しないのか、才人は心の中で自問自答する。
“なんで出会ったばかりの子の為にそこまでするのか?”
その問いかけを“知るもんか!”とばかりに蹴り飛ばす。  

「やっぱ退けないよな」

争いとは無縁な俺でも一応は男なんだ。
意地の一つも見せなきゃ格好がつかない。
答えは出ないまま、彼は霧の中へと足を踏み出した。

「おにいちゃん!」
「おまえは誰かを呼びに行ってくれ! 俺はルイズを止める!」

走りながら振り向いて才人はエンポリオに言った。
子供を危ない場所に連れていく訳にはいかない。
そう考えて彼はその場にエンポリオを残して去っていく。
エンポリオが呼び止める間もなく二人の姿は見えなくなった。
よく似た二人だと、その背中を眺めていたエンポリオは思った。

才人おにいちゃんもルイズおねえちゃんも、
守りたい者の為に自ら進んで危険の中に飛び込んでいく。
それが自分ではどうしようも出来ない事だと分かっていても。
貴族の誇りと男の意地、言葉は違うけど意味は同じなのかもしれない。

三人の中で一番冷静でいられたのはエンポリオだった。
スタンドと魔法の違いはあれど踏んだ場数ならば、
この少年は騎士以上の死線を幾度も越えている。
その経験とスタンドが役に立つと信じて彼も突き進もうとした。

しかし足を踏み出した瞬間。
エンポリオの身体は力強く上へ、そして背後へと引っ張られた。
宙に浮き上がった足は動かそうともバタつかせるのみ。
見下ろす彼の視線の先に杖を振るう一人の男がいた。

「何をしている! 早く校舎に避難するんだ!」

ミスタ・ギトーの声が響き渡る。
そのタイミングの悪さにエンポリオは顔を顰めた。
せめてあと少し早くか遅ければと自身の運の無さを恨めしく思う。
彼に出来る事は祈る事しかなく、そして彼は二人と自分の主人の無事を祈った。
こっちの世界の神様がどんな神様かは知らないけれど、
全く信じていない人でも救ってくれる心の広さがある事を期待して。

「誰か! 誰かいないのか!」

アルビオンの兵士の声が木霊していた。
さっきまでいた仲間の姿は見当たらず、
辺りから聞こえてくる悲鳴に彼は当惑していた。
“まさか、皆やられてしまったのか?”
彼の脳裏に最悪の想像が張り付く。

震える杖を持った手をもう一方の手で抑える。
そんな事はあるはずがないと自身に言い聞かせる。
アルビオンの騎士は決して負けない。
だからこそ子供の頃から憧れ続けてきた。
自分もそうありたいと思い続けてきた。

彼の前方で霧が揺らぐ。
咄嗟に彼は杖を前へと突き出す。
姿も見えぬ相手に彼はガチガチと歯を震わせた。
詠唱が荒い呼吸と入り混じり途切れ途切れに紡がれる。

「おや。君だったのか」
「す、すみません!」
「なに、気にする事はない」

霧の向こうから聞こえてくる聞き慣れた声。
薄っすらと霧の合間から浮かぶ上官の顔に彼は慌てて杖を引いた。
謝罪する彼を手で制しながら中年の騎士は傍らまで歩み寄る。

「一体何が起きているのですか!」
「落ち着け。何が起ころうとも君は君の任務を全うするだけでいい」
「は、はい!」

騎士の言葉に兵士は我を取り戻した。
与えられた大任を彼はようやく思い出した。
何があろうとティファニア姫をお守りする、それが自分の使命。
それを思い出させてくれた上官に礼を言おうとした。
だけど、その言葉が口から出ることはなかった。

彼の心臓に深々と突き刺さる騎士の杖。
溢れ出る血と共に疑問が口から吐き出された。
胡乱な瞳で見上げるのは自分を刺した騎士の姿。

「なんで……?」

言葉は返さず、騎士は彼が倒れて動かなくなるまで見届けた。
血でどす黒く染まった地面と死体を見下ろしながら彼は呟いた。

「君は何も知らなくていい。知らなくていいんだ」

本当の任務は“ここで私に殺される事だった”などと、
そんな事実を知って絶望する必要はない。
憧れていた騎士の裏の顔を見なくてもいい。

「だが無駄死にはさせない。君の死は多くの同胞達の未来を救うのだ」

しかし、その中に一人の女性とそのお腹に宿った命は含まれない。
残された二人の事を想い、中年の騎士は静かに目を細めた。
顰めた顔から眼鏡を外して曇りを拭き取る。
その一連の動作を終える頃には彼は先程と変わらぬ表情を取り戻していた。

感傷に浸るのは終わってからにしよう。
そうでなければ何もかも無駄になってしまう。
では続けようか。人でなしの指揮官殿。
彼の死を無駄にしないために、
もっともっともっと多くの屍を積み重ねよう。
誰が死んで、誰が生き延びたのか分からない位に。


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