ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-11

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匿名ユーザー

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濃密な霧の中、衛兵が声を上げていた。
自分の位置を知らせながら同様の仲間を見つけて安堵の息を漏らす。
しかし次の瞬間。手を振っていた相手がぐらりと崩れ落ちた。
倒れた仲間の体から溢れ出す鮮血。
衛兵が声ではなく悲鳴を上げようとした直後、彼の喉に赤い横線が走った。
真一文字に裂かれた肉から噴き上げる血飛沫。
衛兵の体は糸が切れた人形のように容易く沈む。

突然発生した自然のものとは思えぬ霧。
そして次々と上がっていた声が消えていく。
騎士や衛兵達も事態の異常さに気付き始めていた。
各々自分の杖を抜き詠唱を始める。
彼等が同士討ちを避けるために声を掛け合う中、
“人でなし”達は霧の中に完全に己の存在を隠していた。
息を殺し、姿を見せず、ただ聴覚にだけ意識を集中させる。
それはまるで草むらに身を潜ませる狼の姿にも似ている。
そして詠唱する者、声を掛け合う者達の位置を特定し、
目の前にいる彼等の配置を知った上で行動に移る。

「慌てるな! ディテクト・マジックを使え!
魔法の痕跡を辿り、敵の位置を捕捉するのだ!」

馬上で一人の騎士が吼えた。
声を張り上げようとも彼は気にする様子はない。
彼が調べた所、少なくとも身の周りに魔法の反応はなかった。
だから敵はいないと彼はそう思い込んでいた。

トンという軽い衝撃が伝わった直後、
脇腹から暖かい感触が染み出してくる。
見れば、自分の腹部は真っ赤に濡れていた。
その視線の向こう側には全身を布で覆った一人の人間。
手には剣ではなくナイフ。
それもツヤを消した、暗殺に用いる代物。

馬から転げ落ちるように騎士は地面に叩きつけられた。
起き上がろうとする彼の視界を布が遮る。
見上げた先には両手で固定されたナイフの先端。

「貴様等…戦場の習いも知らんのか…?」

騎士の言葉に返答として突き下ろされる刃。
それは首の関節の節目を抉り、周囲に鈍い音を響かせた。
相手が絶命した事を確認し、覆い被さった布の中から瓶を取り出す。
そして、その中身を屍へと振り掛けると火を放った。
液体に引火して火種はたちまち業火へと変じる。
燃え上がる騎士の遺体を見届けもせず“人でなし”は次の獲物を探す。

「隊長」
「分かっている。決して音を立てるな。
敵もこちらと同じ条件だ。常に五感を研ぎ澄ませろ。
それと部隊から離れるな。逸れれば真っ先に狙われるぞ」

この霧の中で起きている惨劇を知りながら
ワルドは動じる事なく部下達に告げた。
それに頷きながら静かに魔法衛士隊は隊列を組み直す。

「僕はアンリエッタ姫殿下を安全な場所まで避難させる。
霧が濃いとはいえグリフォンの高度までは届かないだろう。
そのまま王宮までお連れし保護してもらおう」
「分かりました。では後は我々が」
「任せた。それと護衛を数人連れて行く」

ワルドがちらりと視線を向けると数人の衛士が歩み出る。
その彼等を伴いワルドはアンリエッタの馬車がある方へと向かう。
残された者達はその場を動かずに状況を窺っていた。


ワルドが彼女の下へと向かっている最中、
アンリエッタは完全に方向感覚を失っていた。
慌てて馬車へと戻ろうして転んだのが致命的だったのか。
もはや、どちらに馬車があったのかさえ分からない。
もしも間違えた方向へと進めば二度と戻れないだろう。
それが恐ろしくて彼女は立ち竦んでいた。

もう死んでも構わないと思っていた。
愛する人を失い、私の未来は闇に閉ざされた。
なのに今、こうして死の恐怖に立たされて強く思う。
―――生きたい。生きていたいと。

辛い事だらけの日々しか待っていないのに、
のうのうと自分だけ生きて恥知らずと思われるかもしれない。
だけど死ぬのは怖い。自分が生きてきた意味を失ってしまう。
あの人を愛した思い出も、喪った悲しみも全て無かった事にされてしまう。
そんな気がして怖くて堪らなかった。

霧のカーテンの向こう側に立つ人影。
それに気付いて彼女は走り寄った。
恐らくは魔法衛士隊の誰かだろうという楽観的な推察は、
霧の中から現れた人物の姿に砕け散った。

顔を覆うように巻かれた白い包帯。
余す所なく擦り切れて襤褸と化しつつある軍服。
その手には杖が握られ、濁った両の眼はアンリエッタを捉えていた。

アンリエッタは言葉を失った。
ただ漠然と自分はここで死ぬのだという実感だけがあった。
呆然と見上げる彼女と男の視線が重なる。
濁った男の瞳の中に混じる悲しげな色。
彼女がそれに気付いた直後、彼は背中を見せて立ち去った。

「待って! 待ってください! 貴方は……」

アンリエッタが遠ざかっていく男の背中を追いかける。
男を制止しようと声を張り上げながら走る。
二人の姿が霧の中へと消えてしばらく後、
ようやく到着したワルドたちは無人の馬車を前に唖然としていた。


「お姫様というのは、どなたも大人しくしているのが苦手なようですね」

来賓の出迎えに出て無人となった学院長室で、
ミス・ロングビルが冗談めかして呟く。
彼女が見つめる先には遠見の鏡に映るアンリエッタの姿。
TVのチャンネルを切り替えるように幾つもの映像が現れて消えていく。
白い霧に覆われた世界の中で彼女だけが全てを把握していた。

イザベラは同じく逸れたギーシュと共に、
ルイズと才人はエンポリオと共に行動している。
どちらもまだ敵とは遭遇していない。
そうでなければ無事ではいられなかっただろう。
しかし、これからもそうである保障などどこにもない。

(さて一体誰から手をつけましょうか)

鏡を見つめてミス・ロングビルは思案する。
もし、その姿を誰かが見てたなら
鏡の前でデートに着ていく服を選んでいるように見えただろう。
そう思えるぐらい彼女の表情は実に楽しげだった。


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