ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-10

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匿名ユーザー

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アンリエッタ王女が馬車から降りると、
学院の前で待ちわびていた生徒達から歓声が上がった。
清楚なドレスに身を包みながらも少女は陰鬱な表情で俯く。
それは、その端麗な容姿さえも曇らせる。
たとえるならば萎れた花というべきか。

「なんだ、わたしの方が美人じゃないか」

盛り上がる群集の中、イザベラだけが冷めた目で彼女を見つめる。
不遜ともいえる勝利宣言を口にしても咎める者はいない。
傍らで固まっている男子生徒たちは二台の馬車を眺めながら、
まだ見ぬ姫の容姿について熱い議論を交わしている。
シャルロット姫について訊ねられたイザベラが正直に
“自分とは正反対の性格だ”と答えると一同は騒然となった。
彼等の中で“万人を愛し人々に尊敬される素晴らしき姫”という、
聖女の如きシャルロット姫のイメージが紡がれていく。

“わたしがガリアの実権を握った暁には覚悟はできてるんだろうね”

そこから自分に対する評価を理解したイザベラが殺意を滾らせる。
そんな彼女には気付かずマリコルヌが齎した、
“ティファニア姫の容姿の特徴”で男子生徒たちは更に盛り上がりを見せる。
大歓声を上げる彼等に向けられる奇異の目を避けようと
イザベラがその場を離れようとした瞬間だった。
背筋に伝わる刃にも似た冷たい感覚。

咄嗟に彼女は振り返って辺りを見回した。
そして誰かが自分を見ている事に気付いた。
そこにあるのは好奇や不審といったものではない。
明確な憎悪と殺意。他人に怨まれるのは慣れている彼女でさえ血の気が引いた。
まるで杖を向けられたかのように目の前に迫った死が感じ取れる。
呼吸が荒い。空気を取り込む事にさえ緊張を強いられる。
必死に睨み返すわたしに、その男は不敵な笑みを浮かべ立ち去っていった。
遠ざかっていく騎士の背中を凝視するわたしにギーシュが問う。

「知り合いかい?」
「いや、ガリアならともかく余所の連中に怨まれる記憶はないね」
「……それは勿論、トリステインを除いてだよね?」

嫌みの混じったギーシュの声を無視し、
イザベラは男が紛れ込んだ一団を見やる。
そこは他国に比べ華に欠けるアルビオン王国の警護団。
アルビオンにだって他国に勝るとも劣らない竜騎士隊があったはず。
それなのに姫の護衛に付いて来たのは今一つ冴えない騎士やメイジの集まり。
よほど余裕がないのか、それを鼻で笑いながら彼女はガリアの馬車へと視線を向け直した。

イザベラに殺意をちらつかせて見せた騎士が戻る。
その彼に、中年の騎士が眼鏡の位置を直しながら訊ねた。

「何かあったのか?」
「大した事じゃねえよ。ちょっと知った顔があったんでな」
「顔見知りか? だとすると厄介だな」
「いや、向こうは俺の顔なんて知らねえはずさ。こっちが一方的に知ってるだけだ」
「そうか。だが目立つ行動は慎め」
「その必要はないだろう。もう時間だ」

顔を顰めた中年騎士に、男はほくそ笑みながら答える。
馬に積んだ荷を解き、中から布のような物を取り出す。
見れば何人かは彼と同様の行動を取っていた。

「だからこそだ。最後まで詰めを怠るな」


学院の塔の上で、彼は眼下に広がる光景に目を移した。
準備を始めたアルビオンの騎士たちの姿を確認すると、
彼は口語に近い呪文の調べを口にする。
薄っすらと掛かっていた靄が次第に濃密な霧へと変わっていく。
やるべき事を終えて彼は下らなそうに視線を外した。

(やはり人間は蛮族にすぎぬか)

己と異なる者を愛し、その間に子を儲け、そして我々との共存の道を望む。
私が出会った男は今までにはいなかった人間だった。
しかし男が解決の為に選んだのは、
他の野蛮な人間達と同様、同族同士で殺しあう道だった。
血を流さずに解決は出来ない、それが人間という種族の性なのか。

「ならば好きにするがいい。
その累が我々に及ばなければそれでいい」

そう呟いてビダーシャルは自らが作り出した霧の中へと姿を消した。


「な、何が起きたの?」

ルイズの困惑する声に答えられる者はいない。
一寸先も分からぬほど濃い霧が彼女たちの視界を覆う。
先程まで彼女を詰問していた衛兵たちも事態の異常さに戸惑うばかり。
それはイザベラたちがいる正門近くでも同じだった。
何とか声を掛け合い、生徒たちは互いの位置を確認しあう。

「我々は騎士ではない」

中年の騎士が部下たちに静かに告げた。
皆一様に荷に積んであった布で身体を覆い、
そこから鋭い眼だけを覗かせている。
杖を抜き、中には詠唱を始めている者もいる。

「我々は賊ではない」

近くで彼等を探す何も知らないアルビオン兵たちの声が響く。
それを無視して彼等はゆっくりと気取られぬように歩を進めた。
その向こう側でおぼろげに見える衛兵と思しき人影を彼は杖で示す。

「我々は人でなしだ」

次の瞬間、放たれた火球が衛兵を炎に包んだ。
悲鳴を上げる間もなく絶命した衛兵がその場に崩れ落ちる。
それを皮切りに彼等は行動を開始した。


「ミスタ・ギトー! ミセス・シュヴルーズ!
生徒たちを早く校舎の中へ! 急いで!」

濃厚な霧の中で幽かに浮かぶ赤。
最初にその異変に気付いたのはコルベールだった。
その光を眼にしたのは彼一人ではなかった。
だが、それが何かを即座に理解できたのは彼のみ。

凄まじい彼の剣幕に面食らいながらも彼等はコルベールの言葉に従った。
更に急かすコルベールを鬱陶しく感じながらも、
声で誘導しながら生徒たちの避難を始める。
あえてコルベールは状況を説明しない。
言えばパニックになるのは目に見えていた。
それでは生徒たち全員を助けるなど到底出来はしない。

漂ってくる臭いに必死に彼は吐き気を堪えた。
忘れるはずがない。忘れようがない。
アカデミーの実験部隊に所属してから幾度も嗅いだこの臭いを。
人が焼ける、とても嫌な臭いを。

「隊長! これは一体!?」
「慌てるな! 馬車を、シャルロット様をお守りするのだ!」

東薔薇騎士団の一人がカステルモールに問う。
それに冷静に答えを返し彼等は馬車を囲むように集う。
この状況が何者かによって作り出されたものなら、
その狙いは間違いなくこの場に集った重要人物に違いない。
そう判断して彼はシャルロットの身の安全を図る。

「シャルロット様、御安心を。
我ら東薔薇花壇警護騎士団、一命に代えても御身をお守りします」

馬車の中で不安に打ち震えているであろう少女に、
カステルモールは優しく、されど力強く語りかけた。
しかし、返答はなく車内からは気配らしきものさえ感じられない。

「御免!」

咄嗟に彼は鍵の掛かった馬車の扉をこじ開けた。
霧を通り抜けてくる僅かな明かりが暗い車内に差し込む。
そこにシャルロットの姿は無かった。
車内を眼にしたカステルモールの顔が蒼白に変わる。
確かに出発前には馬車に乗り込む姫の姿を目撃している。

(まさか馬車から降りて…!?)

最悪の事態を想定して彼は命令を変更する。
だが優先すべきはシャルロットを守る事、それだけは変わらない。

「東薔薇花壇警護騎士団、全軍散開!
シャルロット様の保護を最優先とし状況の確認に当たれ!」
「はっ!」

カステルモールの命を受け、東薔薇騎士団が散らばっていく。
残された無人の馬車の中、カステルモールも気付けなかった小さな人形が転がっていた。
彼等は知らない。それがここまで守ってきたシャルロット王女そのものだという事を。


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