ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-09

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匿名ユーザー

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「それ、どうしたんですか?」
「……火の輪くぐりに失敗した」

水汲み場でエンポリオとサイトは互いに洗濯籠を抱えて再会した。
腕に包帯を巻いて現れた彼にエンポリオは訪ね、その返事に驚愕した。
彼の隣にはいつの間に親しくなったのかシエスタがいて、
火傷したサイトに代わってルイズの洗濯物を洗っている。
遠慮するエンポリオを押し切り、ついでだからと彼女はイザベラの洗濯物も一緒に洗う。
仕事もなくなり手持ち無沙汰となった二人が地面に腰掛ける。
不意に空を見上げてサイトは呟いた。

「なんでこんな事になっちまったんだろうな」
「分からないけど……それでも人が出会うのは運命だと思う。
きっと今は意味を知らなくても大きな何かに繋がっていく、そんな気がする」
「そうか。なんか凄いな、お前」

エンポリオの事情を知らないサイトが、
その意味の半分も理解しないまま感心したように呟く。
まだ小学生ぐらいだというのに立派な考えである。
同じ出会いでも出会い系サイトに入り浸っていた自分とは大違いだ。
それを思い出し、サイトは自分の唯一の手荷物であるノートパソコンを取り出す。
起動ボタンに触れようとも起動音は響かず沈黙を保ち続ける。
充電が切れたそれを傍らにおいて溜息を漏らす。
可愛い女の子とお友達になりたかっただけの俺が、
どうして可愛い女の子の奴隷、もとい使い魔にならなきゃいけないんだろうか。

「あら。こんな所でどうされたんですか?」

膝を抱えて丸くなっていたサイトが若い女性の声に顔を上げる。
目の前で透き通るような長い黒髪が風に揺れる。
見慣れたはずのその色はハルケギニアでは新鮮に映る。
見惚れるサイトの後ろではガシガシと洗濯板と下着の擦れる音が響く。

「えーと、少し休憩を」
「ああ。怪我をされてますからね。少し診てもいいですか?」
「え、ちょっと」

有無を言わせず歩み寄ったミス・ロングビルが彼の服に手をかける。
顔を赤らめながら戸惑いつつもサイトは抵抗はしなかった。
背後の音が石で擦りつけているのではと思うほど激しく響く。
期待に胸を膨らませる彼の腕が取られ、巻いた包帯が解かれる。

「そうだよな、別に服を脱がさなくても」
「なにか?」

見上げるロングビルの視線から目を逸らしてサイトは黙る。
解かれた包帯の下から覗くのは軽度の火傷と刻まれたルーン。
それをひとしきり眺めた後、彼女は袖口から取り出した薬を塗る。
薬の冷たさと指先の柔らかい感触にサイトの背筋が震えた。
その直後、洗い桶の中で何かを引き裂くような音が響く。
しっかりと腕に包帯を巻き直し、彼女は笑顔で告げた。

「これで大丈夫です。大変だと思いますけど頑張ってください。
私も陰ながら応援しますので」
「……ああ、どうも」

去り行く彼女の後姿を眺めながらサイトは手を振った。
その姿が見えなくなった頃、突然振り返ってエンポリオに声をかける。

「やっぱり運命ってあると思うよ!
俺ここでやっていく勇気が湧いたよ!」
「え……? あ、うん。よかったね」

そういう意味で言ったんじゃないけど、と思いながらも口には出さず。
弄っていたサイトのノートパソコンを置き、
やたらとハイテンションになっているサイトに答えた。
思春期まっしぐらの彼の気持ちを理解するには、まだエンポリオは幼すぎた。

「サイトさん!」
「わ! な、何かなシエスタ……さん」
「洗濯終わりました! さっさと持って帰ってください!
私は忙しいのでこれで失礼させてもらいます!」

それだけ言うとドンとサイトの腕に洗濯籠を叩きつけて、
頬を膨らませたままシエスタは洗い場を後にした。
フンと鼻を鳴らして振り返りもせず遠ざかっていく背中。
咄嗟に追いかけようとしたサイトの背後で少女の声が響いた。

「遅いわよ! 洗濯一つにいつまで時間をかけてるの!」

声の主である少女へとサイトは振り返った。
桃みがかった髪を震わせて、その顔には怒りを滲ませている。
サイトの頬を伝い、冷たい汗が流れ落ちる。
無関係なはずのエンポリオでさえ鬼気迫るルイズに飲み込まれた。

「もうアンリエッタ姫殿下も来賓の王族達も来てるのよ!
間に合わなかったら“ごめんなさい”じゃ済まないの分かってるの!?」
「わ…分かってるよ。洗濯だってもう終わって」

そう言って彼は洗濯籠に手を伸ばし、顔面を蒼白にさせた。
摘まんだ一枚の布を持ち上げる途中で彼の手が止まる。
本来、下着であったはずのそれは擦り切れ破け、
その用途を果たせぬただの襤褸切れと成り果てていた。
それを目にしたルイズの眉が釣り上がっていく。
袖口に差し込まれた手が彼女の杖を掴んで戻ってくる。

「……それはなに?」
「ち、違う! これは俺がやったんじゃなくて」

助けを求めるサイトの視線がエンポリオに向けられる。
不意に話しかけられ、戸惑いながらも彼は何とかサイトを弁護しようとして。

「う、うん。洗濯をしたのはシエスタおねえちゃんで、
サイトおにいちゃんは綺麗な女の人と話してただけだよ!」


突然巻き起こった大爆発に、
“王族を狙った襲撃か!?”と警備の人間が騒然とする少し前。

調子の外れた歌声が今日も首都リュティスの大宮殿に響いていた。
いつもと変わらぬ風景と少しだけ違う天気。
それを眺めていたシャルロットに違和感が走った。
同じ事の繰り返しだからこそ些細な違いに気付けたのか。
天気のいい日には厩舎から運動の為に馬車馬が連れ出される。
なのに今日は違った。自分の馬車を引く白馬の姿がどこにも無かったのだ。

シャルロットに一抹の不安が過ぎった。
ただ今日は馬の具合が悪いから止めただけかもしれない。
いくらでも理由は考えられるのに何故か不安が収まってくれない。
彼女は読みかけの本を閉じると、呼び止めるシルフィードとベルスランを無視し部屋を後にした。

グラン・トロワの執務室でオルレアン王は書類に目を通していた。
ジョゼフの言っていた軍事費用の項目を再度点検し、
“騎士人形”の開発・建造費と思しき用途不明の予算を見つけて愕然とした。
下手をすれば両用艦隊が半年は賄えてしまうのではないか、
そう思うほどに途方もない金額がこの計画に注ぎ込まれていた。
しかし彼が驚いたのはそこだけではなかった。
それだけの巨費を投じながら国の財政は傾くどころか安定した成長を保っている。
恐らくは予算配分のバランスと得られた技術の一部を還元しているのだろう。
兄の恐るべき才能に驚嘆し、彼は天を仰いだ。

「やはり王になるべきは私よりも……」

そこまで口にして彼は語るのを止めた。
シャルルとジョゼフ、二人はどちらが次代の王となっても申し分の無い兄弟だった。
兄は他人を惹きつける人望と、類まれなる魔法の実力を持つ弟を認め、
弟も神算鬼謀の才能とそれを実行に移せる冷徹さを持つ兄を認めていた。
だが二人とも自分の事を認められなかった。
互いにコンプレックスを抱え、相手よりも見劣りする自分を卑下した。
悩みを抱えていたのは自分だけではなかったと、
その事に気付けたのは王位に就いてから少し後の事だった。
足りないものがあるのなら二人で補い合えばいい。
そんな単純な事にさえ私たちは思い至らなかったのだ。

「どうかなさいましたか?」

不意にかけられた声にシャルルは視線を戻す。
そこには彼の最愛の妻、オルレアン王妃が穏やかな笑みを浮かべていた。
彼女に微笑み返しながらシャルルは答えた。

「昔の事を思い出していた。人同士が分かり合うのは難しいものだ」
「たとえ血が繋がっていたとしても、ですか」

彼女の返答に思わずシャルルは目を見開いた。
変わらず彼女はまっすぐに自分を見据えて笑みを湛えている。
“まいったな、全てお見通しか”と呟いてシャルルは頷いた。

「私の周りは狭量な我が身に余るものばかりだ。
兄上にこのグラン・トロワ、勇敢なる騎士達に将来が楽しみなシャルロット」

そう言ってシャルルは右手を伸ばし、王妃の髪に優しく触れた。
それを嫌がる素振りも見せず、彼女はシャルルの手に自分の手を添えた。
髪から頬へ流れるようにシャルルは優しく指先を這わせる。

「―――そして美しき我が妻」
「義兄上にばかり構って、私のことなど忘れているかと思いましたわ」
「まさか。一瞬たりとて君を忘れた事などないよ」

シャルルが椅子から腰を浮かせ、王妃は身をかがめて顔を寄せる。
二人の顔が近づき、王妃が小さく微笑んで目を閉じた瞬間。

ばんっと執務室の扉が大きな音を立てて開かれた。

びくりと身体を震わせて、二人はその場から飛び上がった。
そしてシャルルは咄嗟に書類を手にとって目を通すふりを、
王妃は乱れてもいない髪を指先で整え、何事もなかったように体裁を保つ。
執務室に入ってきたシャルロットがそんな二人をじっと見つめる。
沈黙が流れ、耐え切れなくなったシャルルはオホンと咳払いして告げた。

「あー、たとえ実の娘であろうと仮にもここは王の執務室。
ノックもなしに入ってくるのは感心しないな、シャルロット」
「ではお父様はその執務室で何をなされていたのですか?」
「それは……見ての通り、仕事を」
「上下が逆です」

シャルロットに言われて手に持った書類を見れば逆さまの文字が並んでいた。
慌てて上下を戻してもシャルロットの視線は冷たさを増していくばかり。
執務や外交などガリアの国王となれば自由な時間などほとんどない。
その合間に愛する女性と気持ちを深めたいというのは贅沢な願いだろうか。
恐らく今のシャルロットに言っても理解はしてくれないだろう。
まあ恋愛の一つもすれば変わるかもしれないが、と考え付いた瞬間。
どこぞの馬の骨とも知れない奴とウェディングドレスを着たシャルロット。
その二人が手に手を取って自分の下を去っていく光景を想像し、
形容しようのない怒りと悲しみが胸に去来した。

「最近のお父様は弛んでいます。
仕事といっても伯父様の書類に押印するだけ。
暇があれば伯父上とチェスをしているか狩りに出かける自堕落さ。
少しはこの国の王として毅然とした態度を求めます」

複雑な表情を浮かべるシャルルに尚もシャルロットは追い討ちをかける。
しかし、その全てが正論だけに何も言い返せない。
一応、形式上書類には目を通しているがジョゼフよりも優れた判断能力はない。
だから黙って判を押す方が時間も手間もかからず最善だと思っている。
それに別にチェスを打ちに行っているのではなく政の相談のついでで、
狩りだって諸侯との親睦を深め、情報を交換する大事な交流なのだ。
しかし、それを言ってもシャルロットには言い訳と取られるだろう。

ふとシャルルはようやく彼女がここにいる不自然に気付いた。
普段なら執務室に入って邪魔をしたくないと一人本を読んでいる彼女が、
ノックもせずに執務室に入ってくるなど有り得ない。
その真意を問うべくシャルルは彼女に訊ねた。

「それは前向きに善処するとして一体、何があった?」
「そうです。私の馬車が見当たらないのですが、何か聞いていませんか」
「馬車か……確か数日前に車軸に異常が見つかったとジョゼフが言っていたな。
恐らくはそれで修理に出したのだろう。“使い魔品評会”までには間に合わせないとな」

シャルルに言われてハッと用件を思い出したシャルロットが問う。
しかし返ってきた答えは彼女を納得させるには足りない。
馬車だけならその答えも信じられただろう。
だけど馬車馬ごといなくなる理由にはならない。
馬車を運ぶだけなら王族の馬ではなく他の馬を使う。
嫌な予感は更に重みを増して彼女に圧し掛かる。

身を翻して彼女は早々にその場を後にした。
立ち去っていく彼女の後姿を眺めながら、

「ガリア王国はあと50年は安泰だな」
「ええ。そうですわね」

しっかりものの娘を持った事に安堵しつつ、
ガリアの国政を支える王と王妃が他人事のように呟いた。

「姫様! 一体、何を…?」

自分の部屋に戻ったシャルロットは困惑するベルスランを無視しドレスを脱ぎ始めた。
そして代わりに用意したのは短いスカートとブラウスという簡素な私服。
シルフィードで遊覧する時の為に購入した動きやすい服だった。
その上にローブを羽織り、自分の杖を手にして彼女はベランダへと飛び出した。
彼女の格好を見たシルフィードが歌うのを止めて嬉しそうに尻尾を振る。

「おねえさま! 今日はお散歩に連れてってくれるのね!」
「散歩じゃなくて急用。だから急いで」
「うれしいの! 初めておねえさまの役に立てるの!」

歓喜の声を上げるシルフィードの背にシャルロットは飛び乗った。
大きく羽ばたいた風韻竜の翼が嵐のような風を巻き起こす。
それを堪えながらベルスランは必死に彼女に呼びかける。

「姫様! これはどういうことですか!?」
「“使い魔品評会”は今日行われる予定だった」
「は? え、ええ。延期されなければ本日が開催日でしたが」
「延期する旨は誰から?」
「ジョゼフ様です。トリステインからの書状を受け取ったと」

そこまで聞くと彼女はシルフィードに飛び立つように指示した。
羽ばたきが一際大きくなり巨体が浮き上がっていく。
青い巨体が瞬く間に小さくなり空に融け込んで見えなくなった。
一人残されたベルスランは呆然と空を見上げる事しか出来なかった。


その光景を遠くから一人の男が見ていた。
予定外の事態に焦る事もなく彼は傍らに置いてあった人形を手に取った。
そして、それに話しかけるようにして彼は呟く。

「ミューズ。シャルルの娘がそちらに向かう。
保護する必要はない。好きにさせよう」

言い終えると彼は人形を元あった場所に戻した。
そして彼女が去った空へと再び視線を移す。
人間の持つ感情を理解できないわけではない。
ただ心で感じるべきものを頭でしか判断できないだけ。
父親でありながら、今の少女と同じ感情が湧き上がらないのだ。

「またシャルルに叱られるな」

ポツリとジョゼフはそう漏らして椅子に座り直す。
鏡に映った自分の顔は肖像画と寸分変わらぬ無機質なものだった。


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