ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-07

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匿名ユーザー

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お父様とお母様は言いました。
“外は危ない所だから決してここを出てはいけない”と。
だけど姉さんはいつも外の楽しい話を私にしてくれます。
外の世界を知らない私にはどちらが正しいのか分かりません。

だから私は自分の目で確かめる事にしました。
好奇心には打ち勝てず、私は外の世界へと飛び出しました。
決して良いことばかりじゃない。勿論それは覚悟していました。
―――いえ、覚悟しているつもりでした。

私の目が姉さんの姿を捉えている。
いつも明るく笑ってくれた人の顔は、
今まで見たこともないほどに蒼褪めていました。
だけど、それはきっと私も同じ。

どうして私は外に出ようと思ってしまったの?
何で彼女の話す世界だけで満足できなかったの?

知らないままなら、ずっと一緒にいられたのかもしれないのに。



「殿下、夜風は身体に障ります。どうか中にお戻り下さい」

バルコニーに出て星空を臨むアンリエッタにマザリーニは言った。
しかし返答はなく、彼女は尚も黒い帳を彩る数多の宝石を見上げる。
まるでその中の一つに、想い人の姿を映すかのように。

「……………」

その痛ましい姿にマザリーニは何も言えなくなった。
無理もない。伯父上であるジェームズ一世の病死に続き、
従兄妹であり密かに慕っていたウェールズ皇太子を失ったのだ。
あの日からアンリエッタ姫殿下は笑顔を失った。
涙を流し尽くしても彼女の悲しみは消えなかった。
象徴であるアンリエッタ姫殿下の絶望はトリステインに暗い影を落とす。
街は活気を失い、兵の士気にも多大な影響が出ている。
このままではトリステインは衰退していくのみ。

そこにゲルマニア皇帝アルブレヒト三世から結婚の申し入れがあったのだ。
ウェールズ皇太子を失った姫殿下には断る理由もなく、軍事同盟を結ぶ上でも必要と判断された。
ガリア王国からも王族の人間が王立の魔法学院に転入してきたが、いつ手の平を返すとも限らない。
確実な同盟を結ぶにはアンリエッタ姫殿下の婚姻が不可欠だろう。

それほどまでに今のアルビオンは脅威となりつつある。
相次ぐ王族の死で混乱した政情に反比例して拡大される軍備。
かつてあった国家間の交流も滞りアルビオンの意図を知る事さえ叶わない。
その向けられた杖の先にいるのは我々かもしれないのだ。

マザリーニの頭を占めるのは魔法学院で行なわれる『使い魔品評会』の事だ。
幼少の頃から親しくされていたミス・ヴァリエールと会えば少しは姫様の気も紛れる。
そんな考えの下で、参加を取り決めた些細な行事は、今や三国の姫が集まる事態に発展した。
もし機があるとすればここしかない。この場においてアルビオンの総意を問う。
万が一、アルビオンが暴発したとしてもガリア王国を軍事同盟に誘える。

ふと姫を見つめる自分の顔が窓に映る。
そこにいたのは深く眉間に皺を刻んだ憂鬱そうな年寄り。
それを見て自分が老いた事を痛感する。
疑心暗鬼に囚われていたが要らぬ杞憂か。
そう思い至って彼は小さく笑った。
新たに王位に就いたモード王は温厚な人柄で彼も何度か会っていた。
決して他国に戦争を仕掛けるような人物ではない。
恐らくは軍備の強化も、内情の不安から他国に攻められないようにする為のものだろう。

下らぬ誤解もすぐに解ける。
そう、『使い魔品評会』の時に全ては明らかになるのだ。


「ティファニア姫殿下ねえ……」
「何でも病弱でほとんど人前には出てこないとか。
あんた達なら一度ぐらいは会った事あるんじゃない?」

キュルケの問い掛けに二人は同時に首を横に振った。
そもそも彼女の存在が明らかにされたのは、つい最近の話。
ウェールズがいなくなった後、モード王が王妃と共に連れてきたのが彼女だった。
母子共に病弱で、しかも生まれが平民だという理由から表舞台には出せなかったという。
だが、残された王族の血筋が彼女だけとなれば仕方ない。
一夜にして彼女はアルビオン王国の姫となった訳だ。

「ウェールズなら会った事あるけどね。
真面目そうな奴で一目で馬が合わないと分かったよ。
もっとも、もう死んだ奴の事なんかどうでもいいわね」

イザベラの言い草に、ルイズは視線を落として唇を噛んだ。
アンリエッタ姫が密かに彼に想いを寄せている事は知っていた。
だけど彼女の想いは届かず空へと散っていった。
そして、その亡骸さえも戻る事はなかった。

「海賊退治に出て返り討ちにあったんだろ?
まったく情けない話だね。弱いくせにでしゃばるからそうなるのさ」
「何ですって!?」
「事実じゃないか。自分が死んだらどうなるかぐらいは分かるだろ。
使える手駒はいくらでもあったんだ。それを出し渋って王が討たれりゃ世話ないよ」

彼女の暴言にルイズが食って掛かる。
その光景を一歩下がった位置からキュルケは見ていた。
話し様はともかくイザベラの言い分は正しい。
王族の生き残りであれば軽挙な行動は避けるべきだった。
相手が海賊という事で油断があったのだろう。
しかし勝敗を分けるのは戦力よりも時の運。
突然の濃霧に視界を奪われ、ウェールズは率いていた艦隊と逸れ、
そこに待ち伏せしていた海賊の一斉砲撃を浴びたのだ。
ウェールズの乗った艦“イーグル”は積載した火薬が誘爆し、彼を含めた乗組員全てが死亡。
残った艦隊が海賊を討伐するも失ったものはあまりにも大きかった。
戦闘終了後に回収された遺体は、そのごく一部だけだった。
国宝である“風のルビー”も皇太子と共に行方不明になったらしい。

「残念ね。結構良い男って噂だったんだけど」

キュルケの呟きは言い争う二人には届かない。
響き渡る怒声を聞き流しながら争いが終わるのを待つ。
しばらくしてルイズが言い負かされたのか、
フンと勝ち誇り、腰に手を当てて胸を反らすイザベラを残し、
イザベラの使い魔と話している自分の使い魔の襟を掴んで、
ずるずると自分の部屋に引きずり込んでいった。

「それにしても、そんなに見せたくないって事は不細工なのかね? その姫様」
「一応ウェールズ皇太子の葬式には出席したわよ。
黒いヴェールで覆われてたからハッキリとは見えなかったらしいけど美人って噂ね」
「実在はしてるのか。てっきりアルビオンの健在をアピールするデマかと思った」

イザベラの疑問にキュルケが答える。
そこには当然私ほどじゃないという確固たる自信の気持ちがあった。
しかし、ただ一点。未確認ではあるが無視できない情報が存在する。

「まあ顔なんて誰も気に留めなかったでしょうね」
「どういう意味だい?」
「その子、とんでもなく胸が大きいんだって。
それこそ私でも足元に及ばないぐらいに」
「………さすがにデマだろ、それは」

そもそも人体構造的に無理がある。
もし実在するとしたら病弱なのではなく、
胸に栄養を取られているからに違いない。
治療ついでに恵まれない従姉妹にでも分けてやれ。


「噂には聞いていたが想像以上にデカイな」
「まるで山ですな」

アルビオンからの来客を前にラ・ラメー伯爵と副長が言葉を交わす。
彼等の視線の先には、アルビオンから来た艦隊が、
そして、その中央には艦隊旗艦『ロイヤル・ソヴリン』の姿があった。
遠近感さえも失いかねない巨艦の威容はそれだけで脅迫に等しい。
来訪を祝して撃たれる礼砲の音が完全に迫力負けしている。

「戦場では出会いたくない相手だな」

ラメー伯爵がポツリと呟いた。
全ての礼砲を撃ち終え、トリステイン艦隊から白い煙がたなびく。
続けてアルビオン艦隊の砲門が一斉に動き始めた。
その砲口の先にあるのはトリステイン艦隊。
一際目立つ『ロイヤル・ソヴリン』の主砲が吼えた。
雷鳴にも似た音を轟かせ、ラ・ロシェール上空の大気を揺さぶる。
砲撃の反動は『ロイヤル・ソヴリン』をも揺るがし、その威力の凄まじさを伝えた。
それに続く様に次々とアルビオン艦隊から白い煙が立ち昇る。
砲撃が止んだ後、ラ・ラメーは他の乗組員にも聞こえるように言った。

「……今のが実弾だったなら我が艦隊は間違いなく壊滅していた」

それは冗談でも比喩でもなく、数多の戦場を体験した彼が肌で感じた事実だった。


「ティファニア様。まもなく着陸準備に入ります」

コンコンと扉を叩きながら若い兵士が声を上げた。
しかし彼女からの返答はなく反応する素振りも感じられない。
もう一度力強く扉を叩き、それでも反応が無ければ扉を開けるべきだろう。
そう考えた兵士が拳を振り下ろそうとした瞬間。

「姫様は慣れぬ船旅で疲れている。今はそっとしておけ」
「え……はっ! し、失礼しました!」

話しかけられた声に振り返り、彼は敬礼の姿勢を取る。
その先には眼鏡をかけた中年ぐらいの年頃の騎士。
トリステイン訪問使節団の警備を務める人物であり彼の上司でもあった。
どこか涼やかな空気を持った彼が若い兵士に伝える。

「今後、姫様に連絡を取る場合は私かマチルダ様を通せ」
「了解しました! 以後、気をつけます!」

身体を強張らせながら若い男が敬礼を維持する。
兵士の快活な返事に頷き、中年の騎士は優しく声を掛けた。

「無理もない。姫殿下の護衛であれば緊張もする」
「ええ。この若輩の身でこんな大任を任されるなんて……。妻と子供に自慢できます」

男の口にした一言に騎士の目が大きく見開く。
まるで在り得ない物を見るかのように、
視線を向けられた若い兵士にも困惑の色が浮かぶ。

「君は確か一人身だと聞いていたが…?」
「あ、はい。実はこの前、付き合っている女性のお腹に自分の子供がいる事が分かって」

騎士の問いに、男は赤みの増した頬を掻きながら答える。
相手は平民の娘で、身分差に厳しい騎士を目指す身として、
そのような事実が明るみに出るのはマズイと彼女は隠していたらしい。
だが男はそれを知って別れるどころか彼女に求婚したのだ。
モード王も平民の女性と結ばれたのだから問題ないと彼女を説き伏せ、
近い内に結婚式を挙げる約束を交わしたと彼は語った。

「……そうか。それは済まない事をしたな」
「い、いえ! 兵士は任務が最優先ですから!
それに少し結婚式が遅れても彼女は逃げませんし」

謝罪の言葉を口にする騎士を若い兵士が必死に止める。
自分の事を親身に思ってくれる上官への温情に感謝しながら。

「……本当に済まない事をした」

もう一度だけ彼は小さく呟いた。
その言葉は目の前にいる彼にではなく、
どこか遠く、この場にいない誰かに告げるかのようだった。


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