ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-05

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匿名ユーザー

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「るーるるーるーるるー♪」

グラン・トロワに響く微妙な音程の歌声。
その巨体には似合わぬ少女じみた声。
空の色を映したような青い鱗が陽光を反射し輝く。
今日のように天気が良い日は決まって、
シルフィードは嬉しそうに歌を歌う。
最初は物珍しさから人が集まっていたのだが、それも毎日続けば飽きるのも当然。
彼女の歌声は王宮で奏でられる音楽には遠く及ばない。
どちらかといえば酒場に入り浸る酔っ払いの鼻歌に近いものがある。
これを苦痛に感じる侍女や召使の間で、
“誰がシャルロット様に嘆願に行くか?”を相談中らしい。

彼女がいる中庭から王宮を覗けば、窓の向こうで本を読み耽る一人の少女。
気ままに歌うシルフィードを気にも留めず、白い指先がページを捲る。
晴天の下、青い主従はそれぞれ思い思いに自分の時間を過ごしていた。


読書に没頭する彼女の姿を見ながらベルスランは深い溜息をついた。
シャルロットの自由時間のほとんどは読書に割り当てられている。
元々、内向的な性格だった事に加え、王女という立場から気軽に外出もできず、
ましてや国政に忙しくオルレアン王も親子の時間を作れなかった。
もう少し子供らしく外で遊びまわっても良いだろうにと思っても詮無き事。
この王宮の中、彼女には共に遊ぶ友人もいないのだ。
厨房にはドナルドの息子トーマスもいるが彼との遊びも室内に限られる。
それに次代のコック長を担うに相応しい実力を身に付けようと、
父親の下で料理の猛特訓を受けているらしく忙しいという話だ。
たまに出掛ける事があっても自身の使い魔に乗って遊覧するだけ。
それもシルフィードにせっつかれて仕方なくだ。

ふと同年代で彼女の身近にいる少女を思い浮かべて、
ベルスランは大きく首を横に振るった。
“あの方だけはダメだ”と。

シャルロット様同様、他に遊び相手がいなかったからか、
よくイザベラ様はシャルロット様を連れて遊びに出かけていた。
それだけなら微笑ましい光景だろう。
だが彼女の提案するものは遊びというには度が過ぎていた。
ある時には騎士団の目を盗んで竜を奪い遊覧飛行を楽しんだり、
またある時には、寝ているオルレアン王の髭を前衛芸術の如くカットしたり、
怪物退治だと領内に出没するミノタウロスを倒しに行った事もあった。

幸い、ジョゼフ様の先見性とカステルモールをはじめとする騎士団の活躍もあって
事なきを得たが、一歩間違えれば命の危険さえあるものばかり。
戻ってきたお二人、特にイザベラ様は徹底的に叱られていた。
だが、その時に声を張り上げていたのは夫人ばかりで、
私は一度としてジョゼフ様が怒っているのを見た事が無かった。
あるいは、父親に心配されたくて怒られたくて、
そのような振る舞いをしているのではと思ったほどだ。
しばらくして互いの立場が明確になるにつれて二人は疎遠になった。
今では住まいどころか国さえも違う。
イザベラ様は遠く離れたトリステインの魔法学院にいる。
出来ることならシャルロット様も通わせて友人を作って欲しい。
しかし一国の王女にはそんな自由も許されないのだ。

それでも少しは気を紛らわせてもらおうと、
ジョゼフ様の計らいでトリステイン魔法学院の『使い魔品評会』への出席が決まった。
無論、イザベラ様が召喚した使い魔を発表するという理由でだ。
これにはトリステイン王国のアンリエッタ姫殿下も参加されるという事で、
二国の王女が集まる大規模な催しになるだろう。

コンコンとノックする音が聞こえ、ベルスランが扉を開けた。
手紙を携えた侍女が恭しく頭を下げてそれを差し出す。
シャルロット宛ではなく自分宛だと確かめた後、手紙を開く。
そこに書かれた字はジョゼフの物で要件だけが綴られている。
途端にベルスランの顔が苦みばしったものへと変貌した。

「どうかしたのね?」

彼の変化に気付いたシルフィードが声を掛ける。
シャルロットも声には出さないまで視線を向け様子を窺っている。
それに慌てたようにベルスランは手紙を握り潰して説明する。

「い、いえ、大した事ではないのですが。
例の『使い魔品評会』を延期をしたいという、
トリステイン側の申し入れがありまして……」

「ええー、どうして!? せっかく楽しみにしてたのに!」

もしかしたら召喚された使い魔の友達が出来るかも、
と期待していたシルフィードから驚きと不満の入り混じった声が上がる。
シャルロットの表情にも微妙に落胆の色が見える。
手にしたハンカチで冷や汗を拭いながらベルスランは理由を告げた。

「それが……生徒の一人が使い魔の召喚に失敗しまして、
その生徒が召喚を終えるまで、しばらく待って欲しいとの事です」

返ってきた答えに、ぽかんとシルフィードは口を開ける。
シャルロットもその答えは予想していなかったのか、驚きの表情を浮かべた。
そして訪れた沈黙を打ち破り、シルフィの爆笑が響き渡った。

「きゅいきゅい! 召喚に失敗するメイジなんて初めて聞いたのね!」
「はあ……」

項垂れるように肩を落とすベルスランからシャルロットは本へと視線を戻す。
たかが生徒一人が失敗したぐらいで王家が集まる行事を延期するとは思えない。
考えられる可能性は一つ、その生徒が重要人物だという事だ。
使い魔が召喚できなずに品評会に臨めば一国の面目が潰れる、そんな人物。
そして、その条件に当て嵌まるのは彼女の知る限りでは唯一人。
それを察して彼女は戸惑うベルスランから目を逸らした。
そんな彼女の配慮にも気付かずシルフィードは笑い続ける。

「どんななのか一度顔を見てみたいのね!」


「だから、わたしは使い魔を召喚したって言ってるだろ!」

ドンと机に拳を叩きつけながら力の限り吼える。
わたしの目の前には白い視線を向ける教師数名。
あの後、必死に探し回ったけど使い魔の影も形も見当たらなかった。
無能な連中は私が失敗したと信じているが、わたしはこの目で確かに見た。
勝負に負けたくないから嘘をついていると奴等は決め付けているのだ。
その証拠に、続けて何度も召喚を行なったが使い魔は出てこなかった。
当然だ。使い魔は一人につき一体、それ以上は召喚できない。
なのに連中は召喚が成功しないのは、わたしの未熟だと言い張る。
議論はいつまで経っても平行線のまま。

「ああもう! もうアンタらと話す言葉はないね!」

それだけ言ってわたしは自室に引き篭もった。
周りから授業初日から不登校になったと騒がれたが気にしない。
そもそも使い魔が見つからない限り進級できないのだから一緒だ。
さすがに教師達もこれはマズイと思ったのか説得を試みる。
この時からイザベラの戦いは始まりを告げた。

最初に部屋を訪れたのは熱心な教師と知られるミスタ・コルベール。

「何事も最初から全てが上手くいくとは限りません。
挫折した時に、どうやって立ち直るかが大切なのです。
それは学問に及ばず人生においても……」
「うるさいハゲ。未練がましく生えてる残りの毛を毟るぞ」

そうまで言われては、さしもの彼も引き下がらざるを得ません。
第一、説教を聞き慣れている彼女にとっては今更です。
優しい言葉や激しい叱咤など効果はありません。

次に訪れたのはオスマン学院長の秘書ミス・ロングビル

「貴女が目にした“使い魔らしきもの”はどれぐらいの大きさでした?」
「そうだね。竜よりは遥かに小さかったけど、猫や犬よりは大きかったね」
「そうですか。何か不審な動きは見せていましたか? 敵対的な行動とか」
「さあ? それこそあっという間だったからね。
もし向こうにその気があったら仕掛けてきたと思うよ」

色々とイザベラが目にしたものについて聞いてきました。
同じ事を何度も聞いて嘘を言っていないかを確かめます。
それで気が済んだのか、彼女は何も言わずに部屋を立ち去ります。
視界から消えていく黒髪を眺めながらイザベラはその背に手を振り、

「……何しに来たんだい、アンタは」

率直な感想を口にしました。

遂に教師達は彼女の熱意に負け、イザベラの言葉を信じる事にしました。
そして彼女の部屋に三人目の人物が訪れました。

「ええと、日頃から幻覚とか幻聴はありますか?
また幼少期に、仮想の友達を作って遊んだ経験は?」
「帰れ」

入室するなりそんな事を言い出す精神科の水メイジの顔に投げつけられる枕。
退室最短記録を引っ下げて部屋を後にした彼の声が扉越しに聞こえます。

「やはり慣れない環境でストレスが溜まっているようです。
幻覚の他に、暴力的な言動が目立ち……」
「いや、ガリアでの彼女の行動を聞く限りではいつも通りじゃろう」
「そうですか。そんな前から心が病んでいたのですね」

ああ、うるさいな。
いいかげん放っておいてくれ。
そんな暇があるなら、さっさとわたしの使い魔を探して来い。

しかし彼女の願いも虚しく次々と人が訪れます。

「イザベラ様。貴女が見たのは亡霊です。
私めがお払いしてあげましょう。……はい、もう大丈夫です」
「出てけ」

「光の屈折によって砂漠などではありもしない街が見える現象が…」
「黙れ」

「では、こうしましょう。
品評会には適当な使い魔をでっち上げて、
貴女様の面目を保てるように致しますので」
「殺すぞ」

もはやイザベラは完全な面会謝絶を決め込み、
ほとほと困り果てた教師達を目にした赤毛の女生徒が声を上げた。

「いいかげん放っておけば良いじゃないですか?
本人にやる気がないなら退学させれば済む話でしょう」
「そうもいかん。既に『使い魔品評会』の通達を出しておる。
今更、中断するなどワシの一存では決定できん。
とはいえ、このままでは延期もやむなしか」

オスマンの言葉にキュルケの眉が顰められる。
せっかくの自分の晴れ舞台が延期されるなど彼女には我慢ならない。
杖を振り上げ、首根っこ引っ掴んででも引きずり出そうとする彼女を教師達が必死に抑える。
ようやく怒りの収まったキュルケが教師達に訊ねる。

「大体、食事はどうしているの? 食堂には姿を見せないのに」
「それなら大丈夫です。
夜中に彼女が部屋から出てきて厨房に向かうのを何度か生徒が目撃しています。
恐らく、そうやって飢えを凌いでいるんでしょう」

ぴくりとコルベールの返答にイザベラは反応を示した。
夜中に厨房に盗みに入るなどというこそ泥のような真似はしない。
昼間、皆が授業を受けている間に堂々と厨房に入ってるのだ。
つまり、この部屋からわたしじゃない誰かが出て行った?
わたしが寝ている間に? わたし以外に誰もいない部屋から?

雷に打たれたかのように彼女は跳ね起きた。
そいつだ! そいつがわたしの使い魔だ!
閃きは確信へと変わり、彼女は自分の部屋をくまなく調べた。
床を這いずり回り、天井を杖で叩き、壁の反響音を聞き比べる。
その努力の結果、彼女は部屋に細工がない事を完全に証明した。

「……こうなったら向こうから出てくるのを待つか」

ぜえぜえと息を切らせながらイザベラが呟く。
夕食前の僅かな間、部屋を出た彼女は大量の毛布を持って戻ってきた。
そこら中の生徒の部屋から盗……拝借してきた物だ。
まずはベッドの上に毛布を丸めて膨らみを作る。
そこに毛布を被せてあたかも人が寝ているかのように見せかけた。
残った毛布は丸めて床に敷き詰め、壁の端に簡易のベッドを作る。
そこに腰掛けて彼女は時間が経つのを待った。

いつもならば寝ている時間。
しかし彼女は目蓋を擦り必死に睡魔と戦う。
もし、この部屋に誰かが潜んでいれば眠ったと勘違いして出てくる。
その決定的な瞬間を取り押さえる算段だった。

彼女の大きなあくびが部屋中に響き渡る。
ついに眠気に屈したのか、彼女はベッドに戻り偽装の毛布を弾き飛ばした。
そして寝るスペースを作ると、その場に横たわって寝息を立て始めた。
それは次第にいびきへと変わって熟睡している事を周囲に伝える。
隣室の生徒達と、そしてこの部屋に潜む何者かに。

窓際の壁に亀裂が走る。
その壁の向こう側に部屋などない。
少なくとも人が入れるような厚みではない。
それにもし壁が裂けたなら、その痕跡は必ず残る。
目を凝らせば裂けていたのは壁ではなく空間だった。

そこから辺りを窺うように向こう側から目が動いていた。
イザベラが完全に寝入っているのを確認すると、
空間の裂け目から足が、続いて手が出てきた。
暗くなった室内ではハッキリとした姿は分からないが、
あるいはイザベラよりも小柄かもしれない。

足音を殺してゆっくりと扉へと向かう影。
その直後、壁際で折り重なった毛布が崩れ落ちた。

「え?」

驚きの声を上げた瞬間、飛び出した腕にがっちりと掴まれていた。
それは崩れ落ちた毛布の中から伸びていた。
被さった毛布を払い落としながら、ゆっくりと少女は姿を現した。
透き通るような青い髪、相手を睨みつける風貌。
それはベッドで寝ているはずのこの部屋の主だった。
咄嗟に少年はベッドの上に視線を移した。
そこには少女の姿はなく、ただ小さな人形が転がるのみ。

「ようやく捕まえたよ!」
「ひっ!」

イザベラの叫びに脅えた少年が裂け目に逃げ込もうとする。
腕を引こうとする相手の動き、それに合わせてイザベラは相手を突き飛ばした。
二人の身体が重なりながら空間の裂け目へと転がり落ちる。

急に部屋の明るさが増し、イザベラの視界は白に染まった。
ようやく目が慣れ始め、周囲を見渡す彼女は驚愕に固まる。

部屋には大きな暖炉とライカ欅製の立派なテーブル。
その上に並べられているのは、どれも王宮にあるような高級酒ばかり。
暖炉と共に部屋を明るく照らすのは幾つものガラス細工のランプ。
本棚には隙間もないほど様々な本で埋め尽くされている。
決して壁の隙間に作れるような部屋ではない。

部屋の端で強く背中を打ちつけたのか、
奇妙な格好の少年が苦悶の声を上げていた。
縞の入った服装がどことなく囚人の物を思わせる。
帽子も服も統一感がありすぎて尚更その印象を強める。
しかし楽に組み伏せられる相手だと見て、彼女は何ら警戒する事なく少年と近付く。
そして襟首を掴んで彼の身体を引き起こした。

「ご、ごめんなさい……」

少年の謝罪などイザベラは聞く耳を持たない。
そんなものは聞きたくない。
他に聞きたい事はいくらでもある。
まずお前は何者なのか?
この部屋は何なのか?
どうやって作ったのか?
だけど、それよりも先に言うべき事がある。

イザベラは大きく息を吸い込み、そして止めた。
恐怖と緊張で固まる少年の目が彼女へと向けられる。
そして。

「なんで使い魔のくせに、わたしより良い部屋に住んでるんだい!」

があーと吼える少女に、少年……エンポリオは目を丸くするしかなかった。


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