ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-02

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匿名ユーザー

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「どうやら到着したようじゃな。あの『ガリアの問題児』が」

左右に開いた大きな窓からオールド・オスマンは眼下を見渡す。
塔の下には豪奢な装飾があしらわれた馬車とそれを守る護衛数人。
事前にあった通達どおりイザベラを乗せた馬車は無事学院に到着した。
もっともガリア王国が誇る花壇警護騎士団が護衛に付いているのだ。
何かがあるなどとは到底考えられない。

「ラ・ヴァリエール公爵の三女に、オレルアン王の姪か」

これだけの重要人物を二人も抱える場所は珍しいだろう。
肩に圧し掛かる責任の重さと共に、彼は大きな溜息をついた。
もし、彼女達の立場だけを考えるのなら望ましい限りだろう。
いずれ彼女達があるべき地位に就いた際、その恩師にもそれなりの見返りはある。
下手をすればオールド・オスマンを免責し、自分が学院長に成り代わろうとするかもしれない。
だが、そんな奇特な人間は今の所一人も出ていない。
当然だ。誰もやりたくない仕事を率先して代わる者はいない。

次代を担うべき少女達。
だが、その両者はどちらも負けず劣らずの問題児だった。


「何度も言うようですが仮にも王家の人間なのですから、
それに相応しい礼節と態度を持って……」

カステルモールの小言を右から左に聞き流す。
コイツが気にしているのは王家の面子だけ。
わたしが笑われようがどうしようが構わないと思ってる。
ようやく言っても無駄だと理解したのか、
カステルモールは部下を引き連れてシャルロットのいるガリアへと帰っていく。

その後姿を馬車の中からあくびをしつつ見送る。
完全にアイツの背中が視界から消えた頃、馬車の周りには田舎者が集まり始めた。
(さて、そろそろ出番か)
カステルモールの言葉が耳元で残響する。
まるで呪いみたいにこびり付いた声を長い髪と共に振り払う。
(うるさいな、分かってるよ。王族らしい振る舞いだろう)

ざわめく生徒達の前で大きな音を立てながら馬車の扉が蹴り開けられる。
青みがかった長い髪とドレスを翻しながら彼女は降り立つ。
そして開口一番。近くにいた桃みがかった髪の少女を指差し、

「そこのお前、わたしの部屋に案内おし。荷物を持ってな」

それは正しく絵に描いた暴君の如き振る舞いだった。

カツンと大理石を杖で小突いたような音が辺りに響く。
それは白の騎士が黒の城砦へと攻め入り打ち倒した音。
崩れた城砦が盤の上を転がり床へと滑り落ちる。
大理石で作られた駒と床が互いの存在を主張するように甲高い音を鳴り響かせる。
しかし盤面を挟んで睨み合う二人の耳には露の滴る音ほどにも聞こえない。
両者の実力は伯仲し、僅かな緩みでさえ勝負を決する域にある。

「今頃、魔法学院に着いているんだろうな。……心配ではないのか?」
「別に。お前とシャルロットのような関係に我々は当て嵌まらんのだろうな」
「それでも血の繋がった親子だ。いずれは自分の大切な者に気付く時がくる」

シャルルの言葉に揺らぐ素振りさえ見せずにジョゼフは敵陣に騎士を打ち返す。
その一手を熟慮しながらも迎え撃ちながらシャルルは続けた。
だがジョゼフから返って来るのは言葉ではなく黙々と打ち続ける手のみ。
失敗したか、とシャルルは自戒した。
彼の兄ジョゼフは感情の起伏に乏しい人物だった。
魔法の才がないと嘲りを受けようとも、
受け継いで当然の王位を弟に奪われた時も、
父である先王の死の際にも感情らしいものを見せる事はなかった。
恐らくは彼自身もそれを悩みとして抱えているのだろう。
土足で彼の心に踏み入った事を詫びながらシャルルは話題を切り替えた。

「厳しいな。この守りを抜くには城砦と騎士の力を併せ持つ駒が必要だ」

一見すると手薄に見えるジョゼフの守りを眺めてシャルルは呟く。
しかし冗談じみたその言葉にジョゼフは真面目な顔で返答した。

「そういえば今は“そういう物”を作っているな」
「……何だって?」
「言葉通り“城砦の力を持った騎士”だ」

ジョゼフの言葉に目をパチクリさせながらシャルルは聞き返す。
城砦の巨体と強度、騎士の動きを持つガーゴイル。
まるで悪い冗談のような代物をジョゼフは作り、しかも実用化寸前までこぎつけたと言う。
呆れるべきなのか、感心すべきなのか分からずに呆然とするシャルルの前で、
ジョゼフは顔を顰めながら口と駒を持った手を同時に動かす。

「後は強度の問題だ。いくら動きが速くともあの巨体だ。
砲火や魔法を集中されれば容易く打ち砕かれる。
それさえ解決できれば国境沿いの兵を大分減らせるのだがな。
そうなればその分、人も金も両用艦隊に回せる」
「……両用艦隊。それはアルビオンへの備えか?」
「相変わらず察しが良いなシャルル。その通りだ」

さも当然と言わんばかりにジョゼフは答えた。
王にも秘匿された軍備拡大。それは彼の範疇を超えた明らかな越権行為だった。
そして“騎士人形”の件も今聞かされるまではシャルルの耳には届いていなかった。
しかし、それを咎める事はせずシャルルはジョゼフへと問う。

「アルビオンは確かに軍事強国だ。
しかし一時期は荒れていた政情も落ち着きを取り戻している。
今更、他国を相手に暴発するとは思えんのだが」
「そうかもしれぬ。だが、そうでもないかもしれぬ」

そう言いながら彼は騎士を捨て駒に王への道を切り開く。
形勢を逆転させるその一手にシャルルの表情が凍った。

「一つだけ確かなのは、戦争には“待った”も“次局”もないという事だ」

決着が付いた盤とそれを睨むシャルルを残しジョゼフは席を立った。
グラン・トロワから去ろうとする彼を背後から呼び止めるシャルルの声。
それに応じて彼は足を止めた。

「成程。では初めからそのつもりだったのだな」
「……何の事だ?」
「とぼけるな。彼女の留学の事だ」

振り返った先でシャルルが怒りを滲ませる。
珍しい弟の姿に冷静なジョゼフも僅かに驚きを示した。
無言のままのジョゼフにシャルルが言う。

「トリステイン魔法学院に留学させれば、かの国と同盟を結ぶキッカケになるだろう。
正直、人質を提供したようで気が引けるが有効な手だ。
だが! 自分の娘まで駒として扱うなど決して許さん!」

ジョゼフに浮かんだ感情は困惑だけだった。
何故、弟は無関係な人間にまでそんな感情を向けられるのか。
それが理解できないと彼は呆然と立ち尽くすしかなかった。

「……すまない。少し感情的になりすぎたようだ。
この国の為を思えばこその行動を非難する謂れはない」
「いや、恐らくはお前が正しいのだろう。俺がそれを理解できないだけだ」
「………………」

ジョゼフの返答にシャルルは言葉を詰まらせた。
何を言うべきかも分からずに目を伏せて押し黙る。
しかし意を決して彼は口を開いた。

「それにまんざら悪い話でもない。
上手くすればトリステインと友好的な関係が築けるかも知れんしな」
「シャルル」

笑みを浮かべるシャルルに、ジョゼフが彼の名を小さく呼んで制す。
そして僅かな沈黙が舞い降りた後にジョゼフは告げた。

「それをアレに期待するのは酷というものだ」


同時刻、トリステイン王立魔法学院ではいつもより一際大きい砂煙が立ち昇っていた。


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