ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロと使い魔の書-06

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ゼロと使い魔の書
第六話

かちゃり、とスプーンを置く音が、活気ある厨房の中でやけに大きく聞こえた気がした。
「ありがとう、とてもおいしかった」
琢馬はいつもと変わらぬ様子で、隣のシエスタに告げた。
「ふふ、お粗末さまでした。また食事を抜かれてしまうようなことがあったら、いつでもいらして下さい、タクマさん」
「恩に着る。ところで何か俺でも手伝える事はないか?ご馳走になりっぱなしというのも気が引ける」
今まで他人に気を遣うといったことがあっただろうか。この世界にきてから色々と初めての体験が多い。それら全ては、
その時抱いた感情とともに革表紙の本にあますことなく記されていく。できれば、後から読み返したくなるような記述を残したいものである。
「そうですね……でしたら、デザートを運ぶのを手伝ってくださいな」

手伝いの内容は過去の体験を思い返す必要もない、シエスタがケーキを配る間、銀のトレーを持っているというごくごく簡単なものであった。
中央のテーブルに差し掛かったところで、耳障りなはやし声が聞こえてきた。
「なあ、ギーシュ!お前、今は誰と付き合ってるんだよ!」
取り巻きの中央の金髪の少年に、その言葉は向けられていた。
少し、意外に思った。中世の貴族が付き合うといったら結婚前提で、軽々しく誰それに乗り換えるなんてことは絶対にない事だと思っていたが、どうやらここら辺の事情は今までいた世界とあまり変わらないらしい。
「つきあう?僕にそのような特定の女性はいないのさ。薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
肩をすくめる動作と共に吐き出されたセリフに周りの友人がややあきれたような笑みを返しているところを見ると、一夫多妻というわけでもないらしい。
友人の反応まで総合すれば、普通の高校の教室でも充分ありえそうな光景である。

彼らの盛り上がりが最高潮に達したのと、シエスタが彼らにケーキを配るのとはほぼ同時であった。
大げさな身振り手振りを交える金髪の少年のポケットから見覚えのある小瓶が落ちる。確かモンモンランシーという女学生が昨日廊下の影で彼に渡していたものだ。
「シエスタ、一人で配るのは大変かと思うが、先に行ってくれるか?」
シエスタは小瓶に視線を落とし状況を理解したようで、軽くうなずくと一人でケーキ配りを続けた。
「落とし物です。旦那様」
拾ってよく見ると、きらきらと朝の光を反射した紫色の液体はとても美しかった。
しかし、金髪の少年は自分が思ってもみなかった行動に出た。
「これは僕のじゃない。君は何を言っているんだね?」
声色や表情から、そしてThe Bookの記述から、はっきりと嘘だと分かった。
この金髪の少年が何を考えて今のようなことを言ったのか。大方この小瓶が誰かと付き合っている証拠となるような代物で、それを誰にも知られたくないがために嘘をついたといったところだろうが、
別にそんな経緯には興味がない。が、ここでただ引き下がるのは自分の記憶力を否定されたようで面白くない。
「失礼しました。私はてっきり、昨日モンモランシー様が『あなたのために調合したの……愛しているのなら受け取って、ギーシュ』というお言葉と共にギーシュ様に渡されて、
『もちろんさモンモランシー。薔薇のように美しい君からのプレゼントを受け取らなかったら、きっと始祖ブリミルの怒りに触れてしまうだろうね』とギーシュ様がおっしゃったものだと思っていましたが、
私の勘違いのようで、申し訳ありません」
金髪の少年の顔は始め赤くなり、続いて青くなり、最終的ににごった白色になった。
「意外!それはモンモランシー!」
「気取ったこと言ってると愛想つかされるぜ!」
「違う。いいかい?彼女の名誉のために言っておくが……」
再び喧騒に包まれるかと思われたが、茶色いマントの一年生がギーシュのところまで来て涙目で恨みがましい視線を向けたことで一瞬にして沈下した。

「ギーシュ様……やはり、ミス・モンモランシーと……」
「彼等は誤解しているんだ、ケティ。僕の心の中に住んでるのは君だけ……」
「このきたならしい阿呆がァーーッ!!」
その一年生は外見からは想像できない嫉妬に狂った咆哮をあげると、何も入っていないワイングラスで金髪の少年を殴りつけた。
幸いというべきか、ガラスの破片は少年だけに突き刺さったようだった。
一年生が元の席に戻るのと入れ違いになるように、金色の巻き毛の少女が少年のもとにやってきた。
ガラスで切ったらしい傷を押さえながら、少年は続いてやってくる人物に目を見開いた。
「モンモランシー。誤解だ。彼女とはただ……」
「やっぱりあの一年生に手を出していたのね?」
「いや、だから……」
「この二股かけて遊んでる堕落した男がァーッ!!」
少女は空の皿で少年の頭を殴りつけた。広間の誰もが注目するようなひどく大きい音と共に皿は割れ、少年はテーブルへ突っ伏した。
静寂が食堂の一角を支配する。
取り巻き達が囃し立てるかと思ったが、彼らはお互いの顔を見合わせるばかりで何も言おうとしない。さすがにいたたまれなかったらしい。
「あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
ポケットからハンカチと薔薇を取り出すと、少年は顔の血を拭い、こちらを睨みつけた。
「おい、君、こちらへ来たまえ」
薔薇を軽く振りながら言った。
一歩踏み出すと同時に、少年はいきなり拳で殴りかかってきた。よけられたが、よける必要性を感じなかった。クレイジーダイアモンドのラッシュを受けた自分にとっては
ものの数には入らない。
拳が左頬に入る。鈍い音がしたが、大したことはなかった。しかし造花のとげで切ったらしく、一筋の血が頬を流れる。
「痛いか、平民。君はその程度の怪我で済んでいるが、君のおかげで二人のレディが傷ついてしまったんだぞ?」
短い、息を呑むような音が聞こえた。見るとシエスタがこちらを見ていたらしく、口を手で覆っていた。心配そうな顔をしていたので、とりあえず落ち着かせることにした。
「おい、なんて顔してる。不安なのか?ケーキ配りなら、悪いがもう少し待ってくれ。俺はちょっとこのマンモーニと話があるんだ」
彼女を仕事に戻そうとしたら、少年が割り込んできた。
「おい、今なんて……」
「まあまてよ。新しくいくつか言葉を覚えたからって、人の話に割り込むのはマナー違反だ。落ち着いて彼女に説明させてほしい。あとでちゃんと君の話は聞いてあげよう。それともなにか?いそいでいるのか?専属のベビーシッターでも待たせているのかい?」

そう言うと、少年の顔に血管が浮き出てきた。どう反応するか少し興味があったが、怒り方は貴族も何も関係ないらしい。
もう一回殴りかかってくる、かと思いきや、少年は無理に落ち着けるように肩を上下させ深呼吸すると、憎しみがこもった視線を自分へ向けただけだった。少し意外だった。
「いいだろう……貴族に対するその口のききかた、勇気だけは認めてやろう。だがお前、『覚悟』はあるんだろうな?」
少年は薔薇を琢馬へ突きつけた。
「これからお前に『決闘』を申し込む。五分後、ヴェストリの広場でだ。よもや逃げたりしないだろうね?」
「五分だな。わかった」
気取ったしぐさで立ち去る少年を眺めていると、後ろから声をかけられた。
「タ、タクマさん、あ、あなた殺されちゃう……」
シエスタだった。もうケーキは配り終えたらしい。
「それほど、強いのか?」
「貴族の方を本気で怒らせたら……」
「なら、シエスタは人に責任を押し付けるような人間に、命乞いするべきだと?」
シエスタは唇を噛んで迷うような素振りを見せた。きっと、この世界では貴族と平民の格差は絶対なのだろう。自分と住んでいた世界が違うこの少女はおそらく、自分の問いに答えることができない。
だがそれでも考えを変えるつもりはなかった。
「命乞いするような人間は、一生負け犬なんだ」
琢馬はシエスタに背を向けた。
ヴェストリの広場がどこにあるかは知っていた。一瞬、ルイズのことが頭に浮かんだが、関係ないと考え直し、食堂の出口へと向かった。


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