ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

狭間に生きるもの-3

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匿名ユーザー

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 視界に広がるのどかな田園風景を窓越しに見ていると、あたかも額縁に飾られた名画を見ているような
 奇妙な錯覚に陥りそうになる。
 心を啓発するものではなく、人の心の奥に刻まれた原風景を思い起こさせる温かみのある絵画だ。
 ゆったりとしたソファーに身を沈めて、綿雲が青空を彩り、緑色の絨毯を敷き詰めたような大地が作り出す
 コントラストを楽しんでいると、隣に座る雇い主から不機嫌そうな声を掛けられた。

「暇だわ。ヨシカゲ、何か面白い話しをしなさい」
「断る」

 イザベラが歯軋りをしながら何か言いたそうにしているが、私はあくまで護衛として雇われたのであって、
 従者や話し相手ではなく、ましてやきゅいきゅいとうるさい風竜のような使い魔になった訳ではない。
 出世を考えるならご機嫌取りのひとつもするべきであろうが、私自身そのつもりはまったくない。
 そもそも私は幽霊なのだから立場など考える必要はない、この場所が嫌になったら出て行けばいいのだから。

「イザベラ様、お目汚しかと存じますが」
「まぁ綺麗!カステルモールはよく気が利くわね。だぁ~れかさんと違ってね!」

 イザベラが普段からは考えられないような猫撫で声を出しながら、騎士から差し出された花束を受け取る。
 その花束は即席で作ったにしては配色も考えられているなかなかの物だ。
 イザベラはウットリとした表情でその花束を見つめながら、流し目にしてはいささか険の篭った視線を
 私に向けて送ってくる。
 その眼よりも、猫撫で声と発情期のメス猫のようなイザベラの顔に気分を害した私は風景を楽しむ気にもなれず、
 馬車に誂えられた書架に手を伸ばし適当な本を見繕う。
 娯楽本の類はひとつもなく、その殆どがトリステインとゲルマニアについての本で埋められている書架から、
 近年のトリステインについて書かれた本を手に取ると適当にページを捲った。

『前述の通り、国境線における領土争いの度重なる敗北と過剰なまでの貴族主義の横行により、
 トリステインは一時期の隆盛も虚しく、小国へと没落していた。
 だが、始祖より受け継がれし王権のひとつが消え去ろうとしているのを見かねた
 アルビオンのジェームズ一世は自らの弟とトリステインの後継者であり、当時唯ひとりの王族である
 マリアンヌとの間で婚姻を結ばせようと、トリステイン王宮にその旨を打診する。
 それを受けたトリステイン側は連日連夜、ジェームズ一世の思惑を推し量らんと会議が続けられた。
 ジェームズ一世は王位に着くために、自分に従う弟と共に血を分けた兄弟や親までをも殺め、
 王位に着いた後も自らに従わぬ貴族たちを次々に粛清した冷酷非常なる王として知られており、
 そのジェームズ一世の弟を迎え入れることで、トリステインはアルビオンの傀儡に成り下がり、
 アルビオン同様に粛清が始まるのではないかと貴族たちは恐れたのである。
 だがその反面、ジェームズ一世の統治者としての手腕はハルケギニアでは並ぶものがなく、
 彼が王位に着いてからのアルビオンは繁栄の一途を辿り、そしてその傍らには常に弟の姿があり、
 兄であるジェームズ一世に負けず劣らずの辣腕振りを発揮していた。
 結局、取るべき選択肢のないトリステインはジェームズ一世の弟を新たな王として迎え入れることとなった。
 この選択は国にとっては正しい選択であり、王宮に住まう貴族たちにとって最悪の選択となる。』

『トリステインの王位に着いた彼はその卓越した知能と王の補佐として得た経験に基づいた様々な政策を
 実行し、破綻寸前だったトリステインの財政を建て直し、外交と遠征によりその領土を徐々に広げて行った。
 民衆は彼の功績を称えたが、やはり彼を快く思わない者たちも存在した。 
 トリステインをこのような状態まで追い込んだ元凶である、門閥貴族たちである。
 王の打ち立てる政策は彼らの利権を削り、領地を縮小させることにより財政を立て直すというものであった。
 実際のところ王の取った政策は、田畑を検地し直し、領地間の輸送にかかる不当な関税を撤廃させ、
 民を蔑ろにする貴族から領地を召し上げそれを直轄地とすることにより、領民に安心を与え、税を滞りなく
 納めさせるという当たり前のことをしたにすぎなかった。
 彼が王位に着く以前の状態が異常だったのである。 
 だが、栄えある一門である彼らにとって国とは自らの生活をより豊かにさせる為の道具でしかなく、
 領民は自分たちを富ませる為の家畜でしかなかった。
 王の政治は国を豊かにしたが、決して彼らの懐を膨らませた訳ではなかったのである。
 彼らは王を廃して政権を取り戻そうと幾度となく密談を行い、互いに出し抜かれないように
 水面下で暗闘を繰り広げていた。
 だが、貴族たちのそのような思惑も王の計算の内にあり、むしろ、彼らが行動に移るのをじっと待ち構えていた。
 そして、彼らの決起を後押しするように、王によりある政策が発表された。』  

「へぇ、アンタでもそんなの読むんだ?」
「ああ…誰かさんのおかげで気分が悪くなったんでな」

 私がそう言うと、イザベラは意地の悪そうな笑みを浮かべ、見せつけるようにして花束を抱える。
 どうやら私の言った意味を理解してないようだが、別に訂正するつもりもないのでそのままにしておく。
 何やらチラチラと私を盗み見しているが、特に言うこともないので私は次のページを捲った。

『このハルケギニアには逆らってはいけないものが三つある。
 始祖の残せし文言、貴族などの支配階級、そして教会である。
 この内の二つ、始祖と貴族についてはあえて説明する必要もないだろう。
 そして、この本を手に取った方々は、なぜ始祖と教会を分けたのか疑問に思っていることだと思う。
 その理由については筆者が以前に執筆した“光の国”に詳しく書いているので、
 もし興味があり、異端者として告発されることを恐れないのであれば、その本を探して読んでもらいたい。
 その他の方々には、この場で簡単に説明しようと思う。
 ロマリア連合皇国と始祖を崇め奉る組織の頂点に立つ最高権力者は、ご存知の通り教皇である。
 しかし、その起こりは過去のロマリア王が自称したものであり、始祖がその命を持って任じたものではないことは
 読者の方々もご存知の通りである。
 当時のロマリアはガリア南に点在する様々な都市国家群の中でも弱小であり、大王ジュリオ・チェザーレが
 この世を去った後、周辺の都市国家との軋轢とその共謀により国力の衰退を余儀なくされていた。
 さしたる資源もなく周りを敵に囲まれた状況のロマリアには、教皇を自称し始祖信仰の総本山となることでしか
 生き残る選択肢はなかったのだ。
 幸いなことにロマリアには始祖の墓があり、始祖についての研究がどの国よりも進んでいたので、
 その主張に対して各国が行動を起こすこともなくハルケギニア中に認められることとなった。
 そして、ロマリア連合皇国として再出発した彼の国は、何百年もかけてゆっくりと勢力を広げ、
 揺るぎなき始祖の御使いの国となったのである。』

「先代のトリステイン王は教会への寄付、ぶっちゃけて言えば教会に支払う税金を禁止したのさ。
 あの国にはありがたぁ~いお経と生臭坊主以外に輸出できるモンがないからね。
 寄付が無くなったらあっという間に干上がっちまうから、向こうも相当焦ったと思うよ」

 花束をどこかに放り投げて、イザベラは吐き捨てるようにそう言うと頬杖を突きながら窓の外に眼を向ける。
 次のページを捲ると、イザベラが言った通りのことが書かれていた。
 ロマリアが寄付で国の財政の一端を賄っているとすると、個人ではなく、国がそんな政策を取ったのなら
 かなりの額の寄付が無くなり、ロマリアは大打撃を被ることになる。
 門閥貴族たちを煽るためだとしても、これはやり過ぎだ。
「そうか…だが、そんなことをすれば異端審問にかけられるだろう。それを恐れなかったのか?」
「ああ、そんときにはロマリアと話しがついてたのさ。あくまで発表であって実行には移しませんよってね。
 その貴族連中はロマリアの有力者に賄賂を寄付として渡していてね、そのおかげで坊主たちはブクブク太って
 教皇の言うことでさえ聞かなくなっていたのさ。
 ロマリアも生臭坊主の対処に頭を悩ませてたから、渡りに船ってヤツだね」

 つまり全ては出来レースで、王に反抗する貴族たちはまんまと乗せられたという訳だ。
 そして、王は連中の決起を潰してから首謀者のみを許して権力基盤を確固とした物にしただけでなく、
 決起して生き残った者たちの恨みを免罪した首謀者らに全て押し付けた。
 それから首謀者たちから賄賂を渡していたロマリアの有力者の情報を聞き出して、それをロマリア政府に流し、
 ついでに貴族から取りあげた金で多額の寄付を送って両国の関係を修復した。
 全てが王の手の上で踊っていただけのことだったのか。
 いや、だったらアレはどうなるんだ?

「確か以前にメイジ威信とか言って、魔法派と肉体派の争いだったと聞いた覚えがあるんだが」
「それは…門閥貴族をおちょくるのに肉体サイコー!とか言ってたら知らない間に広まったらしいよ。
 今じゃポージングとか言ってトリステインの代名詞で文化の象徴にまでなっちまったけど」

 なるほど、つまりトリステイン貴族は元からアホだったということか、スゲェ納得した。
 これだけは王にとって予想外の展開だったんだな。
 私がひとり納得していると、嫌そうな顔でイザベラが私を見つめていることに気づいた。

「アンタ…トリステインに興味があるみたいだけど、他になにやってもいいから、お願いだから、
 トリステインかぶれにだけはならないでおくれよ」
「なるわけねぇだろッ!気持ち悪いことを言わないでくれ!!」

 私とイザベラは顔を見合わせてウンザリとした表情になる。
 このときばかりは、私はこの女と心が通じ合っている感じがした。
 もちろん、それには理由がある。

 現国王でありイザベラの父親であるジョゼフに心より忠誠を誓う、数少ない貴族の内のひとりである
 アルトーワ伯の誕生を祝う園遊会に招待され、動かぬ国王に代わり名代としてイザベラが向うことになり、
 私と手の空いていた北花壇騎士五号が護衛として同行することになった。
 東薔薇騎士団の精鋭たちに囲まれて私も楽ができると喜んでいたのだが、道中の宿で地下水という
 しゃべるナイフに操られた騎士がイザベラを襲うというアクシデントが起こった。
 当初はそのナイフが犯人とは判らずに次々と襲いくる刺客に辟易していたのだが、
 イザベラがその正体に気づき、地下水が北花壇騎士のメンバーだと教えられた五号がブチ切れて
 どんな手を使ったのか知らないが付近一帯の全ての生物を老化させてしまい、イザベラ以外の人間は
 ほぼ全滅という有様だったが私にはなんの被害もなく、それでやっと地下水の捕縛に成功した。
 その後、重傷を負っているにも拘らず散々イザベラに説教してから気絶した五号をリュティスに送り返し、
 アルトーワ伯の園遊会に出席することとなった。
 地下水もそのとき一緒に送られ、今頃は過酷な尋問を受けているだろう。
 そんなことがあったが、アルトーワ伯の庭園で催された園遊会は素晴らしいものであり、
 強国ガリアを誇示するような煌びやかなものだったのだが、ただひとつだけ例外が存在した。
 主催者であり園遊会の主役であるアルトーワ伯は熱心なトリステイン文化の信奉者であり、
 園遊会二日目に行われた一番の目玉であるダンスは、彼の趣味がモロに反映されたものだった。
 身分の差どころか性別まで関係ないとばかりに、男も女も鍛え上げられた肉体を暑苦しいくらいに
 見せつけながら披露されたダンスは、まさに天下の奇祭ともいえる恐ろしいものだった。
 私はサッサと逃げ出そうとしたのだが、涙目のイザベラに腕を捉まれソレを見る羽目になってしまった。
 ああクソッ!思い出すだけで忌々しい!! 

 イザベラにネタバレされて読む気がなくなった本を書架に戻し、王都に到着するまでの暇潰しに
 次の本を物色していると、書架の奥に隠すようにおかれた二冊の本を発見した。
 『犬とご主人様』と『メイドのご奉仕』という名の本だ。
 なんだか思春期の学生がベッドの下に隠したエロ本を見つけてしまったような変な気分に私は陥ったが、
 とりあえず内容を見てみることにする。
 一冊は使い魔として召喚した少年を調教する主人とその周りの人間が、いつの間にか逆にその少年に
 調教されてしまうといった内容だ。
 主人公である女性の視点で書かれていて、嗜虐性向を持つ彼女は実は被虐願望を持っていて、
 そのギャップに悩みつつ背徳の快楽に身を委ねるというエロティックま感じに仕上がっている。
 もう一冊はメイドが屋敷の主人におしおきされ、それを楽しみにするメイドといった、やはり、
 背徳的な内容になっている。
 私はメイドの方を手に取ると適当にページを捲り、声に出して呼んでみることにした。

 『申し訳ありません!お皿を割ってしまいました!』
 『おお…なんということだ!これは先祖代々伝わる大切なものなのだぞ!
 そんな大切な皿を割ってしまうとはいけないメイドだ。
 これはお仕置きが必要だな。』  
 『覚悟はしております。何なりとお申し付け下さい』
 『うむ。では私の杖をピカピカに磨いてもらおうか』 
 『まあ!』
 こうして私は黄色い朝日が昇るまで、ご主人様の杖を磨き続けたのです。

「なぁッ?!」
「……大人になったな」

 茹でたタコみたいに赤くなってあたふたしながら二冊の本を奪おうとするイザベラの手を避けて、
 何度か声に出して読んでやると、やがて諦めたように大人しくなったイザベラがなにやら言い訳を始めた。

「ちちち違うのよさっきアンタが読んでた著者の本を集めさせたんだけどそのなかに混ざってて
 わたしはそんな下劣なの読まないんだけど国民の税金で買ったものだから捨てるのももったいなくて
 仕方なくそのなかにかくしておいたのよホントよホントだいたい拘束具とか首輪なんて使って
 人をいいなりにさせようなんてバカげてるじゃないかわたしは王族だからそんな恥知らずなこと
 できるわけがないしやりたいとも思わないわ喉はくるしいしからだは痛いしいいもんじゃないよ
 だいたい押し倒されてそのまま流されるなんて貞操観念が欠如しているわそれからええとメイドに
 おしおきで鞭をふったりロウソクつかうなんてナンセンスだわこれだから貴族は平民にきらわれるのよ
 だいたいそんなことして気持ちいいわけないじゃないとっても熱いし痛かったわ所詮はただのおはなしよ
 現実味ってものがぜんぜんないわねそんな変態がいるなんてみてみたいもんだわそれに……」
「お前……試してみたのか…?」

 ハッとするイザベラを尻目に、私は狭い馬車の中でなんとか距離をとろうと窓にへばりつく。
 言ってはならないことを口走ってしまったのに気がついたイザベラが、口を押さえて真っ青になっていた。
 ヤバイ秘密を知ってしまった私をイザベラがこのまま放って置くとは思えない。
 現にイザベラは殺気立ち、他の北花壇騎士のヤツらみたいな修羅場を潜り抜けてきた者だけが持つ、
 見る者を威圧する恐ろしい眼で私を見ている。
 ここに留まっていると始末されそうだ。
 私がイザベラの魔手から逃れようとすると、そのタイミングを計ったように窓の外から声が掛けられた。

「殿下、なにやら騒いでおられるようですが如何なさいまし……これはッ!?」
「あ、え、これは違うんだよ!!」

 イザベラに花束を作ってやった騎士は、イザベラの膝の上にある本を驚愕の眼差しで見ている。
 必死こいてイザベラがエロ小説を隠そうとするが、既に見られているので意味のない行動だ。
 だが、その騎士はなぜか感極まったように目頭を押さえている。
 イザベラの注意が騎士に向いている隙に馬車の屋根をすり抜けてトンズラしようとしたが、
 私はその動きを止めてしまった。
 この騎士が言った言葉を聞いてしまったからだ。

「大人に……なられましたなぁ」
「ちょっと待ちなカステルモール!そりゃどういう意味だい?!」

 なんだか知らないが有耶無耶にするチャンスだ!これに乗らない手はないッ!
 ちょうど馬車は街中に入ろうとしていて、それを出迎えようと民衆が街道に押し寄せている。
 私は民衆に対して在らんばかりの声を張り上げた。

「イザベラ様バンザァ~イッ!!」

 私の声に呼応して、民衆が諸手を上げて歓声を飛ばす。
 カステルモールとかいう騎士も涙を流しながら諸手で声を上げている。
 その様子を不審に思った騎士たちがカステルモールに問いかけると、皆が同じように涙を流して
 イザベラを称え始めた。
 そっと窓から様子を窺うと、イザベラが顔を抑えてうずくまっている。
 私はダメ押しにもう一度声を張り上げた。

「姫殿下大人記念バンザァ~イッ!!」

 私は叫んだ後、背後からの大人記念を称える歓声に耳を塞ぎながら脇目も振らずに逃げ出した。
 それから暫くほとぼりが冷めるのを待ってプチ・トロワに戻ると、なぜか園遊会が開かれていた。
 王宮の前には金銀宝石に彩られたピンク色の看板が掛けられ、それにはこう書かれていた。

『ガリア国王ジョゼフ一世主催イザベラ・ド・ガリア大人記念を称えるための祝宴会』 

 私は歴史の考察からエロ小説まで幅広くこなす作家のヒリガル・サイトーンをとりあえず恨み、
 遥か彼方から聞こえる悲鳴と歓声に眩暈を覚えてこの場を後にした。
 今日はどこで休もうか……


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