ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-83

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匿名ユーザー

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深い海に沈んでいく感覚。
どこまでも広がる青い空を見上げるように眺めている。

「お、おい! 嬢ちゃん!」
「黙ってて!」

デルフの慌しい叫びを聞きながら私は杖を手に取った。
自ら命を捨てた訳じゃない。助かると信じて飛び出したんだ。
今までは何故魔法が使えなかったのか分からなかった。
だけど自分の属性が“虚無”だと知った今なら理解できる。
魔法が使えるという確信があればこそ魔法は成功する。

目も眩む急落下の最中、レビテーションを詠唱する。
どの属性でもコモンマジックなら扱える。
そう信じての捨て身の逃避。
限りなく0に近い成功率であったそれは、
彼女の予想を裏切り、あるいは大方の予想通り失敗した。

「へ?」
「うおぉぉぉぉぉお!?」

血の気が引いていくような速度で流れる景色。
今まで出来なかった事がそう簡単に成功するはずもない。
鳥だって慣れぬ内は飛ぶのに失敗する事もある。
ルイズの身体は変わらず大地へと吸い込まれていく。

「彼女を捕まえろ!」

ワルドの叫びが戦場に木霊する。
アルビオン竜騎士とタバサが同時に動いた。
速度ではシルフィードが上。
だが戦闘での疲労に加え、出足の遅れが大きかった。
彼女の前を竜騎士が翔ける。
急かそうとも間違いなく彼女は敵の手中に落ちる。
そしてルイズを助けつつ竜騎士を撃墜するだけの精神力は、
今のタバサに残されていない。

「きゅい! どうするのお姉さま!?」
「………このまま」

そう言いながらタバサは手にした杖を大きく振りかぶる。
さながらバットでもスイングするかのような態勢。
タバサの視界には兜に覆われた竜騎士の後頭部が映っていた。

竜騎士のレビテーションがルイズの落下速度を減衰させる。
空中で受け止めるには加速が付き過ぎ、このままでは両者の激突は免れない。
敵に助けられる悔しさに歯噛みしながらルイズはその後方から迫る青い影に気付いた。
音を殺し速度を保ちながらシルフィードが竜騎士の背後に迫る。
その上には杖を構えるタバサの姿。

(よし! やっちゃえ!)
(今だ! スイカみたいに叩き割っちまえ!)

意図に気付いたルイズとデルフが声には出さず応援の念を送る。
しかし、彼等の目の前で竜騎士は嘲笑にも似た笑みを浮かべた。
絶好のタイミングで振り抜かれる長尺の杖。
だが直後、竜騎士は振り返りもせず頭を下げた。
シルフィードによって加速が付いた杖が真上を通り抜けていく。

「バカが! 見え透いた手を!」

渾身の一撃を避けられたタバサに男の杖が向けられる。
隙だらけの脇腹にエア・ニードルが突き立てられようとした瞬間。
ぺしん、という軽い音と共に男は宙へと投げ出されていた。
落ちる直前、彼が目にしたのは視界一杯に迫るシルフィードの青い尻尾だった。

十分に減速したルイズをタバサがシルフィードの背に運ぶ。
レビテーション程度の魔法でさえ気を抜けば意識を失いそうになってしまう。
それを押し隠してタバサはルイズの容態を気遣う。

「……大丈夫?」
「平気よ!」

顔を上げたルイズの頬は赤く腫れ上がっていた。
それでも気丈に振舞う彼女は以前よりも頼もしく見えた。

タバサが頭上を見上げる。
そこには彼女が落ちてきた先、一匹の風竜の姿が変わらずに存在する。
助けにいきたい……だけど打つ手がない。
精神力を使い果たしたタバサと疲労困憊のシルフィード。
かといってルイズにワルドの相手は出来ない。
不意を打つ事さえ叶わず足手まといになるだけ。
それどころか周りの竜騎士に阻まれれば近付けるかどうか。
悔しげに噛んだ唇から一筋の血が流れ落ちる。

力が足りない。守りたい者を守れるだけの力が。
どうして私はこんなにも無力なのか。
世界はどうしてこんなにも非情で残酷なのか。

「嬢ちゃん……無理を承知で頼みがある」

デルフの声にタバサは視線を下ろした。
それはいつもみたいにふざけた口調ではなく重々しく響く言葉。
何を、と訊ねようとした彼女より先に、

「俺を相棒の所まで連れて行ってくれ」

無謀ともいえる願いをデルフは口にした。


「栄光ある王直属竜騎士隊も、残すはたったの4名か」
「他の連中は王の御許に逝けたんでしょうかね」

森に降りた竜騎士が周囲を見渡す。
同じ様な服装に身を包んだ騎士達は、
満身創痍ながらもその眼には未だ闘志の炎が燃えている。
その隣で困惑を浮かべグリフォン隊隊員達が声を張り上げる。
彼等の前にいるのは風竜に乗った少女二人だった。

「無理だ! あの竜騎士の群れに突撃するなど自殺行為だ!」
「それに剣を渡したぐらいで本当にどうにかなるのか?
どこにそんな保障があるというのだ!?」

タバサの説明を聞いた彼等には当然疑念が沸き上がっていた。
何よりも実現するには戦力が足りない。
死にに行くのも同然。それも無駄死になるかもしれない。
口々に姫殿下の護衛や制空権の確保を語り、彼女達の言葉に耳を貸そうとしない。

「まさか私を置いてくなんて言わないわよね?」

キュルケは真っ先に名乗りを上げた。
臆する事なく、むしろワルドとの対決を望んでいるようにさえ感じる。
しかし彼女の言葉にタバサは首を振った。
無茶の連続でシルフィードの疲労は限界に達していた。
そこにキュルケも乗せて飛ぶのは自殺行為だった。
自分の視線を真っ向から見返すタバサに、キュルケは小さく溜息をついた。

「いいわ。だけど必ず生きて帰ってきなさい、ルイズも貴女もね」

キュルケの言葉にタバサは今度こそ力強く頷いた。
まるで恐怖を物ともしない彼女達の姿に衛士達の顔が曇る。
このような子供達に遅れを取っていいのか?
だが頭では分かっていても心は動かない。

「……僕にも何か出来ることはあるかい?」

続いてギーシュがタバサに問いかけた。
相手は空の上、ゴーレムしか作れない自分では力になれない。
連れて行くだけ足手まといになるだけだと分かっていながら、
堪えきれずに彼は声に出して問う。

「ある」

その彼の期待に応える言葉がタバサから返ってきた。
歓喜の表情でギーシュはシルフィードに乗ったタバサを見上げる。
しかし次の瞬間、彼の表情は何ともいえない気の抜けたものに変わった。

「脱いで」
「へ?」

了承を得ぬままタバサはシルフィードから降り、ギーシュに掴みかかる。
そして瞬く間にボタンを外して彼から上着を毟り取る。
予想外の展開に固まっていたギーシュもようやく我を取り戻し叫ぶ。

「わ! ちょ、ちょっと待って! なんで!?
やめて! そんな事されたらお婿にいけなくなる!」

ギーシュの反抗を意にも介さず無言で上着を奪い取ると、
タバサはそれをマントで身を隠しているルイズに投げ渡した。
上半身裸になったギーシュが両腕で身体を隠すが、それには何の感心を寄せる気配はない。
僅かにショックを受けるギーシュを放置して彼女はルイズに言った。

「着て」
「ありがとうタバサ…それにギーシュも」
「……ま、まあ女性を肌着姿にしておく訳にはいかないからね」

格好付けようにも裸ではどうしようもない。
隣では呆れ顔のニコラが部下に代えの服を用意するよう伝える。
指揮官がそんな格好では士気も上がらない。
……まあ中には一部息が荒い連中もいるが見なかった事にする。

「う! 突然、腹に痛みが! これでは満足に魔法も…」
「別にアンタには期待してないわよ」
「期待してない」

急な腹痛を訴えるモット伯にキュルケとタバサ、二人が辛辣な言葉を言い放つ。
少し悲しげな顔をしていたが命には代えられないのか、
モット伯は訂正する事なく仮病の演技を続ける。
元よりタバサに連れて行く気はなかったので彼を視界から外す。

まるでニューカッスル城の焼き直しだとルイズは思った。
そしてあの時と同じ様に、もう一度アイツを迎えに行く。
……だから待っていて。私は必ず行く。

「では行きましょう。エスコートは我々が引き受けます」

彼女等の会話が終わったのを見計らったように竜騎士の一人が口を開いた。
自分達だけで行くつもりでいた彼女達が振り向く。
破けたマントを引き裂いて動きやすくする者、
疲労を浮かべる自分の竜を撫でる者、
誰もが思い思いの行動を取りながらも決意を固めていた。

「貴女方は命懸けでアルビオンの未来を守ってくれた。
ならば今度は我々がトリステインの未来を守る番です。
それに王の仇を前に尻込みしたとあっては先に逝った者達に面目が立ちませぬ」

タバサは何も言えなかった。
彼女一人の戦いなら助力を断った。
傷付いた彼等が生きて帰れる可能性は低い。
他人を巻き込んで死なせるのは、
自分の手で殺す事に等しいとタバサは思っている。
その責任を負う覚悟がなければ受けるべきではない。
だけど今は少しでも戦力が欲しい。
それに、たとえ断ったとしても彼等は付いてくるだろう。

何を言うべきかを迷った後、彼女は呟いた。

「………ありがとう」

ただ一言、それだけが本心から出た言葉だった。


五匹の竜が大空へと翔ける。
それを地上から見上げるグリフォン隊にモット伯は語りかける。

「君達は間違ってはいない。だが正しいかどうかは誰にも分からん。
決断したのなら後悔しないように行動するしかあるまい」

モット伯へと集まる白い視線。
傭兵も衛士隊も義勇兵も誰もが心の中で思った。
―――“アンタがそれを言うな”と。

「ち、違うぞ! あの時は本当にお腹が痛くて…!
それに誰かが残って兵を指揮しないとダメだろう?」

周囲の気配に気付いたのか、モット伯が慌てふためきながら弁明する。
その態度に一層、兵士達からは疑惑の眼差しが向けられる。

「見苦しいですよモット伯。誰だって命は惜しい。
それを隠そうと言葉を並べ立てる、その考えこそが浅ましい」
「う……!」

ギーシュの反論にモット伯は言葉を詰まらせる。
口元に薔薇を咥えながらギーシュは髪を掻き揚げる。
しかし風に揺れる彼のマントの下は裸だった。
この場に残された二人の指揮官の姿にニコラは溜息をついた。

(……これは俺が頑張んないとダメかな)

「まあ、後はあのお嬢さん方に任せるしかないでしょうな。
こっちには援護する方法もないですし。
もっともコイツが使えりゃ話は別ですがね」

そう言って彼は部下が運んできた“光の杖”を手に取った。
戦艦もろとも空を切り裂いた光、それを放った“武器らしき”もの。
しかし今はウンともスンとも言わず沈黙を保っている。
どうやって動かしていたのかなど電気を使わない彼等には理解できない。
とりあえず彼が戻ってくるまで保管しようと決めた瞬間だった。

雷鳴にも似た地響きが彼等の耳を劈く。
見上げた先で形作られていく土塊の巨人。
銃で応戦するトリステイン兵士達が文字通り一蹴された。
その凶悪な足音が彼等へと一歩ずつ近付いてくる。

「何ですかありゃあ?」
「……フーケのゴーレムよ」
「フーケって……まさか“土くれ”のフーケですかい!?」
「ああ、そうだ」

ニコラの問い掛けにキュルケが答え、ギーシュはそれに冷や汗を垂らしながら同意する。
フーケがレコンキスタに付いた事は前の襲撃で分かっていた。
だけど彼やタバサがいなくなった、このタイミングで襲ってくるなんて。
タイミングの悪さにキュルケは思わず舌打ちする。

その直後、彼の背中に何かがぶつかった。
振り返ると、そこにはモット伯の背中があった。
彼はゴーレムを全く見ていなかった。
轟音を響かせようとも大地が揺るごうとも目を向けようとしなかった。
……何故ならモット伯の視線の先には、
ゴーレムなんかよりも遥かに恐ろしいものが映っていたのだ。

森林浴でもするかのように歩む足取り。
その足音はゴーレムとは比べようもないほど小さい。
だけど彼等の耳には自分達の命を刻む音にさえ聞こえる。
木々の合間を抜ける風が羽帽子を揺らす。

「それを…“光の杖”をこちらに渡してもらおう」

挨拶も脅迫も無く、森の中から現れたワルド子爵は要求のみを伝えた。

彼はずっと“光の杖”について考えていた。
使えなくなったと嘘をついたとは思えない。
そんな事をする必要性は見当たらない。
仮に内通者がいると怪しんでいたならフーケの動きに気付けたはず。
それにフーケとの戦いで使っていただろう。
もしフーケの言葉が真実だとしたら“その時のバオー”には使えなかったのだ。
だが今、奴は自在にあの“光の杖”を行使している。
その時から今までの間に奴が身に付けた能力は唯一つ“雷を放つ力”だけ。
ならば、あの“光の杖”は雷の力を動力としているのか?
もし、そうだとすれば。

「それは奴を殺す為の武器だろう? ならば奴ではなく僕が手にすべき物だ」

―――だとすれば、僕に扱えぬはずはない。


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