青い影が一つ、遠くから近づいてくる。
タルブの村から少し離れた森の入り口に立てられたボロボロの小屋の窓辺で、日の当たらない位置に体を置いたエルザは、その姿を見つけて大きく手を振った。
小屋の中にはベッドが三つ、隙間無く並べられている。
そのうちの二つを占拠する男二人に視線を向けて、エルザは屈託の無い笑顔を浮かべた。
タルブの村から少し離れた森の入り口に立てられたボロボロの小屋の窓辺で、日の当たらない位置に体を置いたエルザは、その姿を見つけて大きく手を振った。
小屋の中にはベッドが三つ、隙間無く並べられている。
そのうちの二つを占拠する男二人に視線を向けて、エルザは屈託の無い笑顔を浮かべた。
「ほら、お兄ちゃん!おねえちゃんが来たよ!まったくもう、トリスタニアなんてそう遠くないんだから、なんで遅くなったのかしら?……あ、そうそう。知ってる?フーケもテファちゃんも、子供たちを連れてタルブの村に住むんだって。許可、貰えたみたい。ペルスランとカステルモールが村長と交渉してくれたの。事情が事情だから領主には内緒だけど、暫くはこれでなんとかなりそうよ」
ニコニコと笑い、ベッドに横たわる男の胸に転がったエルザは、目の前の頬を手の平で軽く叩いて口を尖らせた。
「もう、ちゃんと聞いてる?お兄ちゃんってば、こういうときに人の話聞かないで、いつも後で聞き返すじゃない。人の話は聞かないとダメって、習わなかった?」
頬をぐにぐにと引っ張るものの、何の反応も無いことでエルザの眉が中央に寄った。
「後で聞いても、もう教えてあげないからね!」
頬を膨らませてベッドから飛び降りたエルザは、腐りかけた木の床を軋ませてキョロキョロと視線を部屋のあちこちに向ける。
蜘蛛の巣や埃の塊が、これでもかというくらいに部屋を飾っていた。
蜘蛛の巣や埃の塊が、これでもかというくらいに部屋を飾っていた。
「掃除、大変そうだなあ。これから家具とかも入れないといけないし、今日か明日には大掃除しないと。あ、お兄ちゃんも手伝うんだよ?逃げたりなんてさせないんだから!」
男の鼻をつまみ、少し力を篭めて言い聞かせる。
それでも反応しない男に、エルザは両手を腰に当てて鼻息を荒くした。
それでも反応しない男に、エルザは両手を腰に当てて鼻息を荒くした。
「んむむむ、どうしても反応しないつもりか。ここまでくると嫌がらせね……」
くるりと振り返り、何か手ごろな武器は無いものかと部屋の中を見回す。
使われていない小屋をそのまま転用しているだけあって、物らしい物は置かれていない。
目に付くものといえば、剥がれた床板や、転がる石ころ、壁の穴から顔を覗かせる草くらいものものだ。
何も無いことに肩を落としたところで、ひゅうと入り込んだ隙間風にエルザのやる気が削がれた。
ガラスのなにも入っていない窓の向こうで、青い竜と青い髪の少女の姿がゆっくりと下りてくる様子が見える。
使われていない小屋をそのまま転用しているだけあって、物らしい物は置かれていない。
目に付くものといえば、剥がれた床板や、転がる石ころ、壁の穴から顔を覗かせる草くらいものものだ。
何も無いことに肩を落としたところで、ひゅうと入り込んだ隙間風にエルザのやる気が削がれた。
ガラスのなにも入っていない窓の向こうで、青い竜と青い髪の少女の姿がゆっくりと下りてくる様子が見える。
「ほら、お兄ちゃん!起きて!わざわざお薬を取りにトリスタニアまで行ってきてくれたんだから、お出迎えくらいしてあげよう?」
巨大な翼の起こす風に髪を靡かせて、エルザはもう一度男の胸の上に転がった。
顔を叩いても、頬を引っ張っても、鼻をつまんでも、男はまるで動かない。
その姿にエルザは小さく笑い声を溢すと、男の耳元に顔を寄せて囁いた。
顔を叩いても、頬を引っ張っても、鼻をつまんでも、男はまるで動かない。
その姿にエルザは小さく笑い声を溢すと、男の耳元に顔を寄せて囁いた。
「ねえ、聞いてくれる?」
答えを聞く間もなく、エルザは手の平に触れる肌を抱きしめる。
「わたしね、お兄ちゃんの故郷が気軽に行って帰れないような場所にあるって聞いて、どうしようか迷ったの。連れて行ってもらえるのかな?置いていかれるのかな?ってね」
少し間を置いて、エルザは男の首筋に顔を埋めた。
「でも、そうじゃないって気が付いたの。それじゃあ、わたしは結局、お兄ちゃんのお荷物なんだって。お兄ちゃんが欲しいのは、相棒なのに、お荷物じゃダメだよね」
すん、と鼻を鳴らして匂いを嗅ぎ、肌に口付けをする。
「だから、わたしは頑張る事にしたわ。お兄ちゃんに連れ行ってもらえる女じゃなくて、お兄ちゃんが思わずついていっちゃうくらい、いい女になるの。そしたら、お兄ちゃんの故郷がどこだって関係ないものね」
啄ばむ様なキスを何度も繰り返し、唇の触れた部分に舌を這わせる。
自分の体液に濡れた男の肌に頬を赤くして、エルザは、ふふ、と笑いを溢した。
「だから、ね?だから……」
窓の向こうで、到着したシルフィードとシャルロットが顔を覗かせる。
見られているということを自覚した上で、エルザは口を開いた。
自分の体液に濡れた男の肌に頬を赤くして、エルザは、ふふ、と笑いを溢した。
「だから、ね?だから……」
窓の向こうで、到着したシルフィードとシャルロットが顔を覗かせる。
見られているということを自覚した上で、エルザは口を開いた。
「ちゃんと人の話を聞けえええぇぇぇぇっ!!」
長閑な村の風景に木霊する悲鳴に、見ていたシャルロットは呆れたような、それでいて恥ずかしいような、そんな奇妙な感情を持て余して顔を手で覆う。
小さな小屋の中では、飛び起きた男と金髪の小さな少女が言い争いを始めていた。
小さな小屋の中では、飛び起きた男と金髪の小さな少女が言い争いを始めていた。
「痛い!五月蝿い!邪魔臭い!オレは風邪ひいてんだぞ!?病人として扱え、クソガキ!!」
「にしたって、なにもかも無視することはないでしょ!?独り言ばかりで、傍から見たらわたしが馬鹿みたいに見えるじゃないの!」
「にしたって、なにもかも無視することはないでしょ!?独り言ばかりで、傍から見たらわたしが馬鹿みたいに見えるじゃないの!」
息を荒くして掴みかかりそうな勢いで争う二人を見つつ、シャルロットはトリスタニアで購入した風邪薬を窓辺に置いて踵を返す。
ホル・ホースたちやフーケたちウェストウッド村の住人の移動の手助けで、ここ数日、ほとんど眠っていないのだ。いい加減、寝床に入って熟睡したいのである。
青い鱗の風韻竜に乗ろうと巨体を見上げたところで、黒くて真ん丸な瞳がまぶたに覆われていることに気が付いた。
ホル・ホースたちやフーケたちウェストウッド村の住人の移動の手助けで、ここ数日、ほとんど眠っていないのだ。いい加減、寝床に入って熟睡したいのである。
青い鱗の風韻竜に乗ろうと巨体を見上げたところで、黒くて真ん丸な瞳がまぶたに覆われていることに気が付いた。
「も、もうシルフィはダメなのね。お家に帰る力も無いのね。だから、おやすみぃ……」
散々酷使した使い魔は限界を迎えたようだ。杖で頭を突付いても、手持ちの分厚い本で鼻先を叩いても、寝息が止まる気配は無い。
これでは、眠りたいのに帰れないではないか。
朦朧とする頭でシャルロットは辺りを見回すと、白くて暖かそうなものを見つけた。
眠れるなら、この際どこでもいい。
普段は聡明な脳も数日に渡って溜め込まれた疲れには勝てず、睡魔の命じるままに体を動かした。
これでは、眠りたいのに帰れないではないか。
朦朧とする頭でシャルロットは辺りを見回すと、白くて暖かそうなものを見つけた。
眠れるなら、この際どこでもいい。
普段は聡明な脳も数日に渡って溜め込まれた疲れには勝てず、睡魔の命じるままに体を動かした。
「クソ!なんでオレの扱いがこんなに酷いんだ!?つい最近心臓止まった相手にする態度じゃねえぞ!待遇の改善を要求する!!」
「ちょっと話すだけでしょ!?そのくらいで面倒だなんて思わないでよ!わたしだって、一人だけ健康じゃ寂しいのよ!仲間に入れてよ!入れてくれないと、泣くわよ!鼓膜が破れるほど泣きまくって……、て、あら?」
「ちょっと話すだけでしょ!?そのくらいで面倒だなんて思わないでよ!わたしだって、一人だけ健康じゃ寂しいのよ!仲間に入れてよ!入れてくれないと、泣くわよ!鼓膜が破れるほど泣きまくって……、て、あら?」
喧嘩と言えるのかどうかも分からない口喧嘩を繰り広げるエルザとホル・ホースの間に、青い髪がふらふらと迷い込んできた。
何事かと視線を向ける二人を無視して、シャルロットはそのまま目をショボショボとさせながらベッドの上に倒れこむ。
ホル・ホースが先ほどまで寝ていたベッドに。
何事かと視線を向ける二人を無視して、シャルロットはそのまま目をショボショボとさせながらベッドの上に倒れこむ。
ホル・ホースが先ほどまで寝ていたベッドに。
「よっし!抱き枕確保!!」
「あ!おねえちゃんズルい!!」
「あ!おねえちゃんズルい!!」
ベッドに横たわるシャルロットに腕を回し、その隣に寝転がったホル・ホースを見てエルザが頬を膨らませた。
「定員オーバーだぜ。我が侭なガキはそっちのベッドで眠りやがれ!」
三つあるベッドの内、まだ誰も使っていないベッドを指差してホル・ホースはヒヒと笑う。
急遽用意したベッドであるために、サイズの調整はされていない。定員オーバーというのは事実で、ホル・ホースとシャルロットが寝てしまうと、ベッドの一つは完全に埋まるのだ。
急遽用意したベッドであるために、サイズの調整はされていない。定員オーバーというのは事実で、ホル・ホースとシャルロットが寝てしまうと、ベッドの一つは完全に埋まるのだ。
「にゃー!わたしも一緒に寝るぅ!冷たいベッドはいやーん!」
上に乗ってでも一緒に寝ようというのか。エルザはホル・ホースの上に飛び乗り、毛布を掴んで潜り込んでしまう。
「その位置じゃあ、オレが寝苦しいだろうが!」
「いいじゃん、けち!あんまりうるさいと、無理矢理眠らせちゃうんだから!」
「いいじゃん、けち!あんまりうるさいと、無理矢理眠らせちゃうんだから!」
エルザの口から先住魔法の呪文が零れだし、眠りの力を持った空気がホル・ホースの体を包み込む。
魔法に対する抵抗力など欠片も無いホル・ホースは、魔法を行使するエルザを止めることも出来ず、そのまま寝息を立て始めたのだった。
頬をペチペチと叩き、完全に寝入ったのを確認して、エルザはシャルロットの体に回されたホル・ホースの腕の間に体を強引に潜り込ませる。
背中と正面の両方から感じる温もりに満足げな笑みを浮かべ、鼻先に感じる匂いを胸いっぱいに取り込むと、全身の力を抜いてゆっくりと迫る眠気に身を委ねた。
カタカタと、音が鳴る。
魔法に対する抵抗力など欠片も無いホル・ホースは、魔法を行使するエルザを止めることも出来ず、そのまま寝息を立て始めたのだった。
頬をペチペチと叩き、完全に寝入ったのを確認して、エルザはシャルロットの体に回されたホル・ホースの腕の間に体を強引に潜り込ませる。
背中と正面の両方から感じる温もりに満足げな笑みを浮かべ、鼻先に感じる匂いを胸いっぱいに取り込むと、全身の力を抜いてゆっくりと迫る眠気に身を委ねた。
カタカタと、音が鳴る。
「旦那も、なかなか罪作りなお人だ。あんたの想いが通じる日は、いったい何時になるんだろうな。なあ、お嬢」
「うるさいわよ、無機物」
「うるさいわよ、無機物」
隣のベッドで刀身を鳴らして笑うナイフに言葉を返して、エルザは両手で目の前の体を抱き締めた。
出会いがあれば、別れがある。別れは悲しいが、出会えなければ幸せな日々は来ない。
だから、今は精一杯に享受しよう。
いつか来る別れの日まで、この幸せなひとときを。
だから、今は精一杯に享受しよう。
いつか来る別れの日まで、この幸せなひとときを。