ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

8 皇帝崩御 前編

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匿名ユーザー

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8 皇帝崩御

 王党派が迎える最後の夜が訪れた。
 明日の朝日が大地を照らす頃には、戦端が切って開かれる。
 一体、どれほどの血が流されるのか。土に染み込む命の数は百や二百では済まないだろう。
 少なくとも、討ち死にを前提として戦いに臨んでいる千人の王党派の兵士たちは、残らず命を落とすことになる。
 後は、貴族派の兵がどれだけ死ぬかだ。
 血生臭い結末が約束された最終決戦を前に、ニューカッスルの城は意外な落ち着きを見せていた。
 奇襲に備えて灯された篝火の下では、城の防備に当たる兵が酒を酌み交わしている姿や、肩を寄せ合って歌を歌っている姿がある。広い通路の片隅で下らない事で笑い合っていたかと思うと、サイコロを使ったゲームで賭け事行い、勝った負けただのと騒ぎ立ててもいた。
 とても、戦いを前にした様子ではない。

「ミスタ・パリーは、死ぬのが怖いって言ってたけど、あの人たちは怖くないのかしら」

 ルイズの脳裏に、才人の質問を受けてニコニコと笑いながら死の恐怖を語っていた老人の姿が過ぎった。
 あのときに語られた言葉が真実なら、城の雰囲気はもっと殺伐として暗いものであってもいいはずだ。戦いを前に士気が低いのは問題だが、明るくいられる状況でもないのだから。

「空元気も元気のうち、という奴さ。僕にも経験がある。多少、無理はしているのだろうね」

 陽気な兵士たちの脇を横切りながら、ワルドが遠い目で語った。
 今でこそ魔法衛士隊のグリフォン隊を任されているが、ワルドも最初は見習いの兵士でしかなかった。
 初めて戦場に立たされると知らされたとき、怯える自分を励まそうと指導役の先輩が酷く滑稽な踊りを披露して、笑っていれば恐怖も少しは誤魔化せる、なんて言われたものだ。
 そんな過去をルイズに伝えて、ワルドはあちこちで笑い声を上げる兵士たちに過去の自分を当てはめていた。

「だったら、王様の言う通り、暇を受けて逃げれば良いのに……」

「一度決めた覚悟だ。そう簡単に折れはしないさ」

 つい先ほど終わったばかりの晩餐会の席で、王は会場に集まった臣下に暇を与えて逃がそうとしていた。だが、受け入れる者は一人も居らず、逆に王を窘めている場面があったのだ。
 あの時、素直に王の言葉に従っていれば、死の恐怖と戦う必要などなくなる。しかし、ここにいる人々は死の恐怖から逃れて生き残ることよりも、華々しく散ることを選んだのだ。

「わたしも貴族だから、気持ちは理解できる。でも、それで納得できないのも確かなのよ」

 城の奥へと向かう道筋で、ルイズは天井を見上げた。
 ステンドグラスの嵌められた天窓の向こうで、重なった二つの月の姿が淡く映る。スヴェルが過ぎたために、双子の月は少しずつお互いの距離を離し始めていた。

「助けたいと思うのは自由だけど、彼らはそれを望んではいない。僕らに出来ることはなにもないよ」

「……それでも、残される人たちが可哀想だわ」

 王党派の兵士たちにも、家族は居るはずだ。
 この道の先にある隠し港で、夜の闇に乗じて出港する予定のイーグル号。それに家族や恋人が乗っている人も、ゼロではないだろう。
 これから死んでいく人を置いて逃げなければならない家族の悲しみは、一体どれほどのものか。ルイズには想像もつかなかった。
 ただ一人、同じように見捨てなければならない立場にいる人を思い出す。
 アンリエッタ王女だ。
 アルビオン王ジェームズ一世は、アンリエッタにとっては叔父に当たる人物。すでに父親を亡くし、従兄弟にして恋人であるウェールズまで失ったアンリエッタには、もう母親のマリアンヌ妃とジェームズ一世の二人しか血縁が居ない。
 王族という重石に押し潰されそうにしている彼女を支えられるのは、優秀な大人たちではなく、家族や友人だけだ。その内の貴重な一人が、この世を去ろうとしている。それも、もっとも思い悩む政治の世界で支えられる人物が。
 望まぬ王冠を被せられた少女は、その事実に耐えられるだろうか。一人で前に向かって進めるのだろうか。
 アンリエッタの幼馴染であり親友でもあるルイズは、それがなにより心配だった。

「はぁ」

 思わず出た溜め息に、酷い疲れを感じて表情を歪める。
 特に疲れるようなことをした覚えもないが、気がつかない内に疲労が溜まっていたらしい。
 自覚のない間ならなんともないそれも、自覚をしてしまうと急に負担を感じるようになる。
 全身のだるさと重く感じる足に、もう少しで休めるから、と言い聞かせ、ルイズはイーグル号の待つ港に続いている道に足を踏み入れた。

 下りの階段は地下へと続いている。普段は石板に隠されて見えない道は、ルイズたちが狭いと感じない程度には幅があった。
 港に続いているということは、荷物の搬入も行っているのだろう。その気になれば大人二人が横並びに歩くことが出来る程の広さだ。
 壁に等間隔でかけられたランプに、後方でタバサとギーシュの二人を相手に実家の自慢話を始めていたキュルケが魔法で火を灯した。
 昼のような明かりに満たされた通路が奥へと続いている姿が見える。
 ずいぶんと、深かった。

「片道で十五分、だったかな。ずっと下り続けるとしたら、相当な深さだね」

 途中まで案内をしていたパリーの言葉では、この道はアルビオン大陸の下方にある鍾乳洞に繋がっているらしい。雲に隠れ、浮遊する大陸からぶら下がる氷柱のような岩盤と白い雲に隠れた場所にある鍾乳洞は、中身を改造して港口になっているそうだ。
 慣れた者にしか絶対に通り抜けられず、見つけることも出来ない港は、貴族派の軍を襲撃していた王党派の船を守るだけでなく、今ここで、避難する人々を守る要塞にもなっていた。
 ルイズたちの足音が、固められた石の壁に反響して重く響き渡る。
 音の源は六つ。ルイズと、才人、ギーシュ、キュルケ、タバサ、そしてワルド。それぞれが体格が異なっているため、聞こえてくる音の波長は酷くばらばらで、誰がどの音を立てているのかがすぐに分かる。
 だからこそ、自分たちの物ではない足音が近づいて来ることに気付くのも、早かった。

「誰かしら?」

「止まろう。敵でないという保証はない」

 正面から聞こえてくる音に表情を固め、ルイズたちを手で押し留めたワルドが一歩前に出た。
 地下通路だが、明かりが十分であるために見通しは良い。問題の足音の主の姿が確認できるまで、そう時間はかからなかった。

「……子供か?」

 ランプの赤い光に照らされて近づいてくるのは、小奇麗な服装の少年だった。
 通路を換気するように吹く風を背中に受けながら息を切らして走っていた少年は、ルイズたちの姿を見つけると、疲れた様子を隠そうともしないで曲げた膝に手をついた。

「あ、あの、はぁ、伝言を、はぁ、船長から、はぁ、はぁ」

「落ち着きなさい」

 辛そうに呼吸をしながらも自分に与えられた役割を果たそうとする少年に、キュルケが歩み寄って背中を摩る。だが、逆に少年は恐縮してしまい、息は一向に整わなかった。
 息荒く、それなりに整った顔が激しい運動によって紅潮している。その様子にキュルケが舌なめずりしたのを見てしまったルイズが、慌てて少年に用件を告げるように促した。
 僅かな休憩で何とか言葉が喋れるようになった少年は、イーグル号の船長から伝えられた言葉を口にした。

「ふ、船の出港が遅れるそうです。船の体を支える竜骨に亀裂が見つかったとかで、補修作業を行うと船長が仰っておられました。三十分から一時間ほど、時間を頂きたいと」

 竜骨とは、人体で言えば背骨に当たる部分だ。船の重みの大部分を引き受ける場所であるために、これが損傷していると船が沈む可能性が高くなる。
 海であれば船に小船をいくつか乗せておけば救難艇として使えるだろうが、空を行く船ではそうも行かない。空で船が沈むということは、空を飛ぶことの出来るメイジ以外は死ぬということだ。
 ほぼ全員がメイジであるルイズたちならともかく、イーグル号に乗る人々の中には使用人として城で働いていた平民も居るだろう。せっかく戦場を離れようとしているのに、危険を抱え込んでいては意味がない。
 無理をしても危険が増すだけなら、万全を期すべきだろう。制限時間が明日の朝ということもあるためにあまり時間に余裕が無いが、船長の判断は間違ってはいないと言える。

「この道をゆっくり進んでも、まだ時間が余りそうだな」

「だからって、ここに留まっていても仕方ないわ。なにかして時間を潰すにしても、このまま港に向かった方が都合がいいと思うし」

 港で補修作業が終わるのを待っていれば、作業の終了と同時にイーグル号に乗り込むことが出来る。作業時間で制限時間を削るのであれば、これ以上時間を浪費させるのも望ましくないだろう。
 ルイズたちの意見は、特に問題なく一致した。

「まだ疲れているでしょうけど、船長さんに船の出港時間の件は了承したと伝えてもらえるかしら?」

「あ、はい!了解しました!」

 あまり様にならない敬礼をして、少年が来た道を戻っていく。さっきは追い風だったからいくらかマシだったが、今度は向かい風であるため、来たときよりも疲れることは間違いないだろう。
 それが彼の仕事だとしても、ルイズは自分よりも小さな体で一生懸命に走る少年の姿に同情せずにはいられなかった。
 ランプの光で赤く染まる階段の向こうに少年の姿が消えたのを確認して、ルイズたちは歩き出す。
 だが、その足が再び止められるまで、一分とかからなかった。
 少年が行き来した方向の反対側。背後から近づいてくる足音に、ルイズたちが歩みを止めた。
 最後尾を歩いていた才人が背負っているデルフリンガーの柄に手をかけ、その後ろでタバサが杖を構える。
 しかし、今度も警戒は意味を成さなかった。
 早足で歩いてきたのは、この城でルイズたちの世話をしてくれた老人。パリーだったのだ。
 ただ、少し様子がおかしく見える。ずっと浮かべていた穏やかな笑顔が、今はどこかに消えていたのだ。

「ヴァリエール様は、居られますかな」

 才人たちの影に隠れて見えないのか、パリーが少しだけ迷った素振りでルイズの姿を探した。
 相手がパリーだと知って警戒を解いた才人とタバサの間を掻き分けて、ルイズはパリーの前に出ると優雅に一礼した。

「わたしはここにおります。なにか御用でしょうか?」

 他の人間には目もくれずに直接ルイズを呼んだということは、ルイズ個人に用があるということなのだろう。
 それを察してルイズが用件を尋ねると、パリーは道を開けるように体を斜めにした。

「王がお呼びです」

「ジェームズ陛下が?」

 ルイズが聞き返すと、パリーはゆっくりと頷いた。

「王がお待ちしておられる居室まで、ご案内いたします。付いて来てくだされ」

「わかりました」
 ルイズの返事を聞いたパリーが早速とばかりに歩き出す。それを、低い声が止めた。

「待ってくれ。僕も行くよ。王女から護衛を任されている以上、ルイズを一人で行動させるわけにはいかないからね。それに、万が一船に乗り遅れても、僕のグリフォンならトリステインまで飛べなくもない。保険としては最適だろう?」

 護衛などと今更何を言っているのか、このダメ人間は。と突っ込みたい気分になった人物が四人ほど居たが、誰も口には出さなかった。
 ルイズがワルドを同行させても良いかとパリーに尋ねると、部屋には入れないという条件で許可が下りる。王は、どうしてもルイズと二人だけで話したいようだ。



「では、行ってくる」
「ちゃんと待ってなさいよ」



 釘を刺すようなルイズの言葉に、才人とキュルケがそっけなく返事をした。
 今回の旅の最大の問題児はワルドだが、才人たちだって十分に問題児である。本当に大丈夫だろうか?と若干の不安を抱えながら、ルイズはパリーを追って歩き出す。



「また後でなー」



 呑気に手を振って送り出す才人たちの姿に、ルイズは不安が胸の内で大量生産されていくことを感じてゲンナリとしたのだった。



 ニューカッスルの城は、夜が更けるにつれて休息へと向かおうとしていた。
 まだ日が落ちて間もないものの、最後の楽しみだと騒いだ分だけ体力の損耗は著しく、あちこちの床で寝入っている兵士の姿が見かけられる。
 ルイズたちが通ってまだ十分程しか経っていないというのに、城の中の様子はすっかり様変わりしていた。だがそれは、それだけ内戦による疲労が強いのだという証明だろう。ルイズが感じている疲れの何倍もの疲労を背負いながら、彼らは今まで戦ってきたのだ。
 それでも、騒ぎ続けている人間は少なくない。王の待つ部屋に向かうために階段を上っていると、窓の向こうに見える中庭で役に立たない資材を燃やして大きな炎を作り、それを囲んで酒宴を開いている集団をルイズは見つけた。二階、三階と上って、再び窓から様子を見てみると、いつの間にか炎を囲んでいる人間が入れ替わっている。
 警備の人間が、交代で酒宴に参加しているらしい。パリーはそのことに気づいているようだが、何かを言う気はないようだった。
 この城に来たときに、兵隊たちが愚痴を溢している姿をルイズは見ている。よくよく考えてみれば、そのときにもパリーは何も言わなかった。兵士たちの心情を思いやっているというよりは、単なる放任主義なのかもしれない。
 そんなことを思いながら、ルイズはパリーの後を追い続けて、やがて大きな扉の前に出た。
 両脇に体格の良い衛兵を並べた、簡素な造りの扉だ。
 実家の両親の私室も同じようなものだということを唐突に思い出して、ルイズは懐かしい気持ちと共に悲しい感情を覚えた。
 この向こうに居るのは、明日には死ぬことになる老いた王が居るのだ。扉一つとはいえ、家族の姿が重なってしまうと身近な人間の死を連想してしまう。
 父も、母も、姉も、殺しても死にそうに無い性格の人物だ。だが、下の姉だけは重い病で昔から床に伏せっている。最も慕う相手なのに、こういう時には必ず体の弱い姉の姿が思い浮かぶのだから、神様というものは意地悪だ。
 そんなふうに落ち込むルイズの後方で、ワルドは別のことで気分を落としていた。
 衛兵の一人が、見知った顔だったのだ。

「貴様……!」
「うん?ああ、昼に来た客人か」

 扉を守っている衛兵はどちらも体が大きいが、ワルドが睨み付けている男は相方よりも更に一回り大きかった。
 昼間にルイズたちを出迎えた、前線の指揮官だ。
 今は槍を手にしているが、腰には昼間に見た金属の鈍い光沢を放つ巨大な杖が吊り下げられている。厳つい顔も健在で、ニカリと豪快に笑っても鬼が怒りを顕わにしたようにしか見えなかった。

「ははは。まあ、そう怖がるな。既に身分は確認したのだ。今更疑いを持ったりはせんよ」
「……ふん。それはどうだろうな」

 見た目ではそうは見えないが、あくまで友好的に接してきた男に対して、ワルドは昼中に受けた屈辱に拳を握りながらそっぽを向く。
 完全に、男はワルドに警戒されているようだった。

「親交を深めるのも良いが、今はこちらの用件を先にしてもらえるかな」

 放置された形になったパリーが咳を交えて言葉を挟んだ。
 それにやっと気付いたといった様子で、男は道を明けて扉に手をかける。

「失礼しました。王がお待ちです。どうぞ、中へ」

 大きな手が取っ手を握り、捻りながら引く。両開きの扉に残った片側を、もう一人の衛兵が同じようにして開いた。

「陛下。ヴァリエール様をお連れしました」

 扉の向こうで執務机に向かって何かを書いている王が、こちらを見ることなく手招きをした。
 ルイズは部屋の前でスカートの端を軽く摘んでお辞儀をすると、パリーに続いて部屋の中へと足を踏み入れる。
 背後でワルドが王にお辞儀をして、ルイズに声をかけた。

「僕はここで待つ」

 短い言葉に返事をする間もなく、扉が衛兵たちの手によって閉められた。
 ワルドの姿が消えただけだというのに、突然静かになったような錯覚を感じて、ルイズの手の平に汗が浮かんだ。
 一国の王と一人で対面することなど、公爵家の令嬢であっても滅多とあることではない。家族の誰かの同伴として謁見をした経験ならあったが、自分一人という状況はこれが初めてだ。
 過去に感じたことのない奇妙な緊張感に、ルイズは酷く不安になっていた。

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