ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

茨の冠は誰が為に捧げられしや

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匿名ユーザー

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たとえばの話。道端で銀貨を拾ったら、その人は幸運なのか?

そりゃあ何もせずにお金が手に入ったなら嬉しいに決まってる。
だけど隣に金貨を拾った人がいたら、それも半減。
どうして自分は金貨を拾えなかったのかと不幸に思うかもしれない。
拾ったのが銀貨じゃなくて銅貨だったなら、尚更そう思うでしょ。
胸の大きい、小さいだって他人と比較しなきゃ分からない。
何が言いたいのかというと、人の幸福なんてものは相対的な価値観に過ぎないってこと。
少なくとも私は今の現状に満足している。
呼び出したのが平民でスケベで礼儀知らずの使い魔だったとしても、その下がいるという事実を知れば、誰だってそう思うに違いない。


ギーシュ・ド・グラモンは憂鬱そうに溜息をついた。
別に、恋人がいるのかどうか語る級友達との他愛もない会話がつまらない訳ではない。
自慢話に花を咲かせる高慢なギトーの授業に比べれば楽しいし、有意義とさえ思えてくる。
もっとも男友達より女友達と話している方が良いのは当然だ。
なら、この感情は何処に起因する物なのか。
考えるまでもない、自分の呼び出した使い魔の事だ。
目の前で平民を召喚したミス・ヴァリエールを笑いながら、
僕に相応しい高貴で美しく、聡明な使い魔を召喚しようとして―――失敗したのだ。

呼び出したのは彼女と同じ平民。
しかも、その使い魔は既に高齢に達しており、杖無しでは満足に歩く事さえ出来ない。
耳も遠く、顔を近づけて大声で話しかけなければ会話も出来ず、痴呆気味な彼の言動は僕の生活をひたすらに掻き乱す。
介護なしでは生きていけず、主人の手を煩わせるだけの存在。
その日からギーシュはルイズと同列、あるいは、それ以下のメイジと見なされるようになってしまったのだ。

どの道、老い先短い老人の使い魔だ。
しばらくすれば天寿を全うし、新しい使い魔を召喚する事になるだろう。
それまでの辛抱と自分に言い聞かせ、ギーシュは耐え忍んでいた。

「なあギーシュ。お前は今誰と付き合っているんだよ?」
「誰が恋人なんだよギーシュ?」

不意に自分へと振られた会話に意識が引き戻される。
口元に運んでいたティーカップを止め、ギーシュは一息入れた。
勿論、モンモランシーに決まっているのだが、こいつらに茶化されたら関係がこじれるのは目に見えていた。
それに下級生のケティからも好意を寄せられている。
ギーシュには彼女の想いを振り切るだけの勇気はない。
適当にお茶を濁すのが吉だろうと彼は質問に答えようとした。

「僕にはそういう特定の女性は……」
「落し物じゃぞ」

その彼の前に香水の瓶がすっと差し出される。
背後へと視線を向ければ、部屋に置いてきた筈の使い魔が立っていた。
まるで良い事をしたかのような満面の笑み。
しかし、それは火事場に持ち込まれた火の秘薬も同然。
引火すれば忽ちにギーシュを破滅させる。
モンモランシーが調合した香水を持っているのは僕と彼女だけ。
辺りを見渡せば、ケティとモンモランシーの姿も見える。
関係が発覚すれば一体どのような惨事が待っているのだろうか。
だらだらと滝のような汗を零しながらギーシュは香水から視線を外した。

「や、やだなあ。それは僕の物じゃないよ」
「おや? そうだったかのう。ここの所、物覚えが悪くて」

ギーシュの口から安堵の溜息が漏れる。
この時ほど彼は自分の使い魔がボケていたのを喜んだ事はない。
自分との距離を離すべく、なるべく離れた場所の席を彼へと奨める。
これで当分は大丈夫だろうと胸を撫で下ろした。

「それでケティとモンモランシー、どっちがお前さんの本命なんじゃ?」

よっこいしょという掛け声と共に椅子に座った老人の一言。
それがギーシュの心臓を握り潰さんばかりに鷲掴みにした。
老人が座った席は丁度モンモランシーとケティの中間。
しょぼくれた老いぼれにしか見えなかった男の視線がギラリと光る。

「まあ若いうちはそういう事もあるじゃろうが感心はせんな。
後になって明るみになると、どういうトラブルを招くか……」
「すまないが、そこの君。彼に大至急、飲み物とお菓子を」

まるで自分も体験したかのように語るご老体。
その口を一刻も早く塞ぐべく、ギーシュは黒髪のメイドに注文を頼んだ。
実力行使では人目が多すぎるし、老人に手を上げるのは気が引ける。
身を切られる思いで、彼は少ない小遣いから使い魔のお茶代を捻出する。

「それよりもワシは腹が減ってのう。
Tボーンステーキが好物なんじゃが入れ歯にしてからは食えないんじゃよ」
「僕の懐具合も考えてくれ。お菓子ぐらいならまだしも料理なんて……」
「ところでワシの見立てでは本命はモンモランシーと見たが?
素直じゃない彼女に対し、純粋に好意を向けてくれるケティが可愛く思えるんじゃろう?」
「君! 大至急マルトーに頼んで料理を持って来させてくれ!」
「それと最近、寄る年波の所為か、肩が凝って辛いんじゃが」

次々と出される注文に目を丸くするシエスタと、切羽詰った様子で彼女を呼び止めるギーシュ。
その二人の間で、騒ぎの張本人である老人は愉快そうに笑みを浮かべていた。

「何の騒ぎよ、これ」
「事件でも起きたんじゃねえのか?」

教室の後片付けを終えたルイズと才人が遅めの昼食を取ろうと訪れた先。
そこには普段よりもざわついた空気を漂わせる群集が囲いを作っていた。
それ故に、彼女達からは中を窺い知る事は出来ない。
だが何事にも興味津々な年頃である彼女が気にならないはずは無かった。

「ちょっとアンタ見てきなさいよ」
「なんで俺がそんな事を」
「いいから行きなさいっての!」

無理矢理サイトを人垣に押し込んで突き進む。
才人が抉じ開けた道をルイズが悠々と通り抜けていく。
貴族達に押し潰されながら、才人は自分の扱いに涙する。
そして壁を抜けた先に広がる光景に彼等は驚愕した。

「何だありゃ?」

およそハルケギニアの長い歴史においても一度たりとも無かったであろう。
主人であるメイジが使い魔の肩を揉み、それを当然と言わんばかりの態度で豪勢な食事に手を付ける使い魔。
主従の立場を入れ替えたかの如き関係にルイズは言葉を漏らす。

「……貴族の恥ね」
「いいなあ。俺もあっちの主人の方が良かったな」

まあ老人相手だろうから優しくしているのかもしれないが、それでも加減を知らないルイズよりはマシだろうとポツリと才人は呟く。
だが、その彼の本音は余す所なく彼女の耳へと届けられた。
そして、その言葉は彼女の内で『ルイズよりもギーシュの方が優れている』に置き換えらた。

「今、なんて言ったのかしら…?」
「いい!? 違うぞ、そういう意味じゃなくて!
出来れば鞭とか振るったりしないで欲しいなあ、とか……」
「アンタがそういうこと言わなければいいだけでしょうが!」

言い放つと同時に蹴り上げられる才人の金的。
更に蹲った相手を容赦なくルイズは踏み躙っていく。
ちらりと交差するギーシュと才人の視線。
二人は不遇な自分達の立場を瞬時にして共感しあった。

「じゃあ最後にデザートを頼むとするかの」
「ど、ど、ど、どこ見てるのよ! この馬鹿犬っ!」

追加注文を告げる老人の声と、パンツを覗かれたと思ったルイズの蹴り。
それがとどめとなって二人は断末魔を上げた。

後に、トリステインの両雄と称される二人の若者。
平賀才人とギーシュ・ド・グラモン。
その二人の運命的な出会いと呼ぶにはあまりにも情けなく――。

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