ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

味も見ておく使い魔 第五章

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トリスタニアの街から離れた、ある森の一角に王立魔法研究所の第二研究塔はあった。
敷地は高い塀で囲まれていて、外からはおり中を見ることはできないようになっており、草原になっている広場の広さは、魔法球技『クィディッチ』ができるほどある。
その敷地内にて、ルイズの姉であるエレオノールはとある実験を行っていた。
研究員らしい白衣を着た、ややぽっちゃりとした体形の女性が、同じ格好のエレオノールに間延びした声を投げかける。
「エレオノール様ぁ。準備できましたよぉ~」
「いいわ、でも『そろそろ』ね。作業員に安全確保を徹底なさい」
エレオノールは考え事をしながら、彼女の近くにすえつけられている大砲を見ていた。
「はぁ~い。ではぁ、ごじゅうさんぱつめ、いきますぅ~」
あの助手有能なんだけども、やや間が抜けてるのよね。
あのピンクの髪が、どことなくカトレアを連想させるし。
そう思っているエレオノールの体を、大砲の轟音が包み込んだ。
かなりの時間、エレオノールの視界が黒煙によって完全にさえぎられる。
それにもめげずに、大砲の方向を注視し続けた彼女は、発射煙の合間に発射実験の結果を見ることができた。
大砲は砲身がささらのように開いている。
砲身の命数が尽きたのだ。
「だめね、これじゃ。とても実用的とはいえないわ」
ため息をつくエレオノールに、助手がのんびりとした声をかける。
「ですからぁ~。箍をはめて砲身を補強しましょうよぉ~」
「だめよ!!! それでは作業工程が三割増しになるじゃない。『錬金』工法のメリットがなくなるわ!」
エレオノールはため息をついた。
まったく、この子は。今回の研究の本質をわかっているのかしら?
エレオノールはそう思いながらも、助手を変えようという発想にはならなかった。
なぜなら、エレオノールの癇癪を器用に受け流すことができるのは、王立アカデミーでは彼女しかいないからだ。
エレオノールたちは、現在王立造船所に出向し、新しい砲の製造法を研究していた。
それは木材を大砲の形にくりぬき、それに高度な『錬金』の魔法をかけることで、安価にかつ大量に大砲を量産する方法である。
いまだ試験段階だが、もしこの生産方式が実用化されれば、従来のいわゆる『溶接工法』の半分程度の手間で生産することが可能とエレオノールは思っている。
通常『錬金』の魔法は、エレオノール達王立アカデミーの研究員の力を借りずとも簡単に唱えることが可能だ。
だが、大砲に使われるような金属には、細かい成分調整が必要である。
しかも、トリステインは、この新式の大砲に新しい合金を材料にしようと考えていた。
そのような合金を練成するならば、アカデミーが研究中の、新式の『錬金』魔法が必要なのだ。
エレオノールたちは、そのために大砲の砲身に『錬金』魔法をかけていた。
「やっぱり粘度が足りないわね……もう少し亜鉛の比率を上げてみるか……」
そうつぶやき、考え込むそぶりを見せるエレオノールの姿には鬼気迫るものがあった。
今のエレオノールに声をかけようと思うものは、トリステインの中では数少ない。
その数少ない人間の中に、ルイズはいた。
「シエスタに会いたい研究員って、姉さまのことだったの?」
ルイズが、ブチャラティと、シエスタとともに衛兵に案内されながら歩いてきたのだ。
「あら、あなたがミス・シエスタ?」助手を帰らせたエレオノールが言った。
「そんな、高名な貴族様にミスだなんて。私のことは、ただシエスタと呼んでください」
「あのねえ、あなたはシュバリエになったんだから、一応はあなたも貴族なのよ。しゃきっとしなさい!」
「は、はい!」シエスタは体をびくりと震わせる。
「ルイズ、あんたの隣にいる男は誰?」
「オレはルイズに召喚された、彼女の使い魔だ」ブチャラティがいった。
「ふ~ん」
エレオノールはブチャラティを頭からつめの先までジロジロトねめつけた。
「まさか、ちびルイズの恋人ってわけじゃないでしょうね」
「違うわ!」ルイズが言った。
「まあ、いいわ。ところでルイズ、あなたなんでここに来たの?『鉄竜』の使い手はミス・シエスタのはずよ」
そういわれたルイズは体を硬直させる。出す声も心なしかこわばっている。
「だって、姉さま。シエスタは私の知り合いですし……」
ルイズは次の言葉を言いかけて、アンリエッタとの約束を思い出した。
だが、その思考を奪うかのように、エレオノールが詰問する。
「まさか……鉄竜と同時に発見された『虚無の使い手』って……アンタ?」
「……はい」
「嘘でしょ?」今度はエレオノールが絶句する番であった。
そのスキに乗じて、ルイズが話す。
「だって、アカデミーの人間が話を聞きたいなんて。もしシエスタが解剖されるようなことがあれば、知り合いの私が守ってやらないと……」
「ひえぇぇ」シエスタがルイズの服のすそをつまんでうずくまった。腰が抜けたのだ。
その様子を見て、エレオノールが顔をしかめた。
「あのね……アカデミーはそんなことしないわよ。少なくとも今は」
「だって、うわさがあるもの。実験小隊なんてもの作って、町をそっくり焼いたとか」
「まあ、リッシュモン殿が長であった先王の時代はいろいろやってたみたいだけどね。今はこじんまりとしたものよ。まあ、せいぜい『幻の第四課が始祖ブリミルの遺体を解読している』といううわさがある程度ね」
ルイズとシエスタは顔を見あわせた。安堵の表情だ。
「たとえば私の第二課はね、ゲルマニアから伝わった『科学的研究法』を用いて、基礎の魔法の法則を再構築しているのよ」
ルイズとシエスタは再度顔を見あわせた。困惑している。
その様子をみたエレオノールは、ルイズに向かって言った。
「ルイズ、今学院で受けている魔法の授業は、古文書や始祖ブリミルの魔法書を解読しているような形態でしょ?」
「はい、姉さま」
「それは、昔の人が経験したことをそっくり真似ているだけなの。それを、私たちは経験や観察、実験を通して一般的な経験則を打ちたてて、新たな『理論』として体系付けているのよ」
「そうなんですか……」
ルイズはエレオノールの言っていることがいまいちわからない。
「そうよ。ゲルマニアの研究書には、『エネルギー保存の法則』なんて怪しげなモノもあるけど。研究の手法そのものは正しいわ。研究の蓄積を進めていけば、将来新しい魔法を開拓することも夢ではないわね」
エレオノールの話は続く。
「ルイズ。うちの領地の農場では、春の麦植えの季節に母様が地鎮の儀式を行うでしょう」
「はい」
「ヴァリエール家は領地が広いし、母様は風系統だから、うちでやる儀式はほんの形式的なものだけれど、これが領地が小さめの、たとえばグラモン家なんかの土系統の貴族だと、家伝の錬金魔法をかけて、農地の活性化を図るのよ」
エレオノールの目がどんどん危なくなっていく。もはや彼女にはルイズたちは眼中にない。
「そのような口伝や家伝に頼っていたため、トリステインの応用的な魔法技術は家系ごとにばらばら。ひどいものよ。それを収集、実験して統一性のある高度な魔法体系を構築することがアカデミーにとって、いいえ国家にとって急務なのよ!」
「すごいですね、ルイズさんのお姉さんって」
シエスタは驚嘆の声を上げる。
それを聞いたルイズは、
「すごいでしょ。これくらいなんか、ヴァリエール家の人間なんかへっちゃら何だから」
無駄に、自分に自信を持ったようにエレオノールには見えた。
だからエレオノールは、
「なに言ってるの、ちびルイズ! あんたの功績じゃないでしょ!」
思いっきり右頬をつねってやった。
「いひゃひゃひゃ……ごめんなひゃい」
「ところで、ちびルイズ。あなた虚無の魔法に目覚めたって言うけど、どんなことができるようになったの?ま、どうせちびルイズのことだし、タルブの村で見せたような、失敗魔法の拡大版くらいのものでしょうけど」
ルイズの心は激しく傷ついた。
「ちがうもん!ちゃんとすっごい魔法が使えるようになったもん!」
「そこは『違うんです』でしょ!」
「いひゃい!」
ルイズの左頬は真っ赤になるまでつねられた。
「で、具体的にどんなことができるわけ?ここでやって見せなさい」
だが、ルイズは応えることができない。
「どうしたのよ?」
「えと、虚無の魔法は、精神力をすごく使うの。で、今は精神力が十分たまっていなくて……」
「あきれた。じゃあ、あなたは当分『ゼロ』のままね」
「まて、ルイズはこれでもがんばっているんだ」ブチャラティが口を挟む。
「あんた平民? なら黙っていなさい!」
エレオノールの高飛車な剣幕にしかし、ルイズの使い魔はたじろぐ様子を見せない。
「断る。俺は相手が貴族だろうが王族だろうが、正しいと思ったことを行うクチなんでね」
「ブチャラティ……といったかしら?あなたには使い魔としての『教育』が必要のようね……」エレオノールの口調はあくまで冷静のようだが。
ルイズにはわかった。
――エレオノール姉さまは激しく怒っているわ! その証拠に、ねえさまの眼輪筋がピクピクとうごめいてるもの!
「ルイズ、あなたの使い魔、しばらく借りるわね……ミス・シエスタ。あなたの相手は明日になりそうだわ。しばらく待っていて頂戴」
「わ、わかりました」とはシエスタの弁。
ルイズは、自分の使い魔の危機を肌で感じ取った!
「そういえば、ブチャラティは暇つぶしで忙しいんだったわ! ねえさま、そういうわけだから」ルイズはとっさの一言は、
「言ってることが矛盾してるぜ、ルイズ」反対にブチャラティに慰められた。
「いい度胸じゃない、ブチャラティとやら。このアカデミーの中庭にはどういうわけか教練場があってね、そこまで来なさい」エレオノールはやけにさわやかな笑みを浮かべて、ブチャラティの返事を待たず、一人去っていったのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
その日、トリスタニア王宮の外交の間にて、アンリエッタは一人の黒髪の青年に謁見を賜っていた。
ロマリア皇国からの使者を名乗る男は、物怖じすることもなくアンリエッタにの眼前に跪いていた。
彼はなぜか、右手にだけ白い手袋をしている。
「どうしても、アルビオン帝国に対して異端宣告を出すことはできないというのですか?」
アンリエッタは詰問した。詰問というよりは、憤怒の声であった。
「まことに申し訳ない。彼らは、始祖の教えに関しては偏執的ともいえるほど教義に従っておりますゆえ」
ロマリアからやってきた、元司祭と名乗る黒髪の男は、まるで悪びれた様子を見せず、アンリエッタに再度頭を下げた。
「始祖ブリミルの末裔である、アルビオン王家の血族を根絶やしにしてもですか?」
「それに関しては、私個人としてはまったく姫様に同感なのですが。アルビオン王家はかつて教会に税をかけようとしたことがありまして。考えようによっては、『始祖の教えを破ったアルビオン王家を、貴族派が忠罰した』といえなくもないのでございます」
「何ですって!」
そう叫んだアンリエッタをさえぎるように、
「待ちなさい」
マザリーニが発言した。
明らかに無礼だが、この際仕方がない。
「それは、ロマリア皇国の考えですかな?」
「いえ……とある枢機卿の個人的な発言にございます」
「なるほどな。では、教皇聖下はなんと?」
「それについてはご容赦を。ですが、我々、ロマリア人の義勇兵を送ってきた事実からご推察ください」
「了承した。姫様、ロマリアは我々の味方をしてくれそうですな。今のところは」
マザリーニはそういいながら、アンリエッタの顔を盗み見て、表情を確認した。
どうやら、アンリエッタは落ち着きを取り戻したようだ。
「わかりました。トリステイン王国は、あなた方義勇軍を快く受け入れます。別命あるまでトリスタニアの街を楽しんでいってくださいまし」
アンリエッタはそういうと、マザリーニに頷いた。
マザリーニはロマリアの男をつれ、彼の宿舎へと案内していった。
アンリエッタはため息をつくと、自分の執務室へと向かっていった。
その日のアンリエッタの朝見はこれを最後に終了したのだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――

アンリエッタの部屋には、すでに人物がいた。
「失礼しております」女の声がアンリエッタの執務室に響く。
「何用ですか、アニエス」
アンリエッタにそう呼ばれた女性は、近衛騎士隊の制服の上に、シュバリエの証であるマントを羽織っていた。
彼女が金髪を短く切り上げているのは、その腰に下げた剣を振りやすくするためか。
「女王閣下、アルビオンに放っておいた『草』から、不穏な報告がございます」
「どのような報告でしょうか?」
アンリエッタは机に向かいながら質問した。彼女の視線の先には大量の命令書がある。
「不確実な情報ですが、アルビオンが、トリステイン魔法学院に奇襲をかけ、生徒を人質にする計画があるとか」
アンリエッタはわずかに表情を曇らせた。

「そうですか……彼らも必死なんでしょうね」
「何か対策をお考えですか?」
「アニエス、あなたはどう考えますか?」
そういわれた女剣士は腕を組み、しばし考え込んだ。
そう、この人物は杖を持っていない。
メイジではないのだ。
「私としては、策が『何でもあり』であるならば、この問題を捨て置くべき、と思います」
「どうしてかしら?」

「はい。もし、この計画が真実だとするならば、アルビオンは重大な過失を負うことになります。むしろ、トリステイン王国政府としては、彼らの奇襲が成功し、なおかつ人質を二、三人殺してくれればなおよろしい。トリステインがアルビオンと比べて道義的な国家となり、国際社会において、社会的弱者としての特権を存分に振るうことができます」
「そして、戦争に消極的なトリステイン貴族たちを一致団結させることができる。違いますか?」
「おっしゃるとおりです」
アニエスは自分の凄惨な笑顔をさわやかに王女に向けた。
元が平民である彼女にとって、貴族の師弟は平民の子供となんら変わりはない。
彼女にとっては、生徒たちは絶対的に守るべき対象ではないのだった。
だが、他のトリステイン貴族からしてみれば、到底受け入れられない思想ではあった。

アンリエッタは少し考え事をした後、フフフ、と笑った。
その笑い方にはどこかしら陰がある。
「私もまだまだ甘いわね。その案は却下します。アニエス、あなたはトリステイン魔法学院に赴きなさい。学生に戦時訓練を施すことを名目とします。十分な銃士隊を連れて行きなさい」
「われわれに警備をおこなわせる、と?」

「ええ。ですが、くれぐれも生徒や教員に、真の目的を悟られぬようお願いします」
「了解いたしました。ですが、その前にするべきことがあります」
アニエスはやや引き攣れた敬礼を返し命令に応えた。
「何か?」アンリエッタは自分に問うた。出した命令に漏れがあったのだろうか?
「はい、例のウェールズ公の件で捜索に進展がありました」
その言葉を聴いたアンリエッタの体がこわばる。
彼女にとって、ウェールズの単語は、今では半ばトラウマになっていた。
だが、今の彼女は女王である。そのような感傷は許されない。
「私がウェールズ様……あの死体と一緒にこの城を抜け出したとき、衛兵とは一人も顔を合わせませんでした。あの時に、衛兵に指示をだせた人物は多くありません」
やはりあの男か……アンリエッタは歯噛みした。先王の時代から使えていたあの男は、いつからこの国を裏切っていたのでしょうか?
父上が死んでから? 父上が国王になってから? それとも、最初から?
アンリエッタの思考を打ち切るように、アニエスの小声がアンリエッタの鼓膜を振動させる。
「はい、ですが、その当時命令を受けたと思われる衛兵達は、当日ウェールズ公を追いかけ、みな死にました。決定的な証拠はありません」
「ならば、こちらから『仕掛ける』必要がありますね」アンリエッタは言った。
アニエス・シュバリエ・ド・ミランは一人、用命を果たすために王宮の外へと、とトリスタニア王宮の回廊を歩いていた。
彼女の帯びた長剣が、カチャカチャと不快に高い金属音を生じさせている。
そのリズムに合わせるように、近くにいる貴族たちのヒソヒソ声が、アニエスに聞こえよがしに響き渡る。
「剣などと……無粋よのう」
「所詮あやつは粉引き風情(ラ・ミラン)ですからなあ」不快な笑い声が、空気の振動となってアニエスの周りをおおう。
だが、彼女にとってはいつものこと。気にせずに通り過ぎる。
いや、通り過ぎようとした。
この日に限っては、アニエスは自分に対する嫌味の言葉に対し、硬い表情をした。
彼女の前方、陰口をたたく貴族たちの一団に、『ある人物』がいたのだ。
――リッシュモン高等法院長――
アニエスは、先日『草』が捕らえたばかりの情報を瞬時に脳裏に引き出した。
――こいつが、国家の『裏切り者』――
アニエスはその中年男性を凝視した。
――証拠はないが、この男でしかありえない――
リッシュモンが、アニエスの視線に気づく。
――そして、この男こそが、私の『仇』――
「やあ、粉引き娘殿。今日も姫様のご機嫌とりで忙しそうですなあ」
――そして、おそらく『ダングルテールの虐殺』の張本人――
「アンリエッタ陛下はすでに女王だ。姫様ではない」
「そうでしたな、私としたことが。先王や皇后陛下が政をつかさどっていたのであれば、魔法の使えない連中がこの王宮を我が物顔で歩き回る光景を許すはずがなかろうものですなあ」
「それ以上の暴言は王室への侮辱と受け取ります」
リッシュモンはおどけた様な笑みを浮かべる。
「おお、怖い。私はこれでも由緒ある貴族の端くれ。正当な王室に歯向かうなどとは考えたこともない。それにしても、その物言い。それではお前が『アンリエッタ陛下の権力を私の物としている』うわさされても、仕方のないことですな」
アニエスはリッシュモンの目をますますにらみつけた。
それを意に介さず、リッシュモンはアニエスに話し続ける。
「先王の時代はよかった……平民は働き、貴族は戦う。それぞれが己の本分を全うし、お互いに相手の領分を侵そうなどという不遜な輩は現れなかった」
「時代は変わるものです」
「そうだな。だが、よいものは時代が変わっても本質は変化せぬものとわしは思う」
「近頃の『変化』が気に入らぬ様子ですな」
「ふん。まったく最近の平民共は。他人に管理育成されなければ、無軌道に自分のやりたい放題に生きて、抑揚というものを知らぬ。あのダングルテールの村人共も、そのように考えもなしに『実践教義』などたわけた代物に飛びつきおって。貴族と平民は始祖の前において平等だと?」
アニエスの目が光った。
「ダングルテールの虐殺は、あなたが立件したことでしたな」
「何を言っておる。アレはただの鎮圧行動だ。それにあやつらは国家の転覆を図っていたのだ。奴等には当然の結末だよ」
「なるほど。反逆罪には死を与えてもよい、か」
「どうした、アニエス。何か含むことあるようだな?」
――私はお前を惨殺できる、というのだな――
「いえ、あなたの方法には賛同できかねますが、結論にはまったくの同意見です」
彼女はそう答え、一礼をして王宮を出て行った。
アニエスの思わぬ言葉と礼儀正しさに、リッシュモンはあっけにとられた。
「そ、そうか」彼はアニエスの背中にそう答えたのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
平穏だったトリステイン魔法学院に、騒音を持ち込んだのはやはりアニエスだった。
彼女は目の前の男に向かって節度ある話し方をしていた。
目の前の男、岸辺露伴は、
「つまり、僕とブチャラティにアンリエッタを『かくまえ』っつーことか?」
ぶっちゃけ、やる気が見えない。
いま、アニエスは露伴と二人っきりで話をつけている。アニエスとて、ブチャラティと直接交渉したいのであるが、ブチャラティは、ルイズやシエスタとともにアカデミーにいて連絡がつかないのだった。
「まあ、無駄な修飾を省けばそうなるな」
「う~ん。僕はめんどくさいなあ~」
「その後の大捕物を観察できるぞ」
「なら、仕方がない、手伝ってやるか。感謝しろよ、アニエス」
「相応の働きをすれば、それなりの感謝と報酬は保障してやろう」
アニエスは計画の仔細を露伴に打ち明けた。
「ふん。きにいらないな、その方法は。やり口が汚くて読者に好かれない」
「何とでも言うがいい」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
三日後、トリステインの安宿にて。
「よろしくお願いいたします」アンリエッタは町娘に扮した格好で露伴と話していた。
「今さらだが、筋書きを確認しておくぞ?」露伴がいう。
アンリエッタがウェールズ公と逃げ出した日のことだ。
彼女たちが城から出て行ったとき、警備の人間とは出会わなかった。
証拠はないが、そのように当日の警備を変えた人間がいたのだ。
つまるところ、トリステイン王宮の内部に『レコン・キスタ』の人間がいる、ということである。
今回、アンリエッタがアニエスの手引きで王宮からひそかに外出し、人目を忍んで露伴と会っているのはわけがある。
「で、もう一度あんたが『失踪』すれば、トリステインの『裏切り者』は、アルビオンの仕業だと思い込む」露伴は部屋の外を伺いながら言った。
「ええ、そうすれば、『裏切り者』は、今回の『失踪』を、アルビオン側に問い合わせるでしょう。スパイの連絡網を使って」
「そして、その『連絡者』が、この宿のどこかに潜んでいるってわけか……」
「ええ、そろそろアニエスがつれてくる筈なのですけれど……」
そう話しているところ、宿の廊下をどやどやと大人数が走り回っている。
さすがは安宿、床の軋み声がものすごい。
走行しているうちに、二人のいる部屋の扉が、乱暴にノックされた。
「おい! あけろ! 俺たちは女王様をさらった人間を探しているものだ!」
アンリエッタは少しだけびくついたが、それも一瞬のこと。落ち着いて露伴に頷いた。
露伴は無言で頷き返すと、おもむろにドアを開ける。
『ヘブンズ・ドアー!』
一瞬の間のあと、廊下に立っていたマンティコア隊の隊員と見られる男はあっけに取られた様子で露伴を見つめていた。
「お前はここではアンリエッタを見つけてはいない。そうだな?」
「あ、ああ……よし、次を探すぞ!」その男は半分ほうけた風になりながらも、見つかるはずのない女性を捜し求めて去っていった。
入れ替わりに、若い娘が大きな麻袋を抱えて部屋の中に入ってきた。
「待たせたな、露伴」アニエスだった。
彼女は肩に抱えていた麻袋を無遠慮に床に落とす。
「ぐぇ!」中から苦悶の声がする。
アニエスが袋の口をあけると、中には若い男が猿轡をされた状態で入っていた。
彼の目は敵対的な目つきをしている。
「なるほど、結構根性がありそうだ。簡単には口を割りそうもないな」露伴が男の様子をじろじろと見ながら言う。
「当たり前だ。われわれは貴族だ! 貴様らなんぞに!」猿轡をはずされた男は開口一番、そう言い放った。
だが、
「関係ないね」露伴はそう言い放つと、
『ヘブンズ・ドアー』問答無用に彼の頭の中を覗き込むのであった。
「どうですか、露伴さん?」
「アタリだ。やはり『裏切り者』はリッシュモンだ。それにしてもすごいな。やつはアルビオンから一億と四十万エキューの賄賂をもらっているぞ」
アンリエッタは嘆息した。が、彼女は気丈にも気を取り直した。
「ならば、彼の元に向かいましょう、露伴さん」
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
タニアリージュ・ロワイヤル座の劇場の中に、リッシュモン卿は一人入っていった。
開幕が真近だというのに、ほとんど観客がいない。
と、いうのも、役者の腕が悪すぎて批評家たちに酷評され、人気がまったくないのであった。そのようなくだらない内容にもかかわらず、彼は毎週のようにこの劇場に来ていた。そして予約していたらしき席にすわり、ひたすら開演のときを待っていた。
次に入ってきたのは岸辺露伴である。彼はリッシュモンに気づかれることのないように、席の最奥に、一人ひっそりと陣取ったのであった。

開演してしばらくたった時のこと、リッシュモンの隣の空席に、フードをかぶった少女が座り込んだ。
「失礼だが、そこは私の待ち人が来るのだ」リッシュモンは言った。
だが、少女は席を立つ様子を見せず、フードを跳ね除けた。
果たしてそれはアンリエッタであった。
「アンリエッタ様ではないですか。あなたは失踪したのではなかったのですか?」
「私がアルビオンの手勢に攫われたのがうそなのが、それほどまでに悪い知らせのようですわね」
「なにをおっしゃる。ご無事で何より」
「お互い、無駄なごまかしは無しにいたしましょう。ここであなたと会うはずのアルビオン人はすでに捕縛してあります。あなたが裏切っていたことはもうすでに自明の事ですのよ」
「ほう」リッシュモンは、興味を惹かれた風に頷いた。まったく驚いたそぶりを見せない。
「クロムウェル殿は、私をアルビオンまで連れて行きたいようでしたからね。そのうえ、苦労して作ったトリステインのスパイ網が、あなたの逮捕によって一網打尽になるのですから。あなたの真の主にとって、とても悪い知らせになりそうですわね」
「まあ、このままではそうですな。ですが、私がこのままあなたをアルビオンに連れてゆけばよいまでのこと。そうすれば、『Oh、グッドニュース!』に早変わり、というわけですな」リッシュモンはそういうと、やおら立ち上がり、ぱちんと指を鳴らした。
次の瞬間、舞台の上に上がっていた役者たちが、やおら懐に入れていたらしき杖を取り出し、その先をアンリエッタに向けた。
「さて、私と一緒にアルビオンまでご足労願いましょうか」
わけもわからずに逃げ惑う少数の観客の中、アンリエッタはリッシュモンにつれられえて舞台の中央に引きずり出された。アンリエッタをスポットライトの光が襲う。
「役者はみなアルビオンの手勢でしたのね。どおりで、演技が致命的なまでに下手でしたわ」アンリエッタが淡々と言う。
「そのとおり。ですが、舞台装置は逸品ですぞ。いくら王族といえども、これだけのメイジを相手にはできないでしょう」

「そうね、『私一人』では、この窮状をどうにもできないでしょうね……」
「私は芸術を監督する高等法院官。あなたのお美しい顔を無碍に傷つけたくはない。さ、おとなしくしていただきましょうか」
「いやだ、といったら?」
「それは、私の本意ではないのですが、無理やりにでも連れて行きます。どうします? ここにはあなたの味方はいない。銃士隊の一人すらいやしない。絶対絶命というやつですな。それとも、先ほどから席の奥にいる、あの奇妙な男が何かするのですかな?」
「いや、僕はもう何もしないさ」露伴はつぶやいたが、誰の耳にも入らなかった。
その代わりに、アンリエッタの声が響き渡る。
「ならば仕方がありませんわ。あなた方に同情いたしますわ。情けはかけませんが」
「なにを言っておられる?」
「おいでなさい! 私の『使い魔』!」
次の瞬間、アンリエッタの隣に、醜悪な紫色の人影が出現した。
「なんだ、これは――ぐぁあ!」
アンリエッタのすぐ隣にたっていた、元役者のメイジが昏倒した。泡を吹いている。
それを皮切りに、次々に、舞台の上に立つものが倒れていく。
みな、無残に皮膚が溶け出し、苦悶の表情をかもし出している。

「うばしゃあぁぁぁ!!!!」
アンリエッタのそばに立つ人影は、涎をたらしながらあたりに向かって霧のようなものを出している。
「なんだッ、これはッ!」
リッシュモンはそう叫んだ。彼の脳裏は、現在起こっている状況を把握することを拒否した。
アンリエッタは、狂信の信徒が異端者を見る目つきでリッシュモンを見た。
「私の使い魔、『パープル・ヘイズ』。性格は凶暴ですが、慣れるとかわいらしいものですわ」
アンリエッタはそういうと、自分のハンケチを取り出し、愛おしそうにパープル・へイズの涎を拭いてやった。そして、両手でパープル・へイズの顔を覆うように優しくなでた。
「ふふふ……私のパープル・ヘイズ。お利口さんね」
「ぐぁふぅッ!」パープルヘイズは、主人によくなついたプードル犬のような目つきでアンリエッタを見つめている。
時が時でなければ、よい主人とよくなついたペット、といえようもなくはなかった。だが。
「ば、化け物めッ――」リッシュモンはうめいた。
アンリエッタがパープル・ヘイズと耽美な時を過ごしている間にも、彼の手勢は次々に惨殺されているのだ。

「さて、今生の覚悟は御済みになって?」アンリエッタが聞く。
その傍らには戦意十分のパープル・へイズ。
気がつけば、舞台の上で生きている人間は、アンリエッタとリッシュモンだけになっていた。
リッシュモンは、引きつった笑顔を隠すことができない。
人間がおびえた時の、恐怖の笑いだ。
だが、
「まだまだですな」彼はそういい、床を強く踏みしめた。
次の瞬間、彼の足元に穴が開き、彼の姿を飲み込んでいった。
その部分は、舞台のせり担っていたようである。
リッシュモンは逃がした。だが、アンリエッタはまったくあせる様子を見せない。
「アニエス、後は頼みましたよ……」
彼女はそういったあと、パープル・ヘイズを見えなくしたのだった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「あのアマ、とんでもない隠し玉をもっていたな……」
リッシュモンはそういいながら、暗がりの中、トリステインの下水をたどるように歩いていた。その行く手に立つ影がひとつ、
「ここまでだ、リッシュモン。お前の悪事も、この薄汚い溝で清算する日が来たようだな」
アニエスであった。
だが、リッシュモンはアニエスの言葉に動じる様子はない。
「人は誰でも『救い』が必要だ……」
彼は呟いた。
「わかるか、この意味が……」
「何を言っている?」
「私はただ金や地位がほしくて高等法院という地位にまで上り詰めたのではない」
「お前が無辜の平民を奴隷のように扱いたいたかったのか?だがそれも今日でおしまいだ」
リッシュモンは頭を振る。
「アニエス。お前は何もわかっちゃいない。」彼は不敵に笑う。
「この世には二種類の人間が存在する。いいか、『二種類』だ。男女の違いでは断じてないぞ? それはな、『支配されるもの』と『支配するもの』だ。
陳腐な言い草のようだが……この世には、与えられた自由をもてあましてしまう人種が存在するのだ」
「何が言いたい!」

「つまり、アニエス。お前のような、魔法の使えない、この世では暴力でしか立身出世できない人種のことだ。
知性が暴力に勝るように、アニエェス! お前はわし達、真の貴族にとって単なるナイフにしか過ぎんのだ!」
「ふざけるな! 私は人間だ! 自由意志を持つ、お前たちと同じ人間だ!」
「違うな。私は始祖ブリミルの遺体に選ばれたのだ! 今! 証拠を見せよう!」
リッシュモンは懐から何か長細いものを見せた。
「何だッ――それは、リッシュモン!」
「今こそ、『始祖ブリミルの脊椎』よ!われを導き給え!」
リッシュモンの体が鈍く光る。
それと同時に、あたりに夕日の光が充満していった。


一瞬の間のあと、アニエスは気づいた。
これは……いや、ここは……
先ほどまでいたはずの下水の通路とは、あまりにも空気が違いすぎる。
ダングルテール?
いや、それよりも、リッシュモンは?
アニエスの背後で、リッシュモンの声がする。
「いやはや、お前まで始祖の恩恵を受けるとはな……ちょっとした計算外だ……」
「リッシュモン。これが、この瞬間移動がお前の切り札か?」
「そうだ、いや、『そうだった』。やはり私は運がいい。転移先がここだとは。私は第二の切り札が使えるようになった! みよッ! これが、私の最後の切り札だッ!」
リッシュモンは懐から銀色の円盤を取り出し、それをためらいもなく頭に差し込んだッ!
次の瞬間、信じられない光景がダングルテールの町跡に繰り広げられた。
燃え盛る火、火、業火。
逃げ惑う人、焼かれる人。それに向かって無心に杖を向けるメイジの一団。
突如出現した人々は、どの人間の表情もうつろだった。
アニエスが戸惑っている間にリッシュモンはメイジの一団にまぎれていった。
リッシュモンの声が響き渡る。
「どうだ、わしの切り札『アンダーワールド』は。脊椎で転移した場所がここでよかった。ここでは、メイジ以外の人間はみな焼け死んだ。どうするアニエェス!
このまま、焼け死ぬがいい!」リッシュモンは、すでに煌々とした表情をしている。
「人類が品種改良した家畜は自然界では簡単に淘汰される。
 狼などの野獣に、簡単に食い殺されてしまうからな……
 あいつらが生きていくには、人間の保護が必要なのだ。
 家畜が自然界で生きられないようにッ!
 お前たち平民がッ!
 メイジの加護なくして生きられようはずがないのだぁッッッ!」
「ならばッ!
 そのための牙だ!
 われわれは自ら生きるためにッ!六千年もの忍従の時を経てッ!
 剣や銃という牙を研いできたのだ!」
アニエスは近くの民家に身を潜める。だが、そこにもメイジの一団が容赦なく火炎の魔法を浴びせかけてくる。
「くそッ。絶体絶命か……」
そう考えるアニエスのもとに、一人の少女が背後から歩み寄ってきた。
「この村の大人たちはみな焼け死ぬの……私のお父さんも、お母さんも……
これからあと十分後、私の両親は二階で抱き合ったまま焼け死んじゃうの……
それはもう決まったこと。誰にも変えられないわ」
アニエスは思わず、その少女を抱きしめた。
「大丈夫だ。お前は私が守ってみせる」
「いいえ、あなたには私を救うことはできない。これは過去に起こった地面の記憶。誰にも過去に起こった出来事を変えることはできない」
「そんな……」アニエスは絶句した。だが、同時に、あることに気がついた。

「どうした、もうあきらめたのか?」リッシュモンの嘲笑じみた怒号が、火の街を響き渡らせる。
リッシュモンの目の前に、アニエスが現れた。
彼女は村の少女を小脇に抱えている。
「観念したようだな」リッシュモンはきざに杖を振り回し、火炎の魔法をアニエスに向けはなった。
だが、アニエスはまったくよけようともしない。
それどことろか、少女をたてにして、リッシュモンの方向へと駆け寄ってくる。
「馬鹿な!そんな餓鬼ごとき、お前もろとも焼き尽くしてくれるわ!」
リッシュモンの放った魔法は直径三メイルほどの火球となってアニエスたちを襲う。
だが、刹那。
どういうわけか、彼の放った魔法は少女の前面で掻き消えた。
「なっ!」リッシュモンの驚愕は一瞬、だが長い一瞬の間であった。
「うぐッ!!!」間合いのつめたアニエスの長剣が、リッシュモンの腹を貫く。
「あの時私は焼け死ななかった! 私は生き延びた! この過去の記憶は、誰にも変えられない!」
「そうか……貴様……生き残りか……」
「そのとおりだ。今こそ、ダングルテールの民の敵、討ち取る!」
アニエスは突き刺した長剣の柄をねじった。そこから、リッシュモンの体内に酸素が猛毒となって送り込まれる。
「畜生……貴様ごとき……下賤の平民風情に……」

終わった。
アニエスは地面に倒れこんだ。両膝ががくがくと笑っている。
『幼いアニエス』を盾にしたからといって、リッシュモンの魔法をすべて『いなした』わけではない。今の彼女には、立ち上がる気力をためる時間を必要としていた。
「お姉ちゃん、大丈夫?」少女が言った。
「ああ、もう大丈夫だ」そう答えたアニエスは、少女が半透明に消えていくのに気がついた。
「おまえ……」
「ええ、スタンドの力がつき始めたのよ。その前に、パパやママのところに行かなくちゃ。そこで、私は気を失うの」
アニエスは後を追おうとしたが、足に力が入らない。
「まて……」
アニエスの言葉に耳を貸す様子もなく、少女は納屋の二階へと上っていった。
そこから話し声がする。
「…この子だけでも……」
「…疫………て持って…ない・・・」
どうやらそこに、実験小隊の指揮官がいるようだ。
なんとしても、その男の小隊長を突き止めねば……
アニエスは残りの力を振り絞って、張って二階に向かっていった。
だが、そこにはすでにメイジの姿はなかった。
変わりにいたのは……平民の夫婦だけ。
だが、アニエスは、その二人に見覚えがあった。
「……パパ…ママ……」
二人はアニエスの存在に気づくことなく、ベッドの上で静かに息を引き取って言った。
最後に、
「アニエスに、神のご加護が……あらんことを……」と呟きながら。

「パパ!ママ!」
アニエスが一瞬送れてそう叫んだ先には、土の壁しかなかった。
リッシュモンのスタンドの力が尽きたのだった。

「母さん……父さん……」
アニエスは、止め処もなく流れてくる涙を、どうにかして止めようとしても、もうどうにもとめられなくなっていた。



第五章
カネによる忘れられゆく記憶 Fin...


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