++第十二話 デルフリンガー++
トリステインの城下町を、花京院とルイズは歩いていた。
魔法学院からここまで来るのに乗ってきた馬は町の門の側にある駅に預けてある。
馬に乗るのは初めてだったが、ラクダで砂漠を横断した経験のある花京院には、さほど難しいことではなかった。
魔法学院からここまで来るのに乗ってきた馬は町の門の側にある駅に預けてある。
馬に乗るのは初めてだったが、ラクダで砂漠を横断した経験のある花京院には、さほど難しいことではなかった。
「この世界には馬以外の交通手段はないのか?」
「馬以外?」
「ああ。自動車や電車……はあるわけないか」
「馬以外?」
「ああ。自動車や電車……はあるわけないか」
魔法が発達しているということは、他の分野では遅れを取っている可能性が高い。
「じゃあ、ラクダとか、そういう生き物はいないのか?」
「ラクダ?」
「ラクダ?」
怪訝そうな顔でルイズは花京院を見る。
「背中にこぶのある、四本足の動物だ。砂漠を移動する時によく乗るんだが……」
「聞いたこともないわね」
「そうか」
「聞いたこともないわね」
「そうか」
花京院の世界とはやはり根本的に違うようだった。
生き物もそうだし、建物もかなり違っていた。
コンクリートも鉄も使わず、白い石を削って作られた街は、一見するとテーマパークのようにも見える。
通りには行き交う人々で溢れ返り、道端では商人たちが声を張り上げて、果物や肉や籠などを売っている。
魔法学院に比べると、質素な格好をした人たちが多かったが、活気溢れて、声に満ちているこの場所は、魔法学院よりも、花京院の住んでいた世界に似ている気がした。
ただし、道が酷く狭い。
生き物もそうだし、建物もかなり違っていた。
コンクリートも鉄も使わず、白い石を削って作られた街は、一見するとテーマパークのようにも見える。
通りには行き交う人々で溢れ返り、道端では商人たちが声を張り上げて、果物や肉や籠などを売っている。
魔法学院に比べると、質素な格好をした人たちが多かったが、活気溢れて、声に満ちているこの場所は、魔法学院よりも、花京院の住んでいた世界に似ている気がした。
ただし、道が酷く狭い。
「狭いな」
擦れ違うたびに誰かと肩をぶつけながら、花京院が呟いた。
慣れているのか、すいすい通り抜けていたルイズは、またも怪訝な顔で花京院の方を向く。
慣れているのか、すいすい通り抜けていたルイズは、またも怪訝な顔で花京院の方を向く。
「狭いって、これでも大通りなんだけど」
「……これで?」
「そうよ。ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ」
「……これで?」
「そうよ。ブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ」
そう言って、通りの先を指差しながら、
「この先にトリステインの宮殿があるわ」
「宮殿に行くのか?」
「女王陛下に拝謁してどうするのよ」
「宮殿に行くのか?」
「女王陛下に拝謁してどうするのよ」
軽く睨むような目を向けられた。
花京院は苦笑しながら答えた。
花京院は苦笑しながら答えた。
「スープの量をふやしてもらうかな」
「馬鹿ね」
「馬鹿ね」
そう言って、ルイズは笑った。
二人はそのまま大通りをしばらく歩いた。
ふとルイズが立ち止まり、振り向く。
二人はそのまま大通りをしばらく歩いた。
ふとルイズが立ち止まり、振り向く。
「あんた、財布は持ってるわね?」
「持ってるよ。大体、こんな重い物を誰が掏れるんだ?」
「魔法を使われたら、一発でしょ」
「持ってるよ。大体、こんな重い物を誰が掏れるんだ?」
「魔法を使われたら、一発でしょ」
確かに、と納得しかけた花京院だったが、ある疑問が湧いた。
「でも、魔法を使えるのは貴族だけだろう。貴族がスリなんてするのか?」
「……貴族は全員メイジだけど、メイジの全員が貴族って訳じゃないわ」
「どういうことだ?」
「勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりするのよ」
「……貴族は全員メイジだけど、メイジの全員が貴族って訳じゃないわ」
「どういうことだ?」
「勘当されたり、家を捨てたりした貴族の次男や三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり犯罪者になったりするのよ」
そう答えると、ルイズはさっさと歩き出してしまう。
二人は大通りを歩いていき、狭い路地裏に入った。
二人は大通りを歩いていき、狭い路地裏に入った。
そこは大通りとは比べ物にならないほど、汚れていた。
悪臭が鼻をつく。ゴミや汚物が道端に放置されていて、動物の死骸なども転がっていた。
悪臭が鼻をつく。ゴミや汚物が道端に放置されていて、動物の死骸なども転がっていた。
「……きたないな」
「だからあんまり来たくないのよ」
「だからあんまり来たくないのよ」
顔をしかめながら足早にルイズは進んでいく。
時折、小さなメモを取り出して確認していることから、間違った道ではないらしい。
その後、何度か道を曲がっていき、十字路に差し掛かった。
メモと周囲を見比べながらルイズが呟く。
時折、小さなメモを取り出して確認していることから、間違った道ではないらしい。
その後、何度か道を曲がっていき、十字路に差し掛かった。
メモと周囲を見比べながらルイズが呟く。
「ビエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺なんだけど……」
花京院も同じように回りに視線を動かした。
大通りと違って露店は少ないが、店の数自体は多い。瓶の形をした看板やら宝石をかたどった看板もある。中には、蛙を逆さに吊ったような看板もあり、すぐには何の店なのか分からない店も多かった。
大通りと違って露店は少ないが、店の数自体は多い。瓶の形をした看板やら宝石をかたどった看板もある。中には、蛙を逆さに吊ったような看板もあり、すぐには何の店なのか分からない店も多かった。
「あ、あった」
ルイズの視線の先を見ると、剣の形をした看板が下がっていた。
目的の場所は、そこの武器屋のようだ。
目的の場所は、そこの武器屋のようだ。
「ルイズ。君はここに来るつもりだったのか」
「そうよ。あんたも丸腰じゃ頼りないから、剣ぐらい買ってあげるわ」
「そうよ。あんたも丸腰じゃ頼りないから、剣ぐらい買ってあげるわ」
腰に手を当て、胸を張りながらルイズが尊大な態度を取る。
その仕草が子供っぽくて、ルイズから見えないように、花京院は苦笑いを浮かべた。
その仕草が子供っぽくて、ルイズから見えないように、花京院は苦笑いを浮かべた。
花京院とルイズは武器屋に入った。
店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの明かりが灯っていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。
店の中は昼間だというのに薄暗く、ランプの明かりが灯っていた。壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、立派な甲冑が飾ってあった。
店の奥で、パイプをくわえていた五十がらみの男が、花京院とルイズを胡散臭げに見つめた。
じろじろと無遠慮に見てきた男だったが、ルイズの紐タイ留めに描かれた五芒星に気付くと、すぐに立ち上がった。パイプをはなし、ドスの聞いた声を出す。
じろじろと無遠慮に見てきた男だったが、ルイズの紐タイ留めに描かれた五芒星に気付くと、すぐに立ち上がった。パイプをはなし、ドスの聞いた声を出す。
「旦那。貴族の旦那。うちはまっとうに商売してまさあ。お上に目を付けられることなんか、これっぽっちもありゃしません」
「客よ」
「客よ」
ルイズは腕を組んで言った。
「こりゃおったまげた。貴族が剣を! おったまげた!」
「どうして?」
「いえ、若奥さま。坊主は聖具を振る、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」
「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」
「どうして?」
「いえ、若奥さま。坊主は聖具を振る、貴族は杖をふる、そして陛下はバルコニーからお手をおふりになる、と相場は決まっておりますんで」
「使うのはわたしじゃないわ。使い魔よ」
きっぱりとルイズは言った。
店主は目を細め、ルイズの後ろに立つ花京院を見た。
店主は目を細め、ルイズの後ろに立つ花京院を見た。
「へえ。昨今は貴族の使い魔も剣を降るようで。するってえと……そちらの方で?」
「ああ。僕が使う」
「剣はこっちで勝手に選んじまってもいいですかねえ?」
「ああ。僕が使う」
「剣はこっちで勝手に選んじまってもいいですかねえ?」
店主は上目遣いに花京院とルイズを見上げる。
「いや、少し店の物を見せてもらいたい」
武器の良し悪しは門外漢だったが、この店主に選ばせると何が出てくるかわかったものではない。粗悪品を高値で買わされる可能性もある。
断られたことに動揺したかのように、男は捲くし立てる。
断られたことに動揺したかのように、男は捲くし立てる。
「で、でもですねえ。こういうのは慣れてる人間の方が目が利くってもんです。素人さんにゃわからねえ細けえ違いってのもありますし、下手に選ぶと失敗するかもしれやせんよ」
「構わない」
「構わない」
会話を断ち切るように、花京院は答える。
ルイズは以前の戦いから花京院を剣の達人だと思っているらしく、口は挟まなかった。それは誤解なのだが、必要がないのでそう思わせている。
しばらく、花京院と店主はにらみ合いを続けたが、先に店主が視線を逸らした。
ルイズは以前の戦いから花京院を剣の達人だと思っているらしく、口は挟まなかった。それは誤解なのだが、必要がないのでそう思わせている。
しばらく、花京院と店主はにらみ合いを続けたが、先に店主が視線を逸らした。
「ええ、どうぞご覧になってくだせえ」
「ありがとう」
「ありがとう」
短く礼を言い、花京院は店の物を物色していった。
武器屋、というだけはあり、武器の種類は豊富だ。長剣、短剣など剣以外にも、槍やら斧やら色々な武器がある。
それらをつぶさに観察してみるが、どの剣が切れるのか、丈夫なのか、花京院にはよくわからなかった。
そうしている間にも、店主は長々と語っている。
武器屋、というだけはあり、武器の種類は豊富だ。長剣、短剣など剣以外にも、槍やら斧やら色々な武器がある。
それらをつぶさに観察してみるが、どの剣が切れるのか、丈夫なのか、花京院にはよくわからなかった。
そうしている間にも、店主は長々と語っている。
「うちはこの界隈でも少々名の知れた店でね。かの有名なゲルマニアの錬金魔術師シュペー卿の剣だって置いてるんですから。魔法が掛かってるんで、鉄だってスパスパ切れまさあ。
この間仕入れた剣なんて、妖刀なんて呼ばれる品物でね、鞘をしてるのに切れただの、握った人が狂っただのって色々な噂があるほどで――」
「うるせえやい!」
この間仕入れた剣なんて、妖刀なんて呼ばれる品物でね、鞘をしてるのに切れただの、握った人が狂っただのって色々な噂があるほどで――」
「うるせえやい!」
突然、後ろから声がした。低い、男の声だ。
すぐに声のした方を見るが、そこには誰もいない。
空耳ではないようで、ルイズも不思議そうな顔で見回している。
すぐに声のした方を見るが、そこには誰もいない。
空耳ではないようで、ルイズも不思議そうな顔で見回している。
「さっきからでけえ声で、でたらめを並べ立てやがって! 聞いてるこっちの身にもなりやがれ!」
間違いない。誰かの声が聞こえる。
だが、やはり姿は無い。そこには乱雑に剣が積んであるだけだ。
だが、やはり姿は無い。そこには乱雑に剣が積んであるだけだ。
「そっちの娘っ子も坊主もさっさと家に帰りな! ここはガキの遊び場じゃねえんだ!」
「……」
「……」
花京院は積んである剣の中から一本の剣を見つけ出した。
うっすらと錆の浮いた、古い剣だった。長さはそれなりにあるが、刀身が細い。薄手の長剣である。ただし、全体的に薄汚れていて、お世辞にも見栄えが良いとは言えなかった。
うっすらと錆の浮いた、古い剣だった。長さはそれなりにあるが、刀身が細い。薄手の長剣である。ただし、全体的に薄汚れていて、お世辞にも見栄えが良いとは言えなかった。
「何ジロジロ見てやがんだ! おめえさんのひょろっこい身体じゃ剣なんて振れっこねえよ! とっとと帰りやがれ!」
花京院が呆然としていると、店主が怒鳴り声をあげた。
「やい! デル公! お客様に失礼なことを言うんじゃねえ!」
「お客様? 剣もまともにふれねえような小僧っ子がお客様? ふざけんじゃねえよ! 耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」
「お客様? 剣もまともにふれねえような小僧っ子がお客様? ふざけんじゃねえよ! 耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」
かたかたと鍔の部分を動かしながら剣が怒鳴り散らす。
奇妙な現象ではあったが、魔法のあるこの世界に、花京院の常識が通じないのは既に知っている。剣が喋ることもあるのだろう。
ルイズが剣を横目に見ながら当惑した声をあげた。
奇妙な現象ではあったが、魔法のあるこの世界に、花京院の常識が通じないのは既に知っている。剣が喋ることもあるのだろう。
ルイズが剣を横目に見ながら当惑した声をあげた。
「それって、インテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥さま。どこの魔術師が考えたんでしょうかねえ……意志を持つ魔剣、なんて言やあ聞こえはいいんですが、実際のもんはこんなもんでさあ。
ただうるさいだけのボロ剣ですよ。客にケンカは売るわ、買い主にもケチつけるわで、いっつも返品されて戻って来やがるんで困っちまいますよ……」
「そうでさ、若奥さま。どこの魔術師が考えたんでしょうかねえ……意志を持つ魔剣、なんて言やあ聞こえはいいんですが、実際のもんはこんなもんでさあ。
ただうるさいだけのボロ剣ですよ。客にケンカは売るわ、買い主にもケチつけるわで、いっつも返品されて戻って来やがるんで困っちまいますよ……」
ばつが悪そうに店主が頭を掻く。
「デル公! これ以上失礼があったら、てめえを溶かして鉄くずに戻しちまうからな!」
「はんっ、おもしれ! やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等さ!」
「言いやがったな! てめえ! やってやらあ!」
「はんっ、おもしれ! やってみろ! どうせこの世にゃもう、飽き飽きしてたところさ! 溶かしてくれるんなら、上等さ!」
「言いやがったな! てめえ! やってやらあ!」
額に青筋を浮かべながら店主がカウンターを回ってこようとした。
花京院はそれを止めた。
花京院はそれを止めた。
「喋る剣か。なかなか面白いじゃないか」
柄を掴んで、刃をじっくりと見てみる。
さびてはいるが、元は悪くはないらしく、刃こぼれはほとんどない。刀身を軽く叩いてみると、澄んだ音が聞こえた。刀身に加わる力に偏りが無い。
剣の値段を店主に尋ねようとした、その時だった。
さびてはいるが、元は悪くはないらしく、刃こぼれはほとんどない。刀身を軽く叩いてみると、澄んだ音が聞こえた。刀身に加わる力に偏りが無い。
剣の値段を店主に尋ねようとした、その時だった。
「おめえさん、『使い手』……いや、『スタンド使い』か」
剣がぽつりと、独り言のように言った。
花京院は虚を付かれ、まじまじとその剣を見つめてしまった。
花京院は虚を付かれ、まじまじとその剣を見つめてしまった。
「……お前、今何て言った」
「だってそうだろ? おめえさん、『スタンド使い』だもんな」
「……」
「だってそうだろ? おめえさん、『スタンド使い』だもんな」
「……」
訊きたいことはあるが、花京院はここでは訊くのをやめた。
何も言わずに、花京院は店主の方を見た。
何も言わずに、花京院は店主の方を見た。
「この剣はいくらだ?」
「へ、へい。五十で結構でさ。はい」
「えー。そんなのにするの? もっと綺麗でしゃべらないのにしなさいよ」
「へ、へい。五十で結構でさ。はい」
「えー。そんなのにするの? もっと綺麗でしゃべらないのにしなさいよ」
ルイズは不満そうだったが、花京院は首を振った。
この剣に訊きたいことは、山ほどある。
この剣に訊きたいことは、山ほどある。
「この剣じゃなきゃ。駄目なんだ」
「……しょうがないわね」
「……しょうがないわね」
花京院が財布を渡し、ルイズが必要な金貨を店主に払う。
店主は身長に枚数を確かめると、頷いた。
店主は身長に枚数を確かめると、頷いた。
「毎度」
店長は剣を鞘に収めてから花京院に差し出した。
「どうしてもうるさいと思ったら、こうやって鞘に入れれば大人しくなりまさあ」
「わかった。ところで、こいつの名前は?」
「デルフリンガー。俺はデル公って呼んでやしたがね」
「そうか」
「わかった。ところで、こいつの名前は?」
「デルフリンガー。俺はデル公って呼んでやしたがね」
「そうか」
花京院は頷いて、『デルフリンガー』という名の剣を受け取った。
To be continued→