ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-77

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匿名ユーザー

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彼は走っていた。
息を切らせて淡い期待に胸を膨らませながら、
その先に絶望がある事さえ知らずに走り続けた。
そして、彼はいつも終焉の地へと辿り着く。
眼前には行く手を遮る巨大な隔壁。背後からは迫り来る炎。

あの日の光景はルイズに助けられた日から今も夢に見続ける。
悪夢から覚める度に、彼はルイズの姿を探し求めていた。
そうする事で、今という時間がただの夢ではないと実感できた。

不意に世界に亀裂が走った。
そのヒビは例外なく隔壁も炎も廊下や天井にも伝わっていく。
まるで卵を落としたような乾いた音と共に、彼の目の前の光景は砕け散った。

そして彼は目覚めた。

ゆっくりと身を起こして、いつものように背筋を伸ばす。
しかし振るった身体から零れ落ちたのは藁ではなく水滴。
見渡せば、いるべきルイズの姿はなく、愕然とした表情のコルベール先生が自分を見つめていた。
状況を理解しようとする前に、彼は自身の感覚を最大限に発揮してルイズの匂いを探した。
しかし、学院の内にも外にも彼女の存在を感じられない。
それどころか学院からは溢れかえるみたいな人の気配を感じられない。
その直後、彼は遥か遠くから伝わってくる匂いに気付いた。
恐怖や苦痛、憎悪と殺意が入り混じった強い感情が放つ独特の匂い。
トリステインで戦争が起きていると彼は咄嗟に理解した。

きっとルイズはそこにいる。
それは彼女がアンリエッタの前で、
戦争になれば自分が戦うと誓ったからだけではない。
彼女は目の前の不幸を見過ごせない。
自分にその力がないと分かっていても気丈に立ち向かう。
そんな彼女だから守りたいと思ってしまう。
ルイズに救われた自分だからこそ彼女の助けになりたい。


「……………」

コルベールは無言で自分の杖を力強く握り締めた。
乱れた呼吸を整えようとも皮膚の上を伝うのは冷たい汗。
自分の行いが正しかったと思うのは偽善に他ならない。
彼にとっては主人と力ずく切り離されたにも等しい。
いや、それどころか彼を想うミス・ヴァリエールの気持ちさえ利用したのだ。
彼が私を憎むのであれば甘んじて罰を受けよう。
……だが断じてここで死ぬ訳にはいかない。

世界の危機を知っているのは私とオールド・オスマン、
そしてアンリエッタ姫殿下とマザリーニ枢機卿のみ。
もし私がここで倒れれば彼が目覚めた事さえ知らされずハルケギニアは終焉を迎える。
戦闘が起きてしまった今、国家の総力を上げて彼を倒すのは不可能となった。
しかし炎を得手とし彼の事を熟知している私なら……あるいは。

彼の一挙動に細心の注意を払いながら口元を隠し詠唱する。
コルベールの背を押したものは自分の身に負うには重過ぎる責任。
ハルケギニアの危機を前に、個人の感情を優先する訳には行かない。

………何故こうなってしまうのか?
私の魔法はいつだって守りたかった者達へと向けられる。
国の為、そこに生きる人達の為と信じ無辜の民を虐殺し、
そして今、私の杖は彼へと向けられている。
こんな事をするだけの力ならば要らなかった。
力を得ればそれだけ多くの人が救えると思っていた。
結局、増えたのは選択肢だけだった。
力が無ければ選ばなくても済んだのかもしれない。
零れ落ちそうになる涙を堪え、震える声でコルベールはルーンを唱え続ける。

その姿を一瞥して彼は動いた。
緩やかにコルベールへと歩み寄る。
一触即発とも取れる光景にシエスタは固唾を呑んだ。
どちらかが動けば間違いなく殺し合いが始まると、
実戦を知らぬ彼女でさえ理解していた。
一歩また一歩、互いの距離が縮まっていく。
これ以上近付かれればメイジの優位性は失われる。
ましてや相手は“バオー”。
万全を尽くして尚、勝ち目があるかどうか。
コルベールの逡巡も数瞬、かつての冷徹な精神が内を満たす。
未だ彼の姿は蒼い魔獣へと変貌を遂げていない。
そこに僅かな勝利の可能性を見出し、コルベールが彼を見据える。

しかし、そこに彼はいなかった。
気付けば彼はコルベールの横を通り過ぎ、開いたままの扉を目指す。
向けられた殺意を受け流し何事もなかったように歩む。
敵の排除よりもルイズの命を優先したのか、出て行こうとする彼へと視線を向ける。
そして彼も振り返り、ぺこりとコルベールにその頭を下げた。
まるで当たり前みたいに、いつもの日常が戻ってきたかのように。

彼は知っている。コルベールがどれほど自分の事で思い悩んでくれたかを。
元の世界に帰る方法を見つけ出し、考える時間まで与えてくれたのだ。
そこにどんな意図があったのかなんて知らないし必要も無い。
何があろうともコルベール先生はこの世界で出会った掛け替えの無い人の一人だ。
きっとルイズや自分、多くの人達の事を考えて決断したのだろう。
自分と同じ様に苦しみ、悩み、答えを導き出した彼をどうして責められよう。
コルベールの殺意は本物ではないと“バオー”が告げる。

“今までありがとう”とデルフがいたなら伝えられた気持ちを残し、彼はその場を走り去った。
直後。からん、と乾いた音を立ててコルベールの杖が床に落ちた。
杖を向けたにも関わらず、彼は最後まで自分を信じてくれた。
その想いを踏み躙るような真似をした自分が許せなかった。
膝から崩れ落ちて這い蹲り、堰を切ったようにコルベールは泣いた。
溢れ出した感情は抑えきれず、声と涙に変わって零れ落ちる。
その傍らでシエスタはコルベールの背に優しく手を添えていた。

慟哭が木霊する寮の中を彼は駆ける。
一刻を争う状況にありながら彼は窓から飛び出したりはしない。
思い浮かべるのは主の姿ではなく戦うであろう相手の姿。
空を埋め尽くさんばかりの船団に竜騎士、城を包囲していた無数の兵隊。
……そして最も警戒すべきワルド。

今度は勝てないかもしれない。
いや、たとえ勝てたとしてもルイズや皆を守りきれない。
守り切るには“武器”が必要だ。
あの雷でも届かない上空にいる相手を撃つ為に、
バオーが持つ武装じゃない“武器”が要る。

そして彼は走った。
その条件に適合する物、それが眠る場所へと。


「どうしてこう行く先々で敵と遭遇するんだろうね、僕は」
「案外、戦運があるのかもしれませんね」
「………どこが?」

新たに作った塹壕に隠れながら目の前を横断していく敵兵の列を眺める。
途切れる事なく続く果てない縦列にギーシュは深い溜息をついた。
確かに敵軍と交戦せず迷子になって帰還する指揮官よりはマシだろう。
だけど、これを戦運と呼ぶのは何かが間違っている。
アルビオン軍の鉄砲隊はまだこちらに気付いていない。
今、一斉射を浴びせればそれなりに損害を与える事が出来るだろう。
……だけど、そこでお終い。
残された敵兵はこちらを圧倒する数で塹壕を包囲して殲滅する。
足止めにはなっても此処から生還する事は叶わない。
思い悩むギーシュにニコラは続けた。

「いや、あの連中と戦わずに済むんですから幸運ですぜ」
「……副長?」
「このまま見逃しちまえば生き残れる。
そりゃあ、あそこに残った連中は皆殺しにされるかも知れねえ。
だけど背後で補給線を断っちまえば鉄砲隊も干上がる。
結果、左翼は突破されずに戦線も維持できる」

それは魅力的な提案に聞こえた。
決して抗命行為ではない、運悪く敵と遭遇しなかっただけ。
加えて、敵の補給を断つという戦功を上げるのだ。
むしろ賞賛されて然るべき行動だ。

………だけど。

静かにギーシュは右手を上げた。
それは攻撃の為の準備を告げる無言の指示。
この腕が振り下ろされた瞬間、一斉にアルビオン軍へと仕掛ける合図。

「呪うなら無能な上官に当たった君の不運にしてくれ」

眉を顰めるニコラにギーシュが口元を緩ませて話しかける。
しかし、その表情は引き攣りおよそ笑顔には遠い。
ここから走って逃げ出したいほどギーシュは脅えていた。
それでも逃げ出せば何かが確実に終わってしまう。
ギーシュ・ド・グラモンではいられなくなる。
今まで築いてきた物や得た物が何も残さずに全て消える。
きっと、それは死ぬ事よりも遥かに恐ろしい。

「悪いが、あんな端金で命を捨てる義理はねえ」

そう言ってニコラは手にした銃の火縄に火を点した。
そして銃口をギーシュの眼前に突き付けると彼の顔を覗き込んだ。
未だに恐怖に震えながらも眼光は曇っていない。
銃で脅そうとも揺るがない決意がそこにはあった。
一層深い溜息をつきながら、銃口を外してニコラは続けた。

「……終わったら一杯奢ってもらいますぜ。
そうじゃなきゃ、いくらなんでも割に合わねえ」
「ああ。僕も何もかも片付いたら一杯やりたい気分だ」

互いに笑みを浮かべながら二人は同意するように頷きあった。
それは先程みたいな顔を歪ませるだけの表情ではない。
本当に心の内より沸き上がる笑い。
高々と掲げたギーシュの腕が振り下ろされる。
銃口から一斉に放たれた鉛玉は目前の縦列へと降り注いだ。


「立て! 倒れたなら焼き払われる故郷と家族の姿を思い浮かべろ!
まだ動けるだろう!? 込み上げる怒りがその身を突き動かす筈だ!」

アニエスが檄を飛ばしながら倒れた兵を引き摺り起こす。
一時は拮抗していた砲撃戦も限界が迫っていた。
いかに気迫で勝ろうとも撃たれれば人は死ぬ。
精神力では覆せぬ物量差がそこにはあった。
辛うじてアニエスが最前線に立つ事で保たれた戦線。
その各所では沈黙した大砲の姿が幾つも窺える。
砲手を失ったからばかりではない。
最大の原因は火の秘薬の不足に他ならない。
いくら砲と弾を回収できたとしても、
艦に積まれた火の秘薬の大半は引火により失われていた。
用意できた砲に比べ火の秘薬の量は絶望的なまでに足りなかった。

だが、それでも撃ち尽くすまで彼女は戦い続ける。
アニエスの視線の先には、アルビオン軍の鉄砲隊を食い止めるキュルケ達の姿がある。
迂回した部隊が奇襲にあった事を知り、残存部隊も正面突破を図ろうとしてきたのだ。
ギーシュや彼女達は自分を信じて敵の侵攻を阻止してくれている。
その中にモット伯が混じっている事を複雑に感じながら、アニエスは懸命に応えようとした。
誰も頼れる者もなく戦い続けてきた彼女にとってギーシュ達は紛れも無い“戦友”だった…。

「気を付けて! 連中の銃は射程が桁違いよ!」
「心配無用! こちらはトリステインの最新鋭!
先程までの火縄銃と比べてもらっては困るな!」

敵の銃口に身を晒したモット伯が吼える。
その前方では整列した鉄砲隊が向かってくる敵に備える。
届きさえしないであろう距離で銃を構える敵兵に、モット伯は口元を歪めた。
やはり頭数を揃えただけの連中か、この距離で撃って当たる筈など……。

瞬間。自慢の髭を掠めた弾丸が彼の余裕を打ち砕く。
弾けるように塹壕に潜り込むと一瞬前の出来事を思い出して震え上がる。
そんな彼に呆れた顔でキュルケが話しかける。

「だから言ったじゃない。射程が違うって」
「こっちは最新鋭の火器だぞ? それでもか!?」
「まあ最新っていってもトリステインのじゃ高が知れてるけどね」

そのキュルケの無神経な一言がカチンとモット伯の癇に障る。
彼女の言う通り、工業力でトリステインが他国に劣っているのは事実だ。
しかし歯に衣着せぬキュルケの言い方にモット伯は大人気ない怒りを覚えた。

「それにしても、アレは一体どこの技術で作られた物だろうか?
少なくともゲルマニアなんかには絶っ対に作れないと私は思うのだが。
君はどう思うかね、ミス・ツェルプストー?」
「おほほほほ、面白い事をおっしゃいますわ。ミスタ・モット。
それを言ったらトリステインなんかドがつく田舎じゃありません事?」
「はっはっは。それは伝統と風情というものだよ、野蛮人には分からんと思うがね」

丁寧な口調に乗せて行なわれる毒の応酬。
この非常時によくそんな余裕があるものだと主の器に感心しながら、
フレイムが突出してくる兵士達をブレスで牽制する。
だが、それも長くは保たない。
炎の吐息とていつまでも続けられるものではないし、
相手が多少の犠牲を覚悟で踏み込んでくるなら無意味となる。
どうにか足止め出来ている今の内に何らかの策を立てる必要がある。
そして期待の入り混じった目で見つめた主人は、
いつ終わるとも知れない口喧嘩をまだ続けている。
気付けばフレイムの口から漏れていたのはブレスではなく溜息だった。


「大体! お金も無いのにどうやって兵隊なんか集められたのよ!?
借金できるほど社会的な信用も無いでしょ? まさか悪事に手を染めたんじゃ……」
「……本を売ったのだよ」

キュルケの杖の先端がモット伯に向けられる。
しかし、それを平然と受け流してモット伯は言い放った。
突然の返答にきょとんとキュルケは目を丸くした。
本というとデルフが売りつけた『異世界の書物』の事だろうか?
戸惑う彼女に、髭を弄りながらモット伯は続けた。

「『異世界の書物』と私の半生を注いだ蔵書のコレクションの大半を、
他国の好事家に破格の値で買い取ってもらった。私の時と同じ手練手管でな」

その全てを注ぎ込んで彼は兵と装備を揃えたのだ。
私財を投げ打ってのモット伯とは思えぬ献身的な行動にキュルケは唖然とした。
どこか頭を打ったのではと心配そうに見つめる彼女の視線。
それを“私に気があるのでは?”とモット伯は好意的に解釈した。
しかし残念な話だが、モット伯は彼女の中の男性というカテゴリーに含まれていない。
オホンと一息入れて彼は照れ隠しをするように告げた。

「この戦にはトリステインの命運が懸かっている。
国が無くては権力に縋るばかりの我々は生きていけないのだ。
それに生きてさえいれば、いずれは買い戻せる」
「いずれは……って半生かけた代物でしょ!?」
「その通り。ならばもう半生かけて取り戻すまでだ」

そう言い放つモット伯の姿はどこか清々しいものだった。
彼は多くの物を失った、だけど代わりに“何か”を得たに違いない。
それはモット伯の退屈で、つまらなかった人生を覆す大きな転機。
あるいは気付いていないだけで私も変わったのかもしれない。
ルイズと彼女の使い魔との出会いによって……。

「モット伯」
「ん? 何かね?」

まさか愛の告白ではあるまいな?とモット伯が緩んだ顔を向ける。
しかし、キュルケの口から漏れたのはそれ以上に彼を喜ばせる言葉だった。

「もし、お互い生きて帰れたらツェルプストーに伝わる家宝を差し上げますわ」
「まさか…! それは例の!?」
「はい。お望みの『異世界の書物』ですわ」
「ほ、本当だな! 後で“やっぱり嘘”とか無しだからな!」
「勿論。己が身を省みず国を救った英雄ともなれば、本を譲った所で家名は傷付かないもの」

モット伯が拳を掲げて感動に打ち震える。
今の彼の眼には舞い降りてくる妖精達の祝福さえ見えているのだろう。
しばらく硬直していた彼だったが杖を手に取り気炎を上げた。
そして兵達に指示を飛ばしながら揚々と敵兵に立ち向かう。
その瞳には燃え上がる闘志さえも感じられた。

「この戦! 必ず勝つ!」

その背を眺めながらキュルケは深い溜息をついた。
あんな本の為に決死で戦う羽目になる兵士達の姿を思い浮かべて、
彼女は自分が悟った“世界の真実”を口にする。

「男って……本当にバカばかりよね」


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