ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

6 本当の犠牲者 後編

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匿名ユーザー

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 タバサが杖を振って合図を送ると、シルフィードが高く鳴いてゆっくりと高度を落としていく。今の鳴き声で地上の王党派の軍もルイズたちの姿に気が付くはずだ。
 距離が離れているうちに白旗を見せておかなければパニックになるかもしれない。そんな配慮をしたのは、父親が元帥であるギーシュだった。
 それが功を成したのか、ルイズたちが地上に降りた頃には偉そうな態度を取る大柄な男が一人、出迎えに現れていた。
 恐らくは、前線を仕切っている仕官だろう。熊を殺すために作られたような金属の杖を手にしている姿は、威圧感に満ち満ちていた。
 杖を持っているということはメイジに違いないのだろうが、どちらかと言えば斧でも奮ってドラゴンと戦っていたほうがしっくり来るような外見だ。トロル鬼と素手で殴り合いをしても勝てるのではないか。そんな印象を抱いてしまうほどの巨体だった。
「何者か」
 外見に似合った低い声で杖を突きつけてくる男に、ルイズは一歩前に出て優雅にお辞儀をする。
「わたしはルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールと申します。アンリエッタ王女の命により、トリステインより参りました。ウェールズ皇太子にお届けしなければならない手紙を預かっております。お取次ぎ願えませんでしょうか」
 ウェールズ皇太子という言葉に、男は表情を固くした。
 内戦の当初より主な将校は貴族派に寝返っているため、王党派には将官が少ないのだ。王たるジェームズ一世も老いが原因で戦場に立てない以上、王党派の実質的指導者はウェールズということになる。
 そんなトップに立つ人物に突然会いに来たと言われても、一介の仕官がどうこうできるはずがない。
 男は近くに居た兵の一人を伝令として後方に聳える城へ向けて走らせると、杖を突きつけたまま岩のような顎に生える苔のような髭を乱暴に撫で付けた。
「まずは、お前達の身分を証明できるものを提示しろ。でなければ、ここを通すわけにはいかん」
 そんな問いかけに、ルイズは眉尻を吊り上げた。
 大方、伝令が適当な人物を連れてくるまでの暇つぶしなのだろう。しかし、この問いかけに返せるものがなければ、ルイズたちは本当に追い返される可能性がある。
 この問いかけは、ウソのようで本気なのだ。
 どのような人物であれ、組織のトップと会いたいというのだ。厳格な審査、と言えるかどうかは分からないが、それなりに厳しい目でルイズたちの正体を見極めようとするだろう。
 下手を打てば、任務は失敗に終わる。最後の難関とも言える場所だった。
 だが、そんな事情を察しきれない人間もいる。
 ヴァリエールの名前を出してなお身分の証明を求められたルイズだ。
「あ、アンタ、ヴァリエールの名前を知らないの!?トリステインのヴァリエール公爵よ!聞いたことくらいあるでしょう!!」
 先程の優雅なお辞儀を台無しにする一声に、男が元々深く刻まれていた眉間の皺を更に深くする。
「ちょ、ちょっとルイズ!」
「ツェルプストーは黙ってて!公爵家の三女として、この無知な馬鹿に一言……」
 止めるキュルケを押し退けたルイズが怒りを顕わにして前に踏み出そうとする。だが、それを遮るように男は突き出した杖を地面に思い切り叩き付けた。
 轟音というよりは爆音だ。大砲が耳元で鳴らされたような衝撃が全身を駆け抜け、地震と錯覚しそうな振動が足から伝わってくる。
 杖が振り下ろされた地面は陥没し、土が舞い上がっていた。
 どれほど重厚な鎧に身を包んでいても、まとめて挽肉に変えられそうな一撃だった。
 苛立った様子の男は地面にめり込んだ杖をゆっくりと持ち上げて肩に乗せると、見ただけで幼い子供が心臓発作を起こしそうな威圧感のある鬼の形相を浮かべて、太い眉毛の下にある小さな瞳をルイズに目を向けた。
「ヴァリエールの名前なら、オレだって聞いたことくらいはある。だが、テメエらがその名前を騙っていないという証拠はねえだろうが。どうだ、なにか間違ってるか?」
 身の毛もよだつあまりにも恐ろしい顔だったので、反論することも出来ずにルイズは激しく首を横に振った。直接睨まれたわけでもないキュルケやタバサも顔色を青くし、ギーシュと才人はガタガタと体を震わせる。
 そんなルイズたちの様子を見て鬼の形相に笑みを加えた男は、肩にかけた杖をもう一度ルイズたちに突きつけて、尋ねた。
「で、証明となるものは持ってるのか?」
 慌ててルイズは服の上からポケットを探り、懐を探り、マントを翻してそれっぽいものを探し始める。キュルケやタバサ、ギーシュも男が納得しそうなものを探しているが、目ぼしいものは見当たらなかった。魔法学院の生徒であることを示すタイ留めならどうだろうと、アルビオンに入国した際の検問を思い出してギーシュが言い始めたが、男にあっさり却下された。
 裏市場ではそういったものも時々出回るらしい。証明としては不十分のようだ。
 これならどうだろうと手持ちのものを見せるたび、男の機嫌は悪くなっていく。
 もっと決定的なものを提示しなければと焦るほど緊張が増し、手元が狂う。財布の中身を地面にぶちまけて涙目になってきた頃、ルイズたちの耳に最近やっと聞き慣れるようになった幻獣の翼の音が聞こえてきた。
「どうしたんだい、ルイズ」
「あ、ワルド!」
 やっと追いついてきたワルドがグリフォンの上から声をかけて来た事で、ルイズの目がこれ以上ないくらいに輝く。
 腐っても魔法衛士隊隊長だ。学生であるルイズとは違い、こういう場での対応というものを知っているはずである。
 藁にも縋る思いで歓迎ムードを漂わせたルイズたちに、てっきり無視されるのかと思っていたワルドは戸惑いながらも頼られていることを認識し、颯爽とグリフォンから下りて男の前に躍り出た。
「誰だ、テメエ」
 鬼のような男から鉄の杖を向けられて少し仰け反るも、ワルドは軍隊で仕込まれた度胸を武器に胸を張って自己紹介をした。
「トリステインの魔法衛士隊グリフォン隊隊長、ジャン・ジャック・フランシス・ド・ワルドだ。連れがなにか粗相をしたようだが、良ければ事情を聞かせて貰え……」
 また地震が起きた。
 気取った態度だったために体勢が不安定だったワルドは、全身に駆け巡る衝撃と振動に足を取られて尻餅をつく。
 男は、今までよりも更に不機嫌な様子でワルドを睨みつけていた。
「だからよ、テメエの身分を証明するようなものを提示しろって言ってんだよ。トリステインじゃ顔が証明になってるのか?だったら、俺にも分かる顔引き摺って出直してこいや!」
 ぶん、と無骨な杖を振り上げた男に、ワルドは慌てて腰に差したレイピア状の杖とグリフォンの刺繍の入ったマントを取り外すと、懐から羊皮紙を一枚取り出して突きつけた。
「な、ま、待て、待て待て!身分証明なら、ほら!この杖と、マント。それに、グリフォン隊隊長として権利を行使するために賜わった書状もあるぞ!これなら、僕の身分を証明できるはずだ!」
 やっとまともなものが出てきたと、少しだけ表情が落ち着いた男がワルドの差し出した書状を受け取り、内容を読み始める。杖とマントは魔法学院のタイ留めと同じで似たような物があるらしい。やはり却下された。
「……あー、なんだ。この最後に書かれているトリステインって名前はなんだ?」
 理解できない部分があったらしい。
 指で指し示された部分をワルドが確認すると、ああ、と声を出して頷いた。
「前王が亡くなったために、代役としてマリアンヌ王妃が署名するはずだったところだな。残念ながら、ちょうど王妃は前王を失った心労から職務に手を付けられず、更なる代役として枢機卿がサインを入れたのだ。ただ、そこには王の名前を入れる必要があるものの、枢機卿は王ではないから、代役であることを示すためにトリステインの名を借りて……」
「だったら却下だ」
 ぽい、と放り投げられた書状をワルドは慌てて受け止めて、怒りを顕わにした。
「なにをする!これは王より賜わった大切な書状だぞ!」
「だが、サインは王のものじゃねえんだろ?」
 男の言葉にワルドは言葉を詰まらせ、拳を握り締める。
 確かに王のサインこそ入ってはいないが、これも立派な任命書だ。どこに出しても恥ずかしくはない。だが、それでこの男が納得しないのであれば、あまり意味はなかった。
 なんとも格好の悪い敗北に納得がいかないのか、男に向かって睨みつけるものの、どうにも迫力がありすぎる凶悪な顔にたじろいでしまう。
 正面からぶつかったら、どうやっても勝てそうにないのだ。スクウェアクラスのメイジなのに。
 完全に負け犬の表情で戻ってきたワルドを一瞥して、ルイズは目を細めた。
「貴方に期待したわたしが馬鹿だったわ」
「め、面目ない……」
 あまりにも冷たいルイズの言葉にワルドは肩を落とす。
 扱いが酷いような気もするが、任務中の失敗が重なりすぎて文句も言えない。年甲斐もなく泣きそうだった。
 だが、最後の頼りだったワルドがダメとなると、ルイズたちには残された手段はない。懐に仕舞った手紙に花押は押されているが、この分では難癖を付けられて却下されそうな勢いだ。
 顔を寄せ合ってどうしたものかと相談を始めるルイズたちを、男は徐々に不審なものを見るような目で見始める。
 そろそろ限界が近いようだ。
「証明になるものはねえのか?ないならテメエらを追い払うかこいつの錆びにするか、どっちかなんだが……」
「あ、いえ、もうちょっと待って!何とか探してみるから!」
 剣呑な雰囲気を帯びて杖を振り始めた男をなんとか宥めようと、ルイズが震える声で訴える。
 だが、あまり時間は残されていない。そろそろ伝令が上の人間を連れてくる頃だ。それまでに男もルイズたちの身の証明をしなければならない。
「ちょっと、キュルケ!あんたなんか持ってないの!?いつも自慢げに家宝とか見せびらかしてたじゃないの!」
「そういうルイズこそ、ヴァリエールヴァリエールって、しつこいくらいに言ってるんだから何か持っていてもいいはずでしょ!」
「ミス・タバサ……は期待はできそうにないね。僕もこの薔薇くらいしか僕を証明するものなんて持ち歩いていないみたいだ。なんとも情けない話さ」
「……貴方は?」
「俺?俺はそもそも貴族じゃねえしなあ。おいデルフ、なんか良い案はねえのか」
「相棒。貴族や平民どころか、剣でしかねえ俺になにを期待してるんだ?身の証明なんて面倒臭いもん、俺に出来るわけねえだろ」
 それぞれに言葉を交わして男を納得させるものがないかを探すものの、それらしいものは一つも出てこない。次第に相談が口論に発展し、最初から喧嘩腰に近かったルイズとキュルケが掴み合いを始めた頃、とうとう男が痺れを切らして杖を掲げた。
「ようし!なにも出てこないみたいだから、テメエらは今この瞬間に訪問者から不審者に格下げだ!そして、戦場に現れる不審者は敵のスパイと相場が決まってる。なら、やることは一つだよな?」
 鉄の塊にも見える杖を軽々と振り回し、体を温め始めた男を見てルイズたちは顔を真っ青にした。
 かつてないほどの命の危機だ。明確な殺意がぷんぷんしていて鼻が曲がりそうだった。
「いや、待って!待ってったら!あと十分!!」
「寝起きの悪いガキみてえなこと言ってんじゃねえ!往生せいや!」
 振り上げられた杖が豪腕をもって振り下ろされる。
 魔法を使わないメイジという、新しいタイプの戦士が誕生した瞬間かもしれない。
 ルイズたちは口々に悲鳴を上げ、両親に祈りの言葉をありったけ並び立てて来るであろう痛みに備えて目を固く閉じる。
「…………あれ?」
 だが、鉄の塊がルイズたちを襲うことは結局無かった。
 状況を把握しようと恐る恐る目を開くと、ルイズの額まで手の平が三つ挟める位置に鉄の塊が迫っているのが見えた。
 心臓が悲鳴を上げて、思わず息を呑む。
 しかし、鉄の塊は振り下ろされるどころか、ゆっくりと持ち上げられていた。
 杖を振るった男が腕を引いているわけではない。誰かが、魔法で杖を移動させているのだ。
 ホッと一息つくルイズたちが命の有り難味を存分に味わったとき、その魔法を使った人物が声をかけてきた。
「申し訳ありません。部下が勝手な真似を……」
 そう言ったのは、大柄な男の傍らで杖を構えた老人だ。
 貴族というよりは、使用人に近い衣装に身を包んだその人物は、視線を送って男を下がらせると、ルイズたち向けて謝罪をするようにお辞儀をした。
「トリステインからの客人に無作法を働いたことを、彼の者に代わって謝罪をさせていただきます。大変申し訳ない」
「いえ……その、わたしたちも確かな身の証明となるものを持ち合わせていなかったのが悪いのです。急ぎだったとはいえ、迂闊でした」
 ルイズが恐縮してお辞儀を返すと、老人はにこりと笑った。
「ラ・ヴァリエール家のご息女とお聞き及びいたしました。わたしの名はパリー。ウェールズ殿下の侍従を仰せつかっております。ようこそ、戦乱の地アルビオン王国へ」
 そんな紹介に、後方に居たキュルケたちもお辞儀をする。
 パリーの最後の言葉は皮肉を交えたジョークなのだろうが、それを笑うにはルイズたちは戦慣れしていない。それが逆にパリーには好印象だったのか、笑みを深めて城への道に案内を始めた。
 それについて歩き始めるキュルケたちだが、ルイズは一人足を止めたままにすると、パリーの後姿に疑問を投げかける。
 ルイズたちは身の証明をする審査に不合格の烙印を押されたはずだ。それなのに、城へと案内するというのはどういうことなのだろう。
 パリーはルイズがヴァリエール家の息女であることを信じているようだが、ルイズはまだそれを証明していない。
 アレはただの演技だったのか?
 それなら酷い話だ。侮辱と言い換えてもいい。ルイズたちが子供でなく、ワルドが幾度も失敗を繰り返して落ち込んでいなければ大騒動を起こしていただろう。
 身分証明一つ持ち歩いていないのは問題ともいえるが、もともとそういう習慣がハルケギニアにあるわけではない。審問に当たった男の対応は、あまりにも厳しいように思えた。
 そんなルイズの問いに、パリーは意外そうな顔でルイズの顔を見つめると、視線を落として日の光を受けて鮮やかに光る宝石に目を向けた。
「ラ・ヴァリエール様は確かな身の証をお持ちですよ。右手の薬指につけた水のルビー。それは我がアルビオンにも伝わる始祖ブリミルの秘宝の一つ。王女殿下の指にあるはずのそれが貴女の手元にあるのです。盗まれたという話を聞かない以上、貴女はアンリエッタ王女より直接国宝を受け取れる身分であることの証明。これ以上の身の証はないでしょう。アンリエッタ王女も、それを知っていて貴女にそれを預けたのでは?」
 才人を除いた、この任務の同行者全員の視線がルイズに突き刺さる。なんでそれを前に出さなかったのかと責める視線だ。危うく殺されかけたのだから、怨まれても仕方ないだろう。
 だが、そんな目を向けられてもルイズにはどうしようもない。本当に知らなかったのだ。自分が嵌めている指輪が国宝だったなんて。
 アンリエッタから託されたときの言葉を思い出して才人が一人顔を青くし、ルイズは向けられた視線を誤魔化すように曖昧に笑う。
 まさか、売り払って旅の資金にあててください。なんて言われていたことを話すわけにもいかない。だが、同時にお守りとして渡されたことを思うと、確かにご利益があったようだ。
 姫様、感謝いたします。でも、そういうことは事前に言っておいてください!
 長年の友情を培ってきた幼馴染の王女にそんな言葉を心中でぶつけながら、ルイズは今後アンリエッタの頼み事を聞くときはホイホイ乗っからず、詳細な計画を立てて望むことを始祖ブリミルに誓うのだった。

 ニューカッスルの城は、つい最近まで敵の砲火に晒されていたらしく、城壁のあちこちに大きな穴が開いて悲惨な様相を見せていた。砦の数が防備を固めるほうに人手が割かれたのだろう。修繕は後回しのようだ。
 城内も調度品の類は全て取り除かれ、その代わりに剣や槍といった実用品が纏めて立てかけられている。メイジ用の杖の予備も相当な数が揃っているようだ。だが、使う者の数が圧倒的に少ないようで、それらは手入れもされずに放置されていた。
 やはり、兵の数が足りないのだろう。
 ルイズたちはパリーに案内されて謁見の間に向かう途中、廊下を歩く騎士達の愚痴を幾つも耳にした。
 雇った傭兵が逃げた。居るはずの騎士の姿が見えない。情報が筒抜けになっている。裏切り者が出た。などなど。
 敗戦の色は濃厚で、いまさら覆せるものでもないらしい。士気の低下も著しく、パリーもそんな愚痴を聞いているはずなのに、特に咎めるようなこともしなかった。
 謁見の間に入り、砕けたガラスの散らばる広間の向こうに年老いた王の姿を見つけると、ルイズたちは揃って跪こうとする。だが、他ならぬ王がそれを止め、挨拶も必要ないと言って弱弱しく笑った。
「このようなところで膝をつけば肌を傷つける。麗しき大使達に、その様な真似はさせられぬよ」
 床一面に散らばったガラスは、本来は日の光を入れるための窓を飾っていたものだろう。大砲の衝撃で割れたのか、空の色をそのまま通す窓には無事なものは一つも無かった。
 一歩足を踏み出すたび、踏みつけたガラスが割れる音がする。それが王党派の現状を表していると思うと、ルイズは無性に悲しくなった。
「手紙を、こちらへ」
 枯れた声でジェームズ一世が手を伸ばしたのを見て、ルイズは懐からアンリエッタから託された手紙を取り出す。
 ふと、封蝋に押された花押を見て、王に渡して良い物かと考えを巡らせた。
 これは、ウェールズに宛てた手紙だ。本人に手渡さなければならない。
 そう思ったのを見破られたのか、ジェームズ一世は力なく笑うと、伸ばした手を下ろして深く玉座に座り直した。
「ウェールズなら、ここにはおらん」
 目が虚空を見つめていた。
 王の言葉がどういう意味なのか分からずに呆然とするルイズたちを、パリーが悲しそうに眺める。酷く、疲れた様子だった。
「それは、どういうことでしょうか」
 ワルドが一歩前に出て尋ねると、ジェームズ一世の視線がルイズたちのほうに戻ってきた。
 パリーと同じように、王も疲れているようだった。
「ウェールズは……我が息子は行方不明なのだ。敵の補給路を断つべく船を動かしてから、それきり。同じ船に乗っていた者達の話では、商船を襲った際に奇妙な格好の男の人質にされて逃げられたそうだ。追撃しようにも敵の軍艦が多く、諦めるしかなかった。そう聞いておる」
 恐らく、もう戻ってはこんだろう。
 そう呟いて、アルビオンの王はガラスの嵌まっていない窓に目を向けた。
「そんな……ウソですよね?」
 肩を震わせ、渡す相手のいない手紙を握り締めたルイズが首を横に振る。
 パリーが皺が深くなる顔を撫で付けた。
「あなた方を審問した男が必要以上に厳しかったのは、殿下が敵の手に渡ったと聞いておったからです。ああ見えて、我が国の衛士達を率いておる人物でしてな。船酔いが酷くなければ殿下と共に空の兵の一員となっていたでしょう。殿下が行方不明になったと聞いた昨晩など、酷く泣き腫らしていた様子でございました」
 ルイズ達に厳しく当たったのも、外から来る報せが最悪なものである可能性ばかり思い浮かぶからだ。
 敵の手に渡った王子がどのような目に合うのかなど、言われなくても分かる。
 人道的な扱いを受けている可能性は限りなく低く、五体が満足であれば奇跡といったところだろう。散々痛めつけた後は身代金を要求してくるか、或いは首だけになった姿を大衆に晒すかの二つに一つだ。王権を乗っ取り、新しく体制を敷こうとする者たちにとって、前代の支配者の直系など邪魔でしかない。
 何時のそんな話が飛び込んでくるのか、ウェールズを慕うものにとっては気が気ではないはずだ。
 助けに行きたいという感情と、どこに行けばいいのかという戸惑い。それらが鬩ぎ合い、強いストレスを溜め込み続けることになる。
 そう考えれば、ルイズたちに向けられた鉄の杖の意味が分からなくもない。
「済まぬな。このような遠い場所へわざわざ足を運んでもらいながら、余は諸君らに目的を達成させてやることも、歓迎の宴を開いてやることもできん」 
 いつの間にか視線を戻してルイズたちを見ていたジェームズの言葉に、ルイズは目頭が熱くなるのを抑えて手の中で潰れてしまった手紙を見つめる。
 まだ、任務は終わっていない。
 アンリエッタが送ったという手紙をウェールズは肌身離さず持っていたかもしれないが、もしかしたらどこかに隠していた可能性もある。
 一抹の望みをかけて、ルイズはジェームズに向かって足を動かした。
 手が何とか届くかという位置に立って赤い絨毯の上に散らばるガラスも気にせずに跪いたルイズは、形を変えてしまった手紙を軽く伸ばし、それを王に差し出した。
「……これを、お渡しします。ウェールズ様に渡すようにと言われましたが、本人が居ないのであれば仕方ないでしょう。恐らく、姫殿下もそれを望まれるはずです」
 ルイスはそう言いながらも、アンリエッタはこの手紙を他の人には見られたくないだろうと思った。書かれている内容は、恐らく、以前送ったという手紙に勝るとも劣らないもののはずだからだ。
 それでアンリエッタが自分を処罰するのなら、謹んで受け入れよう。
 そうすることが、自分の責任ではないかと考えていた。
「良いのか?」
「はい」
 くしゃくしゃになった手紙を受け取ったジェームズが確認するように尋ねる。それに迷うことなく頷いて、ルイズは仲間の下へと戻った。
 封を切り、中から便箋を取り出したジェームズは、その内容を老いた目でゆっくりと読み進める。握り締めたために読み辛いはずのそれを微笑ましく眺め、文の終わりに近付くに従って少しずつ表情が崩れていった。
 老いた顔に刻まれた皺が増えたような気がする。
 手紙を読み終えたジェームズは、丁寧に便箋を封筒の中に仕舞うと、長い溜息をついて天を仰いだ。
 疲れが増したような姿に、ルイズたちは何も言えず、ただ立ち尽くす。
「あの、バカ息子が。なぜ早く言わなかった。消え行く王族の誇りなど、海の底にでも沈めればよかったのだ……」
 僅かに聞き取れたそんな呟きに、ルイズは反論したかった。
 この任務の途中で迷惑を受けた者達が居る。命を落とした者達が居る。そんな人々の思いを背負って、それでも前に進むのだと決めた。それが、貴族の義務だと。
 だが、目の前の王はそれを否定しているように見える。あの呟きは、力あるものの責任を放棄する言葉だ。許せるはずがない。
 なのに、ルイズの口は石で固められたかのように動かなかった。
 ジェームズの小さな呟きが、ルイズの思いよりも遥かに大きく、重い気がしたのだ。
 何が正しくて、何が正しくないのか。
 せっかく生まれた覚悟が、あっという間に突き崩された気分だった。
「パリー。大使殿をウェールズの部屋へ。どうせ戻らぬものの寝床だ。そこにあるものは好きにしてかまわん」
「かしこまりました」
 パリーがお辞儀をしてジェームズの下を離れると、ルイズたちを横切って入ってきたときに使用した扉を開け放つ。
「どうぞ、こちらへ。殿下の居室へご案内いたします」
 その言葉に従ってルイズたちはジェームズ一世に恭しく礼をして、踵を返した。
「待たれよ」
 ジェームズ一世の声が謁見の間に響く。
 振り向くルイズたちに杖を取り出したアルビオンの王は、手元にあった手紙を軽く宙に放ると、杖をついと動かして魔法をかけた。
「手紙を返そう。それは、ここに置いておいて良いものではない」
 宙を舞ってルイズの手元に戻ってきた手紙を一瞥して、王は手を振る。
 ルイズは再びお辞儀をして、謁見の間を後にした。
 蝶番が軋みを上げてゆっくりと閉じられる扉。厚みのあるそれは、人の声を遮るには十分なはずなのに、今は頼りなく思える。
 心臓を鷲掴みにするような悲鳴のような慟哭が、扉を伝ってルイズたちの下に届いている。
 それに足を止めることなく、トリステインからの大使達は足を動かした。

 城の一番高い天守の一角にあるウェールズの居室は、王子のものとは思えないほど質素なものだった。
 木で出来た粗末なベッドに、椅子とテーブルが一組。壁には戦の様子を描いたタペストリーが飾られている。後はボロボロの地図と、使い古されたペンが机の上に放り出されているくらいだ。他に目に付くものといえば、溜まった埃くらいだろう。
 最初に部屋の中に入ったキュルケがベッドの上に乱暴に腰掛けて、煙のように舞い上がった埃に激しく咽ていた。
「管理をする使用人達は、もう暇を出して城を脱出させました。今夜の便が最後です。皆様はそれにお乗りになって帰られると宜しいでしょう」
 唐突なパリーの言葉に一同の視線が集まる。
「決戦ってやつか?」
 シティ・オブ・サウスゴータに集まっていた貴族派の軍勢を思い出して才人が尋ねると、パリーは笑顔のまま頷いた。
「今朝方、敵が通達を出してきました。明日の正午、ニューカッスルに総攻撃をかけると。戦力差が開き過ぎておりますからな。篭城しても、日没まではもちますまい」
 まるで前日の夜に食べた献立のことを話すような軽い口調でそんなことを言うパリーに、才人は不満そうに表情を歪める。
「恐くは、ないんですか?」
 予想していた質問なのだろう。パリーは才人に向き直って首を横に振ると、背筋を伸ばして天井を見上げた。
「わたしは、この通りの年齢でございます。放って置いても寿命で命を落とすでしょう。しかしながら、この城に止まっておる兵達は違います。皆、いつ訪れるか分からぬ死の恐怖に怯える毎日を過ごしておるはずです。このような老いぼれですら、時に身震いするのですから、その恐怖たるや、想像を絶するかと」
「なら、逃げるという選択肢はないのかしら。船は出られるんでしょう?」
 キュルケが口を挟むと、パリーはまた首を横に振った。
「行き場がありませぬ。亡命すれば、受け入れてくれた国に迷惑がかかります。内憂を払えぬ王家に存続する資格はない。それが王の意思でございます」
「このまま滅びるのを待つというのですか」
 今度はギーシュが言葉を発した。これにも、パリーは首を振る。
「敵はハルケギニアの統一や聖地回復などという、妄言を垂れ流しております。とすれば、必ずや他国にも迷惑をかけるでしょう。だからこそ、ここで我々が寡兵でもって彼奴らに苦渋を舐めさせ、王家は容易い相手ではないと思い知らせる必要があるのです」
「援軍を求めないのですか?ガリアやゲルマニアは動かなくても、トリステインなら……」
 次はルイズだった。だが、やはりパリーは首を振った。
「此度の戦いは内戦です。それも、恐らくは敵の後方に何処かの国が付いております。我々がニューカッスルの周辺を奪還できたのは、後援する国になにか騒動があったからでしょう。それも一時的なもの。援軍を要請して他国の介入を許せば、戦争が泥沼化します。アルビオンは長き戦火に飲まれることになるでしょう。民を苦しめるようなことは、出来ませぬ」
 パリーの言葉に、それぞれが沈黙して顔を俯かせる。ワルドはやり取りの結論が既に見えていたのか、黙ったまま窓の外を眺めていた。
 一人、参加しなかったタバサが唐突に手を上げると、パリーはにこりと笑って質問を促した。
「ウェールズ皇太子が無事に生きていたら、どうするの」
 いつものように感情の読み取れない表情でのタバサの言葉に、流石のパリーも動揺する。
 口をパクパクと動かしたかと思うと、ぐっと手を握り、首を振る。
 戦争だからと言って、何もかも割り切れているわけではないようだった。
「……お戯れを。報こそ入ってはおりませんが、望めぬ話でしょう。王には知らせておりませんが、殿下を拉致した船は敵の手中にある軍港ロサイスに向かったと聞きます。敵陣の最中に送られて逃げられるとは思えませぬ」
 どこか責めるような目で言うパリーを、タバサは変化のない表情で見つめ返す。
「……そう」
 それ以上聞くつもりはないのか、タバサは質問するのを止めてキュルケの隣に座ると、いつも持ち歩いている本を広げた。
 だが、どことなく希望を抱かせる質問だったせいか、パリーは少しだけ考えてタバサの質問に答えを用意すると、またにこりと笑って頭を垂れた。
「もしも、殿下が生きておられたなら、どうか、王家のことなど気にせずに一人の男として生きて欲しいと伝えてくだされ。四年前の事件からというもの、殿下は病的なまでに贅沢を嫌い、職務に打ち込むようになられました。それゆえ、幾度も心休まらぬ時期もありましたが、必ずや素晴らしい王となられたことでしょう。次代の玉座を用意できなかったのは、我らのような老人の責任。未来ある殿下が滅びの道に付き合う必要はないでしょう。少なくとも、わたしはそう考えております」
 パリーが話を終えると、タバサは満足そうに頷いて、約束する、と答えた。
 その様子があまりにも力強かったため、もしかしたらウェールズは生きているのではないかと淡い期待を抱いてしまいそうだった。だが、目の前にある本来の住人が存在しない居室を見ることで現実に引き戻される。
 それでも、悪くない夢だった。
 パリーはタバサにもう一度頭を垂れると、ルイズに向き直った。
「長話につき合わせて申し訳ございません。わたしはこれで失礼させて頂きます。夕食までの間であれば城の中をどのように歩かれても構いませんが、兵士達にはあまり近寄らないほうが宜しいでしょう。ここに来られた時のように、不快な思いをされる恐れがありますので」
 言葉の最後に再びお辞儀をして去っていくパリーを目で追い、姿が見えなくなったのを確認すると、ルイズは、さて、と呟いて部屋の中を見回した。
「この部屋の中に姫殿下がウェールズ様に送られたという手紙があるかもしれないわ。手分けして探しましょう」
 手を叩いて行動開始の合図を出したルイズに従い、それぞれが特に探す場所もない部屋の中を漁り始める。
 パリーの話を聞いた後で動きが鈍いようだが、それでも気持ちの切り替えはしなければならない。任務を放り出すわけにはいかないのだ。
 自分の頬を叩いて気合を入れたルイズが、自分も動かなければと一番怪しい机に近付いて引き出しの取っ手に手をかけた。
「なあ、ルイズ。この部屋に無かったらどうすんだ?」
 ぐるりと視線を部屋の中に這わせた才人が尋ねると、ルイズは引き出しの取ってから手を離して両腕を可能な限り大きく開いた。
「もちろん、城中を探し回るわ。時間制限は夕食までよ」
「うへえ、マジかよ」
 無茶な要求に、才人が早速弱音を吐きそうになる。
 城は広い。それも、途轍もなく。しかも、任務の都合上、その辺の兵隊に協力を頼むわけにも行かないのだ。この場に居る六人で探し回らなければならない。
 やれやれ、と呟いて才人はベッドの下に目を向けて覗き込むと、大抵こういうところにアレな本が隠してあるんだよなあ、などと考えながらベッドの下に手を伸ばす。
 だが、その手がベッドの奥に伸びる前に、後方で明るい声が聞こえてきた。
「あ、それっぽいの発見」
「もうかよ!?」
 あまりにも速い展開に才人が叫ぶと、ルイズは胸を逸らして自慢げに宝石のちりばめられた小箱を見せ付けた。
 確かにそれっぽい。それっぽいとしか形容できない。
 だが、机の引き出しに入っていたそれは、鍵が付いているらしい。そう簡単には開けさせてはくれないようだ。
 勿論、持ち主でもないルイズたちが合鍵を持っているはずがないのだから、こういう場合はあまり使用を許されていない魔法を使わざるを得ないだろう。
「ギーシュ、お願い」
「任せたまえ」
 差し出された小箱を前に、ギーシュが薔薇を模した杖を掲げ、短い言葉と共に振るった。
 アンロック。開錠の魔法だ。
 魔法をかけられた小箱の蓋を手に取り、ぐっと力を篭める。
「……開かないわよ?」
 そんな言葉にキュルケが笑って近寄ってきた。
「あはははっ、しっかりしてよギーシュ。ルイズじゃないんだから」
「……それは喧嘩を売ってるのかしら、ミス・ツェルプストー?」
 キュルケの言葉に眉を吊り上げたルイズを余所に、自分の杖を見つめてギーシュは首を捻る。
 上級の魔法ならいざ知らず、初級であるコモン・マジックのアンロックを失敗するのは初めてだった。
「確かに成功したはずなんだけど……」
「貸してみなさい。あたしがやってあげるから」
 ルイズの手から小箱を取り上げたキュルケが、自分の杖を取り出して無意味に派手な動きで杖を振る。
 だが。
「……あら?」
「やっぱり開かないじゃない」
 小箱の蓋を掴んで力むキュルケに、ルイズが冷たい目を向けた。
「どうやら、かなり強力なメイジの手によって封じられているみたいだね。正しい鍵か、そのメイジよりも強い魔力でなければ開かないみたいだ」
「そ、そうよ!あたしたちが魔法に失敗したわけじゃないのよ!」
 ギーシュの言葉にキュルケは自分は悪くないのだというように首を縦に振る。
 しかし、ルイズの視線は冷たいままだった。
 このタイミングでは言い訳にしか聞こえないのだろう。ギーシュとキュルケも冷や汗を浮かべて、ルイズの視線から逃れようとそっぽを向いた。
「貸したたまえ。僕がやってみよう」
 ワルドが前に出て狭い部屋には邪魔臭いレイピア状の杖を取り出した。動きこそ大きくないが、キュルケよりも邪魔臭かった。はっきり言って、目障りだった。
 ワルドに対するルイズたちの好感度は、既にゼロかマイナスなのだ。何をやっても嫌われる状態である。
 どこかうんざりした様子で魔法をかける姿を見守っていたルイズたちは、ワルドが小箱の蓋を手に取った時点でやっぱりという表情を浮かべた。
「……むう!?何故だ!」
 やはり箱は開かないらしい。
 こうなったら力技だと、歯を食い縛って蓋を抉じ開けようとするワルドだったが、それでも小箱が開く様子はなかった。
「やらせて」
 本を閉じたタバサが、ワルドの手から小箱を奪い取る。
 ワルドの杖よりも大きな節くれ立った杖を振るうが、なぜかワルドのときのような邪魔臭さは感じなかった。やはり印象の差だろう。
「アンロック」
 短く持った杖の先が小箱に触れる。
 淡い光りが箱を包み、やがて部屋の中に金属音が響いた。
「開いた」
 箱の蓋に手をかけたタバサが箱の中身をルイズに見せる。
 どことなく得意げだった。
「どうやら、この中ではミス・タバサが一番魔力が強いみたいだね」
「なんか置いてきぼりにされた気分だわ」
「スゲエな、タバサ」
「そうね。それなりに評価してあげても良いわ」
 箱が開いたことで気分を良くした子供達の輪から外れて、ワルドは部屋の隅で膝を抱える。
 年長者でありながら、一番年下の相手に敗北したのだ。図らずも、“女神の杵”亭で行われた決闘が正しい力関係の結果であったことを証明してしまったのである。
 なんだか色々とどうでも良くなりつつあった。
「で、手紙は?」
 才人の言葉に、ルイズが慌てて箱の中に目を向ける。
 小箱の中は蓋の裏にアンリエッタの肖像が描かれているだけで、外見の美しさとは正反対の簡素な姿を見せていた。もしかしたら、表面の宝石もイミテーションなのかもしれない。
 木目が見えている箱の中身は、封筒が一つあるだけで、他には何も入っていなかった。
 ルイズは強力な魔法で守られていた小箱の中身である封筒に手を伸ばすと、そっと中身を取り出す。
 それは、なんども読み返されたために擦り切れた、若い少女が綴った恋文だった。
「……姫殿下、目的を果たしました」
 時間をかけずに読み終えたルイズは、それを大切に元の封筒に仕舞うと、ジェームズから返された手紙と一緒に懐へ収めた。
 これで、ルイズたちに課せられた任務の大部分が終わりを迎えたことになる。
 後は、この手紙を無事にトリステインに持ち帰るだけだ。
「ルイズ。その手紙って、やっぱりラブレターってやつ?」
 アンリエッタから直接任務を命じられたわけではないキュルケが推測で言うと、才人が明らかに動揺した様子を見せる傍らで、ルイズは落ち着いてゆっくりと首を横に振った。
 才人とルイズのどちらの態度を信じれば良いのか分からず、キュルケが首を傾げると、ルイズは手紙の入った胸に手を当てて勝ち誇ったように笑みを浮かべる。
「何年か経って、この手紙が意味を無くした頃に教えてあげるわ」
 魔法が使えないことで散々馬鹿にされ続けてきたのだ。たまに仕返しをしたくらいで罰は当たらないだろう。
「いいじゃないの、ちょっとくらい。ラブレターじゃないなら、なんだって言うのよ?」
「むううぅ、不敬ではあるが、僕も気になるぞ。ミス・ツェルプストーと同じ意見だったからね。外れていると聞くと、正解が知りたくなる」
「そっち関係じゃねえなら、果たし状かなんかか?」
「果たし状なら、確かに問題。でも、それだと大切にされていた理由が分からない」
 もったいぶるルイズにキュルケたちが群がり、それぞれに手紙の内容を教えて欲しいとせがみ始める。
 魔法学院では馬鹿にされたりからかわれたりというのが日常だったが、今回のように正面から悪意のない接し方をされるのは、ルイズは初めてだった。
 段々気分が良くなって手紙に書かれていた事を公表したくなってくるが、それを理性で押し止める。我慢強さと気の強さは、誰にも負けない自信があるのだ。
 のらりくらりとキュルケたちの追及を避けながら、ルイズは手紙の内容を心の中で反芻した。
 甘ったるい詩に乗せられた強い想い。これを書いた時期のアンリエッタは、恋に恋する時代だったのだろう。良くこんなものが書けるものだと、読んだ自分が恥ずかしくなる文面だった。
 だが、これは恋文ではない。愛を誓う宣誓書だ。
 ウェールズという人物はここにはいないかもしれないが、何度も読み返された手紙が、アンリエッタの想いが届いていた事を証明している。
 手紙の一文にある、始祖ブリミルへ誓う永遠の愛。
 儀式を行っていなくとも、二人は強い絆に結ばれていたことだろう。
 これを、血筋ゆえに望まぬ婚姻を迫られる幼馴染へ届けなければならない。この手紙を心待ちにしているであろう、親友へ。

 貴女の愛は、確かに届いていたのだと。


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