ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロいぬっ!-76

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匿名ユーザー

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「……何でここにいるの?」
「貴族の務めだと言っただろう。
国家の存亡が懸かった一戦となれば逃げ場も無いしな」

怪訝そうな顔を浮かべるキュルケにモット伯が応えた。
想像だにしなかった援軍に思わずキュルケも感謝の言葉を忘れた。
しかも、その背後に引き連れた軍勢は彼が率いるには大仰すぎる。
恐らくはモット伯の私兵も混じっているのだろうが、それにしても数が多い。

「その兵は?」
「ああ、私が雇った傭兵だ。
アルビオンの内戦が終わって仕事にあぶれた連中をな」
「よくそんなお金があったわね。破産したんじゃないの?」
「ああ。それなら簡単だ。無ければ用意すれば良いだけの事だ」
「え?」

モット伯の返答に、キュルケは首を傾げる。
無い物をどうやって用立てるというのか。
しかし、その答えが出る前に彼女の思考は大声に遮られた。
息を切らせてモット伯の下に伝令が駆け付ける。

「伝令ーー!」

アストン伯の使いだと名乗るその人物から口頭で情報が伝えられた。
その報告を耳にしたモット伯の眉が跳ね上がる。
確かなのか?と問い返す彼に、伝令は黙って頷いた。
誤報に踊らされるような浮ついた目ではない。
それを確かめてモット伯は腕を組んで深く考え込んだ。
頭を悩ませる彼に、ギーシュが恐る恐る訊ねる。

「……何があったんですか?」
「後退した敵の先鋒が砲台を迂回して側面から叩こうとしているらしい」
「なら早く迎え撃たないと! アニエス達が危ない!」
「だが、あまりにも不自然だ。
グリフォンも竜も全て駆り出して偵察に出す余裕さえ無いというのに、
アストン伯は一体どこからそんな情報を入手したのだ?」

少なくとも地上からではそんな動きを掴む事は出来ない。
巻き上がる戦塵は容易く視界を奪い、その先に潜む敵の存在さえ押し隠す。
ならば上空からしか考えられないのだがアストン伯は船どころか竜騎士も持っていない。
こちらを分断しようとする敵の虚報かもしれないという懸念がモット伯の足を止める。
しかし真実だとすれば……。

「では僕の部隊が! モット伯はこの陣地の防衛に専念してください!」

ギーシュに躊躇いはない。
包囲が完成してしまえばギーシュとモット伯の部隊が合流したとしても砲台を守りきる事は叶わない。
僅かにでも全滅の可能性があるなら危険を避けるのは必然。
それに運が良ければ自分は戦わなくても済むかもしれないという打算もあった。
返答を待たずにギーシュはニコラを連れて塹壕を離れる。
その最中、彼はその場に立ち尽くすルイズの姿を見とめた。
無理もない。間近で竜騎士の襲撃を受けたのだ。
恐れから放心状態になってもおかしくないとギーシュは思っていた。

……しかし、その想像は大きな誤りであった。
彼女を突き抜けた衝撃は生命の危機さえも凌駕する。
言葉どおりに世界を揺るがすと言っても過言ではない。

取り落とした杖と『始祖の祈祷書』を拾いに行った彼女が見たものは衝撃で開かれたページとそこに記された文字。
恐る恐る本を拾い上げ、先程までは存在しなかった記述に目を配らせる。
そして書かれた言葉を彼女はうわ言のように呟いた。

「序文。これより我が知りし真理をこの書に記す。この世のすべての物質は、小さな粒より為る。
四の系統はその小さな粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。その四つの系統は、『火』『水』『風』『土』と為す」

古代のルーン文字で書かれたそれを彼女は一文字一文字確かめるように読み上げる。
魔法を使えるようになろうと勉強し続けた日々は無駄ではなかった。
積み上げた知識は彼女に新たな知識への扉を開く鍵を与える。

「神は我にさらなる力を与えられた。四の系統が影響を与えし小さな粒は、さらに小さな粒より為る。
神が我に与えしその系統は、四の何れにも属せず。我が系統はさらなる小さき粒に干渉し、影響を与え、かつ変化せしめる呪文なり。
四にあらざれば零。零すなわちこれ『虚無』。我は神が我に与えし零を『虚無の系統』と名づけん」

そこに残されていたのは単なる知識ではない。
秘められていたのは『虚無』という大いなる力。
伝説と共に失われた第五の系統。

「これを読みし者は、我の行いと理想と目標を受け継ぐものなり。またそのための力を担いしものなり。
『虚無』を扱うものは心せよ。志半ばで倒れし我とその同胞のため、異教に奪われし『聖地』を取り戻すべく努力せよ。
『虚無』は強力なり。また、その詠唱は永きにわたり、多大な精神力を消耗する。
詠唱者は注意せよ。時として『虚無』はその強力により命を削る。したがって我はこの書の読み手を選ぶ。
たとえ資格なきものが指輪を嵌めても、この書は開かれぬ。選ばれし読み手は『四の系統』の指輪を嵌めよ。
されば、この書は開かれん。ブリミル・ル・ルミル・ユル・ヴィリ・ヴェー・ヴァルトリ」

(読める……読めるわ)

驚愕にルイズは手にした書を震わせる。
心のどこかでルイズはワルドの言葉を信じていなかった。
きっと彼の勘違いだと思い込んでいた。
魔法さえも満足に使えない自分が伝説の『虚無』だなどと確信できるだろうか。
だけど彼女の眼前に『真実』が突きつけられる。
とても一人では背負いきれない事実の重さにルイズは我を失った。
来て欲しくないと思いながら彼が傍らにいてくたらと願わずにいられなかった。

……彼女は初めて魔法を使う事を怖いと思った。
大きすぎる力は人の運命を容易く捻じ曲げる。
誇り高き貴族であったワルドに祖国を裏切らせ、
一司教に過ぎなかったクロムウェルに野望を抱かせ、
あるいは、この戦争の本当の引き金となったのかもしれない力。
それを振るうという責任の重圧に、押し潰される錯覚さえ覚える。

「嬢ちゃん。その力はな、本を読むずっと前からお前さんが持っていた物だ。
今それに気付いただけに過ぎねえ、使うも使わねえもお前さんの自由だ」

彼女の心情を察したデルフが語りかける。
それは『ガンダールヴ』という力を担う者を知るが故の言葉。
朧げな記憶の中にも浮かぶのは力に翻弄された者達の姿。
しかし、それでも自分の担い手となった者達は戦う道を選んだ。
どこに答えを見出したかなどは分からないが、
彼等は力と責任を背負いながら自分達の道を歩んだ。

だから、この少女にも足を踏み出して欲しいのだ。
己の力に運命を狂わされる事なく力強く、
かつて人々が『勇者』と呼んだ者達のように……。

「きゅいーーー!!?」

地面に映る影が自分と変わらぬサイズにまで近付いた直後、
平地を滑る様にシルフィードがその巨体を切り返す。
風竜、それも成体よりも遥かに軽い彼女だからこそ可能な芸当。
それを追撃する火竜に求めるのは酷だった。
落下の加速も加えた竜の勢いは止まらず、そのまま大地へと叩き付けられる。
続くように後続の竜騎士達も同じ運命を辿った。

「ちっ! 功を焦りおって馬鹿者どもが!」

激突で立ち込める砂煙の中、全身を打ち付けた竜騎士達が捕縛されていく。
その光景を眺めながら熟練の竜騎士は毒づいた。
墜落した竜騎士達とは違い、彼等はシルフィードと一定の距離を保ちながら追撃していた。
慌てる必要などありはしない。こうして背後に喰らいついて隙を見て魔法なり炎を放てば事足りる。
そして、その機会はもう目前にまで迫っていた。

急加速と無理な機動が祟ったのか、既に風竜に力は残されていない。
森の真上を滑空するみたいに、ようやく飛んでいる程度。
背に跨るタバサへと狙いを定め、距離を詰めた火竜が顎を開く。
喉下で燻る炎が解き放たれようとする、その瞬間だった。

「放てッ!」

号令に応じて真下から放たれた無数の風の刃と火球。
それがシルフィードの後ろに付いた竜騎士達を一掃する。
異変に気付いた竜騎士の生き残りも散開の間もなく撃墜される。
振り返ったタバサが背後を確認して反転する。
彼女が見下ろした先にいるのは森の中に隠れたメイジ達の姿。

上空にいる竜騎士を仕留めるのはメイジであろうと困難だ。
しかし、それが地上近くを飛行しているのであれば話は別。
ましてや他の敵に目を奪われているのなら絶好のカモと成り得る。
事前にタバサの作戦を聞かされていたメイジが声をかける。

「後2、3回はこの手が使えるな。
高度は十分だが次はもっと速度を落としてくれ。
出来れば一撃で残らず仕留めたい」
「……分かった」
「きゅい!?」

こくりと頷くタバサにシルフィードが抗議の声を上げる。

(無理ね、無理なのね! 今だってシルフィのかわいい尻尾が噛みつかれそうだったのね!
さっきより遅く飛んだらシルフィ食べられちゃうのね!)

しかし、それに耳も貸さずタバサは再び敵陣へと向けさせる。
これが無謀な作戦だというのは熟知している。
だけど少しでも敵の攻め手を凌げるというのなら他に選択の余地はない。
零れ落ちる脂汗を袖で拭いながら彼女は地上で戦っているであろうキュルケやルイズ達の姿を思い浮かべる。
そうすると何故かもう少しだけ頑張れろうと思えてくる。
守られているのは自分の方なのかもしれない。
情けないという感情はない。むしろ内より沸いてくるものは暖かい気持ち。

「………………」

去り行くタバサの姿を眺めながら地上のメイジ達は呆然としていた。
恐らくは見間違いだろうと納得しつつも、それでも動揺は収まらない。
たった一人で竜騎士の群れに立ち向かおうとしているのに、
彼女が浮かべたのは華も綻ぶような笑み。
その一瞬、彼等は自分達より年下の少女に心奪われていた。
誰かが“本当に勝利の女神だったのでは?”と冗談じみた言葉を呟く。
しかし、それを笑い飛ばして否定する者はいなかった。


「ふう」

手にしたペンを置き、コルベールは一息ついた。
認めている文書はオールド・オスマンへの置き手紙だ。
彼のいる世界に行けば二度と戻れる保証はない。
だからこそ世話になった学院長に手紙を残そうとしていた。
ハルケギニアを去り行く彼にそれ以外の心残りはなかった。
元々、一度は死んだも同然の身。
あるとすればダングルテールを生き延びた少女の事だ。
彼女に真実を伝えぬままに去るのは心苦しい。
しかし、今はどこにいるかさえもしれないのだ。
再びペンを手に取り、手紙の最後に彼女の事も書き加える。
もしも彼女がここを訪れる事があれば伝えられるように。

戦場の騒然とした空気とは逆に、学院は沈黙の只中にあった。
生徒達で溢れ返った日常に比べれば、まるで墓場のようにさえ感じられる。
時には煩わしいと思った彼等の存在が今は非常に恋しい。
せめて挨拶だけでもしておくべきだったかと悔やむ。

水に浮かべた磁針を眺める。まだまだ日食には時間がある。
下手に飛び出せば無駄に燃料を使い、異世界に行くのが不可能となるかもしれない。
だからギリギリの時間まで彼は待機せざるを得なかった。
彼は逸る気持ちを抑えて、碌に掃除もされていなかった部屋に手を付ける。
異世界に旅立つのが待ち遠しいというのもある。
だが、それ以上にコルベールは自身の決断が鈍るのを恐れていた。

掃除しながらも視線は水槽に入れられた彼の姿を避ける。
同意もなしに連れ帰ろうとする同乗者の姿を。

“最良の選択肢が常に最高の結果を招くとは限らない。
だからこそ自分の意思で、後悔のない選択を”

自分を彼に告げた言葉を思い返す。
偉そうに言っておきながら自分は今も迷っている。
そして彼に考える機会さえも許さなかった。
……なんという欺瞞だ。私はただ他人に責められたくない臆病者だ。
悪人にも善人も成りきれず傍観者に徹しようとする弱い人間。
だからこそ“彼のいた世界”へ逃げ込もうというのか。

不意に彼の思慮を騒々しいノックの音が妨げる。
人がいなくなった学院で一体誰が?と不審に思いながら彼は扉を開けた。
慌しく部屋に駆け込んで来たのはマルトーだった。

「すまねえコルベール先生! ちょっと手を貸してくれ!」
「どうかされたんですか?」

息を切らせて着衣を乱したその姿は尋常ではなかった。
何か問題が起きたと判断したコルベールが状況を聞きだす。
荒い呼吸の中、声を振り絞りながらマルトーは話す。

「それが、厨房で火事が起きちまって手が付けられねえんだ!」
「……! 分かりました、すぐに行きます!」

最悪、油に引火して燃え広がる事を恐れたコルベールが杖を手に飛び出す。
人がいないのなら自分しか対処できる人間はいない。
それに少しでも学院に恩返しできるのなら悪くないとも思っていた。
マルトーの背を追うようにしてコルベールは廊下を駆け出した。

静寂の中で高らかに二人の足音だけが響き渡る。
走りながらコルベールは窓越しに火元である厨房のある方へ視線を向ける。
直後。彼の足は疑問を感じて止まった。
火事が起きたのにも関わらず黒煙は少しも上がっていない。
開け放たれた窓からは焦げ臭い匂いも伝わってこない。
これはどういう事なのか?と困惑する彼にマルトーがぽつりと零した。

「……すまねえコルベール先生」

見ればコック帽を脱いでマルトーは頭を下げていた。
それはコルベールが初めて見る光景。
マルトーは決して軽々しく貴族に頭を下げる人物ではない。
ましてや、こんな下らない嘘で他人に迷惑を掛けるような真似はしない。
咄嗟にその意図に気付いたコルベールが自分の部屋に駆け戻る。
来た時以上の速度で、身体の悲鳴を聞き流しながら走る。

「止めなさい!」

扉を開け放ちながらコルベールは叫んだ。
そこに誰がいるかなど知らないし、相手の姿も見ていない。
だけど自分をこの部屋から離したのなら、その目的は一つ。
そこに彼を解放しようとする誰かの存在を確信して言い放ったのだ。

コルベールの制止の声にびくりと侵入者は身を震わせた。
彼の視線の先にいたのは石を掲げたシエスタの姿だった。
その下には水槽に浸り眠りについたままの彼の姿。

「シエスタ……どうして君がこんな事を?」

間に合った事に安堵しつつも警戒を解かずに彼は問い質す。
恐らくはルイズとの話を聞かれていたのだろう。
そうでなければ水槽に入った彼の姿を見て生きているとは思わないし、
誰も踏み入れないこの部屋に彼がいる事に気付かない。
自分の無用心さに舌打ちながらも彼女の返答を待つ。

「……分かっています。きっとこれは正しい事なんです」

視線を落としながらシエスタはコルベールの思惑に同意した。
コルベールがどれほど思い悩んでいたのかシエスタは知っている。
以前、タルブに来た時にも“彼”とコルベールの話を聞いていた。
だから、これはコルベールが描いた最良の結末なのだ。
誰も傷付かず、悲しみが過ぎればまたいつものように日々を過ごせるようになるだろう。
だけど…! だけど……!

「彼に選ばせてください! 選ぶチャンスを与えてください!」

モット伯のメイドとして召し上げられた日、シエスタは自分で進むべき道を選んだ。
その選択が誤りだったとしても彼女は選んだのだ。
彼に助けられて事なきを得た今でも、その決断を忘れない。
それがどんなに非情な現実だったとしても、
自分で答えを捜し求めるのが生きる事だと彼女は知った。

思い起こすのはいつだって懸命に生きていた彼の姿。
穏やかな眠りの中でやり過ごすのを彼はきっと望まない。
たとえ、どんなに辛い事だって立ち向かっていくのが彼だと思うから…。

石を抱え上げた彼女の視線の先には水に満たされた透明な“檻”。

「止めるんだシエスタ! 君は自分が何をやっているのか……」

コルベールが自身の杖を掲げる。
それは実力行使も辞さないと姿勢の顕れ。
だけど、それさえも彼女を止めるのには至らない。

「分かりません! だけど自分で決めたなら『進む』しかないじゃないですかッ!」

振り下ろされた石がシエスタの手を離れて叩き込まれる。
それは外壁に亀裂を走らせ、瞬く間に水槽を決壊させた。
噴き上げる水と共に押し流される彼の小さな身体。
呼吸に合わせて再開される生命活動。
そして彼は再び目覚めた、まるでハルケギニアに来た時をなぞるかのように……。


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